私はロドスの指揮官。
秘書のプラチナと遊園地へ遊びに行って、脊髄から何か出してるフェリーンの怪しげな取引現場を目撃した。
取引を見るのに夢中になっていた私は、背後から近づいてくるもう一人の仲間に気づかなかった。
私はその吸血鬼に怪しげな薬を飲まされ、目が覚めたら……体が縮んでしまっていた。
たった一つの真実見抜く見た目は子供、頭脳は大人、その名はドクター!
さて、どうしたものか。
執務室の机、椅子に座ってるのに足が届かない。背もたれに頭から尻まで収まってるのも、おそろしく不思議な感覚だ。腕を組むのも変な感じだし、体力や筋力がさらに落ちた感じになっている。
今朝ベッドから起き上がるとこんな姿になっていた。ワルファリンに何か飲まされたのは覚えているが、その後がさっぱり思い出せない。
プラチナには今日は用事があるから秘書はいいと断っている。このままだと仕事に支障を来してしまうから、とにかく医療部と接触がしたいが……端末には「しばし待て。ワルファリンを縛り上げて元に戻す方法を探っている」とあるだけだ。
このまま待てと言うのか。誰かが来たらどうするんだ。
今の時刻は朝である。まだ訪問の心配はないから、とりあえず対策はしておこう。
今日の予定は……と。ああ、午前はただの書類業務だけだから誰とも会わずに済むな。だが新たな仕事をアーミヤが持ってくるかもしれない。午後からはシルバーアッシュとの会談か。急ぎのものでもないので、これは体調不良として延期してもらおう。
整理しながら日課のブラックコーヒーを飲んでみるが、全く受け付けなかった。味覚まで子供になったみたいだ。
カップを片付けて再度予定を確認すると、突如扉の開く音が聞こえた。心臓がどきりと跳ね、すかさずそちらを見る。
「おや?」
青い髪にいつもの笑顔。厚いジャケットに対してすらっとした足を露出したモスティマがそこにはいた。
今日あたりに帰ってくるとは言ってたが、まさか朝一番に来るとは思わなかった。
「君は誰だろう。ここはドクターの執務室のはずだけど」
拍子抜けしたような顔から、またすぐ笑顔に戻る。
「あ、えっと。えっとですね」
どうする? 真っ白になった頭で必死に考える。
「ドクターは今外に出ています。医療部の方に行ってると思うんですけど」
「ふうんそうか。ところで君はどうしてここに? 子供がドクターの机にいて、何か端末に触っていたようだけど」
「ド、ドクターとの面会がありまして。それで帰るのを待ってるんですけど、ずっと待ってて暇だったものでつい」
「何分くらい待ってる?」
「じゅ、10分くらい」
「ふうん。まあいいや」
そう言うと、傍らにあるソファに腰をかける。
「ここで待たせてもらうよ」
「あ、えっと」
「君の面会がきたら適当に外に出るから。それとも何か不都合でも?」
「いえ、何でもありません」
そう言って目をそらす。
黙る。空気が重くなる。だけどあまり彼女と目を合わせて話したくもない。彼女の達観した雰囲気が、何もかもを見透かしてくるような気がするのだ。
「お菓子があるね。君も食べるかい?」
「い、いえ結構です」
「そう」
モスティマと話をするために用意したお菓子だ。それを彼女はパクリと食べる。
「あ、コーヒーでも飲もうっと」
そう言うと立ち上がり、私の後ろ側にあるサイフォン式のコーヒーメーカーへと近づく。
たぶん長居するつもりだ。このまま椅子に座ってても埒があかないから、思い切って外に出るしかないだろうか。
「どうしたの立ち上がって」
「ちょっと用事を思い出しました。ドクターがいつ戻ってくるかわかりませんから、外の様子を見に行ってきます」
目も合わさず、一目散に入口へと走って行った。しかし次の瞬間、いつの間にか後ろを取っていたモスティマに肩を押さえられる。
「待った」
すぐにくるりと回転させられ、脇に手を入れられた。そうしてたかいたかいの要領で、自分の目線へと持ち上げられる。
目の前には、彼女の美しい顔といつもの微笑。
「君はドクターだね」
え! 心臓が跳ねる。
「ど、どうしてそんなことを?」
「何回ここで顔を合わせて話してると思ってるのさ。目の色、髪の色、顔つきがここまでそっくりな子はいないでしょ」
「に、似てるだけなのでは?」
「コーヒーメーカーがまだ温かった。君は10分くらいドクターを待ってると言っていたけど、どう考えても直前にコーヒーを入れたような温かさだった。普通の子供がサイフォン式のコーヒーメーカーを扱えるわけはないからね。仮に扱えたとしても、コーヒー豆がどこにあるかわかるなんて変だよ」
うわ、急に名探偵めいた推理をしてきた。
……ダメだ。彼女を前に言い逃れができるとは思えない。
「そうだ。信じられないかもしれないが、薬で身体が縮んでしまったんだ」
「すごい話だ。私もテラをさんざん旅してきたけど、そんな話聞いたことないよ」
「よく受け入れられるな」
「いやあこれでもびっくりしてる方だよ。じゃあ話をしようか。せっかくお茶菓子も用意してくれているしね」
というわけで、茶菓子を挟んでソファに相対し話をする。
「へえ、遊び半分で飲まされた薬にそんな効能があったなんて。ロドスの科学力はすごいね」
ふふふと、口に手を当てて笑った。
「笑い事じゃないんだよなあ。この姿で指揮なんてできないし不便だぞ」
「見た目は子供なのに大人口調なのは変わらないのが面白い。かわいいんだしいいんじゃない?」
「馬鹿にして……」
私が子供になっても、モスティマの対応は変わらず達観した大人のそれだ。
彼女は誰とも仲良くでき、誰とも仲良くしようとはしない。どれほど近づこうとも一線があり、そこから先は絶対に行けないような雰囲気がある。磁石のように、ある程度近づいたら離れるような仕草がところどころ感じられる。その空気を感じ取り、こちらも歩み寄ろうとする足を止めてしまうのだ。本当はもう少し踏み込みたいんだが。
ここで端末にメッセージが入ってきた。ため息をつきながら画面を見てみると、
(薬の話が外部に漏れたら本当にヤバいので極力人に会わずに医療部に来てくださいお願いします)
ワルファリンからのメッセージだ。彼女らしくない懇願だった。
「私は誰にも言うつもりはないよ」
「助かる」
「だけどこのあたりの区画に一般人が入り込むことはないんでしょう? 子供一人がうろついていたら不思議に思われるし、ドクターの目や髪は一緒だから気づく人はいるんじゃないかな」
「なら帽子やサングラスで変装をしておこう。来て早々申し訳ないが、医療部に連れて行ってくれないか。私はモスティマが見つけた、ロドスに治療をしに来た子供と話せば疑問は持たないだろう」
「オッケー」
一人よりは誰かと連れ添った方がいいだろう。よし、と腰を上げると、
「ドクター? いらっしゃいますか」
扉の音と声がした瞬間、すかさず机の下に隠れた。
アーミヤが来た! たぶんこの状況で一番避けなければいけないオペレーターが!
「あれ? モスティマさんですか。戻っていたんですね」
「ああ……うん。ドクターと話をしようと思ったけどいないみたいだ」
机の下の暗闇の中、じっとこらえていた。
「ドクターの様子を見に来たんですよ。ケルシー先生からも今日は行かなくていいとお達しが来てましたが、なんだか気になりまして」
アーミヤが立って話をしているのが救いだ。たぶん話は手短になるだろう。
「ちょうどいいです。先日頼んでいた件について少しお話を」
かと思ったら延びそうだな。
脈拍が聞こえるくらい心臓がドキドキしている。早く、早く行ってくれ。
どうしてここまで焦っているのか。どうしてアーミヤに早く出て行ってほしいのか。
トイレに行きたいわけではない。急がないと薬が切れるなどの心配なんかじゃない。
生足だ。モスティマの足が目の前にあるのだ。
子供には刺激が強すぎるんだ!
影の中でもまぶしいほどに白さのある、すらっとした脚。カモシカのような脚とか慣用句があるが、そんな形容なんかどうでもよくなるくらい素晴らしい脚線美なのだ。
ヤバい! なぜだ! こんなシチュエーションなのもあるが、なんかドキドキが止まらない! 目が離せない!
私は無意識のうちに、そっとすね辺りに手を当てていた。そしてふくらはぎを巻き込み、餅を揉む感じで揉んでみた。
「ひゃ……」
「どうしたんです?」
「な、なんでもないよ。続けて」
靴で身体を押しやられたが、それがまた気持ちよかった。脚は少し遠くなったが、それでも構わず這いつくばって触る。
すねの硬さとふくらはぎの柔らかさのコントラストが手の感覚を突き抜けた。長旅をしてるはずなのに、ここまですべすべなのはどうしてだろう。質のいい陶器を触っているようだ。
すりすりすりすりすり……。
「ドクター、怒るよ」
はっとすると、身をよじって机の下を覗くモスティマと目が合った。笑顔はあるが、その目は細く冷たい。
「ご、ごめんなさい」
「急に何なんだい? 今までにないくらいのスキンシップを取ってくるじゃないか」
「なんか、急に止まらなくて」
「止まらないから触ってもいいことにはならないよ。それは俗に言うセクハラというやつさ」
ごもっともです。人の嫌がることをしては絶対にダメ。
わかってるはずなのに、どうして俺はあんなにすりすりを……。
「アーミヤは?」
「もう帰ったよ。誰かが夢中になってる間にね」
これは面目ない。
「とりあえずとっとと医療部に行くよ。さあ出て――」
「あれ? モスティマ?」
四足歩行の体をぴたっと止める。今度はエクシアの声が聞こえてきた。
「いつ帰ってきてたの! 何の連絡もなかったのに」
「ああ、悪かったよ」
あ、やべ。完全に出るタイミングを失ってしまった。
……いや、私は本当に出ようとしていたのか? この素晴らしい空間にいたいがために言い訳を作っていなかったか?
横を見れば、またあの素晴らしいおみ足だ。今度は、太もも部分も触ってみたい。
とんでもなくキモい煩悩は自覚していたが、全く自制心が働かない。ついには手を膝より奥にそっと置いた。
「……ん」
「え? 何今の艶っぽい声は」
「何でもないよ。それより今急いでて――」
「ねえねえ聞いてよ。この間またテキサスがさ」
今度は内ももに手を伸ばす。
柔らかい。温かい。しっとりとした触感に確かな体温を感じる。ふくらはぎとはまた違ったしっかりとした弾力がある。
さすり続けると、なぜかモスティマの膝が開いた。まるで迎え入れるような体勢に、さらに胸の鼓動を感じながら、体をするすると隙間に入っていく。
そして次の瞬間、太ももが一気にしまり首を締め上げた!
あ、ヤバい! チョークスリーパーだ! 首を素晴らしい太ももで締め上げてくださってる!
でもこれを三角締めなんて物騒な名前で形容したくない! これはご褒美だ! 太ももの柔らかさを首と頬にダイレクトに感じる素晴らしい状態じゃないか。あ、ああ! すりすりできないのが口惜しいけど堪能できるからヨシ!
しかし体温と柔らかさに包まれながら、意識が遠くなっていく。ああ、意識が遠い。でも幸せ……。
……
…………
「すいませんでした!」
医療部の一室。ベッドから素早く飛び降り、目の前のパイプ椅子に座っていたモスティマに土下座をする。すっかり薬が切れて元に戻った体は、罪悪感と羞恥心と申し訳なさでいっぱいである。
「傍目から見たら子供の戯れだったけど、中身が大人とわかってるから気味が悪いとしか言いようがない。ただのセクハラだよ」
「面目ない……」
「まあまあそこまで責めるな」
そばにいたワルファリンが、ベッドに座りカルテを見る。
「妾も一部始終を聞いてひどい話だなと思った。だが、おそらく薬の効果の一部だろうからあまり強くは言えない」
「効果の一部?」
「身体に同調して心も幼くなるようだな。つまり、自制心が無くなり欲望を抑えられなくなったというわけだ」
得意げに話すワルファリン。ケルシーにこってり絞られただろうに。
「だからあんなに抵抗なく私は行ったのか。自分の心じゃない気がしたよ」
「いくら薬のせいとは言っても、ないものは発露しないんだよドクター。よく酒を言い訳にするやつもいるけど、心に思ってなかったら言ってないよねって話。それと同じだ」
あれは……私の願望なのか? 見た目は子供で、自制心も子供。私は重度の足フェチだった?
いずれにせよ、モスティマの言うとおりだ。ショタドクターが机の下でモスティマの生足を堪能した事実は消せないのだ。
「悪かった。薬のせいとは言え、モスティマを不快にさせたのに変わりない。望むなら額が擦りきれるまで土下座するし、なんなら絶交してくれてもいい」
「絶交はさすがに言い過ぎだよ」
「なら距離を取ろう。俺は嫌われても仕方のないことをしたんだから、それくらいの配慮は必要だろう?」
「それはいつもどおりじゃないか……」
「ん?」
「いや、何でもない。とりあえず反省さえしてくれればいいから」
あんな不快なことをしたのに、ここまで配慮してくれるとは。
「一番悪いのはお医者さんみたいだしね」
「何の弁解もできないな」
「モスティマ、チャンスをくれてありがとう」
ここで端末の着信音が鳴る。シルバーアッシュが待っているらしい。体調が悪いからと断ったはずだが、はて。
「じゃあ仕事に戻るよ。罪の埋め合わせは必ずするから」
何度も深いお辞儀をして、部屋を出て行った。
室内に二人取り残された。パイプ椅子に座るモスティマと、ベッドのワルファリン。
「……」
「……」
「何か妾に言いたいことでもあるのか?」
「どうして?」
「ドクターが出て行くのを見計らっているようにも見えたからな」
「あらら気づかれたか。なら単刀直入に話そう。あの薬、サンプルでもいいから譲ってくれないかな?」
「どうしてだ?」
「興味があるんだ。私の興味はご当地グルメから観光、医療技術と幅広いからね」
「今度は自分の方からドクターを好き放題するのか?」
「それも面白そうだけど、建設的な使い方をするよ」
「ならドクターの心を射止める方向か」
「馬鹿な話だね。私はそんな感情はきらいじゃないけど、必要ないと思ってる。わざわざそんな労力を費やさないよ」
「それにしては……」
「ん?」
「耳が真っ赤だぞ。そんなすました顔してもごまかせないくらいにな」
「……」
「自制心か?」
「……」
「薬で自制心を取るのが目的か。さっきドクターが距離を取ろうと行った時に嫌そうにしていたし、そういう方向に持っていきたいのか」
「……それ以上の詮索はやめて」
―End―