サイレンススズカとクリスマスにいちゃいちゃするお話 作:坂水木
やたらと上機嫌にコートの裾から揺れた尻尾を覗かせるウマ娘が一人。隣にトレーナーを置いて引き戸を開ける。藍染の暖簾を越えた先にある扉は思ったよりも軽く、店内は思っていたよりも明るく、白の壁に艶のある木製の机と、和風と洋風の中間とも言える様相を呈していた。
店員から何名様ですかと訊かれ、上機嫌なウマ娘――サイレンススズカは二人です、と答えた。
席に案内され、ぽすりと座りながら荷物を置く。店がそう大きくないこともあり、店内の机は六つ、七つ程度。一人客の相席があったとしても八組ほどしか入れない広さだ。幸い、今はもう十三時台も半ばを過ぎようとしている時刻。お昼時は終え、のびやかに午後の休憩と
スズカが奥に、手前には彼女のトレーナーである常宮風男が座る。店はローマ字のLを横に反転させたかのような形状をしているため、やや右奥に席が伸びている。二人はそちらの中間点、ちょうど店の入口と店奥の間とも言える場所で食事を取ることとなった。
椅子に座り、ほっと息を吐くスズカは首元を寒そうにさする。そこには先ほどまで身に着けていたマフラーがなかった。そのマフラーはというと、畳まれたコートの上にこれまた丁寧に畳まれて置かれている。
寒さもあり、また寂しさもあり。
目前のトレーナーはどう思っているのかと視線を投げるも、そちらはメニュー表にご執心の様子だった。ほんのりと頬に息を潜め、じっと前を見つめる。
「――お茶です。どうぞー。お熱いのでお気をつけください」
「ありがとうございますー」
風男は店員に礼を言い、スズカは無言で会釈をする。礼を言いながらメニュー表から顔を上げたところで、行動を共にしているウマ娘の様子に気づいた。
「え、スズカお怒り?」
「別に怒ってないわ」
確かに怒ってはいないかもしれないが。が、と付く。それでも彼女の機嫌が降下していることはわかる。どんな粗相をしたのか見当がつかず、まあいいかと諦めた。
話していればそのうち直るだろう。そういうこともある。自分にもそういうことがあるわけで、何か察せていないのも仕方ない。だいたいのことは時間が解決するのだ。
スズカはお腹が空いてピリつきやすくなっているのだろうと、風男はそんなことを考えた。ついでに話を変えようと口を開く。
「にしてもあれだ。さっきまでマフラーしてたからちょっと寒く感じるね」
ちょっと寂しいわーと、のほほんとしながら呟いた。香り高い熱々のほうじ茶が身に染みる。やけどしそうになるほどに熱い。
「――ええ、ええ。そうね。寒いわね」
ぴこぴこと動くウマ耳と、わざとらしい澄まし顔。不機嫌さなど欠片も見られず、上機嫌いっぱいに尻尾がゆらゆら揺れていた。
彼女の変化を見て、なんとなくの理解を得つつも言葉にはしない。トレーナー足るもの、ウマ娘の心情を知ってしかるべき。メンタル大事、超大事と。風男の信念の一つであった。
少女の可愛らしい一面に微笑みつつも、改めてとメニュー表に目を落とす。
見開きで書かれているのは冬季限定のメニューに、この店のおすすめらしい魚のフライ定食だった。季節ごとの魚を仕入れているとかで、大きく片面全部を使って紹介されていた。
どうしようかと悩みながら、男は目前の少女へと声をかける。
「スズカー、何食べたい?」
「フウくんは?」
「……とりあえず一緒に見ようか」
「ええ」
この店を選んだのはサイレンススズカで、連れてきたのもサイレンススズカ。なので、大雑把にメニューのことならスズカは知っていた。だからといって既に決めているわけでもなく、二人で顔を傾けながら横にしたメニューを眺める。
スズカの長い髪が垂れ、それを拾うように風男が彼女の髪を掬って肩の後ろに流した。
ありがとう、というはにかみに緩く笑みを返し、ぱらりぱらりとページをめくっていく。
冷たいそば・うどん。温かいそば・うどん。加えて冬季限定メニューに定食や各種そば、一品物と並んでいた。基本はそばとうどんで、これがサイレンススズカがこの店を選んだ理由でもある。
冷たいものはともかく、この季節、温かいものの方がいいに決まっている。今だってマフラー一つなくなっただけで寒くてしょうがないのだから。フウくんも同じ気持ちだったみたいだし、やっぱり寂しいのは私だけじゃなくて――と、頬が熱を持ったのを感じて考えを振り払う。
ちらちらと正面の風男を盗み見ると、緩く顔を傾けて疑問を投げかけてくる。なんでもないとだけ返し、メニュー選びへと戻った。
「……」
「フウくん、私は決めたわ」
「……」
「フウくん?」
「……いや、ごめん考え事。スズカは決めたんだよね」
「ええ」
返答をしながら、何を悩んでいるのかとスズカの眉が少々下がる。
もしかしたらという思いはあり、でもさすがにそれはと思いたくもある。けれど、この細身も細身な男のことを考えれば想像ができてしまう。何より、これまでそうだったからの経験がある。
「参考までに、スズカは何にするの?」
「私は魚のフライ定食よ。そばは温かいたぬきそばにするつもりだったけど……」
定食系の良いところは、それぞれに付いているミニそば・ミニうどんを選べるところだった。温かい冷たいだけでなく、金額を変えることで具の種類も選べる。たぬき、月見、かき揚げ、山菜、カレー、鴨南蛮と種類は豊富だ。
スズカの答えを聞いた風男は、沈痛な面持ちで彼女の瞳を見据える。
真っ直ぐな眼差しに射抜かれ、とくりと心臓の鼓動が音を上げる。心地よくも顔が熱くなるような感覚を覚えながら、いったい何を言われるのかと少女は言葉を待った。
「――俺、食べなくてもいいかな」
「だめよ」
即答だった。一瞬の間もない、半ば言葉を遮りながらの返事であった。
何を言うのかと思ったら、やっぱり予想通りだった。私のドキドキを返してと、悶々しながらも風男の意見は封殺する。
食が細いからといって、食べないのは許せない。許しちゃいけない。病み上がりだからこそ、ちゃんと食べてもらわなくちゃいけないのだ。
「フウくん、朝ご飯は食べた?」
「え?うん。そりゃ
唐突に話が変わり、戸惑いながらも答える。
食べるには
「何を食べたの?」
「えーっと、電子レンジで温めたリンゴ?」
「……他には?」
「え?……み、水?」
「……フウくん」
「な、なんだい!」
「それはちゃんととは言わないわ。ちゃんとどころか、まともに食べてすらいないわよ」
「くっ」
正論には勝てない。
しかし、それでお腹いっぱいになったのだから仕方ないじゃないか。前日の夜はご飯茶碗一杯(少なめに)と納豆と味噌汁を食べて食べ過ぎになってしまい、朝食はあまり入らなかった。いや普段から朝はリンゴ一個……の半分程度のものだが、食べているだけいいだろうと言いたい。言ったらスズカが悲しむので言えやしないが。
「無理やり詰め込んでほしいわけじゃないわ。でも、少しは食べないと元気にならないでしょう?」
「そう、だけど」
しんみりと、サイレンススズカの声に悲しみが混じっていた。そんな声をしてほしくなくて、そんな顔をさせたくなくて、だからどうしようかと悩んでいたのに。
それでも食べられる量は少なくて、諦めと共に風男は沈んだ表情のスズカに声をかける。
「……じゃあ、さ。こうしよう――」
風男が迷いながら告げた言葉に、スズカは口元を緩ませて頷くのであった。