ラストワード   作:やまもとやま

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6、黒

 放課後、護が携帯電話を確認すると、着信履歴が埋まっていた。

 繰り返し電話をかけてきたのは、太田だった。

 

 護は面倒くさそうに太田に電話を入れた。護と違い、太田はすぐに電話に出た。

 

「おらぁ、護。今まで何してたんだ。電話にはすぐ出ろ」

「授業中だったんだよ」

「ったく。で、ちゃんと卒業はできるんだろうな? おやっさんはお前の大学進学を楽しみにしてんだからな」

「まだ死んでなかったのか、あの老人」

「たりめーだ。おやっさんがそう簡単にくたばってたまるか。で、いまどこにいるんだ?」

 

 護は顔を上げた。ちょうど信号機が目に入ったので次のように言った。

 

「信号機の前だ」

「わかんねーよ。がっこの帰り道か?」

「ああ」

「なら今から行くからそこで待ってろ」

 

 太田はそれだけ言うと、電話を切った。

 

 太田の車はすぐにやってきた。

 太田はクラクションで護に知らせると、目の前のドラッグストアを指さした。そこに停車するから来いという合図だった。

 

 先に駐車場に車を止めた太田は護のほうに手を振った。

 護は特に急ぐこともなく、ふらふらと太田のもとに向かった。

 

「これからブラッカーズの幹部に会いに行くんだよ。護も一緒に来いよ」

「ヒットマンか?」

「そんな楽な仕事じゃねえよ。おべっか使いに行くんだ。おれの一番苦手なことだからな。護、サポートしてくれ」

 

 護は乗り気ではなかった。この業界に関わりたくもなかったし、こんな裏社会のならず者組織はまとめて消えてしまったほうがいいと考えていた。

 

「宿題があるんだが?」

 

 護がそう言うと、太田は笑った。

 

「お前が宿題なんてするタチかよ。いいから乗れって。飯ぐらいおごってやるからよ。頼むよ、石林の右腕の坂口、おれあいつが特に苦手でな。拳で語り合うなら別だがよ。今回はそうじゃねえ」

「おれは何もしないぜ」

「ああ、隣で座ってくれてりゃいいよ。行くぜ」

 

 護は仕方なく、太田の車に乗り込んだ。

 

 ◇◇◇

 

 関東連合ブラッカーズは東京に拠点を置く国際マフィア組織だった。

 もともとはアメリカで暗躍する麻薬ビジネスの総本山であったが、FBIの一斉摘発による抗戦の末、大きく分裂することになった。

 CIAはブラッカーズの構成員の多くがメキシコに亡命したと見ていたが、実際は約半数が日本に来ていた。

 

 ブラッカーズは東京に本部を置いて、麻薬ビジネスを中心に勢力を立て直していった。

 現在は、日本最大のマフィア組織として暗躍している。

 

 ブラッカーズは警察組織の買収に力を入れていた。

 有力な検察や裁判官もブラッカーズの手にかかっているという。

 ブラッカーズは優秀なハッカーを多数そろえていて、頻繁にサイバー攻撃を仕掛けていることでも有名である。

 

 同じく関東で活動しているブラッディエンジェルにとって、ブラッカーズは最大の天敵でもあった。

 護はブラッディエンジェルのボスに拾われた身である。直接、この業界の仕事に関わったことはないが、ブラッカーズの構成員とは何人も会ってきた。

 

「護も知ってるだろ? 渋谷ジャイアントバーガー。ほら、テレビでも特集してた最近完成したあのでかいビルだ。中国人がオーナーだったが、先月、ブラッカーズが新しいオーナーになったそうなんだ」

「……」

 

 護は興味なさそうに窓の外を見ていた。

 

「ここ最近、都心の大型不動産を次々と狙ってる。石林のやつが言っていた「日本買収計画」ってやつがどんどん進行してるみてえだ」

 

 太田はそう言うと、舌打ちした。

 

「このままやつらの好き勝手にさせるか」

「どうでもいいだろ、そんなこと」

「他人事じゃねえぜ。やつら、おれたちの縄張りにも手を出してんだ。構成員が何人も買収されてる。おれたち裏社会の人間はサツに頼れねえ。盗られたものを取り返す方法は力しかねえんだ。だが、その力は弱まっていくばかりだ」

 

 ブラッディエンジェルはかつて日本最大の勢力だったが、ボスが病気で倒れ弱っていくのに比例するように、力が弱まっていた。

 

「おやっさんが第一線にいてくれれば、ブラッカーズの野郎も黙らせられるのに……あいにく神は残酷なことをしやがった」

「……」

「だが、おれはあきらめねえ。必ずブラッカーズを粉砕する」

「くだらねえ話だな」

 

 護は静かにそうつぶやいた。

 

「くだらねえか。確かにな。やくざなんてくだらねえ存在だよな。そりゃあ、おれにろくなおふくろがいりゃ、足を洗ってまっとうな仕事をしろと言うだろうな」

 

 太田は口元を緩めた。

 

「だが、おれはもう決めてる。ブラッディエンジェルが地に堕ちる時が、おれが地に堕ちる時だ」

「……」

 

 護は肯定も否定もしなかった。

 

 ◇◇◇

 

 太田の車はジャイアントバーガーにやってきた。ここは東京を代表する高層ビルであり、主にイラスト会社やアニメーション下請け会社が入っている。

 その多くが中国アニメの下請けを担っており、中国アニメーションの世界進出に一役買っていた。

 ブラッカーズがオーナーになってから、家賃が15%ほど上昇し、いくつかの会社が撤退し、代わりに怪しげな違法賭博を運営するならず者企業が入ってきた。

 

 ブラッカーズがオーナーになって、どこか外観も闇に包まれているようだった。

 一階から二階に巻き付くように駐車場があり、ずぼらな身なりの男たちがうろついていた。見るからに治安が悪そうで、まともな人間が近づけない雰囲気を醸し出していた。

 

 太田が車を止めてドアを開けると、さっそく近くで怒鳴り声がとどろいた。

 酔っ払いの喧嘩だった。

 殴り、怒鳴り、そして、こわもてのガードマンが銃をつきつけ、やがて発砲。

 

 一人の男が血を流しながら地面に膝をついた。

 衝撃的な光景だったが、太田も護も、野良猫でも見るような目でその光景を見るだけだった。

 

「相変わらずきたねえところだ。たばこの吸い殻ぐらい掃除しとけっての」

 

 太田はそう言うと、地面に散らばったたばこの吸い殻を蹴り上げた。

 

「清掃員も雇わないお粗末な経営だ。女の子がキャンディの1つも買いにこれやしないぜ。それで儲かってんだから、おかしな世の中だよな」

 

 太田はそう言いながら、速足で駐車場からエレベーターのほうに向かった。護は黙ってついていった。

 エレベーターの前には、メガネをかけた小太りの男がいた。

 鋭い目つきで、鼻息が荒い。正常な精神状態とは感じさせなかった。

 

 太田はその男に声をかけた。

 

「あんちゃん、ロシアンルーレットに参加すんのか?」

「死ね、バカ。殴り倒すぞ、コラ!」

 

 男はそう言って大きな声で脅すと、せわしなくエレベーターのボタンを拳で殴りつけるように押しまくった。

 

「おらー、おせーんだよ。ぶっ殺すぞ、ごらぁ!」

 

 男はさんざん喚き散らしたが、エレベーターはなかなか来ない。護も太田も男の様子を見慣れた光景として見ていた。

 

「賭博ジャンキーになっちまったら、もはや人間じゃねえな。パチンコ依存症であーだこーだ言ってるうちはまだ幸せなもんよ」

 

 ようやくエレベーターがやってきた。太田と護は先ほどの男と同じエレベーターに入った。

 

「あんちゃん、生きて帰れたら、今度こそギャンブルなんてやめろよな。ギャンブラーがかっこいいなんてカイジの世界の話だけだぜ」

「ちゃらすぞ、コラ! オラ!」

 

 男は壊れた目つきで怒鳴り声を上げるだけだった。彼がギャンブルを引退する日があるとしたら、それは彼自身の命日以外にない。

 

 太田と護は5階に降りた。

 このあたりはバーが何点か入っていて、そのうちの1つ「ブラックリリィ」でブラッカーズの幹部である坂口と面会することになっていた。

 

「嫌な雰囲気だ」

 

 太田はそう言いながら、ブラックりりィのインターホンを鳴らした。

 なかなか応答がない。護はその間、あたりの様子を見ていた。

 薄暗く狭い通路がどこまで続いているように見えた。現世の領域にはとうてい思えなかった。

 

 ややあって、陰湿な目をした男が一人出て来た。

 

「会員証」

「ほらよ」

 

 太田は「会員証」という名の一丁のピストルを差し出した。

 

「会員証はこれだけかね?」

「ああ」

「あなたの後ろにいる少年は?」

「東大合格を夢見る真面目なジョーカーだよ。気晴らしにウイスキーでも飲ませてやろうと思ってな」

「……」

 

 男はうなずくと、中に入るようにうながした。

 中は狭く、ナイトクラブの雰囲気よりもう少し闇の深い空間だった。

 

 バーには女が一人、男が一人座っていた。

 女はモデルのような美形で、振り返ったその目は刺すような鋭い眼光を放っていた。

 男はビジネスマンのような知的で落ち着いた外見をしていた。年齢は若く見え、20代前半のようにも思える。

 

 太田はすぐに男の前にやってきた。

 

「来たぜ、坂口よ」

「ご足労おかけして申し訳ありませんでしたね。どうぞ、好きな席にお座りください」

 

 坂口と呼ばれた男はさわやかな笑顔でていねいにそう答えた。

 護は坂口のほうを見たあと、その隣に座っていた女性のほうに目を移した。

 女性はすぐにウインクしてきた。女は誰もが羨む美形の持ち主で、自分でも美しさに自信を持っているようだった。しかし、護には不快感の塊にしか見えなかった。

 

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