異世界のオキシジェン・デストロイヤー ~Fランクハンターだけど、大物狩る許可はもらってます~ 作:RightWorld
討伐ランクBエリアに入ったというのに、孤児院の筆頭悪ガキのイレムは、道中レオさんに金魚のフンになって興奮しっぱなしだ。
「魔物が出たら、オレも魔物やっつけてやるぜ!」
それを諫めようとする孤児院パーティーの最年長者のニーシャ。と言ってもサンドラちゃんの1コ下である。
「バカイレム! Fランクのあんたがラトロ・アトレイタをやっつけたら、4階級差違反だわよ。10年はFランクのまま薬草摘みとウサギしか狩れない、使えないハンターになっちゃうだわね!」
「はうっ!!」
なぜかニーシャのその言葉は、イレムではなくわたしにダメージを与える。
「10年!? 4階級差違反の罰則脱出には10年かかるの!? それ確かな情報!?」
「そこの歳にウソついてるへっぽこハンターが4かいきゅういさはんしてんだろ。全然困ってそうにねえじゃん。そんなんだったらオレ、Bランクの魔物やっつけてみてえ」
「4階級差違反だわね」
だめだ。わたしは反面教師にもならないうえ、良い例でもなけりゃ悪い例としても中途半端。違反行為に対する抑止効果にも全然なってない。なんかかえって助長させちゃってるし!
「お前、階級差ってのがどれだけ大変なのかまだ分かってねえみてえだな」
イレムを見かねて、レオさんが割って入ってきた。
「その前に階級差違反の意味が解ってるのか怪しいだわよ」
ジト目で睨むニーシャ。イレムは慌てて否定する。
「ば、バカにすんじゃねえ! 自分のランクより上のヤツをやっつけることだろ!」
「たとえ1階級差だって簡単には越えられねえぞ? まあ間もなくランクアップするハンターが、一つ上のランクの獲物を狩るのは出来るかもしれねえがな。さもなくば、相手の弱点をよく知っていて、どう戦えばいいか研究して、練習もしているとかだな」
「ふうん? なにそれめんどくせえ」
「そう。めんどくせえが、その準備が大事なんだ。相手だって負けたら死んじまうんだから、そりゃあ必死に抵抗してくる。ましてや相手が捕食者なら、お前を食うために日頃から腕を磨いてるわけだ。そこに何の準備もしてねえお前が現れたら、カモが来たとばかりに瞬殺されるのは間違いねえ」
レオさんはシュパッと手刀でイレムの胸を切り裂く仕草をした。イレムはびっくりして飛びのいた。
「相手を知らなけりゃ、あるいは油断していたら、同じランクの動物にだって反撃食らうからな」
イレムは、むむむっと口を一文字にする。
「なんか、小さい頃の自分を見てるようで、こっ恥ずかしいね」
そのやり取りを見ていたリネールさんは苦笑いをした。
レオさんも「俺もだ」と笑っている。
「男ってのはどうしようもない生き物ね。こういう場合、どうやって言い聞かせたらいいの?」
わたしが尋ねると、二人はにへっと口の端を釣り上げた。
「一度痛い目に遭わせるのが一番かな」
「そうですね。身をもって思い知るのが一番手っ取り早いですね」
「それ、怪我したり死んじゃったりしたらどうすんの! いやもう、そういう考え方する時点で男はどうしようもないわね」
わたしは呆れるのだった。
「リネール。この辺にいるFランクの獲物について教えてやれよ。目的地に着いて時間があったら、少しくらい狩りをしよう」
「いいですね」
「狩りやるの!?」
イレムは目を輝かせた。
「獲物の知識をちゃんと教わってからじゃねえとやらねえぞ?」
「分かった! リネール兄ちゃん教えて!」
と言う訳で、移動中はもっぱら子供達、特に男の子に、狩りの講座が開かれることになった。時たまサンドラちゃんからも、道脇の植物から薬や食用についての講義も加わる。
わたしも野外学習とか野外実習なんて気持ちで横から話を聞いていたけど、子供達の真剣さにはびっくりした。この子達にとっては、もっと生きるために直結した切実なものなんだね。
水が湧いているところで、昼食ならぬお茶休憩を取った。
領都のお店で買って持ってきたお茶を使うのかと思いきや、サンドラちゃんが道中で採ってきた、針葉樹の葉と草花でハーブティーのようなのを淹れてくれた。
「すっとしてて、ほのかに酸味があって、爽やかな花の香りがして、おいしい!」
わたしが絶賛の声を上げると、フィリアさんも同意した。
「本当! この鮮烈なお味は、生の材料でないと出せませんね」
サンドラちゃんは嬉しそうにはにかんだ。
「えへへ。気に入ってくれた? 疲労回復効果があるの」
「サンドラさん、材料もう一度教えていただいてもよいですか?」
フィリアさんはメイド服からメモを取り出して書き留め始めた。
それに対して男の子達は無粋だ。
「こんなに花の匂いさせなくてもいいのに」
「なあ」
「俺、酸っぱいのきらい」
この香りがなくていいとは、なんて風情も情緒もない。
それにお茶請けに配った食べ物も男子と女子で好みが違う。わたしがドライフルーツ中心に甘めなのを配ったのに対し、レオさんは燻製肉の塊を切って配ってくれた。これが男の子には好評だ。ビーフジャーキーのようにカラカラに乾燥したものではなく、水分の少ない生ハムみたいな感じで、まあまあ硬いんだけど、ピリリとした香辛料が使われていて、噛めば噛むほどに味が出て後を引く美味しさだ。うーむ、ちょっと文句言い難い。
「村長かライナーさんしか食ったことなさそうな、こんないい物を俺が食う日が来るなんて……」
リネールさんが目尻に涙を滲ませてそんな事を言う。どうやら高級品らしい。
「うめえ!」
「こんな干し肉、食ったことない!」
「ふははは、そうだろう。これはワリナの特産品だ。お前らが自立して稼ぐようになったら、ワリナから買ってくれ」
「うん、俺絶対買う!」
「泊まりで狩りに出る時は持っていきたいね!」
「レオ兄ちゃん、いくらなの?」
「これくらいで2小金貨だ」
「「「!?○×!▼◇!□▲!??」」」
レオさんが持ち上げて見せてくれたそれは500gくらいだろうか。お中元の高級贈答品のようだ。
金額を聞いた子供達は、自分達の金銭感覚とかけ離れ過ぎていて言葉を失い、息を飲んで口を窄めてしまっていた。途端にじっくりゆっくり食べる子と、ポケットにしまう子に分かれる。
「若、宣伝する相手が孤児院の子供では失敗ですね」
お茶休憩を終え、装備を背負い直している皆に、レオさんが声を掛けた。
「この先からが本当の危険地帯だ。魔物の警戒をしていくぞ」
レオさんの宣言に子供達は顔を緊張させる。イレムだけは不安要素ゼロで喜んでいた。
「話によると、この先から木が多くなるらしい。木が茂ってこんもりしたところ、特に木の間隔が狭いところでは、タイガー・スパイダーのクモの巣に気を付けろ」
頷く子供達に、クーノさんが説明を追加する。
「皆、こういう50cmから1mくらいの木の枝を拾っとけ。狭いところでは、これで糸が張ってないか確かめてから通るように」
子供達は慌てて木の枝を拾う。
「林と林の間の開けたところでは、ラトロ・アトレイタに警戒だ。草むらに隠れている可能性がある。飛びかかってきて糸でできた網を被せてくる。糸には体を痺れさせる毒があって、痺れて身動き取れないところで噛みついて致死性の毒を流し込んでくる。前足2本は鎌のようになっていて切れ味が鋭い。そんなだから接近戦に慣れてない奴は戦わない方が無難だ」
孤児院の子達は真っ青になった。イレムを除いて。イレムはさっそく見の丈に合わない事を聞いてきた。
「ラトロ・アトレイタはどうやって倒すの?」
「ラトロ・アトレイタに限ったことじゃないが、基本クモは頭をやればいい。火や極端な寒さにも弱い。寒い所では動きを鈍らせるから、氷法力持ちがいると戦いやすくなる」
「マヤちゃんが氷出せるね」
サンドラちゃんがわたしに顔を向ける。
出せるよ、氷じゃないけど。マイナス200度の個体酸素とか、マイナス190度の液体酸素とか。
「それじゃ、いたら凍らせるよ」
◇◇◇
そこは池と言うには大きく、湖と言うには少し小さい。
岸辺近くの藪には、綿のようにふわっとした白い大きなドームがあった。クモの糸で作られたドームである。
その横に黒いローブをまとった人物がいる。その者は綿のドームの周りに紫の花を植えている。閉じた傘のように螺旋を描いてツンと尖る花の蕾は、ガラスのように硬質で、まるで紫水晶で作った置き物のようだ。だが硬い蕾はくるくると螺旋を解いて花を咲かせる。そして濃い瘴気を振り撒いた。魔物の花、ブラウシュテルマーだ。
綿のドームは瘴気を浴びると、中で赤と黒の球体がいくつも点滅を始める。
「これでこの一帯はアトレイタの巣窟になる。豊富な動物を餌にして--勿論人間も--繁殖し、魔境の素になるだろう」
そこへもう一人ローブを被った者が現れた。
「この地にもともといたスパイダーの群れがいたから、魔素を補充してやったよ。これで討伐隊が来ても、簡単には近付けねー」
「都市の北と合わせ、同時にスタンピードが起これば、冒険者では手に負えぬ。守備軍を動かさざる得なくなるだろう」
「仕掛けは済んだ。引き上げようぜ」
ローブの者達は森の奥へと消えていった。
◇◇◇
わたし達の前に、丘のようななだらかな丘陵が現れ始めた。丘陵に挟まれた緩い谷の間を街道は続いている。丘陵には木々が茂っている。次第にその木々は低いところにも降りてきて、道のすぐ脇にも木が茂るようになった。わたしは周囲の警戒を強めた。
「いよいよ魔物危険地帯ね」
「出てきやがれ、Bランクのクモめ!」
イレムは腰から自前の武器のダガーナイフを出して構え、そしてブンブンと振り回す。
「危ないから、魔物が出るまでは鞘にしまっといてだわよ!」
すかさずニーシャに注意された。
そうこうしているうちに、道を塞ぐように馬車が2台ひっくり返っているところに着いた。
「ここで襲われたんだ」
「馬、食べられちゃったんだよね?」
サンドラちゃんが怯えた声で聞いてくる。
「でも死骸も残ってないね」
どっかへ持ってっちゃったんだろうか。それとも骨まで食べちゃったのかな。襲われた人はどうなったんだろう。
道には積み荷が散乱していた。積み荷が何か見ようと走っていく子供達に、クーノさんが叫んだ。
「うかつに近づくな!」
子供達がピタリと歩みを止めて振り返った。
「よく見ろ! クモの巣が張られてないか!?」
「え!?」
注意を受けた子供達は、手にした木の枝をくるくる回して、警戒しながらゆっくり空間を探りつつ慎重に近付いていった。
「あ、木の枝に糸が引っ掛かった!」
クーノさんが言った通り、荷物と荷物の間や、馬車と荷物の間などに、例の粘着性の糸が張ってあった。この馬車は奴らの狩場になっている。
「糸にくっついた木の枝が取れないよ。きゃっ!」
女の子の手が糸に触れてしまった。とたんに手に糸が粘着し、女の子はそこから離れられなくなる。
「糸が手にくっついた! 取れない! 助けてえ!」
女の子が手を引っ張ると糸から粘液が滲みだし、さらに絡み付いてくる。
「待ってて、今助けてあげる!」
近くにいた別の子が駆け寄った。手を持って糸から引き剥がそうとするが、さらに糸からドロっと粘液が垂れて、その子の手もくっついた。
「ああ! あたしもくっついちゃった!」
「ええ!?」
馬車の影から、のそっと何かが動いた。黄色と黒の縞模様。タイガー・スパイダーだ。
「「キャーーッ!!」」