ヒーロー、そう呼ばれた職業が衰退して、22年が過ぎた。
あるものは芸能人として、あるものは営業化として、生き方こそ違えど、各々、怪人という脅威がなくなったこの世界で、平和な暮らしを堪能している。
そして、その中のうちの1人、元B級ヒーローであったこの男、サイタマもまた、新たな人生のスタートを切ったのだった。
「...あった、あったぞ...うかったぁぁあ!!!2年間の努力!実ったぁあ!」
「やりましたね!先生!」
自宅のポストに入っていた、一枚の通知書を部屋で勢いよく開封し、サイタマはその歓喜に思わず発狂してしまう。自分の師の喜び様を見て、ジェノスも我が事の様に喜んでいた。
『中央トレーナー認定試験 合格』
この日から、サイタマの新たな人生が、幕を開けたのだった。
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桜が芽吹く、4月。新人トレーナーとしての一歩を切ったサイタマは、トレセン学園というウマ娘の専門学校に就任した。
その説明会、並びに新人同士の交流会も兼ねてサイタマは、慣れない早起きをして、新たなスタート地点となる、トレセン学園へと足を運んでいる。
「...なあー、ジェノス、なんでお前も一緒に来てんの?」
「え?なんでって、俺も先生と同じ、トレーナーの資格持ってますし。トレセン学園に就任することになりましたし...」
「ええ!?うそ!お前いつの間にとってたの!?」
「ええ、先生が資格をとる半年前に、とってました。俺はいつまでも先生の後を追い続けますよ!」
半ばストーカーじみたジェノスの行動と、それを実現する彼の優秀さにサイタマは引きながら、再び無事にトレセン学園へと足を運ぼうとしたところだった。
「姉ちゃん!待ってよ!」
「タマ姉ちゃん全然捕まえられないもん!つまんない!」
「へへ!真剣勝負に手抜きはあらへんで!ほら、よっと!」
通り道の公園で、子供たちと無邪気に遊ぶ、芦毛のウマ娘がサイタマの目に入った。
「...やっぱりウマ娘って、いいよな。」
そして、サイタマはその幸せそうな光景を見て小さく微笑み、少しだけ緩めた歩を、再び進め始めたのだった。
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説明会と新人との交流を終えた翌日、サイタマは不機嫌になりながらも自身の勤務先へと向かう。ヒーローの頃とは違い、2人ともスーツを着ているその姿は、さながら新卒の大学生のようだった。
「.....。」
「先生、どうされたのですか?お体がそぐわないんですか?」
「....。」
「先生、もし何かあれば俺に...」
「だぁあああ!どいつもこいつもジェノスジェノス!なんでだよ、なんで誰も俺に声かけてこねぇぇんだよ!」
「...それは、その、すいません。」
満員の電車を降りて、そのトレセン学園へと続く道の最中、サイタマは発狂した。
昨日の新人交流会。元S級ヒーローとして、その強さと見た目から絶対な人気を誇っていたジェノスは、当然ながら交流会でも絶対的な存在だった。誰もが握手や会話を求め、ジェノスもそれに塩対応ながら応えていた。そして、そこにB級3位のサイタマの存在を知るものなどはいなかった。
誰とも会話できずに、ただ弟子がチヤホヤされている様子を眺めていることしかできなかったサイタマにとっては怒りが溜まるのも当然であり、登校中のウマ娘に見られようと発狂してしまうのは仕方がない事なのである。
そして、再び重い足を引きずりながら、サイタマは歩みを進めたのだった。
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トレセン学園に、サイタマ達はトレーナー免許を見せて入り、説明会の時に受けた所定の教室へと入る。そこで、本日についての重要な説明をうける。出勤して初の仕事は、説明会をもう一度受けたのちに行われるクラス別配属と、新人トレーナーにとって最もかかせないと言っても良い、選考レースのスカウトなのである。
教室を開け、早速取り巻きに囲まれたジェノスを無視して、サイタマは教室にゆっくりと入り、空いたある席へと着席した。
...しかしまあ、平和になったよなー
サイタマは、桜が舞う外を呆然と眺めながら、ふと思い出した少しの思い出に浸っていた。
サイタマがヒーローになった頃、日常的に怪人が現れ、ヒーロー狩り、ムカデ長老、怪人協会、さまざまな脅威が、都心部を襲ってはヒーロー達(主にサイタマである)が消し去っていった。
目まぐるしく変化する日常を目の当たりにしてきたサイタマにとっては、この平和な日常は少しばかり退屈にも感じているのだ。
「....以上をもちまして、説明とクラス別配属について名プログラムを終了します。続いて、選考レースについてです。」
ぼーっと外を眺めていたサイタマだったが、選考レースという言葉によって、現実へと意識を向けた。彼は先ほどとは打って変わって、ものすごい眼差しで資料を見ている。そう、何を隠そう、サイタマは...
ぜっったい、うま娘と結婚してやる...!!
ウマ娘と結婚することを夢見てこの世界に足を踏み入れたのだ。
婚活をするかの如く、資料をめくっては、出走するウマ娘の容姿を観察するサイタマ、その表情は、ヒーローとはかけ離れているほど情けないものであった。
「ではみなさん!高等部の第一レース場に来てください!ただいまより、選考レースを行います!」
その言葉と共にチャイムが鳴り、教室から新人トレーナーがぞろぞろと出ていっていく。その波に、サイタマはゆっくりと、一つの決意を胸に秘めながら乗っていくのだった。
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サイタマは、今高等部第一レース場の観客席に座っている。
ジェノスもサイタマをなんとか見つけ出し、彼の横に腰をかけていた。
ジェノスの取り巻き達もその周辺にひっそりと腰を落としていたが、当の本人は全く気にしては居ない。
「...先生は、一体どのウマ娘を選ぶんだ。」
ジェノスは、自分の師がどのウマ娘を選ぶのか、そのことで頭がいっぱいだったのだ。もとより、彼はウマ娘などに興味はない。しかし、サイタマがその世界に足を踏み入れるのであれば話は別である。地球上、いや、この世界の全ての生命体で最強であるサイタマが進む道には、きっと強さの秘訣があるのだと、彼は信じてやまないのだ。無論、サイタマがトレーナーになった理由はただの結婚相手探しなのだが....
「皆さま、お初にお目にかかります、私はこのトレセン学園の生徒会長を務めています。シンボリルドルフと言うものです。今回、この選考レースの代表取締役として、皆さまにいくつかの注意点と進行について説明いたします。まず、第一に...」
ジェノスが考え事をしていると、ターフの中央から凛とした声がマイク越しに響いてきた。そこには、軍服のような衣装に身を包んだウマ娘が、新人トレーナーに向けてレースの説明や注意点を伝えている。
...あれが、シンボリルドルフか。
ウマ娘に興味がないジェノスでもわかる、あまりに知れ渡った存在であるのが、このウマ娘、シンボリルドルフである。
かつて不可能といわれた7冠を成し遂げ、その絶対的強者である様から、皇帝と名づけられた、いわばサイタマのような究極の存在....
「先生、ご存知だと思いますが、やはりあのウマ娘の存在感は...!?」
隣にいる師に語りかけようと声を出したジェノスは、己のその行為を大いに恥じた。
...なんて、なんてプレッシャーなんだ!!
サイタマの目つき、雰囲気が、すでに本気の、まるで戦闘中のようなものへと変わっていたのだ。
もう既に、先生の中では始まっているんだ...選考レースが!
己の師の、そのどこまでも先を見越した考えと強さに感服しながら、ジェノスはそれ以上口を出すことはなかった。
....やっべぇー!何あの娘めっちゃいい!なんかこう、あれ、人妻!人妻みたい!いい!やっぱりトレーナーさいこぉおおおお!
無論、サイタマはこのようなことをシンボリルドルフを見た時からずっと考え、そのあまりの真剣さをジェノスが勘違いしただけなのだが、それを彼が知るよしもなかったのだ...
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軽快なラッパ音と共に、選考レースが始まろうとしていた。
『それでは、第1ブロックの各ウマ娘はゲートに入ってください。』
アナウンスと共に、それぞれ、ウマ娘がゲートの中へと入っていく。
その中に、一際小さな、芦毛のウマ娘がいた。
...大丈夫、準備はしてきたはずや、調子もええ、絶対、今日という日をものにしたる...!
ストレッチをして、ゆっくりとゲートに入っていくそのウマ娘は、このレースの中で最もと言っていいほど、使命感を背負っていた。
約束したんや、チビ達と、それから、あの人と..だから、必ずうちは...!
その娘の信念が固まったと同時に、旗が振られる、そして...
ゲートが開いた。
ターフを抉り取るように、そのウマ娘は先行していく。前に、前に進み、先頭から3番手の位置についた。
しかし、豪快なスタートとは裏腹に、そのウマ娘はそこから上にはいかなかった。むしろ、順位を後半になるにつれて落としていってすらいた。
はぁ、はぁ、くそ!前に行けへん!邪魔や、どけ!くっそぉおお!
苛立ちを隠すことなく、強引に前に行こうとするが、その小ささゆえに、コースを塞がれて身動きが取れない。そして...
そのウマ娘は、選考レースを8人中4着という結果で終えたのだった。
そして時は立ち、全ての組みが、選考レースを終えた。
各々、トレーナー達は自分がスカウトしたいウマ娘のところへと足をすすめていく。ジェノスもスカウトしようと決めていたウマ娘の元に足を進めようとしたが、サイタマが動かないのを見て再び椅子へと腰を落とした。
「先生、どうしたのですか?スカウトしなければ、トレーナーとしてデビューすることができませんよ?」
勿論、ここでスカウトせずに、トレーナー補佐、教官補佐の立ち位置としてトレセン学園での人生を謳歌するという選択も、新人トレーナーにはある。しかし、それではサイタマが必死にトレーナーの資格を経た意味が無い。ジェノスは、依然として動こうとしないサイタマにもう一度語りかける。
「先生、俺はこれからミホノブルボンのスカウトへ向かいます。彼女のあの精密な走りには、俺の戦闘と通じるものがありました。ですから先生も自分と似たスタイルの...」
「ちょっと黙ってもらってもいいか?ジェノス。」
「!?、申し訳ありませんでした、先生。...失礼します。」
ジェノスは、いつにも増して真剣なサイタマの様子を見て、それ以上話しかけることはせずに、自身のスカウトするウマ娘の元へと足をすすめて行った。
サイタマは、もう誰もターフに残っていないような、そんな売れ残った少人数のウマ娘達が諦めて下を向いている中に、ようやく足をすすめて行った。
そこには、あの芦毛のウマ娘がいた。
「...よ、ちょっといいか?」
悔しそうに唇を噛み、下を向いているそのウマ娘に、サイタマは優しく語りかけた。
「.....。」
芦毛のウマ娘は、サイタマに返事をすることなく、背を向けた。もうここに用はないと言わんばかりに、足をすすめていこうとする。
「...お前、小さいよな、体。」
そんな彼女に、サイタマは迷うことなく、そう言った。
それは、彼女の足を止めるのには充分すぎるほどの罵倒であり、彼女の、その押さえつけていた怒りを爆発させるのには、充分すぎるほどの言葉であった。
「わかっとるわそんなん!なんや!あんたも笑いに来たんか!あ!?それかあれか?重賞レースなら勝てるって言いに来たんか?G2ならいいせんいくって、またそんな言葉をうちはかけられるんか!?ふざけるのも大概にせぇえよ!?うちが小さいのもわかっとる!だからなんや!うちは勝つ!勝たんとあかん!なのに、なのにうちは...」
「...けど、その体じゃ考えられないぐらいの、すげーパワーだった。今日見た中で、1番の走りだった。」
芦毛のウマ娘は、大声でサイタマに感情をぶつけた、ぶつけて、涙を流して、そしてそれを、サイタマは全く気にすることなく、言葉を続けた。
「...は?あんた、いま、なんて..」
「いや、だからさ、今日見た中で、1番よかったって、そう言ってるんだけど...」
「いや、いやいや!アホなんか!あんた!うちは負けたんやで!?何は抜けたこと言ってるや!?同情か?んなもんいらんわ!うちは負けた!デビューは来年になる、そんだけの話や!つまらん同情するぐらいならとっとと消え!」
サイタマの言葉を同情と捉え、芦毛は再び怒りをあらわにした。しかし、それでもサイタマはその場に残り、こう続ける。
「同情?なんで俺がお前に同情すんだよ?勘違いすんなよ?自意識過剰だぞ、あんた。」
「な!、なんやとこのハゲ頭!調子に乗りに来たんならほんまに...」
「だ、か、ら!同情とかじゃなくて、本気で俺はお前の走りに惚れたんだよ。...なんかこう、上手く言えねーけどよ、伝わってきたんだよ、だから、俺はお前をスカウトしたい。」
芦毛の言葉を遮り、サイタマはそう言ったのち、契約書を彼女に渡す。
「もし、まあ担当が俺でいいなら、その紙に名前書いてくれや。えっと、タマモクロス、だよな?んじゃ、俺そろそろもどって次の仕事行かなきゃだからよ、また後でな。」
「え、いやちょ!...なんで負けたうちの名前、知ってるんや。」
サイタマは軽く手をひらひらとさせ、新人トレーナーが集まっているピロティーへと足をすすめて行った。そんな彼の背中を見て、芦毛のウマ娘、タマモクロスはただただ呆然とするしかなかったのだった。
「...なんやあいつ...変なやつやな、ほんま。」
しかし、その表情には、微かな笑みが浮かんでいたのだった。
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選考レースを終え、タマモクロスは外出をしていた。本来であれば、トレーニングや学校が終われば、彼女は真っ直ぐに寮に泊まるのであるが、今日は誰とも知り合いと顔を合わせる気分にはならなかった。
人通りが少ない公園へと足を運び、ゆっくりとブランコを漕ぐ。
その揺れに身を任せながら、今日サイタマからかけられた言葉を、ゆっくりと頭の中で彼女は思い出した。
「今日見た中で、1番よかった、か。」
嬉しさでにやけそうになるほほを、彼女は寸前で引き締めた。
何喜んでるんやアホ!あんなん、絶対同情に決まっとる!あんなんで喜んで、どうすんねん、ほんま!...ほんまに、うちの、アホ。
敗北という事実を再び思い出し、彼女は泣き出しそうになる自分を懸命に押さえつけた。ここでないて仕舞えば、本当に終わってしまう気がしたのだ。
きゃぁぁあ!
そんな、自責の念で狂いそうになった彼女の耳に、確かに女性の叫び声が聞こえた。
「!?なんや!?」
ウマ娘の耳は、人のものよりも何倍も聴覚能力が高い。彼女はすぐに声がした方へと駆け出した。
「はぁ、はぁ、たしか、この辺のはず...」
タマモクロスは、息を切らしながらも声の主を探した。そして、それはすぐにわかることになる
「な、なんなあれ!」
タマモクロスから、少し離れた位置に、腰を抜かして、倒れ込んでいる少女がいた。
そして、その倒れ込む少女の前方に、ゆっくりとたたずんでいる黒い陰。それは、人でもなく、ウマ娘のものでもない...
「まさか、嘘やろ...あれが、怪人」
タマモクロスの呟きを肯定するかのように、ゆっくりと月明かりが怪人を照らしていく。両手がカニのようなハサミ状に、セミのような顔をした姿のその怪人は、タマモクロスの存在を気にすることなく、ゆっくりと女に近づいていた。
...こ、怖い。
その威圧感に、逃げようと、タマモクロスは足を進めようとして、けど、動かなかった。恐怖で体が震えて、動けなかったのだ。
「わぁぁあん!おかぁあざぁあん!いやだぁぁあ!」
しかし、その声が、タマモクロスの震えを、止めた。
無意識だった。膝を柔らかく使い、彼女は加速した。そして、一気に少女の目の前に、立ち塞がり、怪人へと目を向けた。
「お、お姉ちゃん、..だ、ダメだよ!あっち行って!この怖いの、食べるの!人!だから、だから!」
少女は、タマモクロスの存在を認識すると、泣くのをやめ、必死に彼女をここから逃げるように語りかけた。しかし、タマモクロスは動かない。そして、少女に振り向くことなく、言葉を紡ぐ。
「...あんなぁー嬢ちゃん、うちな、こんな見た目やけど実はめっちゃ喧嘩強いねん。地元じゃ負けなしやった...せやから、心配せんでもええよ。うちは負けん。...けど、嬢ちゃんに一つだけ願いがあるねん。」
まとまりがない文体で、そう言葉を区切った彼女は、ゆっくりと少女の方を振り向く。そして...
「お願いやから、うちが叫んだら、走って逃げてや?」
そう言って、優しく微笑みを浮かべた彼女は、目の前の怪人を睨みつける。
「あんた、女の子泣かしてなにしてんねん!あ?気持ち悪い見た目してな、そんなんじゃモテへんぞ!」
「....。」
「言葉は通じん、か。」
半ば諦めたように息を吐き、彼女は覚悟を決めた。
「らぁぁぁぁぁぁあ!逃げェエエエエや!嬢ちゃん!」
そして、一気に加速して、怪人に突っ込む。少女はそれを見て走り出し、泣きながらその場から逃げていった。
タマモクロスは見よう見まねでやっていた蹴り技を、加速した勢いに乗せて怪人へと打ち込んだ。ウマ娘の脚力は人並みとはかけ離れた強さを持つ、そしてその力は、ヒーローに匹敵すると言っても良い。彼女の蹴りを受けた怪人が、鈍い声と共に後ろへと後退していく。
「どや!これがなにわ流奥義、ウマ娘キックや!」
アドレナリンで興奮しているのに任せ、彼女はそう叫ぶと、今度は逃げる体制を作ろうとした。
嬢ちゃんを逃すこともできた、あいつも怯んどる、今のうちに...
しかし、その目の前に、確かに後退していたはずの怪人が、まるでそこに初めからいたかのように現れた。
「!?」
そして、次の瞬間、タマモクロスはわけがわからないうちに宙に浮いていた。怪人に何をされたわけでもなく、ただ、宙に浮かんでいる、そして...
「!?がはぁ!!」
そのまま、地面へと投げ出された。
...なんや、なんなんやこれ、体が、痛い、何でこんな目に、うちが...
体のどこかの骨を折ってしまったのか、上手く体が動かない。
そんな彼女を嘲笑うかのやうに、怪人が口を開いた。
「...ウマ娘、噂には聞いていたが、想像以上に素晴らしい。気に入った。」
そして、ゆっくりと歩をすすめ、タマモクロスに向かっていく。
....うち、死ぬんやろか。このまんま
遠のく意識の中、タマモクロスはそんなことを考えていた。
目の前の視界は霞んでおり、荒い呼吸音だけが、空気を振動させている。
...レースで負けて、約束守らんで、そんで、わけわからんやつに殺されかけて....
涙が、自然と目からこぼれていく。ああ、これが終わりなんだと伝えるように、彼女の体から、力が抜けていく。
...けど、せやな。....あのタコ頭のトレーナーと、もう少し、話してみたかったなぁー....
そして、わずかに浮かんだ彼を思い出して、タマモクロスの意識が途切れかけた時だった。
誰かが、爆風と共に、タマモクロスの前に来た。
スーツを着ていて、ビジネスバックをもったその男は、髪の毛が一本もなく、確かに彼女が思い描いていた男で..
「....死ねよ、お前。」
そして、その言葉と共に、男は腕を軽く怪人に当てた。
しかし、怪人の胴体は全て消し飛び、下半身のみがそこに残って、そして、灰になってゆっくりと消えていく。
「....大丈夫か?タマモクロス。」
そして、男はゆっくりとかがんで、タマモクロスに、血で汚れていない方の手を差し出した。
「あんた...あんた、何者なんや!あんな怪人ワンパンで終わらすなんて、あんた一体全体、何者なんや!」
タマモクロスは、そのあまりの光景に、痛みを忘れてそう男に問いただした。それに、禿げたこの男は、こう答えるのだった。
「...俺の名前はサイタマ。職業はトレーナーで、趣味でヒーローをしているものだ。...タマモクロス、それから俺は」
一呼吸置いて、男はもう一度、こう伝えるのだ。
「タマモクロス、お前をスカウトしたい。」
ゆっくりと微笑み、手を差し伸べた彼を、彼女は恐れていたのだろう、けど、それでもその言葉は、確かに彼女の胸に届いた。
これが、芦毛のウマ娘と、元ヒーローの物語の、始まりである。