ショタドクターシリーズ   作:ハセアキオ

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ショタドクターと寂しがり屋のニェン

「クルビアのクソ映画を見よう」

 

執務室に入ってきたニェンは、開口一番にそう言った。

 

「なんで?」

「見る相手がいないからだ」

 

腕を組んで得意げに言った。

 

「ラヴァ、ロビン、フィアメッタと映画を見るやつらが軒並み仕事でいないからな。一人で見るのもいいがつまらん」

「こっちの仕事は一段落したが、さすがに疲れてるんだ。今から映画だと寝てしまうぞ」

「そういう時には甘い物がオススメだ。ポップコーンと共に飲むコカコーラはうまいぞ。ポップコーンの味をキャラメルに変えればさらに甘い」

「甘い物で釣ろうとするな。子供じゃないんだぞ」

「何言ってんだ。今まさに子供になってるくせに」

 

そう言われ、自分の体を見る。

ペンを握る手は小さくなり、腰掛けにすっぽり覆われるくらいに体も小さくなった。地面にも全く足がつかない始末で、いつも椅子に登るという表現ができてしまうほどだ。

こうなってしまったのは一人のブラッドプルートのせいである。やつは実験と称し、さながらアポト○シン4869を彷彿とさせる薬を服用させてきたのだ。それで次の日起きたら、なんと体が縮んでいた!

 

「映画の内容もそんなに頭を使うものじゃないから休憩にオススメだぞ」

「何を見るんだ?」

「簡単な概要を説明すると、サメが空を飛ぶ映画だ」

「何それ? 飛ぶ?」

「竜巻に乗って空を飛び、地上の人間を襲いまくるんだ」

「竜巻に乗って!?」

「あと便器から出てきてトイレに入った人間を次から次へと襲うんだ」

「便器から!?」

 

もうわけがわからないよ。

本当に意味がわからない設定だったが……なぜだか無性に見たくなった。逆に怖い物見たさで見たくなる、蠱惑的とも言えるあらすじだった。

 

「ちょっとだけなら付き合うかな」

「よし、じゃあ行くぞ」

 

そう言うとなぜか机を回って俺に近づき、俺を脇に抱えて廊下に出た。

 

「おかしいだろ」

「何が?」

「何がじゃない! 人を荷物のように抱えるな!」

 

左脇に荷物のように抱えられる姿は、いくら何でも恥ずかしい。

 

「別にいいだろう。ほら行くぞ」

 

有無も言わさず廊下を歩く。当然ながら行き交う人たちにじろじろ見られ、思わず顔を隠す。一分が何十分にも感じる長い道のりだった。

 

「着いたぞ」

 

指の間を通して部屋を見てみると、プロジェクターが天井に掛かり、正面に真っ白なスクリーンがある薄暗い部屋だった。それと対面するようソファがあり、ニェンはそこに座った。そしてなぜか私を前に持ってきて、自分の股の間に座らせた。

 

「おかしくない?」

「ああ、すまんな。抱き心地がいいからつい」

 

つい、とか言いながら全然組み付く腕を外す気はないらしい。何とかしようとするも、その圧倒的な膂力を前に、子供の力は無力だった。

何よりも体あっつ! 体温あっつ!

 

「暴れるなよ。じゃあ、始めるぞ」

 

サイドテーブルのリモコンをピッとする。そこには事前に用意したらしいポップコーンやコーラもあった。

それらを手に取ると、スクリーンに映像が流れ始める。

 

……

…………

……

 

終わった。二時間があっという間だった。

 

「どうだった?」

「最初はお馬鹿映画かと思ったけど、すごくよかった!」

「語彙力まで子供になっちまったか」

「これ以上の感想は出ないだろう。余計な言葉はいらないな」

「あはは、まあ確かにな。こういうのはツッコミながら見るのが一番なんだ」

 

その後も感想を言い合ったりした。そうか。今まで評判のいいストーリーとかアクションとかを見ていたが、たまにはこういう映画もいいもんだな。何でもない語らいは、ニェンを背もたれ代わりにしているのも忘れるくらいに楽しんだ。

 

「よし、じゃあ次の映画は――」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ見る気なのか?」

 

ここでリモコンに手を伸ばしたニェンにストップをかける。

 

「この系統でもっと面白いもんがあるんだよ」

「いや、ちょっときつい」

「面白かったんじゃないのか?」

「面白かった。だが、一日に映画二本を見るのはきついんだ。もう年なんで体力と精神が持たない」

「子供じゃねえか」

「体は子供でも大人のままなんだよ。だから映画は一日一本。あと、中身は大人なんだから、今後荷物みたいに抱えるのはなしだ。抱きつくとかもダメだぞ」

「なんだ恥ずかしがってんのか。それこそガキみたいな」

 

いいよ。ガキでいいよ。

その後もぶうたれるニェンをよそに、執務室に帰った。机には追加の書類が来ていたので、ため息を吐きながら処理をする。

 

そして翌日、ニェンがまた執務室に入ってきた。

 

「ドクター。火鍋を食べよう」

 

映画の次は食事か。

 

「火鍋か。ちょうどお腹も空いたし行くか」

 

火鍋を楽しんだが、子供の舌では耐えきれないくらいに辛かった。

 

そして翌日。

 

「街ブラに行くぞ」

 

その翌日。

 

「麻雀でもしねえか?」

 

さらに翌日。

 

「サイコロ転がししようぜ」

 

何の遊びだよと言いたくなる誘いもあった。

 

「さすがに毎日遊ぶとケルシーが……」

「あん? んなの関係ねえよ。行くぞ」

「はい……」

 

半ば押し切られる形でいつもついていく形となる。

 

思えばここ最近ずっと二人で何かをしている。

ニェンはエンジニア関連にだけは熱心になり、それに従事するオペレーターたちとも熱い議論や世話を焼いたりしてるが、それ以外は基本暇である。いわゆる無職。

私は全く暇じゃないんだが、子供の体のせいか強引に付き合わされている。もしかしてなめられてる?

 

そんなことを逡巡しながら朝の業務をこなすと、執務室のドアが開いた。やれやれ、今日も来たのかと顔を上げると、そこには新顔がいた。

 

「ドクター、少々お邪魔するぞ」

 

そこに現れたのは、筋骨隆々、戦場では毎秒スキルを打ってうるさそうな男が立っていた。

 

「チョンユエ兄貴!」

「兄貴?」

「いや、何でもない」

 

チョンユエ。リィン、ニェン、シーの兄に当たる人物だ。移動都市玉門の武術教官を担当していたが、今は辞任をしているらしい。妹たちの様子を見たいとロドスを訪ねており、今は一時的な訪問客として迎えている。

 

「何か用事があってここに?」

「用事と言うほどでもないが、近くに来たものだから世話になっている妹たちの様子がどうなのか聞きたくてな」

「なるほどね」

 

真っ先に思いついたのは、ニェンの件だった。

 

「実は……」

 

彼女の様子がおかしいのを含めて近況を話した。

 

「ほう、ニェンがドクターを執拗に誘うのか。迷惑をかけているな」

「迷惑というか、困ってるというか。ただどうして急にと思っただけで」

「ふむ。一つ心当たりがある」

 

顎に手を当て、チョンユエは言葉を続けた。

 

「一緒に映画を見る人間が全員出払っているのだろ?」

「そうだな。ここ数日は全員」

「ならそれのせいだ」

 

なんだって?

 

「単純に遊ぶ相手がいないから?」

「それもあるが、もう少し大きな要因がある」

 

断言した後、微笑を浮かべる。

 

「ニェンは見た目こそ自由奔放だが、一番の寂しがり屋だな」(登臨意原文ママ)

 

独りごちるように言った。

 

「あのニェンが、寂しがり屋だって?」

「そうは見えないだろうが事実なんだ。飄々とした態度だからわかりにくいが、あれはうさぎだ。一人でいれば死んでしまう」

「知らなかった……」

「その性格も相まってドクターは被害を受けているのだろう。しかもドクターは幼子になってるときた。だから余計に誘いやすい」

 

そういえば、かつて大人だった頃に秘書任命した時も、街ブラ行くぞと提案したり、寝落ちした時も必死に買い物に行くぞと言って起こしてきた。思い返せばあの時から寂しがりの片鱗は見えていた。

 

ほう……そうかそうか。寂しがり屋なのか。今までの生意気な態度は、寂しさを埋める手段でもあったんだな。これは貴重な情報を得たぞ。

 

     ◆

 

「クソ映画を見よう」

 

チョンユエが退出した後、ニェンがいつもどおりやってきた。

 

「今日は続編を見る……ん、なんだ? ニヤニヤして気持ち悪いな」

 

おっとまずい。

 

「すまない。ちょっと面白い話をチョンユエから聞いたものでな」

「ああ、兄貴が来てたのか。しかしここはずいぶんと私の兄弟に関わりがあるな。このペースだと何年後かには全員そろうんじゃないか」

「どうなるんだろうな。で、映画だったか」

「ああ、そうだ。前の続編でまた面白いんだ。見るか!」

 

弾けるような笑顔で言った。

 

「悪いが、今日は忙しい」

 

初めてきっぱりと断った。

 

「うーんそうか。なら食事でもどうだ?」

「すまない。食事はここで済まそうと思う。缶詰しないと終わりそうもない」

 

そう言って山のような書類を見る。実際忙しいが、食事くらいなら一緒にできる。だが、今は断っておく。これ以上なめられないためにも、今は仕方ないのだ。

 

「そうか……」

 

目に見えるくらいに落ち込んでいる。これほどきっぱり断られるとは思ってなかったのか、魂が抜けたみたいな表情をして執務室を出て行った。

 

思った以上の反応で良心が痛んだ。

だがここは鬼になろう。いつもこちらの事情を考えず振り回すおしおきだ。素直になったら、また付き合ってやる。

 

「ドクター。麻雀でもしねえか?」

「今日はダメ」

「昼も食べたし映画でも行くか?」

「もっとダメ」

 

毎日どころか昼と夜も来るようになってしまったニェンをいなす。その度にこの世の終わりみたいな顔で去って行く。

 

変な攻防を続けて三日後、またニェンが来た。

さて、今日は何を誘ってくる。さすがに断りすぎな気がするが、いつまでこの冷戦を続けるべきだろう。そんな思案をしていると、

 

「なんか私のこと避けてねえか?」

 

めんどくさい彼女みたいに言ってきた。

 

「避けてる?」

「ドクターが忙しいのはわかってる。ただこの数日は急に断ってきた。なんだ? そんなに負担になってたのか?」

「い、いやそういうわけじゃ……」

「だって前までは渋々でも誘いに乗ってたじゃねえか」

 

まるで駄々をこねる子供みたいだ。めんどくさいのはシーで充分だ。

 

「なんでなんだよー」

「忙しいからとしか言いようがない……おっと、メールが」

 

画面にメールが届いた。ケルシーからで、すぐに医務室に来いとのこと。

 

「ちょっと失礼するよ」

「どこに行くんだ?」

「仕事をしに」

 

椅子から下り、ニェンとすれ違う。すると、

 

「嫌だ。行くな」

 

袖口をがっと捕まれた。

 

「ん?」

「行くなよ」

 

こちらを物欲しそうな目で見ていた。

あれ? 急に様子がおかしくなったぞ?

 

「行くなと言われても、呼び出されたわけだし」

「……わりい。どうかしてた。なら出直すか」

 

惜しむような表情をして、袖口から手を離す。いつもの駄々をこねる子供みたいな雰囲気とはまるで違っていた。

 

どうしよう。さすがにあの表情はかわいそうになってきた。用事がなければ遊びに行っていたが、さすがにケルシーの業務命令を無視するわけにもいかない。

 

用事を済ませて部屋に戻った頃には夜になっていた。ケルシーにこってり絞られて精神が疲弊してしまっていたため、自分のベッドに大の字で寝た。しばらくして枕に顔をうずめる。

うーん、さすがにやりすぎたか。あの落ち込みようと反応は予想外だった。

明日は誘いに乗らないとダメだな。いくらなんでもやりすぎた。そう決意して眠りについた。

 

……しばらくしてだろうか。何か違和感を耳が拾った。ごそごそという音が部屋の中から聞こえる。しかし脳は考えるのを受け付けず、まぶたも異様に重くて何が起きているかも見れない。

再び眠りに就こうとした瞬間、ぐいっと体が持ち上がった感覚があった。

 

「うわ!」

 

寝ぼけた頭がすぐに覚醒する。お腹の部分が妙に締め付けがあると思いきや、腕が巻かれた状態になっているのがすぐにわかった。

 

「よお」

 

ニェンの声がした。ニェンが私を脇に抱えているのだ。

 

「ど、どうしたんだ一体」

 

この問いには答えず、暗い部屋から薄明かりの灯った廊下に出る。体をひねって顔を見ると、彼女はこちらを見ず、死んだ目をまっすぐ廊下の先に向けていた。

 

「ちょっと待て。どこに連れて行く気だ」

「その前に、私の話を聞いてほしい」

 

有無を言わさない強い口調に、黙らざるを得なかった。

 

「お前、今日の昼食堂にいたよな?」

「え?」

「私の食事の誘いを断ったくせに、他のオペレーターと飯を食べてたよな?」

 

浮気を糾弾する彼女みたいに言ってきた。

 

「い、いやそれは」

「もし本当に忙しいなら何も言わなかった。でもお前は嘘を吐いて私の誘いを断った。私がどういう気持ちになったかわかるか? わからんだろうな」

「聞いてくれ。これには深い理由があって――」

「深い理由なんて知らない。嘘を吐いたのは事実だよな?」

「……はい」

 

まずい。ニェンの嫉妬がこんなに深いものだとは思っていなかった。

 

「悪いなと思っていた私が馬鹿みたいだったよ。私を嫌って避けているんだな」

「違う。ほんの出来心だったんだ」

「言い訳は聞きたくない。黙ってろ」

 

薄明かりの廊下を進んでいった彼女は、やがて角を曲がり、近くにある暗い階段へと目を向けた。

 

「今からどこに行くんだ? 映画でも見るのか?」

「こんな深夜に映画は見ない」

「じゃあどこに」

 

ここでニェンが初めて私の方を見下ろした。

 

「シーの絵巻の中に行く」

「な、なんだって!」

 

噂には聞いている。シーの絵巻は中に入ったら最後、達人でも抜けるのは困難らしい。

 

「どうして絵巻の中に行くんだ?」

「そこに閉じ込める。そうしたら逃げられないだろう」

 

そう言ってニェンはにやりと笑った。

まずいまずいまずい。ニェンが嫉妬と寂しさで暴走しまくってる。何とかしないと!

 

必死に説得をするも、彼女は歩む足を止めてくれない。それどころか聞く耳さえ持ってくれない。どうしよう、どうしよう……考えを巡らせど歩みは続く。そして上に行く階段に足をかけた。薄暗い階段は、さながら処刑台に連れて行かれるような緊迫感があった。

 

「待て」

 

絶望していると、頼もしい声が階段の下から聞こえてきた。

 

「ドクターを連れてどこに行くつもりだ」

 

チョンユエが階段を上がってきた。同じ段まで来て、ニェンを見下ろす形となる。

 

「な、なんだよ。兄貴には関係ないだろ」

「大いにある。客として迎えてもらっている場所に、自分の兄妹が迷惑をかけるのをみすみす逃すわけにはいくまい」

 

地を這うような低い声で言った。体躯もあるからなのか、人ならざる者が発する威圧感がすさまじい。さすがのニェンもこれには腰が引けていた。

 

「とりあえず落ち着け。ドクターを離すんだ」

「……」

「離すんだ」

「わかったよ」

 

脇から体の前に持って行かれ、そのまま地面に立たされた。

 

「これでいいだろ」

「トップを拉致などもってのほかだ。後で話があるから、部屋に戻ってなさい」

 

何か言いたそうに歯を食いしばっていたニェンは、さすがに言い返せないと思ったのか、顔を思いっきりそむけて階段を上っていった。

 

「すまなかったなドクター。妹が迷惑をかけた」

「いや、こっちも悪いんだ。思いつきで変な行動を取ったばっかりに」

「変な行動?」

 

今までの経緯を話す。

 

「なるほど。素直に話すようにちょっかいをかけたと」

「も、申し訳ない。今改めて考えると子供みたいな発想だ」

「謝らなくていいさ。ただ一つ忠告をしておくと、あまりその手はオススメしない。前に寂しがり屋だと言ったが、たぶんドクターの想像以上だ。あいつは兄妹の中でも一番人間くさいやつだから、余計面倒になる」

「人間くさい?」

「人の身を宿したならば、人間の世に属すのがいいと真っ先に行動を移したのがニェンだ。人の世に生き、かつ俗世の影響を受けやすい性質で、いわば人好きなのだ。だからこそ、人との繋がりが無性に欲しくなるのだろう」

 

人好き、か。なるほどな。人間を超越した部分があっても割と付き合いやすいのはそのあたりが要因なのだろう。

 

「とりあえずニェンと話す。私から言っておこう」

「助けてくれてありがとう。でも、強くは言わないでほしい」

「わかったよ」

 

彼にお礼を言い、そのまま別れて部屋に戻った。しかしベッドに戻っても全く眠れなかった。

ニェンの重さを垣間見てしまった。若干めんどくさい性格だなと思ったが、まさかあそこまでとは思わなかったな……。

色々と思考を巡らせながら、夜は更けていく。

 

     ◆

 

次の日、ほとんど眠れず朝になる。全然眠った気がしない。罪悪感と恐怖がないまぜになったような気持ちが、睡眠を妨げていた。重い腰を上げ、なんとか体をベッドから剥ぎ取った。

ずっと横になりたい。だが仕事をしないといつまでも終わらない。

源石用の防護服でも着ているのかというくらい重い体をなんとか動かし、寝室から執務室に行く。

 

「よお、起きたか」

 

ニェンが、なぜか私の机の書類を整理している。ごしごしと目をこすってもう一度見ても、ニェンがいる。

ニェンが仕事をしている……!

 

「今すごい失礼なことを思われた気がするぞ」

「な、何も考えてない。ところで、こんな朝早くに何をやってるんだ?」

「見ての通り仕事を手伝ってやってんだ。いわば秘書だな。私が鍛冶以外の仕事をするなんて、サルゴンに雪が降るかもしれないぞ」

「自分で言うのか」

 

何にせよ仕事を手伝ってもらえるのはありがたい。若干軽やかになった足取りで椅子に座った。

 

「助かるよ。今日は体が重いからさっさと仕事を終わらせたかったんだ。しかし、急にどうして秘書になろうとしたんだ」

「兄貴にな、気持ちに素直になれと言われた」

「ん?」

「だから私は思い至った。仕事を早く終わらせれば自由に遊べるんじゃね? ってな」

 

おお、素晴らしい発想の転換だ。チョンユエ兄貴に感謝しなければならない。

 

「私も反省したよ。今まで無理矢理付き合わせてしまったな。だから心置きなく誘えるように仕事を手伝う。さて」

 

書類をバンと置き、私と相対して腕を組んだ。

 

「人に会う予定や急ぎの用事が夜までないのは確認済みだ。だからこの山のような書類仕事を終わらせれば遊びに行けるはずだ」

「一番きついんだが、何とか終わらせよう」

「どのくらいかかる算段なんだ?」

「急ぎでやっても夕方くらいかな」

「よし、じゃあ二倍の仕事量で昼までに終わらそう」

 

は?

 

「何を言ってるの?」

「今から夕方って八時間くらいだろ? だったら二倍やればその半分で済むじゃないか」

「そんな単純な……」

「昼は近くの街で飯でも食おう」

「近くの街なんて車で一時間かかるんだが」

「そんで夕方までぶらぶらして、夕食も食う」

 

スケジュール管理めちゃくちゃすぎるだろ。街に行く時間とか途中の休憩とか絶対考慮してない。

 

「無理では?」

「最初から無理と言ってどうするんだ。早くやるんだよ」

「でも」

「いいな?」

「はい……」

 

笑顔を作っているが、圧を感じて何も言えなくなった。

案の定と言うべきか、書類の不備やら雑な整理やらで思った以上に時間がかかった。街に行くどころか、夕方になっても仕事は終わらず、部屋に来たケルシーに嫌味を言われる始末だった。

 

「まあ気を落とすな! また明日頑張ればいいんだ」

 

親指を立ててウインクをした。

 

「明日もか……」

 

一体どれだけ仕事に支障を来すのか考えたくもなかった。

彼女の重い愛と受難は、これからも続いていく。

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