異世界のオキシジェン・デストロイヤー ~Fランクハンターだけど、大物狩る許可はもらってます~ 作:RightWorld
「応答対象が多すぎて頭がついていけなくなり、混乱で意識を失うであろう……か。
あの時脳みそがパンクしそうになったのは、その……せい……か……」
……
……
ぐう、すぴー。
……
……
「若いもんがいつまでも寝てるんじゃないよ!」
「ひゃあー!」
驚いて飛び起きると、マヤの顔を覆っていた本がどさりと床に落ちる。
「ああっと、お師匠様の本が」
昨夜は久々にお師匠様から貰った本を読んでいた。
睡眠薬でも染み込んでるんじゃないだろうかってくらい、この本を開くとよく眠れるのよね。この本がある限り、不眠とは無縁でいられそうだよ。
開け放たれたドアの外で、黄色っぽい金髪に頭巾を巻いて、エプロンを掛け、箒を握りしめる30歳くらいの外人のおばさんが仁王立ちしていた。
「マヤさん、部屋を掃除するからちょっと下の階に行っててちょうだい」
「はーい」
外人のおばさん……じゃなくて、この人は宿の女将さんだ。叩き起こされたわたしは、本を旅行鞄の中に戻した。
外人というならば、ここではむしろわたしの方が外人だろう。
振り返り部屋を見渡す。
部屋の調度品からみるに、ここは西洋に見える。だけどかなり古めかしい。
とは言っても、ここはヨーロッパではない。宿に泊まってるけど、旅行中なわけでもない。
ここは異世界。中世ヨーロッパ的な文明と、地球では絶滅した生物と、空想の生物だった魔物が生息する、漫画や小説に出てくるファンタジーのような世界だ。
わたしの名は「マヤ」。日本人の17歳の麗しき元女子高生だ。
少し青味のある黒い瞳。サラリとした黒髪は七三に分けて長めのボブカットに。胸はこれから成長するの。だから今バランス的にはお尻が若干大き目。
容姿は、とある擬人化キャラのお子様版と言われていた。名前共々似ているらしい。性格はぜんぜん違うけど。
そのキャラはお胸が大きくて、セーラー服に似た服の胸元から見えるお胸の谷間がもう色っぽくって、女性のわたしから見ても悶えたくなっちゃう。だからわたしも近いうちあれくらいになるに違いないのよ。きっとなるに違いないのよ。うふふふ楽しみ。
わたしは両親を事故で失って、親戚に引き取られていた。でも親戚の人達の扱いはひどく、残った遺産を巻き上げられたうえ、酷い虐待や仕打ち。そしてわたしの17歳の誕生日の日、家に帰るなり訳わかんない言いがかりをつけられて、「今日は飯抜きだ!」って玄関から放り出された。
道端まで転げ落ちて顔を上げた時、目に入ったのは車のヘッドライト。
とたんに真っ暗にシャットアウト。
……そして次に目を開けたとき、わたしはこの異世界にいたのだ。
だから図らずも“元”女子高生になってしまった。
でも悲観はしていない。だってあそこにわたしの帰る場所はなかったんだもん。
ベッドから出て小さな鏡が置いてある化粧台に行き、洗面器の水で顔洗い、櫛で髪をすき寝癖を押さえつける。
クローゼットを開けると、労働者の味方『レイバーマン』で売ってるような、現代日本でよく見るカーゴパンツと、ブラウスに着替えて部屋を出た。
これらの服は、わたしがデザインを指示して、こっちの服屋で作ってもらったものだ。
廊下に出ると、他の部屋は全てドアが開け放たれ、盛大に掃除の真っ最中だった。階段の前の広い踊り場にはテーブルとソファーがあって、よく打ち合わせなんかしてるけど、今日はそこにも誰もいない。残っていたのは本当にわたしだけだったみたい。
ここは3階建ての宿の最上階だ。このフロアはわたしがご厄介になってる『リトバレー村』が、年間契約で借り切っている、いわば村の出張所といったところだ。主に薬草の取引や薬の作成なんかの事務処理作業で使っている。
一応宿なので、ベッドメイキングではないけど3日に1回掃除が入る。今日がちょうどその日で、「
リトバレー村というのは、この国の南の山奥にある薬草栽培が盛んな小さな村のことで、わたしがこの世界に来てからずっと、お世話になっている所だ。
いいえ、お世話になってるどころじゃない。この異世界に飛ばされて右も左もわからぬわたしを受入れ、居場所を作ってくれた、わたしにとってこの世界で唯一の『帰る場所』になった所なのだ。
リトバレー村はほぼ自給自足しているような、とんでもないド田舎な村だけど、栽培している薬草や薬の知識は、この国にとっては大変大きな財産らしい。ド田舎を維持しているのは、その貴重な薬草の栽培に必要な環境を守るためなんだとか。不便な生活を甘んじて受け入れる覚悟を持った、この国建国以来の入植者達が維持している村。それがリトバレー村なのだ。
リトバレー村は独立領『ヘキサリネ』という、一種の国の中にある。この地方の豪族が治めてる小国で、小国ながらも周囲を囲む強国と巧みに渡り合って独立を保っている、賢い国だ。
わたしのいる宿は、ヘキサリネ領の領都『ヘキサチカ』の宿屋街に建っている。
階段を下りていくと、小学3~4年生くらいの少年少女が5人ばかり、1階のフロアにたむろしているのが見えた。そのうちの一人がわたしに気付いた。
「あー、いたいた!」
「マヤ姉いたよ!」
「やっぱ宿で寝てたんだ!」
「掃除の日だから出かけてるはずなんて、マヤ姉には通用しないってホントだね」
一斉にこっちを見て指差してくる。
あなた達、人を指差しちゃいけません。
この子達は確か、この町にある孤児院の年少組の子だ。
「マヤお姉ちゃんにケイトさんから手紙だよ!」
「
ケイトさんはギルドの受付嬢をしている女性だ。
しかし手紙を受け取って差出人を見ると、ケイトではなくジオニダスと書かれていた。ジオニダスさんは
「じゅりょーしょにサインしてよ」
「あ、はいはい」
受領のサインをすると、「いらい達成したー!」と子供達は大喜びして飛んだり跳ねたりした。
この子達は、ケイトさんから手紙配達の依頼を受けていたんだね。
ハンターあるいは
孤児院は財政難だというから、ああやって小さい子にも依頼を受けさせて、少しでも足しにしてるんだろうね。
子供への労働強制? 子供からの搾取? この世界でそんなこと言っても、なにそれ美味しいの? だよ。
「君達ここで騒いじゃ、お宿に迷惑よ」
「「「「はーい!」」」」
「じゃあねー、マヤ姉様」
はしゃぐ勢いのままに宿の玄関を飛び出していった。
「飛び出すと車に轢かれるよー、って車なんて走ってないか」
と思ったが、ドシンという音と、「「「きゃあ!」」」というみんなの悲鳴が聞こえた。
「えっ、馬車にでもぶつかった!?」
慌ててわたしも玄関を飛び出ると、宿の玄関前に尻餅を着く子供達と、仁王立ちする3人の大きな男がいた。どうやら通りかかった人とぶつかってしまったらしい。
問題はぶつかった人がヤバイ方にテンプレな様相をしていたことだ。見上げている子供達の顔が恐怖で引き攣っていた。
その人達は脳天を剃り上げ、その左右の髪を尖らせ、肩に棘の生えてる服を着た、核戦争後に現れるような世紀末ハンターだった。
うわぁ、よりにもよって最悪な人にぶつかってるぅ!
「なんだこのガキャぁ! 痛えじゃねえか!」
「アニキ、大丈夫ですかい?」
「大丈夫なもんか。足が折れたかもしれん」
「このガキ共、汚え身なりだな。孤児か? アニキの服に貧乏がうつるだろうが。どう落とし前つけるつもりだ?」
「「「ひいいいいい!」」」
小さな子供に容赦ない脅しや罵声を浴びせるなんて、見た目だけじゃなくて、中身もテンプレ悪党だよぉ!
「助けて、マヤ姉!」
宿の玄関の方に振り返って、女の子がわたしに助けを求めてきた。
「なんだテメエは。ガキ共のおもり役か? 躾なってねえぞ」
「こいつはそれなりの身なりしてやがるな。たかるならこっちの方がよさそうですぜ」
子分格のAとBがわたしを見て舌なめずりした。
うげぇ、たかるって、どうどうと言っちゃってますよ、この人達!
「おいテメエ、アニキの服汚して、怪我までさせて、どうしてくれんだ?」
子分格Aが、こっちに歩み寄りながら、わたしにいちゃもんをつけてきた。
「ひっ! わ、わたしとしては、こんな棘だらけの人にぶつかった子供達の体の方が、怪我してないか心配なんですけど……」
「おい、それがガキ共の保護者の言うことかぁ!」
「ほ、保護者じゃないんですけど……。ほらあんた達、飛び出てぶつかっていったのは君らなんだから、一応謝っとこうね」
「「「「「ごめんなさーい」」」」」
「誤って済むほど、世の中甘くねえんだよ!」
「何も出すもんねえなら、その体を売り飛ばすしかねえな!」
「「「「「ひいいっ!」」」」」
「まあ待て」
アニキ格が子分格ABを止めた。
おっ、ここはもしかして、アニキ格が度量の大きさを見せるところ?
「そのおもり役、この辺の者じゃねえな? その顔つきは遥か東の方の民族だろう。まだ幼いが、見ればなかなかいい顔してやがる。売るならそっちの方が高く付きそうだ」
「
こりゃダメだわ。
「えーと、あなた達はゲルデ様の知り合い?」
「ゲルデ? 誰だそりゃ」
「それじゃ、新人
「何だその協会とやらは?」
違うのか。しかしこのファッションを、この中世っぽい世界で流行らせたのって誰だ? というか、好んで着込む人達がいるってことは、需要あるんだなあ。
「何言ってるか知らねえが、とにかくテメエにガキ共の責任を取ってもらうぜ」
「しかしコイツもガキですぜ」
「ガキでもこっちはあと2、3年で成人だろう。これから色気も出てくるだろうし、それにこの見てくれだ。今の状態でも変態貴族がいい値を付けるに違いねえ」
「むわぁ失礼ねえ! こっちゃとっくに成人してるんだけど!」
「なに!? それじゃあ色気もここで打ち止めか?」
「待て、もし成人してもガキのままなら、変態貴族がただならぬ値を付けるぞ。こいつは絶対連れて帰るんだ」
「やれるもんならやってみなさい! マヤちゃんストンピング!」
ドゲッ!
アニキ格が簡単にひっくり返って後頭部を打ち、目を回した。
「ああっ、アニキ! このガキ!」
子分格Aが立ち上がる。が、足がもつれて勝手に倒れてしまった。
「あれ、目眩が……」
「マヤちゃんストンピング!」
「ゲハッ!」
「くそっ、なんだか力が入らねえ。それに目も霞んで……」
子分格Bも立ってはいるが、フラフラして足元がおぼつかない。眼の前にマヤが立つと、ぼんやりと見上げながら顔を引き攣らせた。
「や、やめろ。俺達が悪かった。だから……」
「マヤちゃんストンピング!」
「ごべえっ!」
たいしたケリには見えなかったが、3人はひっくり返ったまま立ち上がれなくなった。
「マヤ姉様、強ぉい!」
子供達は大喜びである。
マヤは腕を組んで世紀末悪党を見下ろす。
「あんたらの周りの空気は今、通常の四分の一の酸素濃度。5%ってことろかしら? エベレストより高い所にいる状態ね。キリキリと頭痛がして、そのうち死んじゃうんじゃないかしら?」
低酸素で青ざめている顔が益々青くなる。
「君達は衛兵を呼んできて。脅されてどこかに売られそうになったって言って、こいつらを捕まえてもらうのよ」
「「「わかった!」」」
「「ありがとうマヤ姉!」」
衛兵が来るまで世紀末悪党の周りの酸素濃度はこのままにしよう。
階段の上から恐る恐る伺っていた、掃除していたおばさんやお姉さん方が降りてきた。
「マヤさん、さすがは現役の
「リトバレー村の危機を救ったっていうだけはありますね」
わたしはふふんと胸を張る。
「そうでしょう、そうでしょう。皆忘れがちだけど。それじゃ部屋戻って寝てもいいかしら?」
「「いい加減働いてください」」
しばらくして子供達が衛兵を連れてきたので、世紀末悪党を突き出して、取引先に子供を買う変態貴族がいるらしいと付け加えて、引き取ってもらった。
ようやく落ち着いたので、わたしは1階の食堂のテラスに席を取った。春になり日差しは暖か。領都ヘキサチカは城壁というか、外輪山のような山に囲まれているので風が穏やかだ。晴れの日は室内よりテラス席の方が断然気持ちが良い。
これまでの章を読んでなくても大丈夫なように、設定や説明を入れつつ暫く話を進めていきます。