異世界のオキシジェン・デストロイヤー ~Fランクハンターだけど、大物狩る許可はもらってます~ 作:RightWorld
急に店の建物がぐらぐらと揺れだした。
「わわ、地震!?」
続いて、どっしゃーんという大音響とともに事務所の壁が崩れ、レンガが降ってきた。
「わああ!?」
ノーバートがマヤとマルリーゼを持ち上げて、崩れる壁から逃れた。マルリーゼはお姫様だっこ、マヤは法力でつまむようにして。
手足を下に向けてうつ伏せで空中に浮いているマヤを見て、マルリーゼが血相を変える。
「何やってんのノーバート! ご主人様になんて扱いを!」
「す、すみません、ご主人様は遠かったもので! マルリーゼは隣だったので手がとどいたというだけで……」
「構わないわ。助けてくれてありがとう、ノーバート」
空中にうつ伏せ状態のままでマヤはお礼を言う。
壁がまたバキバキいって崩れた。何か突き刺さっていたようで、それが抜けるようにいなくなると、壁に大穴が開いて外の景色が見えるようになった。
アデラが大丈夫ですかと駆け寄り、マティアスが「またカリーム商会か!」と叫んで外へ飛び出していった。
「わたし達は大丈夫。何が起こったの?」
「たぶん隣の店です」
険しい表情をしたアデラは、「ちょっと失礼します」と言ってまだ無事な正面ドアから外へ向かう。マヤ達もアデラを追うようにそれに続いた。
崩れた側の店の隣は空き地になっていた。そこに2頭の草食恐竜と2台の大きな荷車が停まっている。アデラの店に近い荷車はレンガを満載しており、タイヤ痕から、その荷車がアデラの店に突っ込んだらしいのが分かる。空き地と店の境界には、一応木の板でフェンスがあったが、フェンスは踏みつぶされてばらばらになっていた。
空き地は恐竜引きの荷車が3台あっても十分な広さがあるのに。なんでこんなにこっちへ寄って停めようとしたのかしら。
「カリーム商会さん、いい加減にしてください! 何度もフェンスを壊すだけじゃ飽き足らず、とうとうお店にまで!」
アデラが怒鳴りつける。
「こいつがなかなか言うことを聞かねえんだべ」
近くの荷車の竜使いが、へらへら笑いながら言い訳を言った。
「もともと停車場だった所に急に店なんか建てるからこうなるんだべさ」
荷車から降りてきた男も悪びれる様子は一切なかった。
いずれもこの辺の人とは違い褐色肌で、やや縮れ毛の黒髪の人達だった。
「しかも前より狭まくなってねえべか? 転回しづれえんだよ。これじゃぶつかってもしかたねえべよ」
「店が建ったのは5年前だ! 昨日今日じゃない!」
マティアスが大声で反論する。
「そちらとの境界を示すためのフェンスでしょう! そのフェンスを押し倒しちゃって店にまで! どうして営業を邪魔するんですか!」
マティアスとアデラが何を言っても、向こうは全く反省の色を見せない。
「何言ってんだべ。事故だべ事故」
「この竜はこないだ買ったばっかだから、慣れてねぇんだべよ」
「ならなおさら以前の停車場のことなんか知らないだろうが! 広さは十分あるんだ。これで転回できないわけないだろ!」
「なんだとおめえ、うちの竜使いが悪いとでもいうだべか!?」
隣の店の連中があまりにも傍若無人な喧嘩腰でくるので、マヤは会話に割って入った、
「ちょっとちょっと、これって車でいえば物損事故でしょ? ぶつけた方が壊した物の原状回復の責任を負うってもんでしょ」
「何だあ貴様は?」
「ホーム商会のお客ですけど」
「なにい、客だと?」
「誰だ客を入れちまったやつは」
「あとで周りの店にも一言いわねえとだべな」
こいつらが手引きして客を遠ざけさせてるのか。
マヤは眉間に皺を寄せる。
「間違げぇて入っちまったようだべが、やめときな。ろくな実績もねえ女の店だべ」
「この女に注文したって、荷物がちゃんと届くか分からねえべよ?」
マヤはムッとした。
「女の人の店だと何が悪いんです? 女性ならではの気配りがあって、わたしは良いと思いますけど?」
「……話になんねえべな。おい、とにかくこの位置じゃ荷下ろしに不便だべ。位置直せ」
「へい。おい、バックだべ」
「ま、待て! そのままバックしたらまた店にぶつかるだろうが!」
マティアスの言葉など竜使いは耳を貸すことなく手綱を操作する。当然荷車はさっき通った轍をなぞってバックしてきた。それどころかイグアノドンは変な方向に向きを変え、まだ壁が残っているところへ荷車を押してきた。
「おおっと、恐竜ちゃん、どっちむいちゃってるんだべなぁ~?」
竜使いはへらへら笑いながら手綱を操っている。
「わあああ、また突っ込んでくるー!」
目をつぶるアデラ。
「
そこへマヤが高圧酸素噴出点を網の目に並べた。バックしてきた荷車はその網に突っ込む形となった。すると網を通過した荷車とその上に載っていたレンガが、網目の大きさに裁断されて地面にガラガラと散らばった。
「「ええっ!!」」
目を真ん丸に開けて驚くノーバートとマルリーゼ。
「ああっ、荷物が、荷車があ! 止まれ止まれ! なにしやがんだべ!」
イグアノドンが押していた荷車は、後ろから半分ほどがなくなったところで止まった。
「い、いやだって、あのままバックされたら店が壊れちゃうんで……。わたしここで買い物してるから、店が営業停止しちゃうと困るんですけど」
「だからって人の荷車に手を出していいと思ってんだべか!」
「壊れた部分は境界からこっち側ですよ? 入った方が悪いでしょう。わたし境界フェンスのこっち側にバリヤー張ってますんで」
「なにじゃとー!?」
「フェンスが頑丈な壁だったらぶつかった荷車は潰れるし、フェンスがカッターだったら、入ってきたら切れちゃうしって、当然でしょう」
「そんなフェンスあってたまるべか!」
一番偉そうにしている男がすごんできて、奥の恐竜を指示した。
「なめちゃいかんべよクソガキ。もう1頭の竜はそんじょそこいらの大人しい荷物運びのとは違うべよ。泣く子も黙る、装甲獣だった鎧竜だべよ!」
ずいっとこっちへ向きを変えたもう1頭の恐竜は、全身を鎧で包んだような平たい格好のアンキロサウルスだった。ぎょろりとその目がこちらへ向く。
「ひいいいい!」
アデラが恐怖で飛び上がってマティアスに抱きついた。
「先日引退したばっかりの、まだまだ強力な奴だべぞ。音や光で脅してもびくともしねえべからな!」
先端に大きな瘤のあるしっぽがぶるんと振るわれた。アデラがさらに悲鳴を上げる
「あんなのぶつけられたら店が倒壊しますうーっ!」
「今さら謝ったって遅えだべ。いっけえ!」
「きゃああああ!」
抱き合って目をつぶるアデラとマティアス。
だがいつまでたっても静かなままである。
恐る恐る目を開けると、アンキロサウルスは前と同じ位置にいた。いくら竜使いが手綱を操っても、ピクリとも動かない。そしてその目は、何やらじいっとマヤを見ていた。
「おい、動けだべ!」
竜の目線に気付いたアデラ。
「なんだかあの竜、マヤさんを見てない?」
言われてマヤもアンキロサウルスを見る。
「えっ? あれ、あの竜って、もしかして?」
マヤはアンキロサウルスに歩み寄った。
「装甲獣だったって言ったっけ?」
なんとか動かそうと手綱をあっちへこっちへ引いている竜使いに問うと、顔を真っ赤にして答えた。
「こいつは重装甲獣だったんだべ! 先日引退して軍から払い下げられて、うちが買ったんだべ!」
「先日引退? おーっ、そしたらこないだの北の森のスタンピード対応に出撃してた子?」
「ばううう!」
アンキロサウルスが返事した。
「そうかあ、戦友だったかぁ。引退したんだね、ご苦労様だったね」
マヤが頭のところに抱きついて撫でると、嬉しそうに目を細めた。
「戦友?」
アデラとマティアスが目をぱちぱちさせて聞き返す。
「北の森のスタンピードで、前線基地の戦いでは重装甲獣にずいぶん守ってもらったのよ。ねっ?」
「ばううう!」
アンキロサウルスは、そうだそうだと首を何度も縦に振る。信じられない顔をしていたマティアスも、納得するしかなかった。
「ほ、本当にマヤさんは探検者として討伐に参加されてたんですね」
それはアデラもだった。
「子供みたいだけど、本当に大人だったの? じゃあデッカーさんに勝ったってもの本当だったんですね?」
「デッカーに勝っただべと!?」
「も、もしかして、手ぇ出したらやべえ子供ハンターって噂の奴は、こいつだべか!?」
「子供ハンター?」
むっとするマヤ。隣の商人と竜使いは真っ青になる。それどころか。
「うちの主要取引先の旦那を用心棒ごと蹴り飛ばしたっていうのも、こいつだったりするだべか!?」
「そういや特徴が似てるだべ!」
ん? それって前に道の駅で襲ってきた外国の悪徳商人かな? あれと仲がよかったのかこいつら。
「クソっ、この竜全然言う事聞かねえだべ!」
「一部始終は見させてもらったよ」
急に割って入ってきた声の主は、正面ドアから紅茶のカップを持ったまま出てきたリカルドだった。
「げっ、商業ギルドの職員!」
「でかい鎧竜が来て脅されたって苦情が最近たくさん来てたんだけど、君らか」
「な、何のことだべな?」
「それにさっき荷車が店に突っ込んできた衝撃で、この店のパイ焼き窯にヒビが入ってたぞ。あれじゃ私が楽しみにしているパイが焼けないじゃないか。どうしてくれんの?」
「い、いや、これは恐竜がいうこと聞かなくてだべな……」
「業務威力妨害、店への破壊行為、器物損壊。ついでに私の紅茶をこぼした罪。商業ギルドとヘキサリネとの協定規則違反だ。ヘキサチカにおいては商取引の禁止、悪質だから店舗没収ってとこかな。正式沙汰は追って連絡するけどね。仮処分を言い渡しとくよ」
「ま、待ってくれだべ!」
「まさかホーム商会が子供ハンターと手を組んでたなんて、知らなかったんだべ!」
「や、やっぱ子供ハンターに手ぇ出したらやべえってな、本当だったんだべ」
リカルドは聞く耳を持たず、営業停止の仮処分告知書を突き出した。
告知書を突きつけられた商人達は、唾を吐きまくって地面を蹴散らして悪態をついた。
「このままで済むと思うなだべよホーム商会!」
「お、覚えてやがれだべ、子供ハンター!」
マヤは、んべ~っとカリーム商会の連中に向かって舌を出した。
店の事務所はだいぶ風通しがよくなってしまったが、幸い応接セットの辺りは被害少な目で、厨房はパイ焼き窯が損傷したものの、食器類は戸棚にストッパーがしてあって散乱を免れたので、こちらも被害は軽微だった。嫌がらせが続いていたので備えていたらしい。
そんなわけでマティアスがお茶を淹れなおしてくれた。
「あのお、営業できます? ノーバートは大工だから、壁直すのに貸しましょうか?」
マヤが心配して伺いを立てるが。
「心配いりません。これでも建築資材を扱う店です。職人はいますから。人さえ無事なら商売に差し障りありません」
「たくましい……」
湯気の上がるティーカップを前に、リカルドがマヤに向かってにっこりと微笑んだ。
「ということで、マヤさん」
「何が、ということでなの?」
「帰りは商業ギルドまでご一緒しよう」
「ギルド寄ると、宿に帰るのに遠回りになるんだけど……」
「護衛してほしいんだ。帰り道に襲われるのいやなんで」
「護衛の指名依頼ってこと?」
「ギルドマスターに報告が届かないと、カリーム商会の営業停止が正式にならないよ。そしたらまた嫌がらせしてくる。ホーム商会が潰れるの嫌でしょう?」
「ギルド職員を襲うなんてことあるの?」
「ヘキサチカはぜんぜんいい方だけど、ワイロが当たり前の町では、人間の命なんて安いもんだよ。カリーム商会は国外の商人だから、常識が違ってるかもしれないしね」
「はあ~。はいはい、受けますよ、無償で」
まったくもう、とため息をつくマヤ。
『そうか。ヘキサチカってかなり治安良いんだな。ヘキサチカやリトバレーは日本の常識が通じるところだったから、これまで違和感をあまり感じなかったけど、わたしのいた世でも日本の常識は世界では非常識と言われるくらい稀有だったんだ。中世ヨーロッパ的なこの世界ならなおさらでしょうね。旅に出たらギャップに悩まされそうだわ』
この先が思いやられる。
一方マルリーゼとノーバートは、隣の店からの脅しを簡単に食い止めたマヤに、またもや尊敬の眼差しを向ける。
「ご主人様、さすがです!」
「実力行使してくる敵をものともせず退けるなんて、なんと頼もしいことか!」
「他の奴隷達に言いふらなさいでよね」
「「それは無理です!」」
即答されてしまった。はあ~っとまた大きく息を吐くマヤ。
力が正義なこの世界においても、目の前の少女は屈しないのだと知ったのだから無理である。
「とにかく営業が続けられるならよかった。アデラさん、資材の調達はホーム商会にお願いしますので、契約手続きの方を……」
「ウチでいいんですね!? ありがとうございます!」
目をキラキラさせてずいっと乗り出し、マヤの手を握るアデラ。
「カリーム商会に話の邪魔をされてしまいましたが、私、マヤさんが孤児院のために倉庫業を始めようとしているという話に感銘を受けたんです。そしてうちとカリーム商会とのごたごたにまで介入してくるほどの正義感ですよ。マヤさんのそれは本物だと確信しました! そこでぜひ私にもお手伝いさせていただきたいのです!」
「え、ええー?」
「さすがマヤ様。お考えに賛同される方が次々と!」
「マ、マルリーゼ、いったいどんな宣伝のし方したの?」
アデラは続ける。
「それと今回リストでいただきました分の倉庫建築の資材、金貨100枚でお請けします。もし足が出てしまっても当方で負担しますので、ご安心ください」
「う、うちはありがたいけど、アデラさんはそれで大丈夫なの? そこの壁直すのにお金いるでしょ」
「お店を守ってもらったんですよ。これくらいさせてください。それにカリーム商会は店舗没収ですよね? 損害賠償に店舗資産ぶんどって修理費に当てますよ」
「た、たくましい……」
そういうことでマヤはホーム商会と契約を結んだ。
無事に倉庫建築資材の発注も済み、パイまでお土産にもらい、商業ギルドまでリカルドを無事に送り届けて、マヤ達は宿に帰ってきた。
「やっと宿にたどり着いたー」
「ふふふ。お疲れ様です、ご主人様」
栄養不足でガリガリのマルリーゼの方が元気である。
「ねえマルリーゼ。あそこまでしてもらったら、残り部分の倉庫の建築でも、あの店使わないとだよねえ」
「もちろんそこを見据えてのサービスもあったでしょうが、店を救った恩義に答えたところが大きかったと思います。いずれにしろ納入される資材を検品してからでいいでしょう。金貨100枚で質の悪い資材を揃えられても困りますから。まあアデラさんはそんな人ではないでしょうけど」
同じ商売人だったマルリーゼから見ても、大丈夫という感触のようである。
「見本で見せてもらった資材も満足いくものでした。あの通りの物が入るなら、次も頼んでよいでしょう」
ノーバートも良い印象を持ったようである。
3人は宿の玄関をくぐった。
「ただいまー」
「あ、マヤちゃんお帰りー」
「お帰りなさい、ご主人様!」
フロント横の待合スペースに座っていたサンドラとリリーが顔を上げて返事する。とたんに2階からカルラとノアナも降りてきて、
「「お帰りなさいませ、ご主人様」」
と出迎える。
「ねえ、ウチらも泊り客をああやって迎えたら、お客沢山くるようになるかしら」
「ムカつく客にまでやるの、あたしヤダよ?」
フロントのお姉さん達が三姉妹の様子を見て何か言っている。
マヤの周りにまとわりつく三姉妹に、マルリーゼがにこにこと風呂敷を見せる。
「リリー、カルラ、ノアナ。お土産のパイよ。この丸いパイはトムトさんにね」
マルリーゼからパイを受け取って、わあぁ! と喜ぶ三姉妹。
「おいしい~」
「あっ、こらリリー、なにもう食べちゃってんの!」
リリーはパイを見るなり、かぷりとかぶりついていた。
「それと今日はご主人様が、暴力を振るう悪徳商人を、正義の探検者としてやっつける素晴らしい場面に立ち会うことができたのよ」
「なにそれ!」
「ご主人様が悪徳商人を!?」
「聞きたい」
「あのぉ、マルリーゼ。誇張しないようにね……」
「パイを食べながら話してあげましょう。リリーは食べちゃったから参加できないかなぁ」
「ええーっ、まだ全部食べてないよ!」
「あはははは、うそうそ」
「もぉ~、トムトおじいちゃん呼んでくるねっ」