「なぁー、ジェノス、ウマ娘のトレーナーっていいよな。」
「どうしたんですか?先生、藪から棒に。」
1LDKほどの、一人暮らし用の質素なアパートの中から、2人の男の声が聞こえた。片方の男は髪の毛が一切生えてはおらず、印象のない顔立ちをしている。もう片方の男は、金髪でイケメンだが、サイボーグのような腕と目をしていた。
「いやな、だからさ、ウマ娘のトレーナーっていいよなーって。」
「...先生、ウマ娘のニュースばかり見てますね。」
ジェノスと呼ばれた男は、禿げた男の問いには答えずに、呆れたようにテレビ画面を見てそう返した。
テレビには、現役を引退したウマ娘と、その元トレーナーが結婚していると言うニュースが大々的に放送されている。
「いやだってさ、ヒーロー辞めてから、することねーしなー。テレビ見ることぐらいしかねぇーんだよ、暇つぶしが。」
禿げた男はそうつまらなさそうに、ため息混じりに呟き、朝食を平らげた後、キッチンへと向かった。
「そうですね。確かに、怪人がいなくなったこの世界では、もう我々の必要性はありませんから。」
金髪の男も、それには同意の相槌を打った後、彼と共にキッチンへと向かう。
無機質に食器を洗う音が、2人を包んでいた。
怪人という未知の脅威が地球を襲って、はや20年が過ぎた。しかし、その脅威は、ヒーローと呼ばれた職業の者たちによってなくなった。
平和を取り戻した世界は、徐々にその日常を豊かにしていく。
その中で生まれた、競馬という競技。
ウマ娘と呼ばれる、常人では考えられない、それこそ、怪人と等しい脚力を持つ彼女達がレースを行い、勝敗を争うその競技は、世界一の娯楽となっている。
ウマ娘がどういった経緯で生まれ、存在しているのかは、怪人の発生が不明であるのと同様に解明されてはいないが、諸説では別世界からなって来たと言うものもあるが、その信憑性は低い。
「...やってみるか、試しに。」
「何をですか?先生。」
禿げた男が、食器を洗う手を止め、思いついたようにそう口にした。
金髪の男の質問に答えることなく、禿げた男はそそくさとキッチンをはなれ、パジャマから外出用の服に着替え出す。
「...うし、財布ももったし、ちょっと行ってくるわ!」
「え、先生!行くってどこに!」
「図書館だよ図書館、教本買いに行くんだよ。」
「だからなんの!」
「トレーナーだよ、トレーナーの教本。んじゃ、ジェノス、後の洗い物よろしくなー。」
禿げた男は、金髪の男に軽く手をあげてそう言うと、アパートを後にした。
「...トレーナーの、教本...?」
そして、部屋には1人、自身の師の行動を理解できていない男が、取り残されたのだった。
こうして、かつて最強のヒーローだったが、その存在を知られていなかった男、サイタマが、トレーナーになる物語が始まったのだった。