サイレンススズカとクリスマスにいちゃいちゃするお話 作:坂水木
クリスマスに何をすると言われたら、いくつかの案が浮かぶだろう。
イルミネーションを見に行く。走りに行く。大きなクリスマスツリーを見に行きながら買い物をする。ランニングをする。クリスマスパーティーをする。競走をする。チキンを食べる。レースをする。
多くのクリスマス要素が含まれたイベントがあり、食事から走りまで、クリスマスらしく過ごすだけで十分とも言える。
「今日さ、スズカ何したい?」
「走りたいわ」
昼前。
風男が腕時計を確認すると、待ち合わせ時間の十一時をちょうど五分ほど過ぎたところだった。横から時計を覗き込むスズカの髪が垂れ、風男の腕にかかる。さらさらとした髪のくすぐったさに男は身じろぎした。
「スズカ」
「なに?」
「くすぐったい」
「そう。それよりフウくん。フウくんは何をしたいの?」
「え、そうだなぁ……」
言われて考え込む。特別にやりたいことはなく、スズカ同様走り回りたいという気持ちはあった。が、それは叶わない。クリスマスらしくやりたいことは色々とある。
買い物。買い物。買い物。
買い物しかない。
「買い物かな。ていうかさ、なんで待ち合わせ場所ここだったの?俺、ちょっと迷ったんだけど」
そのせいで遅れたとも言えるので、若干の苦言混じりにスズカへ伝える。
対する彼女は、翡翠色の瞳を瞬かせて首をかしげる。
「人混みは嫌でしょう?」
「……確かに?」
疑問を混ぜ込みながらの返答に、頷きながらも何とも言えない感情を抱く風男である。
気を取り直して、話は続く。今日これから何をするかだ。クリスマスだからと二人で出かける予定を立てはしたが、何をするかはまったく決めていない。
「まあ、うん。とりあえずどうしようか?俺は買い物したいけど、どこ行く?」
「どこでも――いえ、どうせならこちら側で寄りたいところがあるわ」
「こちら側?」
「ええ。駅の南側。この辺りはあまり買い物に適している場所ではないけれど、良いスポーツショップがあるの」
「へー。わざわざ普段ここまで来ないからなぁ。あれ、もしかしてスズカ結構詳しい?」
「スペちゃんから聞いたの」
「あー、そういう」
まずは、ということでスズカの案内によりスポーツショップへと二人は足を向けることとなった。
風男は右手に持った杖を突いて歩き、傍ではスズカがいつでも支えられるようにと寄り添っている。
ちょっとした申し訳なさと感謝を胸に秘め、いつも通りに二人は歩く。風男もスズカも、こうしたやり取りに言葉はいらなくなっている。それだけの信頼は積み重ねてきた。
「スポーツショップで買い物って、やっぱり蹄鉄?」
「ふふ、違うわよ。蹄鉄なら余るほど買っているし、いつでもフウくんが買ってくれるでしょう?」
「そりゃそうだけど」
「じゃあ質問ね。フウくん、何を買うと思う?」
ふふりと、柔らかく頬を緩めて尋ねるスズカに風男は眉を寄せた。
ちょっと考えさせて、からヒントと続くまで数十秒。適度にそれっぽいヒントを投げながらスズカは笑みを絶やさずにいた。
なんとなく、というのもおかしな話ではあるけれど。
スズカは今の時間がとても楽しかった。一人で走っているわけでもなく、二人で追いかけっこをしているわけでもなく、レースで勝ち負けを競っているわけでもない。
風を切って前へ前へと進み続けているあの瞬間に抱く気持ちはとはまったく違う。けれど気持ちの種別としては同じような。何とも言えない不思議な感覚。
今のスズカは、既にこの気持ちの正体を知っている。
温かくて優しくて、自然と笑顔になってしまうような、そんな気持ち。わざわざ名前を付けるのは少し無粋かもしれないけど、敢えて付けるなら"しあわせ"、と。
「わかった!あれでしょ、ランニングウェア!」
「ふふ、残念ね。不正解よ」
お店へはもうすぐ着くはずで、それでも先が長く感じるのは別のことを考えていたからか。
まだまだ遠く、でも、その遠さは手の届かないものじゃない。あの絶望的な状況を思い返せば、今も未来も明るく見える。太陽に燦々と照らされた、眩しいほどに明るい道だ。
「ええ……さっきのヒントで違うのかよ。じゃあ何?お散歩用の服とか?」
きゅ、っと風男の手を取る。
いきなりのことで驚く男に、なんでもないと首を振ってそのまま足を動かした。
「いやいやなんでもないことはないでしょ」
「なんでもないものはなんでもないからフウくんは気にしないでちょうだい。それと、お散歩用の服は正解よ」
「ん?……え、正解だったの?」
尋ねてくる風男を無視し、ぐいぐいと引っ張って進む。
今はあまり返事をする余裕がなかった。
昔――といっても一年前だが――を振り返って寂しくなったから手を掴んでしまった、なんて口に出せるはずもない。きっと顔も赤くなっているはず。会話なんて絶対にボロが出る。だからといって手を離すのはもっと嫌だった。
だからこその無言の抵抗である。
それでも風男が体勢を崩したときにすぐ支えられるよう歩幅は短く、距離はこれまで以上に詰めているから問題はない。
そう考えているスズカに対し、風男は風男で微妙に緊張していた。
まあ、うん。と誤魔化しっぽく内心で呟き自分を納得させる。二十歳を過ぎて今さら人と手を繋ぐことへの抵抗があるわけではない。こんな状態だ。ほんの数か月は一人で歩くこともできなかった。だから、手を繋いで引いてもらうことへの抵抗は正直一切ない。
だけど、これだけ距離が近いと別の意味で緊張はする。
付き合いで言えばもう三年になる少女――今となっては立派な女性か。自分にとって最も親しい女性であり、担当ウマ娘であり、パートナーでもある。
いくら仲の良い相手だとしても、相手は美人である。しかも年齢差などほぼない。普通ならトレーナーとウマ娘で年齢が近いことなどあまりないが、生憎なことに風男は普通ではない。史上最年少トレーナーであった。二十歳を迎えて以降最年少ではなくなったが。
そのような二十の若者が自分を支えてくれる年下美人に一切の異性を見ないと言えるだろうか。いや、言えない。
少なくともこの男には言えなかった。要するに、風男にとってスズカは普通に可愛い女の子であったのだ。
「フウくん、到着よ。フウくん?」
「――え?あ、うん。到着ね……。ここ?」
二人が歩き着いたのは古ぼけた看板が入店口の上に飾られているお店だった。元は鮮明な赤色だっただろう看板は色褪せ、端々に錆びが見える。入口も自動ドアではなく、押し開く形の手動ドアだ。
スズカが取っ手を押して開くと、店内は外装よりも広く感じられた。
看板に"sports shop"とローマ字でシンプルに書かれていたように、あらゆる道具が揃っている。陸上競技から海上競技まで、何でも屋といった風情の店だった。
風男の手を引いて歩くスズカは、迷いのない足取りで店内を進む。
歩き、歩き、歩き。止まる。
「……フウくん」
ぺたりとウマ耳を垂れさせて呟くウマ娘の姿を見て、彼女のトレーナーである男は察した。
これが初めてと思うなかれ。長くサイレンススズカというウマ娘と連れ添い、幾度となく経験したことである。
「はいはい落ち込むなって。店員に聞けばいいだけじゃん。ほら行くぞー」
「きゃ……――」
小さなお礼の言葉は聞かなかったことにし、迷子となった店内を再び散策する。店員を探し、よく考えればそんな大きな店でもないのだからと思い直し、ゆっくり端から探していった。すると案外簡単に見つかるもので、お散歩服、別名ウォーキングウェアは店内隅のハイキングコーナーにあった。
「へー、結構種類あるもんだね」
「ふふ、スぺちゃんの言った通りね」
「スペシャルウィークの?」
「ええ。洋服系が充実しているって嬉しそうに話していたわ。元はスピカのトレーナーさんおすすめのお店らしくて」
「あー……なるほど」
風男の脳裏にきらりと白い歯を見せて笑う男の姿が浮かんだ。ウマ娘の脚を触り蹴られて平然としている変態トレーナーである。風男も世話になったことのある、なかなか面倒見の良い先輩トレーナーでもあった。
「フウくん、どれがいいと思う?」
「え?うーん……」
隣のウマ娘に問われて考える。壁棚に並べられているウェアの数は結構多く、デザインも豊富だ。今が冬だからか生地は厚手で、春を見据えてか薄手の生地のものも用意されている。
どれがいいかと言われても、と思う一方で、スズカに似合う服もなんとなく頭に浮かぶ。
勝負服。
橙色の髪によく映える草原の緑色がやはり一番いいかもしれない。
夕陽に踊るスズカの髪はとても綺麗だから。
「やっぱり緑色かなぁ」
「ふーん……これ?」
「ううん、もっと薄めの緑のやつ」
「あぁ、こっちね」
「それそれ」
「どうしてこれを?」
「スズカの髪色に似合うと思って」
「……フウくんはずるいわ」
「え?なんでよ」
「なんでもよ」
そんなやり取りを経て、お散歩用のウェアはあっさり決まった。ついでに風男のものも買おうとの話になり、どうせそんな散歩なんて一人じゃ、と固辞するトレーナーと断固として動かないウマ娘の姿がそこにはあったとかなかったとか。
結局押し負けた風男はスズカおすすめのウェアを選び、店員に試着についての話をしてサイズの確認やら何やらを済ませていく。
試着をして、濃い緑色の上下服を着た男がスズカの前に現れる。
「どう?これ」
「ふふっ」
森のような様相を見せる風男にスズカはくすくす笑い、だぼだぼに余った袖や裾を指差した。
「ふふふ、サイズ大きすぎじゃない」
「いやまあ、着てて自分でもわかったよ。でもそこまで笑う?」
「ふふっ、ごめんね。サイズ違い持ってきた方がいいかしら?」
「うん、お願い」
鈴のような声でころころと笑いながらのんびり服を取りに行くスズカを尻目に、風男はぼんやりと森らしくあるがまま目を閉じた。
数十秒後、サイズ違いを二つほど持って試着室の前に戻ってきたスズカが見たのは、試着室のカーテンを開けたまま後ろの壁に寄りかかり目を閉じる男の姿だった。
「フウくん?」
「ん……スズカ?」
「ええ、私。大丈夫?」
「あぁ、うん。割とその場で立ったままでいるのがきつくてさ」
「そう……」
きゅぅっと胸が締め付けられるような思いがした。持ってきた衣服を無意識で強く抱きしめ、慌てて伸ばす。
一人で立ったままでいるのが難しい。それを改めて聞かされて、色々な思いで胸がいっぱいになった。心配とか、どうにかしてあげたいとか、申し訳ないとか、どうすればいいのかとか。
スズカの内心を察し、ちょっとした罪悪感とそれ以上の有難みに頬を緩め、彼女の頭に手を置く。さらさらの髪を撫で、どんな言葉を伝えればいいかと考える。
慰めじゃあない。感謝でもない。叱咤でも激励でもなく、きっと一番良いのは――。
「これからもさ。俺のこと、頼むよ」
これまで十二分に助けられてきたスズカへ再びのお願いをするのは心苦しくもあるが、彼女の助けがないとしんどいのもまた事実で。トレーナーとウマ娘という関係性を超え、互いに支え合うようになってしまった今はこの言葉こそが正しかった。
顔を上げ、迷い子のような顔で自分を見つめる少女の瞳の色が移り変わっていくのがよく見える。頬は紅潮し、口端が小さく上がる。
わかりやすく顔色を変えるスズカを見て苦笑し、"任せて"と自信満々にない胸を張る少女の頭をもう一度撫でた。