異世界のオキシジェン・デストロイヤー ~Fランクハンターだけど、大物狩る許可はもらってます~ 作:RightWorld
朝の依頼受付ラッシュが終わってひと息ついたハンターギルドに、領都軍の服を着た男が、ギギィーとドアを開けて入って来た。
先日リトバレーの商隊がぶっ飛ばした、隣国盗賊団の生き残りの護送をやってた、領都周辺警備隊の中隊長である。
「うおーい、マスター」
お茶をすすっていた受付予備嬢のレーナが、慌ててカウンターの上に顔を出した。
「マスターは執務室です」
「そうか、呼んできてくれるかな」
「はい、少々お待ちを!」
レーナが急ぎ二階へ駆けて行く。空いた受付にケイトが入ると、中隊長はケイトに話し掛けた。
「ケイト嬢、今日ハンターはどれくらい出ている?」
「今日は80人くらいですかねえ」
「今はどこの狩場が盛況なんだ?」
「冬籠りから出た動物が集まってる、北の林じゃないですかね?」
「北か。あそこは魔物も出るが、最近魔物の様子に変わりはないか?」
「魔物ですか? いえ特に変わった話は聞きませんが」
すると、ゴトッ、ゴトッと重そうに階段を降りる足音が響いていきた。
ギルドマスターのジオニダスが降りてきたのだ。
「どうした警備中隊長」
「ああ、忙しいところすまない」
警備中隊長はマスターに、昨日東国街道で起きたブラウシュテルマー事件のことを伝えた。
話を聞いたマスターは、いつもの気難しい表情で中隊長を見据えて、思ったことから述べていった。
「人為的に置かれたらしいと言うのが気になるな」
「街道の両脇にほぼ一定間隔でずらりとだからな。規則的過ぎて自然発生とするには不自然過ぎる」
「そうすると、誰が置いたかだが。まさか西のアスタナやクリシュティナではないだろうな?」
「魔境挟んで向こう側の国か? 我が国と敵対してどうするんだ?」
「国の駆け引きは、知らん。ただ魔素技術を使い慣れた所ということで、思い付いただけだ」
話に耳を傾けていたケイトが口をはさんだ。
「冬籠りの動物たちが出てきて、魔物も獲物探しで活発化してくる季節です」
マスターは頷いた。
「それに合わせるように魔素濃度を上げられたら面倒だな」
「
「何を目的にしてるかは知らんが、ヘキサリネの魔物は中隊長も知ってる通り、本来の魔物の力が薄れている代わりに、体はでかくなってるのが多い。そこに魔素エネルギーで強化されたら危なくて仕方がない。直近の問題としては、ハンターに危険が及ぶってことだ」
「一応ハンターに注意しておいた方がいいですね。今日はもう間に合いませんが」
「ケイト、掲示板に掲載しておいてくれ」
「承知しました。すぐ貼っておきます」
「午後は、ちょっくら見回りに行ってみるか」
受付から立ち上がったケイトがピタッと動きを止めた。
「あっ、出かけるなら、ハンターギルド本部への定例報告書が仕上がってからにしてくださいよ」
思い出してしまったケイトは、お説教モードに入っていった。
「期限過ぎてますよね、マスター。あたしを当てにしちゃあいけませんよ? 毎度毎度、催促をはぐらかすのもそろそろ限界ですからね?」
ジオニダスは額にしっとりと汗をかいた。
マスターより受付嬢の方が格上になる瞬間というのは、このギルドでは割とよくある光景だった。
◇◇◇
ギリギリギリ……
わたしは今、弓を引いている。弓の弦をギリギリと力一杯。そして、びよんっと矢を飛ばした。
「だいぶ良くなってきたよ、マヤさん。ただ圧倒的に引く力が足りないねえ」
お師匠様が使っていた弓は、リトバレー屈指の弓使いであるリネールさんから見ても、かなり強力な弦を使っていたらしい。そして弓本体の弾力も素晴らしいという。
だけどそれを21世紀の都会の女子高生が引けるはずもなく、リネールさんにだいぶ緩くなるよう調整してもらった。威力は落ちるけど。
それでも弦を引ききることはできなかったんだ。
「地道に筋トレするしかないわねえ」
力だけで言えば、わたしなんかよりサンドラちゃんの方がよっぽど力持ちだ。機械化されてない中世くらいの時代の、山奥の田舎に住んでる娘なんだもの。
ところで、わたし達が弓の練習をしているところは、林に分け入っていく入り口辺りにある広場だった。小さな泉の
そして調整した弓の試射をするらしき所まであって、標的を置く上が平らな岩と、踏み固められた射るための射場が作られてあった。
成程、リネールさんが練習するならあそこがいいと言って、わたしをここまで連れてきたわけだ。
そして泉があるのは、わたしとしても大変有難い。酸素の補充ができるからだ。領都の中は大きな水場がなくて、大量補充するところがなかったんだ。
普段から空気中の酸素をこまめに採取してるけど、がばっと取ったら周りの人が酸欠になっちゃうし、まとまった量を得るには水場の方が効率がいい。火だけは気を付けないとだけど。
まあストックしてある量は相当なもんだから、ちょっとやそっとでなくなるようなことはないだろうけど。
どこにしまわれてるんだろうね?
「それじゃ、そろそろ林に入って、獲物狙ってみようか」
わたしが15mから20mくらいの距離での感覚を掴んだところで、いよいよ林に分け入ることになった。
◇◇◇
「マヤさん。あそこにウサギがいるよ」
それは長い耳を持つウサギだった。
ウサギの耳は普通長いものだって?
確かにそうだけど、そのウサギの長いところは耳だけじゃなかった。角も長いのだ。
ちょっと待って。長い短い以前に、ウサギに角はないはずでしょ?
ところがここはファンタジーの世界。目の前にいるウサギには鹿のような角が生えてるのよ。
そうなってくると、ウサギの耳は長いというのも常識とは言えないかもしれないのが、この世界なのだ。
「
「でもウサギにしちゃ大きくない?」
子豚くらいの大きさはありそうだよ。
「ヘキサリネではあれくらいが普通だよ。角が1本の
「肉食のウサギ!?」
「弓の射程まで近付こう。接近する時は風下からだよ」
距離をとって大きく風下へ迂回し、ジリジリと距離を詰めていく。
ゆっくり、ゆっくり。
射程に入るまでが大変だ。
ところがこれが難しい。わたしがせっかちなのか雑なのか、すぐ気付かれて逃げられてしまう。
それに対してヨーロッパ人は辛抱強く、焦らず獲物を追い詰めていくのは見事で、リネールさんを見てるとさすが狩猟民族って感じだ。ここはヨーロッパじゃないけど。リネールさんは北部ヨーロッパの人と見かけ変わんないので、ヨーロッパ人でいいや。
しかしどうして、天候っていう自然に抗えない農耕民族たる東アジア人のわたしの方が、気が短いんだろうか。
リネールさんに何度か実演してもらったところで、わたしは単独で狙ってみることにした。
それにしてもウサギはたくさんいた。食料の乏しかった冬が明けて若葉が芽吹く季節になったことで、減った体重を取り戻そうと草を求めて巣穴から出てきているのだ。草原めいた原っぱに行けば、ウサギはすぐ見つかる。だというのに一向に仕留められない。
よくよく見れば同じウサギにも何度か出くわしてるみたいで、そのうち「こいつの弓は威力がなくて脅威にならない」と悟られてしまったようだった。
そう、一度命中させたのに、矢は刺さらなかったんだ。
そうと分かると、連中逃げずに矢をギリギリで避けるだけで、草を
多分4度目のご対面と思われるウサギに至っては、お尻突き出して、尻尾をふりふりしてバカにされる始末。
「はあ!? もう我慢なんない! わたしを何だと思ってんの!?
尻を振るウサギに向けて右手を差し出し、周囲の酸素を奪い取った。途端にウサギは苦しみ出し、ひっくり返ってジタバタすること数十秒。やがてピクピク痙攣するだけで動かなくなった。
「はあはあはあ、わたしを、舐めるからよ」
回収したウサギは驚愕で目を見開き、表情筋なんてなさそうのに、物凄い苦しそうな顔をしていた。
「うわあ……罪悪感」
でも弓矢で傷付いても痛いわけだし、酸欠死の方が絶命までの時間が短くて慈悲があるのでは……などと言い訳を考える。
ああ、とうとうわたし自らが殺生をする立場になってしまった。
ウサギさん、君の体は無駄にせずきちんと使い切るよ。今まで現代人で命の尊さから遠ざかっててごめん。
スーパーの売れ残り肉が申し訳ない。あれいつか、人類には天罰が下るんじゃなかろうか。
「マヤちゃん、獲れた?」
わたしがウサギを抱え上げているのを見て、サンドラちゃんとリネールさんが駆けてくる。
「うぅ、結局法力使っちゃった」
ウサギの顔を見たサンドラちゃんとリネールさんが引きつった。
「うわあ……容赦ないねぇ、マヤちゃん」
「弓矢と違って獲物に傷はつかないから、買い取りには有利だろうけど、この表情はちょっと……引くね」
お昼の後も狩りの練習だ。