異世界のオキシジェン・デストロイヤー ~Fランクハンターだけど、大物狩る許可はもらってます~ 作:RightWorld
サンドラを掴まえた世紀末ハンターのゲルデは、サンドラを盾にしてゆっくりと近付いてきた。
「げははは、そのヘビは、おれっちのだあ。逃げた他のもおれっちのだああ。勝手に持ってくんじゃねえぞおお」
レオは睨み返す。
「はあ? てめえ、扱いきれねえで放り出して逃げたじゃねえか。おまけに仲間も見捨てやがって。そんな野郎に、何の権利が主張できるってんだ?」
「うるせええ。そこに転がってるヘビの首、触んなよおお。おれっちのだからなああ」
リエラもその応酬に加わった。
「その前に、その子放しなさい! なんの関係もないでしょ!」
「関係あるぞおお。ヘビは毒を吐くからなあ。盾代わりだああ」
毒避けの盾にされると知って、捕まってるサンドラは顔を真っ青にした。
「最っ低!」
「ひど過ぎますう!」
リエラのみならず、フィリアでさえも怒りが頂点に達した。
リエラが剣に手をかけ、どこ切ってやろうかと世紀末ハンターを見据えたが、その目は悪党の後ろに釘付けになった。
「ゲハハハハ! なんだあ、やるのかああ!?」
ゲルデは意味不明な自信をもって威勢よく啖呵を切っだが、皆が目を丸くして、後ろを指して口をパクパクしているので、「なんだあ?」と振り向いた。
するとそこに、ゲルデの身長を軽く超える高みから、チロチロと舌を動かして見下ろす、巨大なアンフィスバエナの頭があったのだった。
そいつは木の上にいたとかではない。地面にとぐろを巻いた状態から頭を起こして、それで3m近い高さにまで達しているのだ。先日リエラが持って帰って、大物と称賛されたヘビとは比較にならぬ巨大さだった。
「ぎえええええ!?」
ゲルデは甲高い悲鳴を上げ、サンドラを振り回してアンフィスバエナの方へ向けた。
「いやあああああ!」
大蛇の目の前に突き出されたサンドラは、たまったもんではない。
チロチロと先の分かれた細長い舌と、黒一色の小さな目で目の前の人間を認識した大蛇は、クワッと口を開け、毒を吐きかける予備動作に入った。
「やろおぉぉぉー!」
ケンがアンフィスバエナに向けて槍を突き出した。
しかしアンフィスバエナまでは5m以上離れている。2m程度の槍が届くような距離ではない。
しかしその時、ケンの槍の先から透明な、しかし僅かに透過した景色を歪ませた、ガラスの塊のようなものが剣先から射出され、頭を持ち上げていたヘビの体に命中する。
ドガーーン!
ずぞぞぞぞぞ
ケンが放ったのは、法力による衝撃波だ。
アンフィスバエナは首を持ち上げていた体が後ろへ吹っ飛び、とぐろを巻いていた本体も引きずられるように後ずさった。だがそれも5m程で止まる。
その隙きにクーノがゲルデからサンドラを解放し、アンフィスバエナとの間にレオとリエラが立ちはだかった。
衝撃波をぶつけられて飛ばされたアンフィスバエナは激高し、首を戦闘形態に戻すと、カッと大口を開け、遠距離から毒液を噴射した。
すかさずクーノがシールドを張り、防御する。
毒液噴射が終わると同時にレオがシールドの脇から飛び出した。
一度毒液を吐くと、次の毒液噴射までは最低でも30秒は間が空く。噴射用シリンダーに毒液を溜め込む時間だ。その間が攻撃のチャンスである。
だが相手は普通のヘビではない。アンフィスバエナだ。
「ダメ! 下よ!!」
アンフィスバエナを熟知しているリエラが叫ぶ。
「分かってる!」
そこはしかし、Aランクパーティーである。しかもレオは、ここでは明言してないが、Sランクのハンターなのだ。当然もう一つ、頭があることを知っている。そしてその頭をどこに隠していたかも見抜いていた。
とぐろを巻いている下の体の方にあったもう一つの頭が、陰からぐわっと出てきた。そして毒液を噴射せんとする。
が、レオは巻いている大きな体が邪魔になる方向から接近しており、下の頭は自分の体のせいで射線が取れない。
ならばと毒液を吐き終わった上の頭が、頭上から噛みつこうと上から襲ってくる。
しかし、レオから一瞬遅れてダッシュしたクーノが、その頭を切りつけた。
ズバッと振りぬいた剣が、体から頭を切り離す。
上からの脅威がなくなったレオは、遮蔽物にしたとぐろを巻く体から、下の頭の斜め後ろへ飛び出て剣を突き立てた。そして深々と突き刺した剣をこじって神経を切断した。
アンフィスバエナは筋肉を収縮させてシリンダーに溜まった毒液を吐いたが、口先は刺さった剣によって地面へ向けさせられており、毒液は地表に空しく垂れるのみだった。
レオはヘビの頭から剣を引き抜き、再び振り下ろして、頭を体から切断した。レオの完全勝利である。
とぐろを巻くヘビの体から飛び降りたレオは、ゲルデにギロッと目線を向ける。
盾となる人質もなく、極太の巨大なアンフィスバエナを難なく倒してしまったレオ達を前にして、ゲルデはテンパった顔をして後ずさった。
「貴様、何やったか分かってんだろうな!?」
レオやケンが鋭い視線を向けて言い放つ。
「ゲヘ、ゲヘヘへ、ゲハハハハ! き、きょうのとこは、引き分けにしといてやるうう!」
ゲルデは捨て台詞を吐いて逃亡した。
うわ、あいつ、ここまで見せつけられて、まだ敗北を認めないんだ!?
これでも心が折れない精神力の強さは、もしかして大物か?
いや、それさえも感じられないアホだな。
リエラは呆れを通り越して、逆にあっぱれに思った。
いや、そんなアホより、大事なのは少女の方だ。
「大丈夫? 怪我はない? 毒液かからなかった?」
尻もちをついているサンドラに手を差し伸べる。
「ふえーん、綺麗なお姉さまぁ~」
サンドラはリエラの首に抱き付いた。
「サンドラさん!」
フィリアも駆け付けてくる。
「傷も、毒液の影響もないみたいね」
「まったくなんなのですか、あの大男は! こんな女の子まで盾にするなんて!」
憤慨するリエラとフィリア。サンドラは、首を刎ねられて、うねる土管のようになっているヘビの体を見て、涙目になって聞いた。
「ねえ、このヘビ、まだ沢山いるの?」
「生まれたてだけで20匹いたんでしたっけ?」
リエラはレオに確認した。
「ああ。そのうちやっつけたのが、俺達とあんたで8匹。それ以外に、この巨大な奴だ。これが親玉か?」
「雄雌を見ないとなんとも。魔素だけでここまで大きくなるのは大変なはずだけど、ヘキサリネのアンフィスバエナは豊富な栄養で肥えてたから、魔素を受けると簡単に巨大化するのね」
サンドラは泣いてる場合じゃないと立ち上がった。
「大変、早くマヤちゃんを探さなきゃ!」
「……え? マヤ、さん?」
リエラが聞いたことある名前だと思ったその刹那。
ずずずずずず
死んだはずの巨大アンフィスバエナが動き出した。
「なに!?」
切り落としたはずの下の頭の近くから、もう1つ頭が現れた。なんと下の方は二股に分かれていたのだ。つまりこのアンフィスバエナは3つ首になっていたのだ。
「魔素のせいで進化してやがったのか!」
3つ目の頭は他のに比べると小さかったが、それでも中型犬の頭くらいはある。十分毒を吐ける大きさだ。当然のごとくグワッと大口を開け、毒液噴射の予備動作に入る。その頭はサンドラに向いていた。
「ひいっ!!」
間髪入れず、ドバッと口から毒液がサンドラへ向かって発射された!
誰とも言えず息を飲むような悲鳴が発せられる。
だが、サンドラに毒液はかからなかった。
まずほとんどの毒液を防いだのは、クーノのシールドだった。間一髪でアンフィスバエナとの間にシールドが潜り込めたのだ。
しかし、全ての毒液は防ぎきれなかった。噴射範囲の9割以上をシールドが庇ったが、後の1割弱にはシールドが届かなかったのだ。
それでもサンドラにかからなかったのは、レオが立ちはだかったからだ。レオのマントに毒液がかかっていた。
ハンターの服装にマントがあるのは、様々な気象現象から身を守るほか、こういった降りかかるような攻撃に対しての防御の為でもある。液体や風、またある程度の物理攻撃を僅かにでも和らげるくらいはできる。
しかし、レオは苦痛で顔を歪めた。
「くあっ!」
「若!?」
レオの苦痛の声にクーノが振り返る。
レオは手を抑えていた。マントを翻すために端を掴んでいた手に、毒液がかかっていた。
「あああ!?」
サンドラも、自分を庇ったがためにレオが毒をかけられてしまったのに気付き、真っ青になる。
「気を緩めるな!」
ケンが叫んだ。まだアンフィスバエナはいるのだ。毒噴射が不十分と認識した頭が、膝を着いているレオを目がけて牙を振り下ろした。
ケンは槍の切っ先に法力を集めると、衝撃波を放った。
しかしアンフィスバエナはその衝撃波を通過させるように、首の形を見事に変形させて躱してしまった。
「くっそ!」
ケンは槍をもって突進する。
が、ケンのいた位置が遠すぎだ。1歩、あと1歩間に合わないと悟る。
その1歩の時間で、グワッと牙を剥いたアンフィスバエナの口が、レオに毒液を注入すべく迫った。そして、
がぶぅっ!!
犬の頭ほどのヘビの頭が、完璧に獲物を口に捉えた。
ずぶりと刺さった2本の牙。
その内側にある管を通して、毒液が対象へと注入された。
ティースプーン半分の量で人一人を死に至らしめるに十分な猛毒である。それが大さじ5杯分はたっぷりと注ぎ込まれた。
「リエラ!?」
驚愕で目を見開いたレオが見たのは、レオの前に立ちはだかるリエラだった。
しかもリエラの突き出した左腕に、アンフィスバエナががっつりと噛みついているという、詰みの構図だった。
「リエラ様ぁ!」
顔面蒼白になるフィリア。
「いやああ、お姉さま! いやああああ!」
サンドラも認めたくない光景に錯乱する。
それは決して、ヘキサリネ平民のために隣国の王子と皇女が死んだかもしれないという事で錯乱したのではない。
国際問題など考えている余裕のある者など、ここにはいないのであった。
◇◇◇
逃亡したゲルデは、林を抜け、川辺りに辿り着いた。
「お、おのれえ。おれっちのヘビ、どうやって取り返せばいいんだあ」
いきり立つゲルデの後ろに、黒い影が立った。
「そんなにアンフィスバエナが欲しいか?」
ゲルデが振り返ると、そこには黒いローブで身を包んだ、男とも女ともわからない人物が立っていた。
「なら、くれてやろうぞ」
その者がマントの下から杖を持った右手を上げると、背後からずおおおおっとこれまでの中で一番巨大なアンフィスバエナが現れる。
「へぎゃあ!」
ゲルデはまたも悲鳴を上げる。
こいつ、アンフィスバエナが欲しいと言う割には、本物を目にすると悲鳴をあげている。
だが考えてみれば、毒を吐かない幼生は意気揚々と捕獲して、デカいのからは逃げる、あるいは何かを遮蔽物にして対峙すると、行動は一貫している。それはこのハンターの技量からして、正解の行動に違いない。技量に忠実だとも言える。
手段の非人道性を除けば。
それはともかく、謎のローブの人物である。
その者とアンフィスバエナの周りから濃い紫の霧が立ち込め、ゲルデは絶叫を上げながら霧に包まれてしまった。