隣のウマは超怖い カブラヤターボの大冒険 作:エタノールの神様
ガコン
「ピギャアアアアアアアアアアアア」
ゲートが開くなり悲鳴を上げて後先考えないとかそういう次元じゃない超絶ハイペースで逃げ出すウマ娘がいる。私だ。カブラヤターボだ。
私は他のウマ娘が怖い。超怖い。
いや、日常生活ではそんなに怖くない。むしろ仲良くじゃれあっている。なんなら私の恋愛対象にはヒトの男性だけでなくウマ娘も含まれているまである(ウマぴょい!…違うそうじゃない)。
問題はレースだ。
追いかけてくる後ろのウマ娘は怖い。目はギラギラしていて、鋭い気配がして、まるで獲物を狙う肉食恐竜のように感じられる。足音は実際より遥かに大きく聞こえ、息づかいは飢えた獣のようによだれの音が混じって聞こえる。後ろを後ろを振り返ればウマ娘たちはその後ろに巨大な分身を従えている幻覚が見える。逃げないと喰われる。脚を止めたら死ぬ。殺される。そんな恐怖が走っている私を包む。
だからレース中の私の頭の中は恐怖で一杯。ペース配分とか、ラップタイムとか、走りのフォームとかバ場状態とかそんなことは考えてられない。逃げる。逃げる。とにかく逃げる。怖い。死にたくない、殺されたくない、生き残りたい。
レースで走っている私の目は大きく開き、唇はレースが進むにつれて赤みが失われてゆき、顔面は蒼白となり、呼吸は大きく乱れている。
選抜レースの度に私のそんな様子を見た他のウマ娘たちやトレーナーが「もういい、あなたは十分頑張った」「競争中止しろ!それ以上は体が持たない!」などと声をかけていたそうだ。しかしそれらは私には聞こえていない。だって恐怖で一杯だから。私のウマ耳は後ろのウマ娘たちの足音と舌なめずり、巨大な背後の分身のうなり声に占領されている。
レースも中盤になり、後続のウマ娘と25バ身ほど離れると、私は少し安堵して少し脚を緩める。呼吸は整ってきて、体に酸素が行き渡り、唇の色は赤みを取り戻し、朦朧としていた全身の感覚が戻ってくる。ふと後ろを見る。だいぶ距離がある。このままゴールまで逃げてしまおう。このままなら楽に勝てそうだ。
だがしかし。4コーナーに差し掛かった頃、後ろの気配が再び大きくなる。足音はレース序盤より大きく聞こえ、舌なめずりの音はさらに飢えているように聞こえ、背後の巨大な分身は止めを刺さんとばかりに咆哮し、襲いかかってくる。ギラギラした視線はさらに鋭くなり、かなり強いオーラが私に襲いかかる。後続が追い上げてきて差が縮まったのだ。
怖い。殺されたくない。死にたくない。私の全身は再び恐怖に占領され、脚はその全力を以て動き出す。呼吸は荒くなり、せっかく取り戻した全身の感覚も失われていく。
後ろのウマ娘が近づいてくる。背後の巨大な分身が私のすぐ後ろまで来ている。
「イイイイイイイエエエヤアアアアアアアアアアアア」
私はまた声にならない悲鳴を上げた。
死にたくない、捕まりたくない、まだ生きていたい。
そんな感情が私を完全に支配している。
そして、私はゴール板を駆け抜けた。
ゴール板を駆け抜けると、いつの間にかそんな感情は私から消え去っていた。レースはどうなったんだろう。私は掲示板を見た。
1着、7番。よかった、私の番号だ。二着との着差は3バ身。そんなに放していたのか。
呼吸が少々落ち着いた私はコースの外に出る。レース中のことなどまるで覚えていなかったかのように観戦していた仲の言いウマ娘とレースの感想などを話す。「レースはどうだった?」「楽しかった?」などと問われればまず「しんどいし、後ろのウマ娘は怖いからやりたくない、でもトレーナーがほしいから頑張った」などと答える。すると「ウッソだー、また恐怖に怯えて大暴走したから何にも覚えてないんでしょ」と返ってきた。
トレーナーたちは困惑している。さっきまであんなに他のウマ娘を怖がっていただろう、いま話しているウマ娘のことはこわくはないのか。レース中のあの怯えようはなんだったのだ。
あんなレースをしては着順が1着だったとしてもトレーナーは寄ってこない。現に四回選抜レースを走ったが誰もスカウトに来なかった。当然である。私はあまりにも異常すぎるのだ。
しかしレースでの速度変化と位置取りだけを見ると逃げて追い込む規格外の走りをしているように見える。これだけ見れば超ハイスペックなのでだれか新卒のトレーナーが騙されてスカウトに来はしないかと期待している。
放課後。結局誰もスカウトに来ることはなく、私はとぼとぼと帰路についた。これではトゥウィンクルシリーズを走れない。最悪どこかのトレーナーの名義を借りようか…それともどこかのチームに滑り込もうか…
チーム…
私はとある看板が目に入って脚を止めた。「ダートに埋める」……? 馬鹿馬鹿しい。隣の「ナウなヤングはスピカに入ればチョベリグ」の方がまだ理解できる。…こちらもこちらで40年ほどセンスがずれてる気がするが。
隣の板に貼ってある「天皇賞、カドラン賞、アスコット金杯を狙うならチームペルセウスへ」の方がまだ魅力的に感じる。…4000メートルもの時間あの恐怖を味わいたいとは微塵も思わないが。
やっぱりダメだ。チームは私には合わなさそうだ。専属でついてくれるトレーナーを探そう。
そうして私は改めて帰路につこうとした、が。
「えいっ!」
緑のメンコのウマ娘が目の前に現れたかと思ったらズタ袋に入れられて担がれてしまった。変なウマ娘に捕まった恐怖とそのウマ娘から漂うレース中の恐怖に怯えながら私は連れ去られた。