異世界のオキシジェン・デストロイヤー ~Fランクハンターだけど、大物狩る許可はもらってます~ 作:RightWorld
第171話「マヤちゃん、お肉をデフレさせてたようです」
「安ぅい! マヤちゃん、お肉がめちゃめちゃ激安なの!」
市場に入ったサンドラちゃんが値札を見て目を輝かせた。
お肉屋の店頭では、オーク、ウルフ、タイガースパイダーの脚などの値段票の数字が、赤い字で書き換えられて踊っていた。
「わたし市場価格に疎いからアレだけど、いつも見る数字じゃあないね」
「はあ~、この値段だといつもの4割引き、ものによっては半額だよ」
わたしとリネールさんも値札を一個一個確認してしまう。
「わたしはバーベキューにぴったりなお肉を買うの! リネールさんは何にするの?」
「俺は卵にしようって決めてたんだ」
「わーっ、リネールさん太っ腹なの」
この世界では卵は結構高い。恐竜が
やはり大衆向けは鳥の卵だ。飼育しやすいからだけど、わたし達のいた世界のように、品種改良と工場のような生産体制があるわけではないから、主流のニワトリの卵といえど結構高い。大きさによって値段に幅があるが、日本円にすると10個で1千円から2千円もする。
「お嬢ちゃんら、買うものは決まったかい?」
「はいなの! オーク肉のアバラのところ100キロ!」
えっ、100グラムじゃなくて、100キログラム!?
「あいよ、まいどありぃ!」
「サ、サンドラ、そんなに買っても持てないよ!」
「じゃあ、70kgと30kgに切り分けてなの!」
「100キロは譲らないんだ」
「だって食べざかりの子がいっぱいいるんだよっ。リネールさん重い方持ってなの」
お店の主人はリネールさんとサンドラちゃんを一瞥すると、
「あいよ、心得た! 兄ちゃんなら、80kgはいけるだろう」
と肉包丁をしゃりしゃりと研ぐ。
「ええー!」
「んで、あんちゃんは?」
「お、俺はニワトリの卵。200個でいいかな」
「大きい方の卵でちょうだいなの!」
「まいどありぃ!」
ひゃあーっ。
店の従業員が吊るしてあるオークの巨体を下ろして、切り分けを始める。
「店主さん、なんでお肉はこんなに安いの?」
サンドラちゃんが尋ねる。
「ハンター・
「なんですと!?」
大声を上げたのはわたしだ。
需要を上回る供給があるから価格が下がる。経済の常識はこの異世界でも変わらない。それはいい。
実はその討伐にはわたしも参加していたんだけど、と言おうとしたが、
「しかし今回の量は今まで見たこともないな。普段は出回らないラトロアトレイタやワイバーン、オーガまで出てくるくらいだ。よく討伐できたもんだよ。噂によると、探検者にバケモノじみたのがいて、大半はその人が倒したんだそうだ。Aランクプラス探検者のデッカーさんが、けちょんけちょんにされたってんだよ。どれほと常識を外れた人なのかねえ」
店主さんがどこからか聞いてきた話に、マヤは明後日の空を見つめて、あーそうですかと言って、突っ込めなくなってしまった。
参加してたなどと言えば、常識外れの人のことをいやでも聞かれるに違いない。
卵の入った木箱がドンと置かれた。
「ねえサンドラちゃん。こんなに卵があるなら、わたし卵で作りたいのがあるんだけど、いい?」
「マヤちゃんの卵料理? わあ、楽しみなの」
「店主さん、バターとチーズはどこで売ってますか?」
「俺の弟がうちの裏の店で扱ってるぞ。おいサム、バターとチーズ持ってこい! 大口のお客様だ!」
「えっ、いや、大口って訳じゃ……」
裏手に通じるドアへ叫ぶと、肉屋の店主さんとほぼ同じ顔の人がやって来た。
「はいよ、バターとチーズ!」
ドスンと樽に入ったバターと、直径50cmはある鏡餅のようなホールチーズが眼の前に置かれた。
「うわ、何年分あるの!? 使い切れない……あ、でも冷凍状態で持ってればいいのか。買います」
「まいどありい!」
「リネールさん、串焼きバーベキューやるから、お野菜も買わないとなの」
「わたしも香辛料買っていっていいかな?」
「俺もう持てないよ」
持っていけないのではという心配をする人は、田舎の娘を甘く見ている。
お肉80kgの塊をリネールさんに担がせると、リネールさんはそれだけで手一杯(体一杯?)になった。さすがにこれ以上は無理だ。
「マヤさん、悪いけど卵お願いできるかな」
卵はわたしが背中に担いで持っていくことになった。といっても卵一個一個を大事に入れて並べられるプラスチックのケースとかはないので、木箱に藁を敷き詰めて、200個の卵をその中に割れないように埋めて持っていく。重さはおよそ20kgにもなった。
ひえええ。
「マヤちゃん、両手は空いているね」
「えっ」
サンドラちゃんの無慈悲な一言で、香辛料もわたしが持つことになった。でも軽いものだったのでホッとする。
バターとチーズは冷凍しても大丈夫だから、固体酸素で覆って、わたしのストレージにしまう。
サンドラちゃんはというと、お肉の残り20kgを片手でひょいと持ち、もう片方の手で野菜の入った袋をひょいと持った。
田舎の子、すげぇ。
でもまあこれで3人で全部持てたわけだ。
わたし達の豪快な買い物は、これから行く孤児院へのお土産なのである。なるべく早く来てねというメッセージがあったからだ。緊急性はないみたいだけど、なんだろう。
◇◇◇
孤児院へ向かう道中、わたしは不機嫌で口を尖らした。荷物が重いからじゃない。さっきお店で言い損ねた事だ。
「ギルドはわたしが預かってるのをほっぽっといて、勝手に他のを処理しないでほしいんですけど。わたしのも早く引き取ってほしいんですけどーっ」
「マヤちゃんのはコチンコチンに凍ってるから、解体するのが大変だからじゃない?」
「それはあっちの都合。預かってるのを早く放出しないと、わたし旅に出らんないじゃない。これわたしの都合」
「構わず、マヤさんが、持ってっちゃえばー?」
「そうはいかないよリネールさん。あのスタンピードで討伐した魔物は、討伐隊全体の成果ってことで清算終わってるの。リネールさんだって報酬もらってるでしょ。だから買取済みのいわばギルドの資産。わたしは単に倉庫になってその一部を預かってるだけ。わたしが勝手に処分したら横領だよ」
「難しい、なあ」
「でもお肉が安く買えたのは、実際のところ物凄い数をデストロイしたマヤちゃんのおかげだよね」
「そ、その表現には猛烈に抗議します」
さっきお肉屋の店主さんが言っていた通り、北の森ではスタンピードが発生した。対応にはわたしもサンドラちゃんもリネールさんも参加した。わたしは容量無制限の
ただしわたしのストレージは本来『酸素』を格納するところで、例外的に固体酸素で覆ってしまえば何でも入れられると分かったけど、固体酸素はマイナス219度以下だから、入れたものも必然的に凍ってしまうわけで、腐ったりはしないけど、岩のように固くなってるし、低温すぎておいそれと触れない。
「お土産用のお肉なら、サンドラちゃんが買わなくても、わたしが前に仕留めたハイオーク・ボアとかあるから、それあげるのに」
「それじゃあわたしのお土産にならないの。わたし自身が働いて稼いだお金で買って持ってかなきゃ意味ないの」
「なるほど。そういうとこ偉いよねえ」
サンドラちゃんは13歳とはいえ、スタンピード対応でたんまり百万円単位のお金を稼いだのだ。報酬額が高いのは指名依頼だったからで、それくらい他の人にはできないことができる子なのだ。
持ってる人が持たざる人を支える。正しい富の分配を実践するサンドラちゃんは、ますます女神度を高めている。いみじくも女神にならんとするわたしは、周回遅れにならないようなんとか食らいついていかなければなのだ。
「それにしても気前よく買ったよね。リネールさんが大変そうだけど……」
お肉の大部分の80kgを担いでいるリネールさんは、真っ赤な顔をしてふうふう言いながら付いてくる。
「だって安かったんだもん。50kg買うつもりだったけど、100kgでも小金貨3枚だよ。孤児院の子にいっぱい食べてもらいたいでしょ?」
「そうだね。皆きっと喜ぶよ」
それにしてもリネールさんがヤバそうだ。
あっ、バランスを崩して倒れた。
と思ったら、お肉の塊がつっかえ棒になって、倒れることなく斜めになってる。
「ち、ちょっと休ませて……」
斜めになったままリネールさんがそう言う。
「あともうちょっとだよ」
「んなこと、言ったって、80kgだよ。マヤさんのストレージで、運んでくれりゃ、いいのに」
「わたしのストレージに入れると石みたいに凍っちゃうから、すぐには使えないもん」
「そうそう。だからがんばってなの、リネールさん」
二人でリネールさんを引き起こし、ファイト、がんばっ、と煽って、なんとか孤児院に到着した。