異世界のオキシジェン・デストロイヤー ~Fランクハンターだけど、大物狩る許可はもらってます~ 作:RightWorld
大使館の門の所まで見送ってくれたのはフィリアだった。
「フィリアさん、また怒られそうだね」
フィリアは給仕をしながら昼食会の進行を管理し、時間が来たらお開きを告げなければならなかったはずなのに、護衛侍女長の手を煩わせてしまったのである。
「構いません。マリエラ様にとって大事な時間でしたから。できるだけ引っ張る気でいました」
「やらかしすぎて、担当外されないようにね」
「うっ、そ、そうですね、気を付けないと」
フィリアは少し青ざめる。
「フィリアさんがピンチな時も駆け付けるからね」
マヤの言葉に、情けない表情でじわっと涙を滲ませそうになるフィリア。慌てて首を振り、メイドのたたずまいに戻って平静を装う。
「私もミリヤでお二人をお待ちしています」
フィリアは両手を前に揃えてにっこりと微笑んだ。すると。
「うぅ……フィリアさーん!」
「あっ、わたしも! フィリアさーん」
マヤとサンドラがフィリアに飛びついた。
「わあああぁ、なんなんです!?」
「リエラさんの分も含めて、次会えるまでぬくもりを覚えておくんだよぉー」
「うわはは! くすぐったい! こらマヤさん、おっぱいに顔押し付けすぎでしょう! きゃはは、サンドラさん、脇は! 私、脇は弱いんですってば!」
二人してたっぷりフィリアに甘えたのである。
門を出て振り返ったマヤとサンドラは、フィリアに向かって両手を振った。
「マリエラ様のこと、よろしくねー。何かあったら連絡してねー」
「フィリアさん、すぐ行くから待っててねーなの」
いろいろなところに顔を突っ込まれ揉まれてとされたフィリアは、顔を真っ赤にしてまったくもうと、腰に手を当てメイドらしからぬ体でぷぅっと膨れっ面をしていたが、ふうと一つ息を吐くと。
「色々とお世話になりました」
姿勢を正し見本のようにきれいなお辞儀をしたのだった。
◇◇◇
その日の朝早く、ミリヤ皇国第一皇女マリエラ姫が帰国の途についた。
どこからか噂を聞いていた領都民が見送りのため沿道に並び、男も女も「マリエラさまーっ」「お元気でーっ」と手を振った。マリエラ姫は馬車の窓を開けて手を振ってそれに応えていた。
マヤとサンドラも宿のテラスから馬車列を見守った。2日前に挨拶は済ませているので、今日はもう雲の上の人を遠巻きに眺めているだけと思ったが、馬車が宿の前に差し掛かった時、マヤ達に気付いたマリエラ姫はいっそう笑顔を大きくし、可愛らしく頭を傾いで最後の別れをしてくれた。
マヤの奴隷達は、初めて見るお姫様姿のマリエラ姫の美しさにすっかり見惚れてしまっていた。
「きれいな人だ……」
「これでいつ死んでもええわい」
「ご主人様の命令を果たさずに死んだら、あたしが殺しますよ。でも……わかる気がする」
ノーバート、トムト、マルリーゼらの大人の奴隷達は、遠くなっていくマリエラ姫の馬車の後ろを染み入るように見つめた。
「すっごい綺麗だったねー」
「本当にお姫様だったんだ、リエラさん」
「同じ人だなんて信じらんないよ。ああでも、いい思い出になったよね」
子供の奴隷のリリー、ノアナ、カルラは打って変わってきゃっきゃとはしゃいだ。もちろん秘密な内容なので小さな声でだ。
一方、宿の従業員達は。
「またマリエラ様が微笑んでくれたよ!」
「いつもうちの宿の前に来ると笑ってくれるよね!」
「あたしにペコリって挨拶してくれたんだよ!」
「違うよ、あたしに決まってんじゃん!」
またも意識過剰に大騒ぎしていた。マヤが、
「わたしとサンドラちゃんにだと思うけど。何しろこないだお会いしたんだし」
と言うが、ぜんぜん聞こえてないようだった。
「うちの宿はそれ程に魅力があるってことだねえ」
「お母さん、次来た時、マリエラ様泊まってくれるかも!?」
またあり得ない可能性に目を輝かせる宿の従業員たち。
「女将さん、フロントをもっと豪華にしてください。今のままじゃ皇女様と釣り合いませんよ」
「あーっ、あなたフロント係だからって自分の所だけきれいにする気!? 女将さん、食堂こそ宿の花ですよ! 手を入れるなら食堂です!」
「そしたら厨房もだよ! いくら食堂がきれいでも、出る料理がまずかったら台無しだよ!」
根拠のない夢に盛り上がる宿の人達に、マヤとサンドラは呆れるしかなかった。
◇◇◇
マリエラ姫が帰っていった日の夜、サンドラちゃんのお母さんが久々に宿に帰ってきた。薬師協会に派遣されて薬作りをやっていたので、これまで薬師協会のすぐ隣にある宿舎で寝泊まりしていたのだ。
マヤとサンドラが使っている部屋に入ると、ベッドに飛び込んで仰向けになった。
「ふぅ~、4交代制とはいえ、24時間体制で作り続けるのは大変だったわー」
「お母さん、お疲れ様なの」
「サンドラもありがとうね。とっても助かったわー」
マヤは紅茶を淹れると、サイドテーブルに置いた。
「お疲れ様でした。例のポーションは十分な数できたんですか?」
「ええ。領都で大きな戦さが2、3回あってもなんとかなりそうなくらいの数ができたわ。あとワリナとミリヤに送る分もね。材料がなくなっちゃったから終わりになったけど、もっともっと作りたいみたいね」
「そりゃあそうでしょう。あんなにすごい効き目なんだもの」
「あのポーションには、やっぱり薬効アップの法力が必要みたい」
「へえー。それじゃあレシピがあっても法力を持ってない人じゃ作れないってことですか?」
「作れるんだけど、劣化が激しいの。法力の力量の大小はあまり関係ないみたいだけど、法力を使わないで作ると、その日のうちに急激に効き目が悪くなって、3日目には単なる栄養ドリンクと変わんなくなっちゃうわ」
「へえ。おいしくなるんですか?」
「味は変わらないわよ」
「えー? あの味で単なる栄養ドリンクじゃ、かえって健康を害しそうだよ」
飲んだ人が七転八倒する様子を思い出したマヤは、自分が飲んだかのようにまずそうな顔をする。お母さんはくすくすと笑った。
「そういえば、マヤさんの奴隷の子へのポーションは、なんとかなったのね?」
「はい。すっかり良くなりました。サンドラちゃんが法力かけまくって、僅かな材料から効果ばっちりのポーションを作ってくれたおかげです」
「お母さんが作る方法を考えてくれたおかげなの」
「よかったわ。でも壺の内側に残った
サンドラちゃんは首を横に振った。
「ううぅん、それでも知識はまだまだかなわないの」
「まあわたしには村の薬師先生に就いてた時間があるからねぇ」
サンドラのお母さんは、リトバレー村の薬師先生の助手を長く勤めていたのだ。マヤは尋ねた。
「それでも薬師の免許皆伝はしてもらえなかったんですか?」
「お弟子さんがいらしたしね。それに高齢だったから教わってる途中で亡くなってしまって、お弟子さんも事故で亡くなられちゃったから」
「それじゃ、リトバレー村の薬知識はすたれちゃいませんか?」
「薬師先生は筆まめだったから、記録は大量に残ってるわ。問題は今現在正式な薬師資格のある人に継承されてないことね」
「お母さんが誰か他の薬師先生から免許皆伝もらうとかは?」
お母さんはベッドの上をころころと転がる。可愛い。まだ30代前半だもんね。
「うーん、薬師協会の先生達に相談はしたけど、リトバレー村の歴代薬師はかなり独特、というか曲者だったから異端扱いで嫌がられてて、その系統の人を弟子入りさせてくれないのよ」
「それサンドラちゃんからも聞いたわ。酷いね。超回復ポーションのレシピを教えてもらって、大量生産までしてるくせに」
「いつもならあのレシピだって認めたくなかったでしょうよ。サンドラはミリヤ皇国とワリナ王国の後ろ盾があったうえであのレシピと完成品を持ち込んだから、無視できなかったのよ」
「どろどろしてるなあ」
「そんなだから、サンドラが領都邸の薬師局に入れるように領主様が計らってくださったのはありがたいわ。2年後に成人したら正式に弟子にしてもらって、数年後には免許皆伝をもらえるでしょう」
ベッドで腹ばいになり、手に顎をついて溜息をつくお母さん。
「早くても5年、6年先かしらねぇ」
マヤはサンドラを見る。言い出すチャンスじゃない? と目で訴えるが、サンドラは少し固まった後、まだ踏ん切りがつかないと首を横に振った。
マヤは鼻でふうっと息を吐くと、話題を変えた。
「薬作りが終わったなら、お母さんはリトバレー村に帰るんですか?」
「そうね。明日の定期便で村に帰るわ。お父さんほったらかしてるしね」
ベッドから這い出たお母さんは、マヤの淹れた紅茶をすすった。
「サンドラはどうする?」
「うん……。マヤちゃんは?」
「わたしは倉庫建設が最後の追い込みだから、まだ動けないなあ」
「……じゃ、わたしももう少し残るの」
お母さんは苦笑した。
「お父さん泣いてるかもよ? こんなに長く領都に行ったきりなのは初めてだから」
「もうっ。そんなんでわたしがもっと遠くに行くようになったら、どうするの?」
「入場制限がある危険地帯の森へ、アイポメアニール採取に1週間も探険に行ったって聞いた時は、慌ててたもんねえ」
お母さんはころころと笑った。マヤもその話の流れに乗っかった。
「領都から出たら、寝込んじゃいますかね?」
「寝込んじゃうかもねえ」
「ヘキサリネから出たら、死んじゃうんじゃ?」
「死んじゃう死んじゃう……って、さすがに外国へ行くなんてことはないでしょ」
マヤはここでまたサンドラに向いた。サンドラはぴくっと肩を跳ね上げると、こくっと頷いた。そして小さな声で言った。
「あ、あり得るの……」
サンドラは立ち上がると、戸棚へ行って筒を取ってきた。中からくるくる撒いた書状を取り出すと、お母さんに渡した。お母さんはティーカップを置くと、不思議そうな顔でその書状を受け取った。広げて読むと目を見開いて飛び上がった。
「ええええええーー!? ミリヤの皇立ラクラ・サト薬学学校への入学推薦状!?」
「こないだミリヤ大使館に呼ばれて、マリエラ姫から贈られたんです。わたしもこれを」
マヤも鞄からミリヤ皇国への招待状を取り出して、見せた。
「わたしを招待する目的の一つは、サンドラちゃんを護衛して連れてこいってことかなと思ってます」
お母さんはサンドラとマヤを交互に見る。そしてまた入学推薦状に目を落とした。
「ラクラ・サト薬学学校で学んだとなれば、どこの国に行っても高位の薬師として活動できるわ。むしろヘキサリネのへんちくりんな薬師に免許皆伝貰うより、ずっと権威があっていいわ」
薬師資格は明確な国際基準があるわけではなく、師事した薬師から免許皆伝を一筆貰うだけなのだ。そして推薦状を書いてもらい、薬師協会に届け出て認められれば、基本的には国境を越えて活動しても問題はない。ただどの薬師先生に師事したかで信用度や格付けをされるのである。
要は権威なのである。医療行為自体に罰則や規定はないので、権威はなくとも腕前だけで見れば、実戦経験豊富な闇薬師にも相当な腕前を持つ人がいたりするわけだ。今のサンドラもその一人だろう。
「ここで学べば、わたしの知識なんかすぐ追い越せるわよ!」
お母さんは前のめりになってサンドラに顔を近付ける。
「行ってもいいの?」
お母さんはマヤの方を見た。
「マヤさんが連れて行ってくれるんでしょう? ならわたしは心配しないわ」
わあ、責任重大だ。
「でも、村長さんやお父さん、村の人達は許してくれるかな」
「反対するなら、わたしが説得するわ!」
お母さんは立ち上がって拳を握った。
「わたしだって薬師のなりそこない。新しい薬の知識が手に入るならじっとしてられないもの」
お母さん、かっけーっ。
「マヤさんはもともと、お師匠様から頼まれてたことをやるために旅に出るつもりだったよね?」
「はい。でも優先順位はそんなに高くないんで、サンドラちゃんをミリヤに連れて行く途中で、ついでに寄れればいいと思ってます」
お母さんは顎に指を置いて少し考えた。
「わたしは先に村に帰って、話を通しておくわ。サンドラ、都合が付いたらなるべく早く村に帰っておいで」
「うん」
「マヤさんも、旅に出る前に挨拶しに帰ってこなきゃだめよ? リトバレーはあなたの故郷なんだから」
故郷と聞いて、マヤは胸がきゅうっとした。
そうだ。この世界の大事な唯一の帰る場所なのだ。
「はい。倉庫建設に目途が付いたら、すぐに帰ります」
にっこり笑ったお母さんは、サンドラを引き寄せ、そして
「マヤさんも、こっちおいで」
と手を広げた。
お母さんに招き入れられ、マヤとサンドラは一緒にその腕の中に入り、頭を優しく撫でられた。
「サンドラ、よかったね」
「……うん」
サンドラは出る涙をお母さんの服で拭った。
「サンドラにこんな機会を作ってくれてありがとう。妹を頼んだわよ、お姉ちゃん」
マヤの目にも涙が溜まっていく。
「お母さん……」
マヤもまたその顔を、若いお母さんの胸に
転生してしまったマヤに、帰る故郷や家族はもうないはずだった。そんなマヤの帰る場所、待っている家族になってくれたサンドラの両親。後ろに戻る道のないマヤにとって、血は繋がってなくてもこの人達が最後の砦としていてくれることは、マヤの精神をどれほど安心させてくれていることだろうか。