サイレンススズカとクリスマスにいちゃいちゃするお話   作:坂水木

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※私たちのクリスマスはこれからだ、みたいな終わりですけど普通に続きます。


8. 昼食と今後の予定

 注文をして幾分か。揚げ物を作る油の音が聞こえる店内で、スズカと風男は和やかに話をしていた。

 話題は本日の買い物について。

 

「俺、今日カレンダー買おうと思ってたんだよね」

「カレンダー?」

「うん。来年のやつ」

 

 トレーナー室に飾るの?と問われ、どうしようか迷っていると答えた。

 首をかしげるスズカに、そういえば説明していなかったか、と呟きつつあれこれ伝えていく。

 

 

 トレセン学園に所属しているトレーナーには多くの報酬がある。単純に金銭だけでなく、ウマ娘のレースを格安で見られるチケットであったり、URA――Uma-Musume Racing Association――主導のイベントへの参加券であったり。その中の一つに、毎年配られるカレンダーもあった。もちろんアナログデジタル対応で、両者のデザインが異なるのも一つの魅力としてトレーナー諸氏の間では知られていた。

 

 カレンダーに描かれているのはその年に活躍したウマ娘であったり、影絵として描かれた歴代のウマ娘であったりと、見ているだけで"熱量"というものを感じられるものが多い。

 今年も例に漏れず、風男はカレンダーをしっかりともらっていた。

 

 トレーナー宿舎に飾るか、それともトレーナールームに飾るか。悩ましいところだ。

 

 サイレンススズカの活躍のおかげで、担当ウマ娘が一人の常宮風男にも学園の一室に部屋が与えられていた。資料の整理やレース映像の確認だけでなく、ちょっとした食事に休憩もできる、そこで生活できなくもないような部屋。怪我をして以降はあまりトレーナールームで寝泊まりをすることもなくなったが、スズカがレース!レース!!レース!!!と最高潮に乗りの乗って楽しんでいた時期は宿舎に帰る時間さえ惜しい時もあり、そこそこに使っていた。まあ、それですべてのレースに勝てたかというとそういうわけではないのだが。

 

 今後、というか来年。

 クリスマスを終え、新年を迎えてからは再びトレーナールームにはお世話になる機会が増えるだろう。寝泊まりはせずとも、二人のレース予定会議はそこで行う予定だからだ。

 宿舎に飾るか、トレーナールームに飾るか。URAに頼めばカレンダーの一つや二つくれるだろうが、そこまでするのは何とも忍びない。故に、どちらに飾るか悩ましい。

 

「それならフウくんの部屋でいいと思うわよ」

「俺の?」

「ええ、宿舎の方」

 

 さらりと告げるスズカに、どうしてと尋ねる。

 

「どうしても何も、()()()の部屋に活躍した()のカレンダーなんて必要ないでしょう?」

 

 さも当然のように言い切るスズカに、風男はうなりながらも頷いた。

 なるほど、確かに。一理ある。

 

 サイレンススズカという少女は、クールビューティな見目に反して意外と情熱家で負けず嫌いであった。そのことを、一緒に過ごしていて嫌というほど味わった風男は十分に分かっていた。レースで負けた後の反省会は幾度繰り返したか。思い出すのも懐かしく、少々笑いがこぼれる。

 

「フウくん?」

「いやなんでもない。スズカの言う通りだ。俺()()の部屋に他の子のカレンダーなんていらないね」

 

 何事かと思うも、トレーナーからの肯定を受けてサイレンススズカは微笑む。

 風男の話を聞くに、新しいカレンダーには見知ったウマ娘の顔も多いだろう。それこそ去年から活躍を続けている同室のスペシャルウィーク含めた黄金世代と呼ばれるウマ娘たち。今年のクラシック級を荒らしまわった綺羅星と呼ばれるウマ娘たち。誰も彼も顔を知っている。知っているからこそ、自分たちの部屋にはいてほしくなかった。

 

 怪我をしたから仕方なかったとはいえ、やはり嫉妬はする。負けられないとも思う。カレンダー一つでも写真を見れば、私の方が速いという気持ちが湧き上がってくるだろう。

 

 それらの気持ちもあるが、それ以上に、なんとなく。なんとなく、風男が他のウマ娘に目を向けるのが嫌だった。

 

「――お待たせしました」

 

 思考を打ち切るように店員から声がかかる。厨房に近い席であるため、料理を持ってくるのも手早くテキパキと机の上に並べられる。定食にミニそばに――あと、たぬきそば。

 

 スズカは小さくお礼を言いながら、目の前に置かれた魚のフライ定食に目を輝かせる。会話で逸れていた空腹が戻ってきた気分だ。急にお腹が空いてきた。

 

「スズカ」

「ん」

「交換をお願い」

「ふふっ、はい」

「ありがとう」

 

 交換。

 風男の提案はそれだった。

 

 ミニそばが付いてくるなら、風男はそれを食べればいい。中身は変わらないのだから同じものを頼み、量の多い方をスズカが食べればいいだけだ。さすがにミニそば一つを食べきれないことはないだろう。足りない場合はたぬきそば(普通サイズ)の方から少しもらえばいい。

 

 スズカとしても風男が多く食べる分には何の問題もなかった。むしろ大歓迎である。

 

 いただきますの声が重なり、ようやくとばかりに二人の昼食が始まる。

 スズカの前には季節の魚のフライ定食。内容は味噌汁と漬物とご飯と、種類としてはひらめをメインにカワハギやタイと書かれていた。明るい茶色の衣をまとったフライが隙間から白い身をふっくらと覗かせている。

 加えて、たぬきそばである。ここの店では、だし汁にそば湯を加えて味を調整しているとのことなので、そのまま美味しくいただける具合となっている。

 

 こくりと唾を飲み込み、割り箸を手に取ってぱきりと二つに分ける。

 たぬきそばの器が目の前に来るよう座る位置を少しだけずらした。薬味を入れ、くるりと箸を器の中でくゆらせ、綺麗なそば色としか言えないそばを口に運ぶ。

 はむりと唇で挟み、つるりとつるりと飲み込み咀嚼していく。音は立てない。すするという行為が別に嫌いではないけれど、スズカ自身はあまり音を立てて食事をしたくなかった。

 

 そばは結構しっかりと歯ごたえがあり、固めだった。噛めば染み出してくるそばの風味と、だしの味付け。麺に絡んだだし汁が良い具合に舌を刺激してくれる。見た目の色ほどだしの味は濃くなく、すっきりとした味わい。なるほど味の調整されているだけはあると、納得と共に頷く。

 

 たぬきそばとしての揚げ玉も良い油を使っているのか、だし汁に溶け出した油が美味しさをぐっと押し上げていた。

 

 自然と緩む頬をそのままに、ふんわりと柔らかな笑みを浮かべる。そしてぴたりと固まった。

 

「や、スズカ。味の感想は?」

 

 ごく自然に問いかけてくる風男は、一切そばに手を付けることがなくスズカの食事風景を眺めていた。美味しそうに食べる担当ウマ娘の姿にご満悦なトレーナーだった。

 

 かぁっと頬が熱くなる。それでも口の中のものがなくなるわけではないので、恥ずかしさを抑えてもぐもぐと咀嚼し、飲み込んでからじとりと前を見据える。

 

「美味しいわ。……だから、フウくんも食べて」

 

 抗議も何も、ただちょっと食べる姿を見られていただけで言えることはない。だから視線で抗議は行う。人の食事見つめるの反対。幸せそうな顔するのも反対。

 

「うんうん。食べる食べる」

 

 自分の食事を進めながら、お返しとして風男の食事シーンを眺める。

 小さな器を手に取り、箸でそばを口に運んではむはむとゆっくり食べていく。こちらも音はない。すすらない同盟を結成、しているわけではないが習慣としてそうなっていた。

 

 食事は遅く、一回一回の口に運ぶ量が少ない。見ていても風男が恥ずかしがる様子はなく、あまり面白いものではなかった。見ていて楽しくはあるが。見る側の気持ちがわかってしまうのが悔しい。好意を持った相手を見ていることが楽しいのは、きっと万国共通なのだろうと、そんなことを思いながら魚のフライを食べる。

 

「……美味しいわね」

 

 つい口に出してしまうほど、さくさくふわふわだった。衣の揚げ具合も良く、何より魚のふわふわ感が良い。柔らかくて脂もほどよく乗っていて、淡白ながら海の魚の香りが口いっぱいに広がる。塩とソースを選べるのもまた良い。ソースも良いが、やはり塩のシンプルさが美味しい。

 

「そんなに美味しいんだ?」

「ええ。とっても。フウくんも食べる?」

「え」

 

 言葉が止まり、手も止まる。

 食べるか食べまいか。一口程度なら問題ないか。いやしかし油物は重いから……いやでもそれくらい食べられないとさすがにスズカの言う通り全然元気にならないか。それにやっぱり一口ならまあ……。

 

「せっかくだし、もらおうかな」

「ふふっ、そうね。食べられるなら食べた方がいいわ」

 

 悩みながらも頷いた風男に、スズカは笑顔で箸を差し出す。

 

「フウくん。あーん」

「え、うん。あー……ん……うん、美味しいな。美味しい」

 

 戸惑いながらも箸からフライが落ちると困るので、言われるがままに口で受け取る。しっかりと味わって食べれば、衣と魚の身の食感に加えて風味豊かな味が口内に広がった。

 

 風男は美味しいと言いながらも、先ほどのやり取りが未だに尾を引き頭を整理しきれていなかった。

 照れを誤魔化し、スズカの様子を確認し、まったく気にした様子のない彼女を見てより羞恥を覚える。

 

 カップルがよくやると言われる"あーん"を敢行し、それを気にした素振りがないのは本人が気づいていないのか、それとも気づいていて気づかぬふりをしているのか。スズカがそんな器用なことをできるはずがないので、今のは気づいていなかったのだろうと判断する。

 

 あーんされたことも照れるが、間接キスも照れる。照れくさいものは照れくさいのだ。美人にさらりとそんなことをされて照れないやつの方がおかしいと、悶々しながら何とか気分を落ち着ける。

 少しぬるくなったほうじ茶がとても心に優しかった。

 

「……ふぅ」

 

 まったりと息を吐きお茶で気を緩めている男がいる一方、食事を楽しむ少女はお腹を満たすためにはむはむと口を動かしていた。

 

 風男が目を丸くして美味しいと喜んでくれたこともあり、サイレンススズカは美味しさいっぱい嬉しさいっぱいに食事を楽しんでいる。

 

 魚も美味しければそばも美味しくて、ここのお店を選んだのは間違いなかったわと内心で呟く。

 夢中になるというほどではないけれど、ぱくぱくと味わいながら食べ進めていく。味噌汁は濃い目の赤だしで、ご飯によく合う塩っ気だった。

 風男とは適度に会話をしているが、とりたてて動揺するようなことはない。お料理が来る前から続いていた世間話のままで、だいたいは昼食後の話に推移していた。

 

 食べて、食べて、食べ終わり。

 上品に口元を拭いて食事は終わった。だし汁とそば湯も含めてしっかりいただき、完食である。

 

 スズカの気品ある仕草やフライの油分で艶のある唇を見て風男がひたすら動揺を押し隠そうとしていたが、それは詮無きことであろう。

 早々と食べ終えてスズカのことをのんびり眺めていた風男が悪い。また、未だに先の"あーん"を引きずっているのも悪い。無駄に意識しすぎてある。このようなこと以前にも……あったのは入院中程度だろう。

 

 食事を終え、そそくさと席を立ちお会計をと声をかける。支払いはスズカだ。というかこのトレーナーとウマ娘の二人組、財布は共有している。財布だけでなく銀行口座も共有している。さすがにクレジットカードはお互い持っているが、引き落とし先は同じである。

 

 最初は色々分けていたが、怪我以降のごたごたもあり同じでいいだろうとの結論に至った。実際不都合はなく、むしろ金銭の管理が楽になった。ある程度分散させているとはいえ、二人でそれぞれがあれこれやるよりも、まとめて全部やった方が楽なのは当たり前だ。

 まあ、それもこれも二人共のお金の使い道がレース関連以外にあまりないから、という前提条件がつくわけだが。

 

 支払い時にお金の受け皿が猫を模した形をしていて、スズカが可愛いと呟く場面もあったがそれはそれとして。

 

 ごちそうさまでしたと言いながら、さらりとお店を出る。

 

 外はまだ明るいまま。あまり空模様は変わっていない。青い空。雲一つない晴天が、並ぶ建物の隙間から広がっていた。ついでに寒さも健在。暖かいところから寒いところに出たせいで、肌への冷気がまだ一段と冷たく感じる。

 それでもなんとなくさっきより温かく感じるのは、温かい食べ物をお腹に入れたからだろう。

 

「フウくん」

「うん、何よ」

「マフラーの時間よ」

「え?」

 

 理解の及ばない声を上げる風男に、スズカは無言で彼の首にマフラーを巻いた。ついでに自分にも巻く。ふぅーっと満足げに息を吐く。完璧だった。

 

「これ、続けるんだ……」

「嫌なの?」

「嫌じゃないけど」

「ならいいじゃない」

「それもそっか」

「ふふっ、ええ。行きましょう」

「うん」

 

 正直な話、もう別にそこまで寒いというわけではないけれど。でも、したいものはしたいのだから仕方ない。二人でマフラーをしているだけで、こんなにも嬉しくて仕方がないのだから、本当に仕方ない。必然というやつなのよ、とそんなことを思う。

 スズカの内心は知らず、風男は凪いだ心地で先ほどのことを思い返す。もう動揺はない。だからというわけではないが。ちょっとした悪戯心込みで。

 

「そういえばさ、スズカ」

「ん、なに」

「いやさっき、あーんってしてくれたじゃん?」

「…………したかしら」

「ふふ、したんだなーこれが。全然気づいてなかった?」

「全然気づいていたわ。そう、そうね。あーん……しちゃったんだ」

「スズカ、照れてる?」

「……照れてない」

「照れてるね。俺にはわかる」

「照れてないわっ。フウくんの方こそ照れてるでしょ?」

「いやー俺はもう落ち着いたから」

「……ずるい」

 

 そこには、二人でマフラーを巻きながら顔を真っ赤にして歩くウマ娘と、からからと笑いながら歩くトレーナーの姿があったとかなかったとか。

 

 サイレンススズカと常宮風男のクリスマスは、まだまだ終わらない。次の目的地は、そう、ショッピングモールである。

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