異世界のオキシジェン・デストロイヤー ~Fランクハンターだけど、大物狩る許可はもらってます~ 作:RightWorld
宿を飛び出したマヤは、午後の残りの時間を商業ギルドでの作業に当てた。
「おやマヤさん、いらっしゃい。お金の引き出しかい?」
顔馴染みのイケメン職員のリカルドが、ニコニコして話しかけてきた。
大口の口座をもってるマヤは、商業ギルドではそれなりの対応をしてくれる。
「えーと、土地を借りるか買いたくて」
「とうとう永住するのかい? 居住用?」
「いいえ。商業地区か、その近隣でまとまった大きさが欲しいの。用途は倉庫です」
「倉庫かい? そりゃまた何で」
「わたしのストレージの事は聞いてますよね? その中に入ってる物を一時保管したいんです」
「ほう。でも何で商業地区の近くに?」
「場合によっては、倉庫の棚を他の人にも貸し出すかもだからですよ」
本当は倉庫の棚を貸し出す方がメインだけどね。
「それじゃ物件を探してみようか。奥へどうぞ。何か飲む?」
「あ、そしたらサロンの大盛フルーツパフェ頼んでくださーい。デッカーさんのつけで」
「はいはい」
事情を知っているお兄さんは、苦笑いした。
移動した商談室で、リカルドは持ってきた領都の宅地地図を広げた。
「どれくらいの広さがほしいの?」
「うーん。100m四方くらい?」
マヤはパフェを頬張りながら答える。
「100m四方!? そんなに広く!? 借りたらひと月金貨10枚くらいするよ!」
「じゃあ買う」
「か、軽く言うね。でも商業地区に100m四方の空き地なんてないし、あっても土地単価高いしな」
「ちなみに商売には不便かもしれないけど、孤児院の近くにはそれくらいの土地ないですか?」
「孤児院の近くねえ。土地単価は安いだろうけど……」
宅地地図を捲って孤児院のある地区を出す。貧乏人地区なので、目抜き通りは縦横きれいに整備された道があるが、その中はごちゃごちゃのカオスになっていた。売りに出された所はあっても、小さいのが点在している感じだ。
そんな中で、ぽこっと大きな空白地帯があった。縦横200mくらいある。
「ここは?」
「ここは売り地じゃないよ。たしか水が染み出てるところで、地盤が悪いから適さないんだ。あと一応貴重な水源だから守ってるってのもある。いざって時はここに井戸を掘るんだ」
「なんか点線で区切ってありますけど?」
「んー? ああそうだ。こっちの150m四方は売買できるんだった。でも利用できないから誰も手を付けてない。っていうか付けられない。巨岩が埋まってるんだよ」
「今、誰が所有してるんですか?」
「ええっと、誰の手にも渡ったことないから、国有のままだね。ヘキサチカの民間所有の土地ってのは、国が一部の区域を自由所有を認めて売りに出したところで、自由に売買されている。場所によっては商業用とか住宅用とか用途に制限があるけどね。国が買い戻すまでは民間の誰かが所有者なわけだけど、買われたことがなければ今でも国が持ってるってことだよ」
「ここは倉庫作っても大丈夫?」
「この地区に用途制限はないね。でもここは建物建てられる地形じゃないよ?」
「商業ギルドは土地取引にどういう役割を担っているんですか?」
「土地売買の仲介と、土地所有者の管理、国への報告。これは国に代わって管理代行してるようなものだね。あとは土地売買税の徴収代行」
「へえ。それって商業ギルドはどこの国でもやってるんですか?」
「いいや。国ごとに、それどころか都市ごとに違うよ。ヘキサチカでは国とそういう協定を結んでるってだけだ」
「なるほど。とにかくヘキサチカで土地を買いたければ、商業ギルドにいけばワンストップでできるってことですね」
「そういうこと。さて他にまとまった土地は……」
マヤは最後の一口のパフェを食べると、空になったパフェグラスにスプーンをカランと放り込んだ。
「あの、わたしちょっと、その孤児院近くの巨岩の土地見てみたいんですけど」
「えっ、あんなところに倉庫なんて建てられないよ? 岩が盛り上がってるんだから。周りは買われていったけど、使えないから売れ残った土地だよ?」
現地周辺の地図を簡単に書き留めると、マヤは椅子から立ち上がった。
「話のネタに見に行ってきまーす」
「本当に見に行くの!?」
◇◇◇
商業ギルドを出たマヤは、まずは孤児院に向かった。
孤児院の前の道では、年少の子達が遊んでいた。
「あ、
「本当だ。今日はどうしたの?」
「その呼び名はやめてええ! なんで知ってるの!? 言ってたのは北の森の最前線基地の兵士さんなのに!」
「あっちで知り合った兵隊さんが帰ってきて聞いたって、イレム兄ちゃんが」
「イレムめ~」
悪いのはイレムなのか、イレムに教えた兵隊さんなのか。いや、やっぱり孤児院の中に広めたイレムが悪い。
「それで、ニーシャはいる?」
「ハンターギルドにお仕事に行ってるよ」
「またあ? 孤児院の財政は改善したんじゃないのかしら」
「もうちょっとしたら帰ってくるんじゃないかな」
「イレム兄ちゃんならいるよ」
「あいつこそ、もっと働けばいいのに」
「呼んでくるね」
イレムめ。一言言ってやらなきゃだわ、と思っていると、悪ガキはすぐにやって来た。
「また来たのかよ、ディストラクション・ババア」
一言言う前に先制パンチを食らってしまった。
「むわあ、またいかにも男子小学生的な呼び名の付け方を!」
「またダンシショーガクセーかよ。それってなんだ?」
「そんなことより、孤児院の皆にわたしの変な二つ名を広めないでちょうだい!」
「やっぱ、ガキババアの方がいいか?」
「むがーっ、どっちもだめでしょ! マヤお姉様と呼びなさい」
「あり得ねえな。やっぱガキババアだ」
その口、塞いでやると捕まえようとするが、ちょこまか逃げるイレムに難儀する。しかし17歳対11歳の身体能力の差で、なんとか捕獲した。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ……この、ばかたれが……」
息切れが激しい中でイレムに脳天チョップを入れる。しかしイレムは涼しい顔で、呼吸もまったく乱れてない。マヤはどう見ても自分の方が制裁を受けているとしか思えなくなった。
「んで何しに来たんだよ」
「こ、この近くに、広い空き地、あるんでしょ? 岩が、埋まってるとか……」
息をととのえながら目的の話に入る。
「うーん、石山のことかな」
「そこまで、案内してくれる?」
「道案内の依頼書よこせ。書いたら連れてってやる」
「はあ? ケチ! いいよ、ニーシャ帰ってくるまで待つから!」
「マヤ姉どうしたんだわね、息切らして。あたいに何か用?」
タイミング良くニーシャが帰ってきた。
「よかった! もうイレムが頼りにならなくてー」
ニーシャがイレムを睨むも、知らん顔だ。
「石山まで連れてけっていうから、依頼書書けっつっただけだ」
「すぐそこじゃない! ギルドに承認もらう方が面倒だわね!」
プンスコと煙を噴いてイレムに怒るニーシャだが、んべっと舌を返された。
「マヤ姉ちょっと待ってて。お金おいてきたらすぐ戻るだわね。そしたらあたいが案内するだわね」
「ありがとう。さすがニーシャ、話が分かるわ」
ニーシャはたったか建物に走っていき、中で用事を済ませてすぐ戻ってきた。
「お待たせ。行くだわね」
「お願いしまーす」
ニーシャはイレムの手をガシッと掴んだ。
「イレムも行くだわね」
「なんで俺まで!?」
「護衛しなさいだわね」
「領都の中だぞ? 森や草原じゃあるめえし」
「暇でしょ。いいから行くだわねっ」
ぐいぐいと引っ張ってイレムも連れてきてしまった。
マヤはなんでイレムまで連れてきたのかしらと、2人の横を歩く。ニーシャは心なしか頬に赤みを帯びさせ、機嫌よくイレムの手を握ったまま引っ張っていた。イレムは抵抗するでもなく、しかたねえなあって感じで付いていく。
少しして、握られている自分の手を見つめていたイレムが、ニーシャに尋ねた。
「ニーシャ、お前手が大きくなったか?」
「そ、そりゃあたいの方が年上だし? ここのところ、マヤ姉達のおかげで食事もいいから、背も伸びたんだわね」
「同じモン食ってんのに、ずりーぞ」
「そ、そんなこと言われたって、どうしようもないだわね」
マヤは小学校から中学にかけての頃を思い出す。
こんなわたしでも、何人かの男の子の身長を抜いたことがあるのよね。
「あなた達くらいの歳の時は、女の子の方が成長早いからねぇ。ニーシャが体の大きい子だったら、イレムが追いつくのは15歳くらいかもしれないよ?」
「成人しちまうじゃねえか! 孤児院出る時だぞ。そんなに遅いわけねえだろ」
「わかんないよ? 男女そんなに変わらなかった体が、男らしく、女らしく変化が始まるのが今。体の大きさで言ったら、女の子の方が先に大きくなるからね。男の子は急に大きくなって、それからもゆっくり成長するから、まあイレムも慌てることないわよ」
「ちぇっ、下手すると孤児院出るころは、まだニーシャの方がでかい場合もあんのか」
「うっふっふー、魔物が出たら、あたいがイレムを守ってあげるんだわね」
繋いだ手をぶんぶんと振ってはしゃぐニーシャ。
「んなわけあるか。そのころには俺だって長剣を使えるようになってて、でっけー魔物もズバッと斬れるようになってらい!」
「「魔物に剣を弾かれるシーンしか想像できない」だわね」
マヤとニーシャの声がハモる。
「おめーらあ!」
イレムはマヤに突っかかってこようとするが、ニーシャが手を離さないので、やってこれない。
「ニーシャ、力も強くねえか!?」
「お姉さんだからだわねー」
「たかが1つ上なだけで、ずりーぞ! 胸もでかくなりやがって」
「あうん!」
「あれ、おめーずいぶんでかくなってねえか?」
「あう、イレム、いたい、いたい」
真顔になってイレムが空いてる手でニーシャのお胸を揉みしだいている。
「こ、こらあイレム、なにやってんのおっ! 成長し始めの頃は敏感なのよ!」
「あ、わりい。痛ぇの?」
「うん、強く掴まれると」
「ふぅ~ん」
「優しくならいいだわよ」
「これくらい?」
「こらこらあああ、あんたたちぃ! 優しかろうが何だろうがダメでしょお!」
しかし二人は比較的真顔で、そんなにだめ? という顔を向けてきた。
えっ、わたしが間違ってんの?
「やっぱり人前ではだめなんだわ」
「平らだった時はいいのに? 尻触ったわけじゃねえぞ?」
「お胸もだめっ! 当然お尻もだめっ! ってかニーシャ、イレムにそんなことされていいの!?」
「えぇ? どうせあたいはイレムに身請けしてもらうんだし」
意外にもニーシャが拒否してないことに驚くマヤ。
「も、もしかしてニーシャ、イレムが好き……だったりするの?」
ぽんっとニーシャは顔を赤くして、絡まったイレムの腕を少したぐり寄せ、横目でイレムを伺う。
うわぁ、ニーシャはこんな悪ガキであっても慕ってるのか!
恥ずかしがってるニーシャ、かわいい!
けど複雑だなぁ。
一方のイレムは、
「孤児院に入ったときの約束だからな。俺の方が後から卒院するんだから、それまでの間どうやって過ごすのか考えとけよな」
と、決まったことを事務的にこなすだけみたいな雰囲気なので、マヤはムカついてヘッドロックした。
「あんたねえ、ニーシャの想いわかってんの?」
「いててて、なんだよ、何か悪いこと言ったか?」
こんなイレムであってもニーシャは嬉しいらしく、イレムの腕をまた抱いて笑っている。
イレムもうっとおしいとか嫌とかいうのはないみたいだが、懐いた犬に構ってやっているような感じでいるからイラっとくるのだ。
ちゃんとニーシャを幸せにできるのかしら。その前に孤児院を出る前に、子供できちゃったりしないかしら。
いちゃつく小学生を連れて歩いてるうちに、マヤはなんだか自分がさみしくなってきた。
まだ着かないのかしらと思っていると、雑木林の横を抜けたとたんに大きな空き地が見えてきた。
「おお……」
孤児院からはここまで歩いて5分ほど。孤児院の方からは先程の雑木林が邪魔をしていたので、これまで気付かなかった。あの雑木林が水が染み出てくるって言ってたところだろう。
さて、空き地の方だが、土地のほとんどをなだらかなお饅頭のような白い岩が占めている。面白いことに、てっぺんに向かう斜面の途中に、尖った黒っぽい岩が斜めに突き刺さっている。巨人が金槌で突いて打ち込んだみたいだ。
白い岩に登ってみる。
白い岩は、黒いゴマ粒のようなの(黒雲母?)や透明な粒(石英?)が見えるから、花崗岩かな?
なだらかな岩の斜面を登って、突き刺さっている黒い岩のところへ行く。近付くと、真っ黒ではなく、微妙に赤っぽい色をしていると分かる。見えてる部分は高さ2~3m、直径5mくらいの大きさで、表面にはつるっとした大小の穴がぽこぽこと開いている。硬く重たそうで、金属光沢があるが、金属ではない。成分は分からない。とにかく白い岩とは全く種類が違う岩だ。
もしかして隕石の一部? でもクレーターを作った隕石は普通、衝突時に熱で溶けたり蒸発したりして残らないらしいからな。
マヤは隕石だと面白いなあ、なんて思いつつ、振り返って登ってきた岩を眺め、どうやったら建物を建てられるか思案した。
もしこの土地を倉庫として使おうとするならば、白い岩を基礎石にして、上に足場を築いて建てるか、白い岩自体を取り除くなりして建てないといけない。足場を築いて建てる方が簡単だろうけど、高床式倉庫みたいになるなあ。ここは比較的寒冷で乾燥した気候だから、高床にする意味はあまりなさそう。黒い岩も邪魔だし。
それに白い岩を取り除いて更地にするのは、地中にどれだけ埋まってるのかわからないから、もし深くまであったらそうとう大変だろう。それか白い岩をうまく削って、外壁として使用した方が保温効果を高められるんじゃないだろうか。ディオネアの枯れ葉の使用量を減らせるかもしれない。
「爆破する手立てはあるのよね。岩を思うような形にうまく崩せるかが問題だけど……。賭けてみようか」
岩の頂上の方では、イレムとニーシャがなだらかな岩の上を小学生らしく走り回って遊んでいる。
「おーい、帰るよー」
「もういいの?」
走って下りてきた2人に、マヤは宣言した。
「わたし、ここの土地を買おうかと思う」
「ここを? 買ってどうするのだわね?」
「討伐した魔物をしまっておく倉庫を作ろうと思ってね。氷で中を冷やして、お肉が腐らないようにするんだ。そしてね、孤児院の子達がここで働けるようにしたいんだ」
「あたい達が?」
「その氷さ、ラースが法力で作ればいいじゃんか!」
「勿論、それを見越しての倉庫よ」
ニーシャとイレムは、ぱあっと笑顔になった。
2人に案内のお礼を言って、また明日来ると伝え、マヤは商業ギルドに戻った。
◇◇◇
「どうだったマヤさん。どうしようもない土地だったろ?」
窓口にいたリカルドがさっそく聞いてきたが。
「決めました。あそこ買います」
「えええ!?」
予想外のマヤの回答に、リカルドは仰天してのけ反った。
「でっかい岩あったでしょ!? どうやって倉庫なんか建てるの?」
「あの岩、削ったり取り去ったりしても構わないんですよね?」
「構わないけど、大変な労力がいると思うよ?」
「労力は引き受けるんで、買います。いくら?」
「本当に? えーっとね……」
調べてもらうと、土地単価は1平方メートルあたり小銅貨5枚、つまり50円だった。使い道が難しい土地だったからか、田舎の山林みたいな値段だ。もしかすると昔売りに出した時の値段のままで、物価の上昇に追随してないのかもしれない。それならそれでラッキーだ。
だいたい150m四方だから面積は22,500平方メートル。50円で掛けて112万5千円。実際の売値は金貨12枚とのことで、ギルドの手数料が販売価格の10%、税金が販売価格の15%取られるから、全部でたったの金貨15枚だ。
150万円をたったのって言えるわたしも、随分出世したもんだなあ。
提示された金額を見てそんな感想を抱くマヤ。
とにかく商業ギルド地区に土地を借りるより、はるかに安く済んだ。
マヤは商業ギルドカードをリカルドに渡す。
「わたしの口座から引落しといてください。これで土地登記とかもギルドがやってくれるんですよね? 土地の権利書とかは発行されるんですか?」
「証文が欲しければ作るよ。なくても国の土地管理台帳にちゃんと記載されるけどね」
「一応作っといてもらおうかな」
「了解。明日以降に取りに来てください」
「よろしくー」
買っちゃった、土地買っちゃった。サラリーマンの夢、マイホームの下半分を17歳のこのわたしが……。
日本ではサラリーマン家庭で市街地に住んでいたマヤにとって、宅地と家はローンを組んで何十年もかけて返済していく人生最大の買い物という感覚があった。
マヤが買ったのは宅地というより、山林か原野のようなものだが、土地は土地なのである。奴隷を買うのとは違って後ろめたいものは何もないのである。
「わたし大人だーっ」
マヤは頬を紅潮させて、商業ギルドのドアをくぐった。