異世界のオキシジェン・デストロイヤー ~Fランクハンターだけど、大物狩る許可はもらってます~ 作:RightWorld
ガレガレの枯れ川の縁に沿って歩いていくと、今日の野営地の倍くらいある砂丘に着いた。砂丘にはあちこちに草が生えていて、近付いてみればそれがアイポメアニールだった。
「アイポメアニールだ!」
「これみんなそう? すごい、蕾がたくさんだわよ!」
砂地に這うように生えるそれはあちこちで群生となり、緑と青紫のまだらの絨毯のようになっている。緑は葉っぱで、青紫が花の蕾だ。蕾は螺旋を描いた閉じた傘のように尖っていて、開花に向けた準備をしている。
「これが明日の日の出に一斉に咲くのね」
リエラさんが感慨深げに花畑を見渡した。
「咲く前に取っちゃうけどね。ニーシャ、孤児院パーティーはここの採取頼むね」
「分かっただわよ」
「よく見ると蕾の大きさに違いがあるでしょ? 小さい方は明後日に咲く蕾だから、まだ採っちゃだめよ」
確かに蕾の大きさはだいたい2つに大別できる。今咲いてるのはほとんどなくて、明日咲くのと明後日咲くのが大量にあって、その後で咲きそうなのは見た限りない。本当にこの2日だけ咲くみたいだ。
「明後日は薬師協会の開花予想日だったよね」
「小さい蕾の方が少ねえじゃねえか。薬師協会の予想は大したことねえな」
薬師協会を信じて採りに来てたら取り損ねてたじゃねえかと、呆れたようにレオさんは言う。
小さな蕾の数は大きな蕾の半分くらいだった。ということは全部採取できれば、薬師協会を信じた人の3倍採れることになる。この差は大きいなんてもんじゃない。
「仕方ないよ。薬師協会は、だいたい同じ周期で咲くアイポメアニールの習性から導き出してるだけだから」
「サンドラはその予想に逆らって、1日早い明日の日の出の方を狙って来た訳だが、大当たりじゃねえか。どうやって予想立てたんだ?」
「うふふ、それはお仕事上の秘密なの」
「マヤだけでなく、お前まで秘密持ちかよ」
サンドラちゃんはわたしをちらりと見ると、「あんな危ない秘密じゃないよ」と笑った。
「どうしてわたしが危ないって……」
と言いかけて、さっきやらかした水素爆発を思い出して言い淀んだ。
「わたしが女神って言われる日は来るのかしら……」
落ち込むわたしを尻目に、レオさんは話を続けた。
「他にもそういう、いつ花が咲くとか実が成るとか、サンドラが知ってるものってあるのか?」
「いろいろあるよ。大体は薬師協会が予想立ててる5日とか20日の周期だけど……」
「5日とか20日?」
「実はもっと細かくいろんなタイミングがあって、そういうのはもっと大きな周期で巡ってくるの」
わたしはよく理解できないけど、複雑なタイミングをサンドラちゃんは知ってるってことだ。
わたしが、へぇ~、すごいなぁって感心していると、レオさんはじーっとサンドラちゃんを見つめ、そしてぽそりと呟いた。
「52年」
「!?」
その言葉を聞いた途端、サンドラちゃんがびくうっと肩を飛び上がらせた。そしてすごい焦ったような、困惑したような表情で、「な、な、なん……」と声を漏らす。
サンドラちゃんの狼狽ぶりに、わたしは二人の顔を交互に見る。
どういうこと?
52年ってなに?
サンドラちゃんの慌てぶりからすると、レオさんの言ったことはかなり的を得てるってことなのかな。
レオさんはリエラさんにも目線を向けるが、リエラさんはキョトンとしている。リエラさんに思い当たる節はないらしい。目線をサンドラちゃんに戻すと、レオさんはニンマリと言う感じで微笑んだ。
「成程、そういう使い方があったのか」
「レ、レオ兄様、知ってるの!?」
「フフフ、秘密だ」
「ええ!?」
戸惑うサンドラちゃん。
これはなんかサンドラちゃんの分が悪そうだ。わたしは横槍を入れた。
「レオさん、サンドラちゃんからはなんか上手い事聞き出しといて、自分のは一切秘密なんて、フェアーじゃないですよ! 子供相手に」
「フェアーってなんだ?」
「公平にとか、公正にとか。え? もしかしてこっちの世界にはまだない概念?」
「よく分からんが、んなの口にする方が悪い」
「うわー、もう野蛮なんだから!」
「そういう思わず漏れ出た言葉の端からヒントを得て、手持ちの情報と結びつけて分析するってのは、聞き手のスキルってもんだろ」
「むう。レオさんは情報分析のスキルレベル4を習得していた事が判明しました!」
「また訳わかんねえこと言ってやがる」
「これから仲良くなる国どうしなのに、秘密合戦はないじゃないですか。後でわたしの法力の秘密も教えようというのに」
「お前のは物騒過ぎるから、俺やリエラの国が不安なんだよ」
「サンドラちゃんだって、今ので不安に思ってますよ!」
「私も今の会話聞いてると不安になってきたわ。ミリヤでは知られてない事柄のようね」
どうやらリエラさんの知識にはない事のようで、好奇心旺盛な彼女はレオさんに瞳を大きくして迫ってきた。
リエラさんの、知りたい教えて光線を一身に受けたレオさんは、少したじろいだ。
「な、なら、三国の同盟がもっと現実味を帯びてきたら、お互いの知ってることを開示する秘密会談をしよう」
「三国って、サンドラちゃんの秘密はヘキサリネの領主様も知らない事だよ!」
「ならヴェルディは抜きで、俺とマリエラとサンドラで共有しよう。幸いヴェルディへの内通者のリネールはここにいないし、あいつに知られることもねぇ。好都合だ」
「ええ!?」
サンドラちゃんが目を丸くして慌てた。
「ワリナの王子様と、ミリヤのお姫様と、平民で田舎娘のわたしとで、秘密会談!?」
サンドラちゃんは、レオさんとリエラさんを交互に見て目を白黒させる。
「なんかわかんないけど、サンドラ姉が国の偉い人みたいになってるみたいだわよ」
「偉くなったねえ、サンドラちゃん」
ニーシャが目をキラキラさせて感心し、わたしはサンドラちゃんの頭をなでなでする。
レオさんは怖がらせないように落ち着いた声色に変えて話を続けた。
「サンドラ。ワリナの一部では“52年”について“観測した記録”はあるが、何なのか、何の役に立つのかは解ってないんだ。そういう意味では安心できるだろう。具体的に知恵として活かせているのは、俺の知る限りお前だけだ。だからこの事は貝のように黙っといた方がいいぞ」
「うう、さっきの程度の話でも危ないのね。わかったの」
「まあ、何なんですかそれは? サンドラちゃんは一体どんなことを知っているの? 早く知りたいわ」
リエラさんは二人の意味深な会話に、真相を聞きたくてうずうずしている。そしてサンドラちゃんに近寄ると、きゅうっと抱きしめた。
「サンドラちゃん。お話が聞ける時が楽しみだわ。これからも仲良くしてね」
サンドラちゃんはお隣の国のお姫様に抱きしめられ、はわわわと慌てていた。
わたしに続きサンドラちゃんも、次期当主達に重要人物と認定されたみたいだ。喜ばしい事だけど、わたしの立場は益々怪しくなる。
「うー、平和の女神の座をサンドラちゃんに持ってかれそうだよ」
一つ目のアイポメアニール群生地を下見し終えたわたし達は、続いてガレガレの枯れ川の底を渡って反対岸に行った。
ゴロゴロの岩を登ったり降りたり飛び越えたり、渡る道を探しながら行くのは、わたしにとっては大変な運動だった。でもこれですんなり渡れるルートを見つけ、道しるべをつけておくことで、明朝の暗い時の移動が楽になるのだ。
道しるべをつけるのには、これまで見た事もない器具が使われた。竹で作った水鉄砲に似た細長い筒の形をしていて、後端には押し出すためのポンプがある。筒の中には魔石の粉が詰められている。
使うときは魔石ライトのように先端の素子に火を点けてから、目印をつけたい石などに先端を向けて後端のポンプを押すと、魔石の粉が素子を通過する時に塗料のようなのに変換されて吹き出し、それが石などに付着する。見た目少し濡れたかなという程度でしかなく、これで目印になるんだろうかと疑問に思ってしまうけど、サンドラちゃんいわく、夜魔石ライトを当てると光って見えるそうだ。
「塗布する液に魔石の粉をたくさん使うから、使うのが躊躇われるような高価な機材なんだけど、魔石の粉はマヤちゃんがたくさん作ってくれて潤沢にあるから、贅沢にも使っちゃおうって」
「魔石の粉なら売るほどあるもんね。じゃんじゃん使っちゃおう」
道しるべを付けまくって対岸に着くと、そこからは草原を歩いていった。
「ああ、平地が嬉しいよ」
「マヤ姉は相変わらず体力がないだわねえ」
12歳のニーシャにも呆れられた。
しかしホントこれにはわたしも危機感を覚える。お師匠様の旅の続きを引き継ぐには、お金よりわたしの体力つける方が大事かもしんない。
「河原から離れちゃったね。アイポメアニールは砂地で育つようだけど、こっちにも砂地があるの?」
「この先に、こないだ採取したところと同じような砂の小山があるの。そこに咲いてたアイポメアニールがそろそろ大きな群生地になってると思ってるの」
「あぁ、あの小さな火山みたいな格好してた砂の丘? こっちにもあるんだ」
しばらくすると、草原の向こうに古墳のような盛り上がりが見えてきた。3つくらいあるだろうか。
だけどそこで、
「皆止まれ!」
いきなりレオさんが皆を制してしゃがんだ。
「伏せろ! 皆伏せるんだ!」
そして皆にも伏せるよう声を押し殺して言い渡す。
「何かいたの?」
レオさんの傍にリエラさんが寄っていって、何事か聞いた。
「背の低い四足歩行の動物らしきのが複数匹いた」
「動物? 気付かれた?」
「幸いこっちが風下だ。臭いや音では気付かれてないだろう。背も低かったから、こっちを目では捉えてないと思う」
リエラさんはホッと息を吐く。
「背の高いレオさんだから先に発見できたのね。それで何がいるのかしら」
わたし達は草むらに隠れながら様子を窺う。暫く観察していたレオさんが結論付けた。
「サンダー・ウルフの群れだな。あの小山の周りでたむろってる」
「サンダー・ウルフ!?」
サンドラちゃんはびっくりする。
「なにそれ。ウルフっていうと狼? どういう動物? ランク何?」
わたしが矢継ぎ早に質問を投げかけると、ニーシャが答えてくれた。
「確かビリビリ痺れさせる光るものを撃ってくる魔獣だわね」
なる程、サンダーって名が付いてるのはそういう事か。
「それって雷よね?」
問いに応じてくれたのはレオさんとリエラさん。
「ああ。サンダー・ウルフは小さな雷魔法を使ってくる。襲う対象に雷を浴びせ、痺れさせて動けなくなったところを仕留めるという戦い方をしてくる」
「ランクはDだったわね」
「うええ、魔獣って魔法使うんだ」
「それが魔物の特徴だからな。魔法を使うか、何らかの能力を魔力で強化しているのが魔物だ」
一番ショックなのはサンドラちゃんだ。ゴールを目の前にして近寄れないなんて。
「あの小山の上にアイポメアニールがあるのに。よりにもよってサンダー・ウルフの群れに囲まれてるなんて……」