ラストワード   作:やまもとやま

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12、美しい世界

 放課後、不良少年のグループは一人でとぼとぼと歩いていた護を捕獲して、人目の付かないところに連行した。

 ちょうど体育館の後ろは死角として最適な場所だった。

 

「何をするんだよ?」

「暴れるな」

 

 不良少年は護を地面に叩き伏せて、身動きが取れなくした。

 そして、メガネの少年が護から熊のぬいぐるみ「くーたん」を取り上げた。

 

「やめろ、返せ」

「だから暴れるなつってんだろ、この野郎」

「くーたんを返せ!」

 

 護はじたばたともがいたが、護より一回り体の大きい不良少年が何人がかりで抑えているので、まったく抵抗にならなかった。

 メガネの少年は卑しく笑みを浮かべた。

 

「ひひひひ、これよりくーたんの公開処刑を行う」

 

 メガネの少年はくーたんを段差の上に置くと、どこからか持ってきた伐採用の大きな長バサミを取り出した。

 

「やめろ!」

「よーく見て置くがいい。そして覚えておくがいい。今日がくーたんの命日だ」

 

 メガネの少年はそう言うと、護の目の前でくーたんにハサミを入れた。

 よく切れるそのハサミは容赦なくくーたんを真っ二つにした。

 

 くーたんは護の唯一の友達だった。いや友達以上の存在だった。

 母親がいなくなったときから、護の唯一の家族でもあり、いつも一緒にいてくれた守り神のようなものだった。

 

 施設にいたころも、護は誰にも心を許さなかった。

 くーたんは護の唯一心を許せる存在だった。

 

 しかし、そのくーたんは無残に引き裂かれた。

 真っ二つ。四つ切り、八つ切り……。くーたんの体は原型を失い、塵へと還っていった。

 

 護はくーたんが引き裂かれるたびに、視界が引き裂かれていくのを感じていた。

 くーたんが残骸になっていくのに比例して、目の前が残骸になっていく。

 

 目の前のメガネの少年も解体されていく。この世界が消えて行く。

 護は自分が世界の解体者であると悟った。

 

 世界が破壊されていく。

 護には、それがダイヤモンドの光沢のように美しいものに映った。

 破壊は美しいことである。

 なんてきれいなのだろう。こんなきれいなものは見たことがない。

 

 そうか、自分の役割は世界を破壊することなのだ。

 

 護は我を失った。

 

「ぎゃあああああ」

 

 体育館裏で少年の悲鳴が上がった。

 しかし、その場所が死角であたため、その悲鳴は誰にも届かなかった。

 血しぶきが上がった。世界が真っ赤に染めあがっていく。

 そうなればなるほど美しかった。

 

 護はもっと美しいものを求めるように、体を動かした。

 気が付くと、護はくーたんを粉砕した長バサミを手に取っていた。

 

 それで人間を解体した。

 人のどこが切断されたのかは、護にはわからなかった。

 

 護の視界にはモザイクがかかっていた。くーたんがバラバラになったのと同じように世界はすでに解体されていた。

 

 雨が降り始めたようである。

 護は雨を受けてようやくその体を止めた。

 

 呆然と前を見つめていた。手から力が抜けて、長バサミが地面に落ちた。金属音が響いた。

 

 地面に血が流れている。悲鳴が聞こえる。

 

 遅れて、教師が現場に到着した。

 騒然たる光景に大の大人もみな戦慄した。

 

「日向君、いったい何があったんだ?」

 

 教師が呆然と立ち尽くしていた護に問いかけた。

 護はまっすぐ前を向いたまま、不気味に笑い出した。

 

「ふふふ、とっても美しいや」

「日向君、しっかりするんだ」

「まるでダイヤモンドみたいだ」

 

 護が見たダイヤモンドのような世界は真っ赤な血の色だった。

 

 ◇◇◇

 

 最悪の暴力事件は幸い死者を出さなかったが、護をいじめていた少年全員が身体に大きな障害を抱えることになった。失明する者、指を失う者、あまりに陰惨な光景だった。

 護の精神状態が異常と判断された。

 そのため、少年たちの証言だけが事件の手掛かりとなった。

 

 護が一方的に暴れまわった事件として扱われ、護はそのまま特別少年院に送られることになった。

 

 護の精神鑑定を行った医師の報告書によると、

 

1、猟奇的な行為に快感を覚えており、物事の善悪な判断がつかない状況

2、ねじ曲がった思想にとりつかれており、社会生活を送るのに十分な意思疎通は不可能

3、精神病棟における隔離の必要性あり

 

 しばらく、護は精神病院に入院することになった。

 護は無機質な世界の中でただ1つ、最後の言葉をつぶやいた。

 

「僕は聖なる天使……もっと血を流して世界を救ってあげなきゃ……」

 

 ◇◇◇

 

 自然豊かな高台が連なっている。

 みかん農園が所狭しと広がっている。今年は豊作を思わせる実りを見せていた。

 

 しかし、その男にはこの地が汚染物質の埋没地であることを知っていた。

 男は車を運転してはるばるこの地にやってきた。

 

「相変わらず交通が不便なところだ」

 

 男はぼやきながら黒の軽自動車でとある施設に入った。

 看板が上がっている。

 

「羽ばたけ、可能性の天使たち」

 

 その言葉の隣に、かわいい天使のイラストが載っている。

 

 ここは「ホワイトエンジェル」という名前の保護施設だ。

 主に精神障害者、知的障碍者の少年少女が入居している。

 

 ゆえ、男はこの地を汚染物質の埋没地と表現した。

 核物質を廃棄するように、子供たちが詰め込まれている。

 

「何が天使だ。何が障害者を理解しようだ。そんなものは体裁だけ。汚い厚労省の天下り先だろうに」

 

 男は看板を見てぼやいた。もっと厄介な汚染物質が放り込まれていることを悟っていた。

 男は帽子を取ると、窓口に挨拶をした。

 

「おう、田口来たか」

 

 窓口から、やくざの構成員のような強面の男が顔を出した。

 対して、田口と呼ばれた男は優しそうな男だった。風体は冴えないサラリーマンのようだった。

 

「いまは田中ですよ、樋口刑事」

「いまは刑事じゃねえ。非常勤講師だよ」

「刑事はおやめになられたのですね」

「飲酒運転でな。ったく、酒のいっぱいで大げさなもんだ」

「警察が法律違反とは世も末ですな」

「やくざに言われたかねえよ」

「失敬ですな。私はれっきとした弁護士です。正義の味方というやつですよ」

「けっ、偽名使って詐欺100犯のてめえが正義の味方だぁ? 地獄に堕ちて悔い改めて来い」

「証拠もないのにひどい言い草はやめてくださいよ、樋口刑事……いえ、樋口先生ですかね」

 

 二人はずいぶんとなじみが深いようであり、話が盛り上がった。

 

「で、例のやつに会いに来たんだろ?」

「うむ、どうしてももう一度会いたくてね」

「ずいぶん惚れ込んでるようだが、元刑事として忠告しといてやる。あいつは相当やべえやつだ。触らぬ神に祟りなしだぜ」

「いまは最高の祟り神が必要な時代ですからね。樋口先生もそう思いますでしょう? この世界はあまりに汚れすぎました」

「こっちとしては疫病神の引き取り先に難儀していたからありがてえが、極悪人のお前でもやつを操るのは無理だな。近い将来、てめえはやつに呪い殺されることになるだろうよ」

「それならば、肺炎をこじらせて病院のベッドの上で死ぬよりはいくらかマシですよ」

「で、いまお前の名前はなんだ?」

「いまは田中五郎です。一部西田太郎の名前も使ってますが、田中でお願いします」

「相変わらず馬鹿げたやつだな」

 

 樋口は自分のことを悪人と思っていたが、田中には敵わないと思っていた。しかし、もっと危険な少年がこの地には住んでいた。

 

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