サイレンススズカとクリスマスにいちゃいちゃするお話 作:坂水木
時刻は十四時。未だ日は高く、それでも頂点から降り始めた太陽により気温も徐々に下がってきていた。
休日であり、クリスマスでもある12月25日の今日。駅近くは多くの人で賑わっていた。とはいえそれも観客でいっぱいになる中央のレース場とは比べものにならないほどに少ない。それなりに大きな駅であるとはいえ、東京の都心に位置する駅と比べれば小さなものだ。
そんな人の多いような少ないような、微妙な駅近くを歩いてサイレンススズカと常宮風男は次の目的地へと向かっていた。行き先はショッピングモール、歩いて五分もかからない場所だ。
「聞いてなかったけど、スズカって買いたい物あるんだっけ」
「もうないわよ。フウくんが買いたいと言うから付き合っているのと……それと、クリスマスだから」
ちょっぴり照れながら言うスズカに、風男は驚きつつも笑って答える。
「そうだよなー。今日クリスマスだもんね。スズカも季節事くらい気にするか」
「ふふ、ええ、一応はね」
等々、話をしていればすぐにショッピングモールに到着し、入口の前で立ち止まる。ガラス製の扉は開き戸で、大きな柱の影で止まっているそばから人が出入りしていく。
何故そのまま建物の中に入らなかったかというと、スズカの視線が入口横に併設されているガラスのショーケースで止まったからだ。
「クレープ?」
立ち止まり、スズカの視線を追って見た先にある色とりどりのクレープたち。いちご、キウイ、バナナにクリームやチョコと、なかなかに目を惹くスイーツだった。
「フウくん、クレープがあるわ」
「食べたい?」
「食べたい」
「そっか。後でいい?」
「ええ、帰り際にでも……二人で買いましょう?」
「うん。……二人でね」
そっと笑顔を交わして、スズカと風男は並んで大きな建物に入っていく。
いくつかある入口の中でも駅と反対側に面しているからか、人の出入りはそう多くない。ただ、ショッピングモールと言われるだけあって規模が大きいため、中はずいぶんと広い。明るい店内に複数の店舗が並び、多くの女性客で賑わっていた。
一階はレディス用の衣服に加え、軽食屋が多く見られた。立ち寄りやすいようにとの考えか、ドーナツ屋に海外製の茶屋、先のクレープ屋も含めて客は結構多い。さすがクリスマスといったところだろう。
「スズカスズカ」
「ふふ、どうかしたの?」
地味にハイテンションでうきうきとした様子の風男に、スズカは緩く微笑みながら返事をする。
「ケーキ売ってるよケーキ。クリスマスケーキ」
一通り一階を見て回ろうと歩いていたところで、駅側の入口付近でケーキの販売を行っている場面に遭遇した。
「そうね。けど買うのは後でも……?」
風男の今日の目的の一つでもクリスマスケーキを前に、トレーナーの微笑ましい姿にほっこりしながら人が立ち止まり並ぶ光景を眺め、ちょっとした違和感を持った。
「ここのケーキはクリスマスケーキの中でも最高の牛乳を使っているんや!ケーキのクリームはミルクの味が決めてってパティシエが言っとったからなぁ。ぜひ試食してってな!」
聞き覚えのある声に視線を向ければ、白と赤の暖かそうなサンタ服に身を包んだタマモクロスがいた。
優しい笑顔で親子連れにケーキの試食を渡している。売れ行きは良さそうだった。
サッと視線を逸らし、隣の男の手を掴んでその場を離れる。足早にせず風男の脚を気遣ってゆったりとしているのが彼女の優しさの証明であった。
「わ、スズカ?」
「フウくん、二階に行きましょう」
「いやまあいいけどさ。タマモクロスに挨拶とかしなくていいの?」
「ええ。してもからかわれるだけよ」
と、自身の首元から風男の首元までもを指で流して示す。マフラーで繋がったのを見れば、知り合いであれば誰だってからかいたくもなる。わかっているからこそ避けるべきだ。というかスズカは絶対に避けたかった。
「あー……うん。そうかもな。二階ね、行こうか」
なんとも恥ずかしそうに頬をかいて頷く風男に、薄っすら頬を朱色に染めてスズカは頷いた。
タマモクロスは見なかったことにして、ひとまずエスカレーターで二階に上がる。
二階も広々としたところは変わらず、またターゲット層を女性にした部分も変わらなかった。それでも雰囲気は変わり、店の種類も被らないよう調整されている。
風男としてはあまり興味のある部分も少なく、特に雑貨もないように見受けられたのでスルーしていくが、同行者はスズカである。女性も女性、年齢もほどよく客層としては申し分ない。
あまりこういった大きなショッピングモールには立ち寄ることがないスズカは、興味深そうに建物内へと視線を巡らせていた。
二階にもカフェがあるのはいいとして、気になったお店がいくつか。一応エスカレーターで上に昇ってきた段階で階層の地図は見たが、それでも実際の店舗を見ると違うものがある。
とりわけ気になったのは、着物のお店だった。
「フウくん」
「うん」
「私、着物は走りにくいと思うのよ」
「そりゃそうだろうね」
一人の客が軽く着付けをしてもらっているのを眺めながら呟く。
綺麗な藍色の着物は目に優しく、スズカ自身としても着てみたいと思わないこともない。
「会長さんやシチーが着物を着て走っていたけど、私もいつかは着物で走ることになるのかしら」
「うーん、ルドルフさんやゴールドシチーの服はなんていうか……普通の着物じゃなかったから。走りにくいっちゃ走りにくいかもだけど、気にしなくていいんじゃない」
「そうかしら」
「うん」
そう、と小さく声にして言葉を止めた。それから隣に立つトレーナーをじっと見つめる。
「スズカ?」
「……」
むぅ、とうなり、どうしようかと考える。
私が着物を着た姿へのこの人からの感想もそうだけど――と思い、それ以上に別のことが大きかった。勝負服についてだ。
「ねえフウくん」
「うん」
「私、勝負服は新しくした方がいいのかしら」
「え、それ来年にって話?」
「ええ」
「俺はどっちでもいいと思うけどなぁ。スズカが新しく欲しいならURAの方に伝えるよ?」
「そう、よね……」
せっかくの復帰なのだから、心機一転変えてもいいかもしれないとは思った。でも、ずっと着てきた服にも思い入れはある。何より慣れた服は走りやすい。迷いどころだ。
むんむんと考え込みウマ耳を揺らすスズカを見て、風男はしっとりと笑う。重要なものとはいえ、衣服で迷うスズカがずいぶんと可愛らしく思えた。いやいつも可愛いのには可愛いのだが。
このままだと埒が明かなさそうだったので、救い船として案を伝える。
「とりあえず作るだけ作っておいたら?二つあれば選べるんだし、着ても着なくても、ないよりあった方が絶対いいでしょ」
「!」
ぱぁっと表情を明るくして瞳を輝かせるスズカに、そこまで喜ばなくてもと苦笑する。
今日戻ったら、とは言わずともそのうちに準備をしようと話して勝負服についての話題は終わった。
「――あ、フウくん。言い忘れていたわ」
「うん。何よ」
「フウくん、私に着物って似合うと思う?」
真面目な顔で訊いてきたスズカに、風男はからりと笑って返事をする。
「はは、そりゃ似合うに決まってるでしょ」
言うまでもないけどねー、と付け加えるトレーナーに、橙色の髪のウマ娘は満足げに微笑んだ。