異世界のオキシジェン・デストロイヤー ~Fランクハンターだけど、大物狩る許可はもらってます~ 作:RightWorld
孤児院の年少の子達を襲っていた世紀末悪党を衛兵に突き出して、1階の食堂のテラスにお落ち着いたわたしは、春の温かい日差しを受けながら、外輪山のような山に囲まれたヘキサチカの街を眺めている。
この外輪山は領都ヘキサチカの城壁を兼ねている。前に展望台に登って分かったけど、外輪山はインパクトクレーターによってできたものだった。隕石が落ちた跡地に街を作ったのだ。
それはそうと、注文しようと手を上げる。
お客の少ないこの時間帯はウエイターさんがいなくて、宿屋の料理人のお姉さんが注文を取りに来た。20代半ばくらいで、灰色っぽい金髪を後ろで縛り、ちょっとだけぽっちゃりの体をエプロンで包んでいる。
「おそよう、マヤさん」
昼の繁忙期に向け準備をしていたお姉さんは、開口一番に皮肉の入った挨拶をしてきた。
「おはようございます。まだ午前10時過ぎじゃないですか。わたしの故郷では、午後に起きるくらいにならないとそんな駄目人間みたいなこと言われませんよ」
「この時間でおはようなんていう人はヘキサリネにはいないんだよ。ちなみにあたしは5時起きだよ。そんなんで国が成り立つのかい? 遥か東の方ってのは働かなくても生きていけるような、よっぽど豊かな土地なんだねえ。なんでそんな所から飛び出してきちゃったんだい?」
この辺りの人は、北部ヨーロッパのような金髪で肌の白い人が大半で、わたしのような平らな顔と黒髪、黒い瞳という特徴を持つ人は珍しいらしい。この世界でも東の方には、わたしのような人種がいるらしいので、わたしはそっちの方から来たことにしている。
「見聞を広め、世の役に立つ為ですよ。こないだだって薬草採ってきて疫病防いだじゃないですか」
「あの時は感謝の念で一杯だったけどねえ。でもこう毎日ダラダラしてるの見てるとねえ」
「いやだって、先日のダメージで精神的にまいってて……。充電期間ってやつですよ。明日から本気出します。あ、『目の覚めるハーブティー』お願いしまーす」
少々残念なものを見る目をしたお姉さんは、はいよ~っと言って厨房に引き返していった。
まったく、先日のワイバーン遭遇には参ったわ。思い出すと涙が出てくるよ……。
わたしは
指先から極細の空気がシューッと勢いよく噴出し、封筒の縁に沿って指先を滑らせると、封筒の端が切れた。
中から折り畳まれた便箋を引っ張り出すと、それを開いた。
『お前ギルドの掲示板、全然見てねえだろ!』
「うわっ!」
飛んできた物を避けるかのように、思わずのけ反って目を瞑ってしまった。
のっけからお小言満載の内容だよ!
『前代未聞の5階級差違反のペナルティが課せられて落ち込んでるのは分かるが、領主様から依頼が予告されてたんだから、1日1回くらいは掲示板見に来い!』
マスターが目を三角にして、わたしの前に立って説教をしている姿が見えるようだわ。この手紙はホログラム入りだろうか。
『領都の北の森はスタンピードが発生したとされ、魔物討伐のため領都防衛のヘキサリネ軍が展開している。一帯はエリア討伐ランクBの入場規制が敷かれた状態だ。Bランク以上の
他の
お前は西の森で転移魔導具を発見し、しかも破壊した実績がある。もしこっちでも転移魔導具が見つかった時の為、お前を近くへ置いておくというのが領主様の考えだ。
領主様からお前宛ての依頼はもう出ている。とっととギルドに来て依頼を受注しろ』
あいやー、ご指名依頼ですよ。でもわたし、最低ランクのFランクなんですけど。エリア討伐ランクBの入場規制じゃ入れないんじゃないかな。
と読み進めて行けば、明日Aランクパーティーの増援隊が出るから、それに参加しろと書いてある。
待てど暮らせどわたしが一向にギルドに現れないから、痺れを切らして手紙を送り付けてきたということみたいだ。
つまりこの手紙は
はぁ~っとため息をついて手紙を畳もうとしたら、裏にも何か書かれているのに気付いた。改めて広げてみると、マスターとは違う筆跡でささっと書かれた一文。
『先に行って待ってる。 ヴェルディ』
「げっ! 領主様!」
『ヴェルディ』様とは、ここヘキサリネ領を治めるこの地方のトップ豪族。いわば王様のようなもんだ。もうなんか召集令状どころじゃなくなってきた。すっぽかしたらこの国にいられなくなっちゃう!
いまだ魔物を目の前にすると足がすくんでしまうけど、この世界でのほほんと暮らす環境を手にするためだ。仕方ない。
「明日から本当に本気出さないと」
やや震える指で、手紙を封筒にしまった。
わたしは窓から外を見た。
宿の前の通りは人や馬車が行き交っている。
ここは活気のある街だ。でもあの日はこんなものじゃなかった。
あの時はこの沿道が人でごった返していて、テラス席にも見物人が上がってきていた。
わたしは数日前のその時の事を思い出す。
◇◇◇
「何ですか? この沿道の人だかりは」
わたしは辛うじて空いていた宿の食堂のテラス席の一つに座わろうと椅子を引いたところで、ごった返した外の様子を見て、宿屋の料理人のお姉さんに聞いた。
「おそよう、マヤさん。レオナルド王太子殿下が急遽帰国するんで、お別れの宴席を領主様が開くんだって。馬車が通るから、それを見るための観客だよ」
「おはようございます。まだ午前10時ですよ。午後起きたわけでもないのに、その挨拶は心外です」
「この時間でおはようなんていう人はヘキサリネにはいないよ。注文するのかい?」
「あ、目の覚めるハーブティーを」
「はぁ。後でもいいかい? そろそろ馬車が来そうなんだよ」
「構いませんよ」
よっこいせとお姉さんは向かいの席に座った。
む、なんか画面の外から、わたしは精神的ダメージなんて関係なく、単に寝坊助なだけじゃんという声が聞こえた気がする。
宿の前の道は、ヘキサリネ領主様の迎賓館にもなっている領都邸へ通じている。沿道には大勢の人が並んでいた。どうやらここをお隣の国の王子様が乗った馬車が通るらしい。
「とうとう帰っちゃうのかあ」
レオナルド王太子とは、ヘキサリネの北にあるワリナ王国の第一王子様。次の国王になる人だ。
御年二十歳でまだ独身。金髪碧眼の超美形で、王族ってずるいと思う。まあ性格は大人になった悪ガキだけどね。
「マリエラ様も呼ばれてるから、ミリヤの馬車も通るよ。あたしはどっちかって言うと、マリエラ様の方が見たいんだよね。あの柔らかでお美しいお姿をもう一度目に焼き付けておかないと」
宿の料理人のお姉さんが言うマリエラ様とは、ヘキサリネの南にあるミリヤ皇国の第一皇女様。皇帝にはならないかもだけど、何かあったときの皇位継承権は、現在第三皇子に次いで二番目くらいらしい。優しい笑みと、ふわっふわの栗色の髪が、柔らかな印象を与えるのだろう。わたしより一つ下の16歳で、こちらも超絶美人。皇族ってずるいと思う。
小国の豪族領ヘキサリネは、周囲を群雄割拠する大国に挟まれていて、絶えず狙われているそうだ。それを高い山に周囲を囲まれた攻め込みにくい地形と、経済、外交、知力を総動員して、なんとか独立を保ってきたのだという。
特に北部のワリナ王国は、虎視眈々と攻め込む隙きを狙ってよくちょっかいを出してきて、昔から仲が悪かったそうだ。今回レオナルド王太子が来るって聞いた途端、ぶっ殺すとか、拉致して交渉の材料にするとか息まく人がいっぱいいたらしい。
ワリナ王国が本格的に攻め込めてこなかったのは、バックにミリヤ皇国があったからだ。ヘキサリネとミリヤ皇国は緩やかな同盟を組んでおり、手を出せばすなわちワリナとミリヤの戦争になりかねない。ワリナはそれが嫌だったというわけだ。ヘキサリネとしても万が一戦争になれば自国国土が戦場になるわけで、ヘキサリネもそれは嫌だから、必死に工作してきたのである。
そんな情勢の中、現ヘキサリネ領主のヴェルディ様は、ヘキサリネを交易拠点として整備し、経済面からワリナとの関係を大幅に改善させた。その努力が実って、領都ヘキサチカにワリナ、ミリヤの大使館を誘致することに成功したのだ。
大使館開設式典のためワリナからは次期当主となる第一王子レオナルド王太子が、ミリヤからはマリエラ第一皇女様が国賓として来国し、ヘキサリネの領都ヘキサチカの民は、この先どうなるのか不安と期待とが入り混じった複雑な表情で出迎えたのだ。
不安の先はやっぱりワリナだ。だけど来国したレオナルド王子の超美形は、ヘキサチカの女性を一瞬で寝返らせた。「ワリナと仲良くやってもいいんじゃないの?」という意見の大半は女性のものだ。それがかえって男どもの反感を買ったりして、前とは別の理由で、ぶっ殺すとか、拉致するとか息まく人が増えたとも聞いている。
先に世代交代していたヘキサリネ領主のヴェルディ様は、このタイミングを活かして両国の次期施政者達と交流を深め、隣国との新しい関係を模索しようとしたというわけだ。
そんな雪解けムードなタイミングのところに、わたしは飛ばされてきたのだった。
だけどこの異世界へ飛ばされた直後のわたしは、雪解けどころじゃなかった。何しろ飛ばされた初日に、いきなりわたしはサーベルタイガーと巨大マンモスに襲われたんだから。
その過程は前の章を読んでもらえばいいんだけど、ここで重要なポイントは、サーベルタイガーと巨大マンモスの頭の骨を巡ってワリナとミリヤの大使館が取り合いをしたり、その辺からまあ色んな事が起こりまくって、レオナルド様とマリエラ様、ヴェルディ様、そしてわたしは、政治とは別のところで交流が深まったということだ。国のことはおいといて、この三国の新しい指導者達は、個人的に信頼しあえる仲になったってわけだ。
わたしはこの雰囲気に乗じて新しい三国関係を、三国同盟を経て、将来は一つの国になることを提案した。その時は笑われたけど、それから3人はすごくこのことを意識している。
それが公式の行事にも現れ、ワリナのカッコいい王子様とミリヤの美しき皇女様が、ヴェルディ様を仲人のようにして並んで、仲良さそうに談笑される姿を見せたのは、ヘキサリネの民にとって結構衝撃だったみたいだ。
ヘキサリネを戦場にして戦争になるどころか、強大な二国が友好国になるかもという夢が垣間見えたのだから。
ヘキサリネの民は今、揺れに揺れている。
わたしにとっても、守りたいリトバレー村の安全の為に、この流れは絶対に止めたくないのよ。
「来た!」
それぞれの大使館を出た荘厳な馬車列が、宿屋街に入ってきた。
白に金モールの飾りはミリヤ皇国の馬車。栗色の髪を緩やかにたなびかせて車窓から手を振るのは、第一皇女マリエラ・ミナズミ・オブ・ミリヤ殿下。若くて美しく、可憐で柔らかな物腰は絵に書いたようなお姫様であり、マリエラ皇女様は全ての人に大人気だ。沿道にいる老若男女がきゃあきゃあと手を振っている。
馬車が宿の前に達した時、車窓から手を振っていたマリエラ様とわたしの目が合った。マリエラ様は閉じて微笑んでいた口を大きく緩めて、嬉しそうに笑った。
「きゃあー! マリエラ様がお笑いになられたわ!」
「俺を見て笑ってくれたぞ!」
「違う、俺にだ!」
いやあ多分、わたしにだと思うのよね。
続いてやってきたのは、黒に金モールの飾りを付けた馬車。こちらはワリナ王国の馬車だ。レオナルド王太子は文句のつけようのない超美形なので、女性には大人気。一方で男性、特に未婚の男性には不人気で、沿道から飛ぶのは女性の黄色い声ばかりだ。
馬車が宿の前に達した時、それまでクールな表情でいたレオナルド様が、わたしのいる方へ目線を向け、ふっと表情を変えた。
「レオナルド様が微笑まれたわ!」
「あたしを見てよ!」
「私によ!」
「くそっ、俺の彼女に色目を使いやがって!」
「ああくそ、でも敵わねえ!」
いやあ多分あれも、わたしが見てたのに気付いたからだと思うのよね。それに微笑んだというより、やれやれというようにも見えたのよね。
とにかくわたしは、ヘキサリネの領主ヴェルディ様だけでなく、レオナルド王太子にもマリエラ皇女様にも、めちゃくちゃ目をつけられている。
それはわたしが三国の仲を取りもったからとか、可愛いからお后にしようとか、頭が凄く良いから国の重臣にしたいとか、そういうんじゃなくて……
そ、その……
危険人物とか、最終兵器とか、そんなふうに見られてるようなのよねえ。
設定のおさらいが続きます。三国の偉い人達でした。