異世界のオキシジェン・デストロイヤー ~Fランクハンターだけど、大物狩る許可はもらってます~ 作:RightWorld
クーノさん渾身の石かまどが完成した。
直火の焚火をするとき、よく石を円形に並べて、その中に薪をくべて火を焚くというのをやると思う。まあわたしの元いた日本のキャンプでは、直火の焚火が好まれなくなってきて、焚火台を使うケースが多くなってたから、石で丸く囲ったかまどの経験はあまりないかもしれない。
クーノさんのは、まずオーソドックスな丸く石で囲ったかまどを作るところから始まった。かまどの内径は直径1mくらいだ。次に背面と側面に石を積み上げて壁を作っていった。背面が1mくらいの高さの壁になると、そこから側面は正面に向け徐々に低くなるよう積んでいく。そうするとコの字形に壁を持つ暖炉のようなのが出来上がった。
このかまどの特徴は、壁から熱が反射する、つまり正面に向けて輻射熱が発生することだ。熱を余すことなく効率的に使い切ることができるというわけね。
側面の傾斜した壁に、横竿のようにクモの脚を掛けて焼くのだそうだ。
子供達がかまどの中に細かい枝や葉っぱを入れ、その上に中くらいの太さの枝を積み上げると、リネールさんが下の方に法力で火を入れた。細かい枝に火が点き、やがて中くらいの枝にも燃え移ると、太い枝もくべていく。火勢はどんどん大きくなり、壁からの輻射熱で、かまどの正面は立ってるのも辛いくらいに熱くるなる。
最初はどんどんと薪を放り込んで火を大きくし、かまどの中の温度を上げるとともに、沢山の熾火を作っていく。十分な量の熾火が出来上がると、いよいよクモの脚が火にかざされた。
熾火は炭と同じで、遠赤外線効果の『強火の遠火』での調理ができる。焼き魚なんかに最高だ。そして煙が出ない。煙で燻して燻製効果ってのはできないけど、焚き火料理にありがちな煙臭さがつかないのが利点だ。
いい香りの木材ならいいよ?
どうでもいい木で、動物のおしっこがかかってるかもしれなかったら、そんな木の煙なんて嫌でしょ。
「本当にこれ食べられるの?」
まだクモの脚に抵抗のあるわたしは、怪訝そうな顔をリネールさんに向けた。
「食えるよ。当たり前じゃん。旨いんだって」
「はぁ、食べるしかないのか……。う~、あれはカニの脚、カニの脚……」
しかたなくわたしは自分に暗示をかける事にした。
「楽しみー。いい匂いがしてきたよ」
サンドラちゃんも初めて食べるらしいけど、彼女は恐れるどころか、待ち遠しささえ感じている。
クモだよ、クモ。漢字で書くと「蜘蛛」だよ。「蟲」の仲間だよ。どう見たって口に入れていい物には見えないよ。
しかし焼けていくクモの脚は、パイプのように太いタカアシガニの脚のようではある。調理済みの脚だけ出されれば、元は蟲だったとは思わないかもしれない。
「スープは出来上がりましたよ。脚が焼けるのを待つ間にパンを浸しておきましょう」
クーノさんのかまどとは別に、普通に丸く囲っただけのかまどで、フィリアさんがダッチオーブンでスープを作ってくれていた。タンパク質はクモの脚があるので、今日のスープの具はほとんどが野菜だ。ベーコンみたいな小さい肉片が少しだけ入ってる。
皆は深皿にカチンコチンのパンを入れてスープの列に並ぶ。
よそってもらうと、これもまたいい匂いだ。
「最初に剥いた野菜の皮や使わないところを煮て、お出汁を取るんです」
「ブイヨンだね。フィリアさんといると、野営の厳しさを忘れちゃうなあ」
リトバレーから領都へ出てくるときの、ライナーさん達との旅がみすぼらしく思えてきてならない。あれがこの世界の標準じゃなかったんだっけ? フィリアさん無しではキャンプ出来ない体になっちゃいそうだよ。
今日はメインのクモの脚があるので、皆スープにがっつくことなく、パンがふやけるまで大人しく待っている。
そして……
「さあ焼けたぞ!」
「「わあーい!」」
30cmくらいに切って、縦に切り込みを入れて中身を取り出しやすくした脚が、2本ずつ配られた。
殻の色が白っぽい方がタイガー・スパイダー、赤っぽいのがラトロ・アトレイタだそうだ。中の身は、どっちもピンク色をしている。
「味付けとかはいいの? 塩かけるとか」
「そのままでいけるよ」
リネールさんはタイガー・スパイダーの方から食べるみたいだ。
「やっぱりラトロ・アトレイタの方が美味いからね。先にこっち食っちまうと、タイガー・スパイダーが食えなくなっちゃう」
「じゃあわたしもそうしよう」
リネールさんは、押し出すようにしてピンク色の身を殻から出し、ガブリとかぶりついた。
「おほ、これこれ!」
あちこちから美味しい、旨ーいと声がしてくる。
わたしも一口分切り出し、フォークに挿して戦々恐々と眺めた。ピンク色のかまぼこみたいだな。恐る恐る口に運んだ。
もぐもぐ……
おぉ、ぷりぷりとして柔らかい。
あれ、この味、どこかで食べたことある。
結構慣れ親しんだ味。高級なものじゃなくて、庶民の味だ。
「こ、これ、魚肉ソーセージだ!」
塩加減はこっちの方が薄いかもしれないけど、魚肉ソーセージの味に間違いない。まさかクモの脚の中に魚肉ソーセージが詰まってようとは!
「わあ、美味しいね!」
サンドラちゃんも笑顔を向けてくる。
さてそうすると、もっと美味しいというラトロ・アトレイタはいったいどんな味を?
もうクモの脚という偏見はどっか行ってしまった。押し出して殻から身を出し、一口分を切り取ってフォークに刺す。
そしてぱくり。
「!」
歯ごたえは同じ。だけどこっちはずっと上品だ。これもどこかで食べたことある。カニじゃない。もう少し濃くてこってりしてる。
「あれだ。伊勢海老の脚の肉!」
俗に大砲汁なんて言う、伊勢海老のお味噌汁の、あの海老の脚の中の肉だ!
伊勢海老ともなると、脚はストローくらいの太さがあるので、中には身が詰まってる。尻尾の肉と違って取り出しにくいし、食べごたえもないけど、火を通して柔らかくなった身に味噌汁が浸み込んで、脚の方が味も濃い。
あれが口いっぱいになるほどの量!
「し、幸せ~」
わたしがほっぺたに手をして、緩み切った頬が落ちないようにしていると、リネールさんが胸を張ってわたしの前に立ち、ニヤニヤとこっちを見下ろしていた。
「どうだい、マヤさん」
う……。見た目の偏見で、疑いの目をもって散々拒んでいただけに、返す言葉がない。悔しいけど負けだ。もうひれ伏すしかない。
「へへーっ、わたしが間違ってました。クモの脚は美味しいです。そ、それもまさか魚介に類似した味とは……異世界恐るべしだわ」
「そうだろそうだろ。はーっはっはー、次からは食わず嫌いなんかするんじゃないぞ~。賭けでもしとくんだったな」
「く~、リネールさんのくせして、なんか悔しい。とても正直村のリトバレーの人とは思えないわ」
「はっはっはー!」
そのまま食べるのに飽きてきたら、フィリアさんのスープに入れると、また違った趣になる。食べごたえある太い脚も、最後まで美味しくいただけた。
「私、見張りをしてるレオさんに持っていってあげますね」
リエラさんがクモの脚とスープを持って立ち上がった。
レオさんは今、大岩の上で野営地の見張りをしてる。今夜は護衛のメンバーで交代で見張りに立つことにしている。一番手はレオさんがやっていた。
「こぼさないように気を付けてねー」
わたしの声掛けに笑顔で答えるリエラさん。
隣国の皇女様にこんな気兼ねなく話し掛けられるようになるなんて、思いもしなかったな。そもそもここは、皇女様がいていいような環境じゃないんだから、そこからしてずれてるんだけど。
「お楽しみは程々に願いますよ、姫さま」
そんなところに、隣国の貴族の御子息らしいクーノさんから、もっと遠慮のない一言が飛んできた。
からかわれたリエラさんは、ボフッと顔を真っ赤に発火させた。
「な、何を言ってるのかしら!?」