異世界のオキシジェン・デストロイヤー ~Fランクハンターだけど、大物狩る許可はもらってます~   作:RightWorld

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第102話「忍び寄る現世の魔」

 

 マヤが絶叫した翌日の某所。

 

 そこには3人の人物が、ヘキサリネ領都の北の森を一望できる高台の上に立ち、眼下に広がる深い森を見渡していた。

 一人はダルマのような丸い体形にきらびやかな刺繍を施した白いローブをまとった男。その後ろに付き従う2人は、何の飾り気もない真っ黒なローブに身を包んでいる。3人の背後には、武装したオーク・ソルジャーが2匹、周囲を警戒していた。

 3人は魔族。人間達は滅んだと思っている魔法を扱う人型の種族であった。

 

軍団参謀(トリブヌス)自ら視察とは恐れ入る」

 

 付き従う2人のうち、痩せ型の40歳代くらいに見える魔族が、ダルマのような丸い体形の魔族に緩く頭を下げて言った。

 

「うむ。ここがスタンピードを起こす森か。魔素濃度3.6は少し物足りないが、森の広さといい密度といい、準備が整うまで魔物共を『密牧』しておくには良い森ではないか」

「そうなんすよ軍団参謀(トリブヌス)パパンドレウ。原住の魔物達の大きさが、僕らの土地のものより3倍は大きく肥えてることからも、よっぽど良い餌が豊富に違いないっすよ。軍団参謀室の食事くらいにねぇ」

 

 背の低い若い魔族が、軍団参謀(トリブヌス)と呼ばれたダルマ男の腹を見て、きひひひと下卑た笑いをした。その若い見た目といい態度といい、高校生くらいのチンピラようである。ダルマ男はチンピラ魔族を見おろす。

 

「そんなに良い餌があるなら、お前の食い物は現地調達で良さそうだな」

「ええ!? そりゃ勘弁だよ軍団参謀(トリブヌス)。旨いワインは森にゃ落ちてないっすよ!」

 

 中年魔族はため息をつき、チンピラ魔族の下らぬ話を退けて話を進めた。

 

「魔素濃度は近日中に4を超える予定だ。それで軍団参謀(トリブヌス)パパンドレウ。こちらへ来た要件は?」

 

 パパンドレウは少し姿勢を正し、威厳があるかのように、突き出ている腹をさらに突き出した。

 

「うむ。この戦域は他より小さい。首都攻略作戦も他より早く始まる。結果も早く出るだろう。そのため人間の国家征服の試金石として注目されている。それで、ヘキサリネ方面軍団(レギオン)師団長(ケントゥリオ)諸氏に準備状況を聞きに来たのだ。どうであるか、アデマール?」

 

 ダルマ男の問いに、痩せ型の中年魔族は答えた。

 

「魔物の転移は、作戦遂行必要ラインまで残すところ後8%というところまで来ている」

「ほう。予定ではとうに作戦遂行必要ライン数を転移できているはずではなかったか?」

「地脈の状態というのは不規則で、太くなったり細くなったりと変化をする。今回は細くなっている時間が予想より長く、転移させる魔物の数も多いため時間がかかっている。転移作戦は時間の幅を持たせるよう言っておったのはそのためでもある。若い者はせっかちなスケジュールばかりを立てたがる」

「古い時代の魔導装置だろ。性能が悪いんじゃないの?」

 

 チンピラ魔族が口元に下品な笑いを浮かべて、横から口を挟んだ。

 

「確かに古い装置だが、今でもこれを超える魔導装置は作られてない」

「それなら扱い方が悪いんだ」

「旧世の魔導装置というのは、神の領域の仕組みを非常に上手く利用して作られている。真正士官学校(ストラティオ アカディミア)出の者達は、もう少し先人達を敬った方が良い」

「要は自然任せってことっしょ? だっせー」

「まあガイアスもそう煽るな。古来の転移門は旧世大戦の魔導師でなければ扱えなかった。真正士官学校(ストラティオ アカディミア)が新しい魔法を開発できてない現状、これを使わざる得ないのだ」

 

 チンピラ魔族は、「ちぇっ、だっせーのだっせーの」と皮肉めいた悪態をつく。

 

「とはいえアデマール。軍団(レギオン)にも確約したタイムスケジュールというものがある。他の軍団(レギオン)と歩調を合わせる為にも、遅れは取り戻してもらわねばならん」

「分かっている。現在地脈は回復してきている。挽回できるだろう」

「うむ、粛々と進めるように。ではガイアスの方はどうか?」

 

 ダルマ男じゃチンピラ魔族の方へ向き直り、報告を促した。ガイアスは不良男子高校生のような見た目通りの生意気な雰囲気のままに答えた。

 

「転移した魔物は、すーぐにホットスポットへ移送してんだよねえ。そして僕がそこで強化魔法をかけて、もうだいたい強化も終わっている。しかも強化した魔物の能力だけど、……ふひひひ、予定をはるかに超える数値が出てんだぜ」

「ほう、どの程度上がったのだ?」

「聞いて驚いてくれ。実に体力、防御力、魔力量とも、予定値の20%もアップしてるんだ。これは真正士官学校(ストラティオ アカディミア)でも強化付与スキルのレベルが高い僕だからこそ、できたと言えるよね」

「20%! それは期待以上だ。さすがは真正士官学校(ストラティオ アカディミア)の成績優秀者だな!」

 

 軍団参謀(トリブヌス)の賛辞の言葉に、ガイアスは「でしょでしょ?」と自慢げにふんぞり返った。

 

「それで強化できた魔物の数は?」

 

 胸を張っていたガイアスが、急にシドロモドロになる。

 

「か、数か? ヘキサリネ軍がちょっかいを出してくるんだよねー。だから数値上は多少遅れるように見えるかもだけど、深部には入らせてないから、強化作業自体はほぼ支障なくできてる。それにさ、能力が予定以上に上がっているじゃん? だから、いつ発動命令が来たって大丈夫なんだぜ」

「ほう。もう発動してもよいのだな? して、強化が終わった魔物の数の進捗はどうなのだ? ガイアス」

 

 ガイアスはそっぽを向くと、小さな声で言った。

 

「……よ、予定の70%」

 

 軍団参謀(トリブヌス)は目を閉じて肩を落とすと、溜息をついた。

 

「だいぶ遅れているではないか。どう挽回するつもりだ?」

「寝ないでやる! ホットスポットの面積も拡大させてるし、すぐ追いつくから!」

「そのホットスポットだが」

 

 アデマールが口を挟んだ。

 

「冒険者に感付かれたようで、ヘキサリネ軍が近くに拠点を構築して兵力を集めている。スタンピード対策だろう」

「なんだと? そうなのか?」

 

 軍団参謀(トリブヌス)に問いただされたガイアスは、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「も、問題ないって。気付かれるのが多少早いか遅いかだけのことだよ。アデマールの魔物転移がもたもたしてたから、ある程度溜まるまで待ってたらそうなっただけでさ。転移さえきちんとできてれば、問題にならないから。しかも能力は20%も強化されているんだぜ。既に今の数でも、前世時代の都市攻略に使う兵力を、遥かに超えてるんだよ? これが作戦遂行ライン必要数に到達すれば、圧倒的な力の差を持った魔物が、圧倒的な数で攻め入るんだ。そうなったらそんな拠点、あったことも分かんないうちに通過しちゃうよ」

 

 そして負け惜しみか、これでもかと虚勢づいた顔でアデマールを見上げた。

 

「わかる? それが新世時代の大規模魔物集団(ケントゥリア)なんだよ。昔とは中身が違うのさ」

 

 アデマールは無言、無表情でガイアスを横目で見つめる。ガイアスは演説を続けた。

 

「くひひひ、スタンピード対策の軍勢が何もできずに全滅したと知れば、住民は恐慌しちゃうよね。

 僕が強化した大規模魔物集団(ケントゥリア)の進軍速度は今までの比じゃない。ヘキサリネ軍は蹴散らされ、住民は逃げる間もなく、領都ヘキサチカは瞬く間に占領されるだろう。目の前に現れた魔物に蹂躙され、絶望の中で苦しみ息絶え死んでいくんだ」

 

 ガイアスは話しているうちに、場面を想像して興奮してきた。

 

「人間共はみんな、大人も子供も首を刎ねて、城門に並べよう。きひひひ、軍団参謀(トリブヌス)の入城を迎えるのに使ってあげるよ」

 

 ガイアスの熱の入った演説に、軍団参謀(トリブヌス)は手を叩いて喜んだ。

 

「素晴らしい、素晴らしいぞ師団長(ケントゥリオ)ガイアス! 魔王様に献上する都市第一号というわけだな!」

 

 アデマールは二人を冷ややかな目で見る。

 

『いつだって実戦はそう思ったようにはいかんのだがな』

 

 前世大戦の生き残りは、心の中でそう呟いた。しかしアデマールは敗残兵である。魔族の中では負けた者の肩身は狭い。それでも転移門を起動させられる古い術式を扱えるから、こうしてまだ最前線に立つことができている。

 

 まあやってみるがいい。

 人間を淘汰し、魔族と魔法を再び復権せしむるために、真正士官学校(ストラティオ アカディミア)は新魔族を育成したのだから。彼らの復讐心が尖るのもしかたない。

 

「ところで冒険者への対策は大丈夫なのか?」

「は?」

 

 アデマールの質問に、ガイアスは何を心配しているんだ? という顔をした。

 

「冒険者? そんな個の集まりにすぎない連中、大規模魔物集団(ケントゥリア)に成すすべなく、各個撃破されるのが目に見えてんだけど?」

「大概の冒険者はそうだろうが、突出した能力を持つ者というのはいるものだ。それは時に軍隊を上回ることもある。既にガイアス魔導師配下のAランクのワイバーンにも被害が出たと聞いているが?」

 

 誰がこいつの耳に入れたんだ、とガイアスは舌打ちした。

 

「そ、それは、単独でオークを移送中だったワイバーンだよ。Aランク冒険者だったら、単独のワイバーンを倒せる者がいてもおかしくないだろ。運悪く出くわしただけだよ」

「ヘキサチカの西にも魔物を送り込んで、スタンピードを起こすよう仕掛けをしたのだが、未だスタンピードが起きた気配はない。それどころか西の転移門と繋がらなくなってしまっている」

 

 アデマールはガイアスだけでなく、軍団参謀(トリブヌス)にも届くように言った。

 

「それにヘキサリネに先行潜入していた師団長(ケントゥリオ)ヴンターとも、ずっと連絡が取れなくなっている。彼は現地の魔物を使役して強化し、冒険者に被害を出す計画だったが、冒険者が活動を縮小した気配はない。我はこれらを、冒険者が解決してしまったのではと危惧している」

 

 軍団参謀(トリブヌス)は振り返った。

 

「ヴンターも前世大戦の転移門を扱える魔導師だったっな」

「けっ。魔物強化方法は、魔物の自己進化に頼る昔ながらの方法だろ? ありゃ時間もかかるし数を揃えられないうえ、標準以上の能力を持つこともない。そんな程度の魔物だから冒険者が驚異だとか言うのさ」

 

 ガイアスは嘲るような眼差しで続けた。

 

「しかもその師団長(ケントゥリオ)が使役した魔物の最高ランクはBだったでしょ? だから特別な冒険者でなくても、ごろごろいる中級程度の冒険者パーティーで対処できちゃったんじゃね?

 だけど、うひひひ、僕はAランクを百体以上用意しちゃってるし、能力も2割増しだし、単独行動中のは別として、大規模魔物集団(ケントゥリア)として行動してりゃあ、まずその辺の高ランク冒険者ごときにやられるはずはないよね。組織力で来る軍隊の方がよっぽど脅威だよ。それだって今回僕たちが用意した数だったら、小国ヘキサリネの軍隊程度、簡単に蹂躙するの明白。きひひひひ」

 

 実戦経験の乏しい真正士官学校(ストラティオ アカディミア)出身者というのは、育成方法によるものか過剰とも思える自信を持っていた。

 アデマールは意見するのを諦めた。

 

「分かった。我も真正士官学校(ストラティオ アカディミア)の新しい戦術を見て学ぶとしよう。それで軍団参謀(トリブヌス)。前々から要請していたAAランクの派遣については、如何か?」

 

 アデマールの言に、ガイアスはまた不機嫌そうに口元をゆがめた。

 

「本当にAAランクの派遣なんて必要なの、アデマール魔導師?」

「多くの個体を転移させるのは地脈に負担をかけるのだ。同じ負荷と時間を掛けるなら、強力な個体1体を転移させた方が、個体の能力が大きい分、不測の事態に備えやすい」

「それは数で圧倒するという真正士官学校(ストラティオ アカディミア)のドクトリンにケチをつけるってこと?」

「そうではない。最初に強力な個体を置いておけば、何が起こっても対処可能だ。それに護らせて、本体の数を腰を据えて揃えたいと伝えていたのだ」

「AAランクを守備に? もったいねー」

「陽動にも使える。今回もホットスポットが見つかりそうになった時、AAランクを別のところで一瞬チラつかせれば、注意が逸れてホットスポットでの作業を邪魔されずにすんだのではないか? 今となっては、魔物強化が終わるまで本当に守備についてもらうしかないが」

 

 ガイアスは子供のようにぶすぅっと口を尖らせた。実際中身は子供のようである。

 

「それに、ここはどうにも胸騒ぎがする」

「胸騒ぎ?」

「何というか……手に負えないものがいるのではという、そんな空気感がある。これは……前世大戦経験者の肌感、というやつだ」

「ふん、古い魔族ならではの臆病風だね」

 

 ガイアスは肩をすぼめて言った

 軍団参謀(トリブヌス)パパンドレウも少し不満そうに溜息をついてから口を開いた。

 

「今更AAランクを、というのが幕僚部の見解だったが、魔王様が許可を出された。後日転移門へ連れて行く」

 

 魔王様の耳にはいつ届いたのだろうとアデマールは嘆息した。

 一方ガイアスは、何だってえ!? と目を大きくした。

 

「魔王様に感謝する」

 

 アデマールは姿勢を正して頭を垂れた。

 

「まったく、遊び駒にならなければいいが。魔王様も甘い」

 

 一行は森の中の少し開けた所に着いた。

 ウルフ系の魔物がきれいに整列してお座りをし、奥に台形を逆さにした大きな台座のような物の所まで通路を作っている。それは転移門であった。

 軍団参謀(トリブヌス)は転移門の前に立つと振り返った。

 

「では私は戻るとしよう。貴官らに魔神の加護があらんことを」

 

 軍団参謀(トリブヌス)が台座に上る。台座の上は象が乗っても余るほどに広い。

 アデマールが呪文を唱えた。

 台座上に魔法陣が描かれ、空に向かって光の柱が立つ。

 アデマールとガイアスが見送る中、軍団参謀(トリブヌス)パパンドレウは足元から昇華するように光の中に消えていった。

 

 

 




これまでほとんど出てこなかった相手側の話になります。
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