異世界のオキシジェン・デストロイヤー ~Fランクハンターだけど、大物狩る許可はもらってます~ 作:RightWorld
まだ起床時間前だった。
急に部屋に慌ただしさを感じ、わたしは目を覚ました。目を擦りながら部屋を見ると、サラさんが装備を整えていた。それもかなり険しい顔をして。
「ふあああ。どうしたんですかぁ?」
「何か問題が起こったみたい。マヤさんも起きた方がいいかもしれない」
ちょうど他の女性ハンター達が部屋に戻ってきた。
「非常呼集です! 場内にブラウシュテルマーが発見されました!」
「な、なんですって!?」
サラさんは血相を変え、慌てて着替えを急ぐ。
「えーと。なんですかその、ぶらう……なんとかって?」
「ブラウシュテルマーよ。魔素瘴気を噴出して、一帯の魔素濃度を高める魔物の花。魔物を呼び寄せるだけでなく、その場に魔物がいれば魔物が活発化する。下手すると上位個体へ進化することもあるわ。それと長時間濃い魔素に当たると、人間は正気を保てなくなる」
「うわあ、凄いヤバそう! それ見つけたらどうするんですか?」
「花が開く前なら壊して魔石を取り出す。花が開いて魔素瘴気を出し始めちゃったら、とにかく花を壊して、魔素の噴出を止めないと。魔素フィルターなしでは近寄れなくなってしまうわ」
どっちにしても早く花を壊さないとってことか。しかし壊すって、花なのに固いのかな。毒ガスを撒くものって見とけばいいか。とにかくライナーさん達に合流しよう。
わたしもベッドを飛び出して、身支度をした。
荷馬車のところへ戻ると、みんなでテントを畳んだり、野営に使った荷物を馬車に乗せたりしているところだった。ライナーさんがわたしに気付いた。
「マヤさん、いつでも出発できるようにしておいてください。魔素瘴気を放つ花が見つかったそうです。ここは風上だからいいですが、風下側の野営地は移動が命じられ、閉鎖されました」
「ブラウシュテルマーとか言うんですって? それってどういうところに生えてくるものなんですか?」
「普通は魔境の中か、魔境の周辺でしか見かけません。魔境が拡大する時に一番最初に現れるものです。魔物の体に種がついて運ばれて、魔境から離れたところでも咲くことがあるようですが」
植物が進出する時みたいだな。
「そうすると、ここで見つかったのも魔物が運んだものですかね?」
「いや、魔境はこの国の西のはずれなんです。領都より東にあるこの辺りまで運ばれる前に、もっと手前で花が開くでしょう」
「素早く移動できる魔物? それか空飛ぶものとか」
「それなら途中でハンターに見つかると思いますがねえ。大型のものなら目に付くし、小型で目立たないものなら移動に時間がかかるので、途中で花が咲くでしょうし」
うーむ、分かんないな。とにかくわたしの知識にはない物だし、ここは専門家に任せとこう。
するとサラさんが戻ってきた。チェスター中佐とミリヤの商人さんもサラさんのところに駆けてきた。
「領都へ向かう者は、ブラウシュテルマーが付着してないか検査し、無ければ出発できます」
「分かった。我々も準備でき次第検査を受けて出発しよう」
道の駅の出口では、出ていく商隊の列が順番待ちで並んでいた。検査は結構時間がかかっている。車体の下なども見て回っているし、犬も使って調べている。荷台も開けて見られていた。我々の荷馬車は今のところ5番目だ。
「ブラウシュテルマーの種ってどんなのなんですか?」
わたしは暇している間に、チトレイさんに聞いてみた。
「蕾の状態の花と同じ形をしていて、単に小さいだけだと聞いてます。俺も見た事ないんですよね。花って言っても植物みたいのじゃなくて、見た目は結晶化した鉱物のようらしいです。魔石に近いのかな。中に魔石が入ってるらしいし」
魔石に近い。そうなのか。
実は旅の道中で読んでいたお師匠様の本に、魔石のページがあった。魔石は色見のついた水晶のような見かけで、魔物の活動エネルギーになる他、魔石ランプや魔石ストーブでは燃料となる。色は魔素の質、つまり含有するエネルギー量によって違うようだ。
本によると、魔石の成分は魔素と酸素の化合物が結晶化したものだそうだ。ケイ素が酸化した二酸化ケイ素の結晶が石英・水晶なので、ケイ素を魔素に置き換えたものが魔石って感じなのかな。なので酸素を採取することもできるとあった。でも酸素を取ると、残るのは人間によくないらしい魔素なので、やらない方が無難だな。
そんなことを考えているうちに順番が回ってきて、馬車や荷物が検査され、無事ブラウシュテルマーが付着してないと確認取れると、道の駅から出る許可が出た。
「ヘキサチカまで一気に行きます!」
チェスター中佐の合図で、わたし達の荷馬車は、先に出ていった他の商人の馬車を追って出発した。
◇◇◇
そして1時間も走らないうちに、異変にぶち当たった。
道に荷馬車がひっくり返っており、後続の馬車が止まって何やら騒いでいる。
「止まれ! ちょっと様子を見てくる」
護衛ハンターの男の人が馬に乗ったまま前へ出ていった。
チェスター中佐は御者の横に立ち、その様子を見守っている。わたしも荷馬車の幌の上によじ登って、周囲を見回してみた。
ひっくり返った馬車のところでは、数人の人がもめているようだ。道に2、3人倒れている人もいる。後続の馬車も来るだろうかと、後ろを見ようと思って顔を振り向かせたその時、目の端にキラッと光るものがあり目が止まった。荷馬車の右側の道端。木の根っこの辺りに何かがある。黒みがかったガラスの花瓶のようなものだ。先端は螺旋を描いて窄まって尖っている。まるで畳んだ傘か、閉じた朝顔の
嫌な予感がして、わたしは馬車の横にいたサラさんへ声を掛けた。
「サラさん。あれ何でしょう。あそこの木の根の上に生えてるもの」
サラさんもわたしの指さすものの方へ首を向ける。そして数秒するといきなり剣を抜いて叫んだ。
「ブラウシュテルマーだ!」
「ええ!?」
というか、やっぱりだった。虫の予感的中だ。
サラさんは馬を飛び降りると、黒いガラス花瓶に切り掛かり、剣を横に払って先端部分を吹き飛ばした。ガシャーンと硬質な割れるような音がして、螺旋を描いてた部分が砕けた。
「チェスター中佐、ブラウシュテルマーだ! 他にもないか気を付けろ!」
「うむ!」
チェスター中佐は配下の2名の騎士を下ろし、左右に走らせる。
馬車の左側に駆けて行った騎士が叫んだ。
「こっちにもあるぞ!」
「何!? まさか!」
同じ予感を持ったサラさんが後方に駆けて行く。そして30メートルくらい行ったところでまた叫んだ。
「ここにもある! チクショウ、反対側にもあるぞ!」
チェスター中佐は御者へ向かって声を上げた。
「まずい、馬車を引き返らせろ!」
「ええ!? 中佐、そりゃあ大変ですぞ!」
馬車はトラックのようにギアを変えればバックできるというようなものではない。引き返らせるにはUターンしなければならず、それには十分な広さが必要だ。ここはUターンに適した場所ではなかった。
「中佐、どういうことだ!?」
ライナーさんが聞く。
「ここはブラウシュテルマーに囲まれている! それも
わたしは何を意味するのか理解した。
「人為的に置かれたってことですか?」
「その可能性が高い。群生はしても、等間隔で道の横に並ぶなんて聞いたことない!」
前方の揉め事がさらに大きくなった。そして、ぶしゃああっ、という音とともに1人の男の人が飛ばされてきた。その人と道が水浸しになった。
「こいつ、法力『ウォーターポンプ』を人に向けて放ったぞ!」
「やばい、気が狂ってる!」
「下がれ、皆下がれ!」
護衛のハンターの人が前にいる馬車の人達に後ろへ下がるよう誘導した。どうやら先頭のひっくり返った馬車の人が、法力で襲い掛かってきたらしい。
「魔素を吸っておかしくなったんじゃないですか!?」
「うむ、そのようだ!」
ライナーさんの見解に同意したチェスター中佐が剣を抜いて馬車を飛び降りた。わたしは血相を変えた。
「え! チェスターさん、切っちゃうんですか!?」
「出来る限り生け捕る! だがあまりに危険なら保証できない!」
うわあ、やばいよ。外国の騎士さんが、この国で民間人切っちゃまずいんじゃない?
わたしも幌からずずずっと伝って馬車の横に下りた。というか落ちた。結構高かったから怖かった。
「マヤさん、危険です! 前の方は魔素濃度が高い可能性があります!」
「分かってます!」
魔素濃度が高い、つまり空気中に魔素の分子だかが漂ってるってことだね? それならもしかすると……
そう思ったその時、2台先の馬車の横で、ばしゅううぅ、と空気の吹き出すような音がして、薄紫色の煙が上がった。
「うわっ! ブラウシュテルマーが!」
「瘴気を吹き出しだぞ!」
その辺にいたハンターの人と馬車の人達が大慌てで走って後ろへ逃げてくる。
あの薄紫の煙が魔素瘴気か。拡散させたら手が付けられなくなる!
「
わたしは魔素瘴気が上がったその辺りを酸素ドームで覆った。ドームの中に瘴気を閉じ込めようというのだ。
このような囲うだけの技に、新たに技名を付けてみた。別に技名を言わないと法力が発動しないわけじゃないから、気分の問題なだけなんだけど。そして、
「
ドームの中の酸素濃度を上げる。
「みんな、急いで逃げて!」
次に酸素ドームを少しずつ小さくしていく。瘴気の煙も目に見えて小さくなっていく。旨い具合にドームからは漏れ出てないみたいだ。というか、魔素瘴気が膜に当たるとキラキラっと光って、粉のようなものに変わって落ちる。そのままブラウシュテルマーの方へ向けて縮めていく。
「サラさん、上手くいったら合図するんで、そしたら発生源のブラウシュテルマーを壊してください!」
「ちょ、ちょっと、なに? これ、マヤさんが何かしてるの!?」
お師匠様の本に書かれた通りなら、魔素は酸素と結合できるんだよね?
酸素ドームを2メーター四方くらいまで縮めたところで、反応を促進させてみる。
「
酸素ドームの中の酸素分子を激しく動かして、ドームの中に閉じ込めた魔素に衝突させる。ドームの中でキラキラと小さな光りが次々に起こった。暫くすると光るのがなくなってきたので振動を止めると、地面に青白い砂のようなのが降り積もっていた。ブラウシュテルマーは魔素瘴気を出し続けるわけではなさそうで、一度噴き出すと、それで終わりか、次吹き出すまで時間がかかるみたいだ。今は大人しくなっている。
「上手くいったかな。サラさん、お願いします!」
「え? わ、分かった!」
剣を払って、パリンとブラウシュテルマーを壊した。
よっし、同じ要領で前方の広い空間も掃除してやろう。
「
前方の道の見える範囲と、左右の森林50メートルくらいを酸素ドームで覆った。中の酸素濃度は若干高い程度にして、ドームをどんどん縮めていく。集合点はひっくり返っている馬車の手前辺りにしよう。前方から逃げてくる人に逆らって、わたしはゆっくりと歩いていく。
そうしている間にチェスター中佐とハンターの人が、暴れていた人を捕まえたみたいだ。
「倒れている人も、念の為縛っとけ。起きたら暴れるかもしれない」
「そうっすね。悪いなおっちゃん」
縛っている横をゆっくりと歩いて通り、3メーター四方くらいまで小さくなった酸素ドームの前まで来た。
「
ドームの中でキラキラと光の瞬きが起こり、そしてなくなる。ドームを開放し、ドームがあった下には、またも青白い砂の山。
近寄って手ですくってみると、水色の石英の砂のようなものだった。つまり魔素と酸素が結合して、粉状態の魔石になったってわけだ。
「思った通りね。お師匠様の本に書かれてたのは本当だったわ」
ライナーさんとサラさんが駆け寄って来た。ライナーさんは下に積もった砂をすくい、目を丸くした。
「こ、これ、魔石を磨り潰したものじゃないか!」
「え! ウソでしょ!?」
ライナーさんは、身に付けていた装備から筒状の物を取り出した。ねじ式の蓋を取り、逆さにして中に詰まっていた砂を出す。そして積もっていた方の砂に入れ替え蓋をする。先端のガラス蓋を取り、着火用の綿を置いて火打ち石で火を点けた。綿が燃え尽きると、その底に白く光る発光点があった。煤を払ってガラス蓋を締めると、本体をくるくるねじる。すると発光体がぽぽぽっと瞬き、そのうちカーッと明るくなった。
分かった。これ、懐中電灯だ。馬車の魔石ヘッドライトと同じ仕組みの小さいやつだ。エネルギー源は電気じゃなくて、魔石を細かく砕いたものを使ってる。ってことだから……
「間違いない、魔石だ!」
「えええー!?」
「な、何を、した?」
背後から声がして、振り返ると、目が額の窪みの下で陰になったチェスター中佐がわたしの後ろに立っていた。
「さ、さあ……」
さて、やってしまったはいいけど、ごまかせるのかしら?
ライナーさんとサラさんは、砂状の魔石を必死になって回収していた。これは売れる、とか、これで買わないで済む、とか、正反対な事を言いながら。