異世界のオキシジェン・デストロイヤー ~Fランクハンターだけど、大物狩る許可はもらってます~ 作:RightWorld
行政府エリアに入ると、念入りに周囲を警戒し、前後に人目がないことを確認する。まだ
藪は大使館の壁に沿って茂っており、小さい葉の密集した藪の中は、外からはまず見えない。壁のところまで来ると、そこの壁を構成している石垣のいくつかを押した。すると、ずずっと奥へ動く石があった。壁の中には石を避けておく空間があり、動いた石をそこへ逃がすと、人一人が這って入れる穴が開く。出口側の石も同じような要領で手前に引っ張って脇へずらし、体を滑り込ませると、穴を潜って大使館の敷地の中へと入った。そして逆の手順で穴を塞ぐ。
「私費をだいぶ注ぎ込んで秘密裏に作ったかいがあったわね」
リエラは服に付いた土埃を払うと、大使館の裏手にある居住棟の勝手口から建物に入っていった。勝手口そばの物入れとなっている小部屋に入ると、隠してあった室内着、クリーム色のドレスに着替える。鍛えた体は贅肉もなく、コルセットなどで胴回りを締めずとも十分に細身のシルエット。ただ背中の紐だけは閉められない。背中の空いてない服を作ろうと前々から思ってるが、なかなか許しをもらえないでいる。仕方ないのでカーデガンを羽織って背中は隠す。まああの子を見つけるまでの辛抱なのだから。
着替え終わると使用人たちが使っている階段を伝って自室のある2階へと上っていった。
2階に上がったところで廊下をそろりと覗くと、掃除をしている侍女が見えた。他に誰もいないことを確認すると、何食わぬ顔をして廊下を歩く。
掃除をしていた侍女はやってきた人影に気付いて顔を上げた。
「ひっ! マ、マリエラ様!?」
「ごきげんようフィリア」
フィリアと呼ばれた侍女は口をパクパクさせて驚いた後、困惑した様子で問いかけてきた。
「ど、どこ行ってらしたんですかぁ? 公爵様が探しておられましたよお? まさかお屋敷の外になんか行ってないですよねぇ?」
「うふっ、ちょっと見聞を広めてきました。これ洗っといてください。洗い終わったら直接私の部屋に届けてくださいね」
渡された少し土で汚れた野外服を見て、フィリアはサーッと血の気が引いた。
「それと背中のファスナー締めていただけると助かります」
『わああ、このヒト、ぜったい外、それもヘキサチカの市外まで行っちゃってるうー!』
フィリアという侍女の少女は、膝をガクガク震わせて顔を真っ青にした。
ば、ばれたら私、クビ? これでもし怪我でもされた日にゃ、物理的に首ちょんぱ!?
「が、外出は、お、お控えになられた方が、よいのでは……」
「はいぃ?」
リエラことマリエラはフィリアの横に顔を近付けると、目を逆さ半月にして低い声で耳元に囁く。
「あなた履歴書の将来の夢に、いつかはメイド長になりたいって書いてたわよねえ。これくらいの事上手く処理できないと、裏方仕事を纏めるメイド長なんて勤まんないわよぉ?」
「ひぃぃぃぃ」
「だいいちキナ臭くなってきてるこのご時世、箱入り娘なんかで国を護れるわけないでしょう? 政略結婚でどこかに嫁がされるにしても、ちょろい野郎だったらこっちから国を乗っ取ってミリヤに凱旋、献上してやるくらいのこと出来ないと、生き残れないわ。あなたにはその時まで仕えていて欲しいんだから、頭使って切り抜けなさぁい」
「はいいいい!」
「うふっ、素敵よフィリア」
ちゅっとその頬にキスをすると、マリエラは自分にあてがわれた部屋に入った。
こもった空気を入れ替えようと窓を開けると、荷馬車が敷地内に駆けて来るのが見えた。2頭の騎馬ハンターまでつけているので、重要人物でも乗ってるのかと思ったが、馬車は玄関の車止めを素通りし、奥の荷物用停車場へと真っ直ぐに向かった。荷馬車なのだからそれは別におかしな事ではないが、護衛は必要だろうか?
必要だとすれば、それは荷物が貴重なものということだろう。
マリエラは興味がむくむくと湧いてきて、さっそく見に行くことにした。
◇◇◇
「オーライ、オーライ」
今わたし達は、リトバレーから持ってきた荷物を降ろしてるところです、チトレイさんの人間フォークリフトで。いやあ便利だ、この人。かなりの重量物でも一人でできちゃうのだ。現代でも物流会社に就職したら絶対喜ばれるよ。
何枚もの厚手の布に覆われた大きな木枠が、手際よく降ろされるのを眺めていたら、わたしの後ろから呆れたような声が聞こえてきた。
「なんですのこれ。シフュース公爵がまた妙な石像でも買ってきたのかしら」
振り向くと、それはそれは美しい女性だった。年の頃はわたしより少し上だろうか。背は10cmくらい高い。クリーム色のドレスを着こなすその姿は何とも上品。栗色のふわっとした髪、青みがかったグレーの瞳、きりりと勝ち気な顔立ちはしかし、ツンと尖っているのではなく凛々しくて、切れのある身のこなしは、なよなよしたお嬢様然としたものがなく、ドレスの雰囲気とはちょっと相容れない。あ、目が合ってしまった。
「あら、外国の方? とっても綺麗な黒髪。旅の土埃で汚れてるのがちょっと残念です」
話し掛けられてしまった! どう見ても女中さんとかではないぞ。高貴なお方と思われる。ここは大使館なのだから、大使の御婦人とか? いや若すぎるか。娘さん? それより、どう挨拶すればいいんだろう。こっちのしきたりとか全然知らないし……
考えても分からないので、切羽詰まったわたしは両手を前に揃えて、慌てずゆっくり、しっとりと日本風にお辞儀をした。
「あ、え、え、えーと、こんにちは。ハンターのマヤと申します。遥か東の方の者でございます(多分)」
そのお方はぱっと笑顔になり、少し斜めに頭を傾げて返事をしてくれた。
「マリエラです。よろしく」
肩書を付けず名前だけ名乗ったので、どの程度重要人物なのか分からない。でも絶対位の高い人に違いないと思う。それなのに見下した感じがなくて、とても好印象だ。
「それで、何が入ってるの?」
「はい、マンモスの牙と頭骨です。あ、今降ろされたのが牙です」
「ずいぶんと大きな梱包。いったい何頭分持ってきたのです?」
「1頭ですけど。あれで片方の牙です」
「え?」
「今降ろそうとしてるのがもう片方の牙です」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい。あの一箱で牙1本!?」
「はい、そうですけど。結構ビッグサイズなので、皆さん驚かれてました」
その方はお上品なスカートも何のそので、すたすたと大股で先に降ろされた方の梱包に歩み寄った。そして隙間から中を覗こうとする。なんだか仕草が可愛いんですけど。
「おおーい、危ねえぞ、そこ!」
チトレイさんがもう一方の牙の入った梱包を『リフト』で持ってきた。その方は「ごめんなさーい」と一声して、パッと軽やかに避ける。ドスンと降ろされると、それに取り付いて、また中を覗こうとする。超可愛いんですけど。
そんなわたしの横に、チェスター中佐と、如何にも貴族らしい服装の壮年の男の人が現れた。
「皇女殿下、危のうございます」
あのお方が振り向く。
え? 皇女殿下?
「いったい、今までどこにおられたのですか?」
「あらシフュース公爵。こんな面白そうなものがあれば、隠れたりしませんでしたのに。早く開けて下さいまし」
「玄関の大広間で開けますからお待ちください。私も早く見たい者の1人ですから」
てけてけと先程とは違っておしとやかに戻ってくるあのお方。皇女殿下?
「チェスター中佐、この数日見かけないと思ったら、このような物の相手をしていたとは。まさか中佐が捕まえたのではないのでしょう?」
「捕まえた、と言いたいところですが、買ってきたものです。一つの村総出で捕まえたそうですが、主役はこの方だそうですよ」
チェスター中佐はそう言ってわたしを指し示した。
きょとんとわたしを見下ろす、そのお方。え? 皇女殿下?
「この娘? まだ12、3歳の子じゃありませんか」
う、またでございますか。
「あの、17歳なんでございますが」
口調が変になってしまった。
「17!? 私より年上!?」
そのお方がびっくりされた。え!?
私もびっくりして、そのお方へ、まん丸にした目を向けてしまった。
「失礼しました。私、16ですの」
1コ下でしたか! いや、もしかすると同学年。なんて成長いいんだ、ここいらの人はー! サンドラちゃんといい、これじゃあわたしが異常みたいじゃないかー!
「それと皇女殿下。この方は勇士トロ様のお弟子さんなんだそうです」
そのお方は口に手を当てて二度目のびっくりをされた。え、やっぱり皇女殿下!?
「トロ様にお弟子さんがいたのですか! そ、それはなんと大儀な」
そのお方はさっと1歩下がると、スカートの裾を摘まんで、映画とかでしか見た事のない貴族風の挨拶をした。何て言うんだっけ、かーて、かーて……
「改めまして、わたくし、ミリヤ皇国第一皇女、マリエラ・ミナズミ・オヴ・ミリヤです」
わー、本当に皇女様だ! そして思い出した、カーテシーだ。これ目上の人に挨拶する時の仕草じゃないっけ!? わたしが受けちゃいけないんじゃないの!?
「はわわわわ! 皇女殿下とは知らず、ご無礼を致しました!」
バックするゴキのようにガサガサと後退し、こっちの作法は知らないので、ここは日本風に平民がお殿様を相手するように、平伏して両手をついて頭を下げる。ほぼ土下座とも言う。
これには皇女様も慌てて手を差し伸べた。
「あ、あの、構わないのですよ。どうぞ起き上がって」
お上品に声を掛けられたものの、かなり力強く引き起こされた。そしてポンポンと埃を払ってくれる。
「トロ様と我が国には少なからぬ縁があるのです。お弟子様ならトロ様と同格。お気を楽にしてください」
「はい……ありがとうございます。無礼がありましたらご容赦を」
今度は明るく無邪気な笑顔を向けられると、わたしの手を引いていく。
「さあ、見せてくださいな。貴女の仕留めた大物を」
大使館を正面から見ると3階建てになっている。正面玄関から入ると、その3階を吹き抜けにして、大きな広間が作られていた。その大広間にマンモスを梱包した箱が運び入れられた。
ロープを解いて覆っている厚い布を取ると、最低限の木枠に支えられた巨大で湾曲した牙が姿を現した。
「「「おおおー!」」」
居合わせた人達から、これまでと同様の驚きの声が上がる。
皇女様も口をぽかんと開けて見上げていた。無言のまま周囲を回って角度を変えて見回し、くるっとこっちへ向いた。念願のお人形さんでも手に入れたかのような、ものすごい嬉しそうな笑顔をして駆けてきた。
「こ、これを捕まえたのですね!? 貴女はこれを仕留めたその現場にいたのですね!?」
「え、ええ、まあ」
「その勇気、感服いたします! これが、この大きなものが、動いてたのですよ。我を倒さんとする敵に向けて、これを振り回していたのですよ。うわぁ、どれほどの緊張感でしょう、血が
「皇女殿下、頼みますから、血を
先程の壮年の人、たしか公爵様が皇女様をお
「何を言いますか。わたくしだって武人の娘、これくらい倒してみたいものです!」
おお、皇女様、意外と熱血なんだ。
そしたら皇女様にガシッと両手を握られた。
「さすがはトロ様のお弟子さんです。これを倒した瞬間のお気持ちは、どのようなものでしたか? やはり征服したという喜びを?」
えー、どうだろう。確か谷に落ちたマンモスを酸欠死未遂させて、その次火焙り。毛も焼けて皮膚がジュージュー……
焦げるタンパク質の臭いを思い出して、あまりいい気になれなかった。
わたしの
「失礼しました。生けるものの生命を刈り取らねばならなかった事に、まず哀れみの念を覚えられたのですね。聞いていた通りです。東国の自然との融和の心。私達の征服欲、支配欲は、ときに傲慢で、調和を乱す元となる。東方の、勇士達が残した教訓と伝え聞いています」
そして再び温和な笑顔を向けられた。
「貴女は本物のお弟子様なのですね」
そうしている間に、もう片方の牙も姿を見せた。またも歓声が上がる。皇女様も近寄って、先程と同じように見回した。牙の肌を手で撫でると、またわたしの方に振り向いた。
「やはり火で攻撃するのですね?」
表面は磨かれているけど、どこか焦げた跡が残ってるんだろうか。それに気付いて……いや、それよりは、オキシジェン・デストロイヤーを知っているという可能性もある。ミリヤ皇帝にお師匠様は会ってるんだ。12年前だと皇女様は4歳なので、直接お会いした可能性はある。まあその歳じゃ、酸素云々は聞いてもまだ理解できなかったと思うけど。後で皇帝陛下から聞かされてると思った方がいいな。
まあこっちから積極的にバラす必要はないよね。火山噴火伝説からすれば、火攻めはあったと間違いなく思ってるだろうから、火に関してはオッケーかな。
「はい。村人に火矢を放ってもらって、火攻めでトドメとしました」
「凄い。この巨体を燃やし尽くさずコントロールできるなんて、どれほど……」
「マヤさん、そろそろ戻りますぞー!」
大声を掛けて呼びに来たのはライナーさんだった。
「商業ギルドへ行って取引を完了させないとですので」
そうか。わたし達は荷物を引き渡せば終わりだから、開包や組み立てに付き合う必要なんてないものね。
「すぐ行きます」
ライナーさんに返事すると、皇女殿下に向き直った。
「もう行ってしまわれるの?」
「はい。わたし達の商品がこんなに喜ばれて、とても嬉しかったです」
「今度ゆっくり武勇伝を聞かせてください」
「えへ? そんなの持ってませんよぉ」
「ありますよ、これが」
と、巨体マンモスの牙を指さされた。
「あ~、じゃあ、二人だけで」
ほっといたら講演会にでもされそうに感じたので、条件縛りを付けた。チェスター中佐とかもぜったい聞きたいとか言いそうだし。
皇女様は目を輝かせて頷いた。その顔はお淑やかなお姫様のものではなく、あのサラさんのようなハンターが食い付いたような、そんな感じを思わせた。
皇女様はわたしの肩に手を添えると、引き寄せて頬と頬をくっつけた。
わあ、これ欧米に見られるチークキスっていうの!?
「近いうち連絡するね」
皇女様は耳元でそう囁いた。
わたしは「はい」と即答してしまった。その時のわたしの笑顔は、自然に出たものだ。
「では皇女殿下。皆様。失礼いたします」
日本風のお辞儀で挨拶をし、くるりと