ラストワード   作:やまもとやま

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11、血の原点

 真紅が病院に運ばれてから一夜が明けた。

 当然だが、世界に何も影響はなかった。

 

 この世界はいつもと同じ一日が始まっていた。

 朝のニュースはいつもどおり進行し、いつもどおりに始発電車が出発した。

 

 護もその流れに乗って、いつも通り学校に来ていた。

 特に真紅のことを考えることはなかったが、朝のホームルームで、担任の沙知が真紅が病気に運ばれ、まだ意識が戻っていないという旨を伝えた。

 沙知は昨日に比べ、疲れた様子だった。

 

 真紅の危篤が伝えられても、特に教室の雰囲気が変わることはなかった。

 真紅はもともと学校を長期休んでおり、親しい友人も特にいなかった。

 存在を知らないという生徒も少なくなかった。

 

 ホームルームが終わると、教室はいつもと同じ雰囲気に包まれた。

 

 いつもどおり。

 

 護はいつもどおり、席に座ったまま、時が流れるのを待っていた。

 真紅がいないことを気にすることもなかった。

 

 しかし、護の隣の女子生徒はホームルームが終わった後、ちらちらと護のほうを気にしていて、話しかけるタイミングを図っていた。

 特に何かのきっかけがあるわけでもなく、護に話しかけた。

 

 

「護君は知ってたの? 月花さんが入院したって」

 

 護はちらりとだけ、女子生徒のほうに目を向けたが、それ以上の関心は示さなかった。

 護の隣の女子生徒も、特に親しい友人がいないのか、多くの時間を一人で過ごしていた。

 

 護のクラスは極端に分け隔てられている。

 護の周辺とそれ以外に線引きがなされている。

 境界線を境に、世界の秩序が根本的に異なっていた。

 

「知ってたんでしょ。救急車が来たとき、護君、教室にいたもんね」

「なんでそんなこと知ってんだよ」

「女子の心眼」

 

 女子生徒は真顔で妙なことを言った。

 

「あの子、もうすぐ死んでしまうでしょうね」

 

 女子生徒は真顔でそうつぶやいた。

 

「でも、かわいそうなんて少しも思わない。だって、それがあの子のステータスなんでしょ。100歳まで生きられる生命力があったら、きっと護君の目には留まらない存在。十分、恵まれたステータスだよ」

 

 女子生徒はそれを言い終わると、教室を出て行った。今日はその後、教室に戻って来ることがなかった。

 

 ◇◇◇

 

 放課後、予定通り補習が行われた。

 護はいつもどおり、その補習に参加した。学校の計らいで、1時間の補習で4時間分の授業分で換算されることになった。

 気づけば、護の卒業に必要な単位はあとわずかになっていた。

 

「今日はこれで終わりです。気を付けて下校してね」

 

 沙知は一日を通して元気がなく、補習の時間もいつものような熱量はなかった。

 

「日向君も気を付けてね」

「……」

 

 護は教室を出る前に一度だけ沙知の様子を確かめた。沙知は深いため息をついていた。

 

 ◇◇◇

 

 学校を出てから、護は携帯電話を確認した。

 4件の着信があった。

 護の携帯に電話を入れるのは、たいてい太田であり、やはり着信は太田からだった。

 

「おう、相変わらず電話に出やがらねえやつだな」

 

 電話を入れると、太田は開口一番不平をぶつけた。

 

「授業中だったんだよ」

「そうか。ちゃんと授業には出てんだな。ちゃんと頼むぜ。お前の出世はおやっさんの生きがいだからな」

「で、なんか用か?」

「おやっさんがまた来てほしいってよ。言い忘れたことがあるらしいんで」

「遺言書にでも書いとけと言っといてくれ」

「アホ、この罰当たりが。今から行くから場所教えろ」

 

 場所を教えると、太田はすぐにやってきた。

 護はいつもどおり、助手席に乗り込んだ。

 

「今日は参ったぜ。サツの職務質問に2回もあった。ま、おれにやましいことはねえがな」

 

 太田はそう言って、車を走り出した。

 

「免許はゴールド、履歴書も名門大卒。おれは立派な社会人さ」

「殺人三犯のカスがよく言うよ」

 

 護はほとんど誰にも聞こえない声で言ったが、太田の地獄耳には届いていた。

 

「おれの殺人は清き殺人だ。後に10万人は殺すはずだったやつをやったんだからな」

 

 太田は過去の犯歴をまったく反省していなかった。

 

「検察もそのことはよくわかってた。あいつら、証拠は十分だったが、伊藤殺しのときは別件起訴に甘んじたしな。結局、サツに都合のいい殺人は勲章ってことだ。命の価値が平等なんて、お花畑の世界でしか通用しねえ」

 

 太田は言いながら、車を細道に入れた。ボスの家は都市、住宅街からも離れた場所にある。車はどんどん暗く、静かな場所へと向かっていった。

 

「ところで護、失恋でもしたのか?」

「あ?」

 

 護は顔を上げた。

 

「おれはメンタリストだ。人間の感情を理解する達人さ。お前らしくもない顔だ」

「おれはいつもどおりだろ」

「いいや、お前の抜けた表情にはいつも殺気がみなぎってるもんだ。背後から忍び寄ろうもんなら殺されるっていう本物の殺気だ。だが、その殺気が薄れている。違うか?」

「お前の読み違いだな」

 

 護は終始、いつもの表情でいたが、太田にはその変化がわかったようであった。

 おそらくは真紅の影響だった。

 

 取るに足らない、クラスメイトとも呼べないどうでもいい女子生徒だったが、特別な影響力が働いていた。

 

「一応青春を謳歌する高校生だろ。ちっとは羽目を外してもいいんだぜ。まあ、バイクを乗り回して、人をはねるバカよりはマシだが」

 

 青春に不随するあらゆるものが、護には興味のないことだった。

 

 ◇◇◇

 

 車はブラッディエンジェルのボスが隠居する一軒家についた。

 相変わらず殺風景な場所だった。

 とにかく危険な茎で包まれている。

 

 どこからピストル弾が飛んできても不思議ではない、そう感じさせるような空気感だった。

 ボスの家は厳重に管理されていた。

 玄関口には、常に2人の見張りがついていた。

 

 誰も寄り付きそうもない場所でありながら、ここまで厳重にしなければならない人物がここにいる。

 護はその人物と面会した。

 

 ボスは前回会ったときに比べ、少し回復したように見えた。

 前回のときは死にそうな姿をしていたが、その日は表情に明るさがあった。

 

 事実、護がやってくると、ボスは笑みを浮かべた。

 

「おお、護、来てくれたか」

 

 ボスは嬉しそうにした。

 明らかに、前回よりも元気があった。

 太田はボスの付き人に確認した。

 

「おやっさん、今日は元気だな」

「ここしばらく様子は落ち着いている。まあ、鎮痛剤、ステロイドの効果もあるだろうが」

「そうか。治ったわけじゃないんだな」

 

 ボスは末期がんを宣告されている。いまさら、治るはずはなかった。

 それでも、医学の力によって、状態は良好なものに保たれていた。

 とはいえ、すでに脊髄が一部侵され、歩くこともままならないのだという。

 

 それでも、ベッドに座っているボスの表情は十分健常者だった。

 

「すまないな、学校が忙しいのにわざわざ呼び出して」

「まったく迷惑な話だ」

 

 護は文句がちにそう言って、近くに腰かけた。

 

「学校には行っているのか?」

「ああ」

「部活動は何かしているのか?」

「帰宅部だな。それにおれは3年生だ」

「そうか。護は足が速かったからな。サッカー部で活躍しているところを見たかったな」

 

 ボスの活舌は良かった。体調は本当に良さそうだった。

 

「で、用事はなんだ? おれはさっさと家に帰りたいんだが」

「すまぬすまぬ。さっそく話そう。と言っても、たいした話でもないのだがな」

「なら帰るよ」

 

 護は立ち上がろうとしたが、ボスが止めた。

 

「そう言うな。お前の将来にかかわることでもある」

「……」

 

 護はため息をついて再び腰かけた。

 

「前回、ワシの遺産を護に相続させると言ったな」

「やっぱやめるってか?」

「いや、すべての遺産は約束通り、護に相続してもらう。しかし、もう1つ相続すべきものがあってな。まあ、不動産関係の資産がいくつかあるんだ」

「めんどうくせえ。太田に渡しとけよ」

「護にしか扱えんものだ。例のブラッディ・エンジェルの旧アジトだよ」

「……まだ残ってたのか、あの場所」

「うむ、設備もそのままにな。ほほ、いま思えば懐かしいな。もうあれから4年以上が経つのか。いや、ワシにとっては懐かしい」

 

 ボスは遠い目をした。

 旧アジトは、ブラッディエンジェルの転換期そのものだった。

 ボスと護の出会いの場所であり、世界の生き死にがかかった瞬間でもあった。

 

 ボスはあのときのことを懐かしく思い返していた。しかし、護にとってはどうでもいいことだった。

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