ワルファリンの作った薬を無理矢理飲まされ、なんと体が縮んでしまった!
見た目は子供、頭脳は大人。その名はドクター。
……
…………
「へえ、原因がわかるまで動けないと」
ズィマーが腕組みをしながら聞いている。
「グムが見つけたんだよ。小さくなってもあのコートを着ているから」
「だからって連れてこなくてもいいのにな」
「迷子を放っておけないよ。仮にドクターだとしてもね」
そう。小さくなった私はグムに連れられこの部屋に連れて行かれた。
部屋はウルサス自治団本部と呼ぶらしい。図書館にある大きな机を二つくっつけたようなテーブルが中央にあり、傍らには本棚、コルク板など、まるで作戦室みたいな部屋だ。
今ここにいるのは、机の対面にいるズィマー、その隣のイースチナ、私と隣のグムである。リェータとロサは用事でいないらしい。
「これからどうする?」
「ここで預かっておきましょう」
小説を読みながらイースチナは言った。
「ドクター。今は改善案を医療部で調べているそうですね」
「そうだな。今頃元凶のワルファリンがこってり絞られているだろう」
「でしたらそれまで待ちましょう。どうせその体じゃ仕事もできませんし、落ち着いて読書などはどうでしょう」
「むう……」
ズィマーが机に置いてあったラジオに肘をかけながら難しい顔をした。
「どうしたんです?」
「いや、預かるのは構わないが一つ心配事が……」
「え? なにがあるんだ?」
と尋ねてみるが、ズィマーは頭を掻いて頭を振る。
「大丈夫だ。午後まで戻らないと言ってたし、適当に過ごしていよう」
「何を言ってるんだ?」
「気にするな。それより腹が減ったんだが」
「もう昼食の時間だ。グムは料理を作って持ってくるね。この前おじさんが教えてくれたものがあるんだ」
こちらの疑問をよそに、グムは部屋を出ていく。イースチナは本を読みふけり、ズィマーはヘッドホンで音楽を聴いている。
気にはなったが、ハプニングでできた休みを堪能しておこう。
イースチナに推理小説をもらい、それを読み進める。普段は読書なんてする暇はないから、これがまあ新鮮な体験だった。図書館のような静けさの中で読書に没頭するのも、たまには悪くない。
しばらくしてグムがやってきた。お弁当箱を四つ持ってきた。すぐにテーブルに四人が座る形となる。
「お弁当ですか。最近食堂で力を入れていると聞いていますが」
「へえ、汁物は別にケースがあるのか」
ズィマーの言うとおり、長方形の半分がケースに収まっている。それを開けると保温されたカレーがみっしりと詰まっており、そのままご飯にかけることでカレーライスの完成となる。
「別個のケースに入れることで、汁がこぼれるのを防ぐだけでなく保温もさらに効くんだよ」
「おう、うめえな。これなら遠征の時にもばっちりだ」
ふむ。持ち運びできる携帯食の研究は大事だ。まさか持ち運びできるカレーまで作ってしまうとは、さすがグムである。
「おっと」
ズィマーがなぜか机の下に潜った。
「すまねえドクター。そっちにスプーンが転がってしまったから取ってくれないか」
仕方ないなと思い、スプーンを置いてしゃがもうとしたその時、
頭の中に閃光が走った。
すぐさま元の姿勢に戻り、咳払い。
「じ、自分で取ってくれないか。今小さくなってるから、どうも体がうまく動かなくて」
「あ? しょうがねえな」
机の下に行ったらまずいと直感的に思った。
なぜかって? そりゃそうでしょ。倫理的にまずいでしょ。
ここで各オペレーターの立ち絵をご覧いただきたい。ウルサス学生自治団と称する子らの特徴は、何といってもスカートの短さである。戦闘に支障が出てくるんじゃないかってくらいに短い。特にイースチナが生足でまずい。
このまま机の下に潜ったら危ないのである。主に私の自制心がヤバそうなのである。
だから机の下に行かない。さすがに彼女ら相手は犯罪臭が強すぎる。別の世界戦ではやべえことをしていた気がするが。
「スプーンなら替えがあるからわざわざ拾わなくてもいいよ。はいこれ」
「お、グムありがとうな」
よこしまな心は振り払い、食事と会話を楽しむ。
「特にご飯がうまいよな。なんか艶々してるんだが」
「ご飯は炊くときに油を少し入れるの。そうするとパラパラになって冷えてもおいしくなるんだよ」
お弁当には最適なご飯の炊き方なのか。
「しかしグムの料理がまた一段とうまくなった気がします」
「マッターホルンおじさんに教わったからね。すごい教え方上手なんだよ」
「あの人の飯はうまい。いい師匠がいてよかったな」
朗らかなムードに、心底楽しそうな会話。それを見て心がなごみつつ、食事を取る。
彼女たちがロドスに合流した経緯は聞いている。チェルノボーグの一件は、活字で見ても目を覆いたくなるくらいの事件だった。
学校に軟禁されての生活。それによって起こった暴動。食料庫の火事。外に出た後のサバイバル生活などは、大変では済まされない極限状態だった。
年端もいかない少女たちが、およそ経験し得ない惨状を歩いてきたのだ。
傷はいつまで経っても癒えないだろうが、せめてロドスにいる間は幸せに暮らしてほしいものだ。
「で、これからどうするんだ?」
食べ終わってスプーンを置いたズィマーが尋ねてくる。
「どうもこうも時を待つしかないな」
「だったらここで待ってたらいいよ。仕事もできないんでしょ?」
「いや……」
元気いっぱいに提案したグムに対し、ズィマーは渋い顔。
「もうそろそろ執務室に戻った方がいいな」
「そうだな。私がずっとここにいるのも迷惑だろう」
「いや違う。迷惑とかじゃない」
「ん?」
「お前はここにいるべきではない。絶対に」
ズィマーが立ち上がり、私の横まで大股で歩いてくる。
「なんで?」
「なんでもだ」
「何をそんなに焦ってるんだ?」
「いいから行くんだよ。そろそろしないとあいつが――」
「あら、楽しそうね」
声がした途端、ズィマーの顔が青ざめる。
端にある扉を見てみると、そこには銀髪の女性が立っていた。
ロサが扉を開けて入ってきた。174cmの登場だ。
「……お前、今日の午後まで帰らないと言ってなかったか?」
「早く用事が済んだから帰ってきたのよ。で、その子はだれ? どうしてドクターのコートを着ているのかしら」
上品な笑みをたたえながら近づいてくる。
子供の上背では彼女を見上げる感じになる。でけーのだ。怖いのだ。
「この子は小さくなったドクターだよ」とグムが言った。
「え? 詳しく聞かせてくれるかしら」
「では私が」
イースチナが経緯を説明する。努めて真剣に聞いていたが、たまにロサがこちらをチラチラと見てくるのが気になった。
それにズィマーもだ。気まずそうな、しまったというような表情をずっとしている。
「ドクターが薬で子供に……不思議なこともあるものね」
「それでこれからどうするかって話になっていたんだが」
「どうするって何が? 解決するまでずっとここにいればいいのよ。何なら私がドクターの面倒を――」
「お、おいちょっと待て。さすがにそれは」
「何よズィマー。別に問題はないでしょ」
「いや、部屋に置いといた方がいいと思うが」
なぜかズィマーがあたふたしているが、ここで端末にケルシーからのメッセージが届く。
(書類仕事をサボるな。いくら小さくてもそれくらいはできるだろう)
あ、はい。
「申し訳ないが、執務室に帰らないといけなくなった」
「ええー大丈夫なの?」
「グムありがとう。でも大丈夫だから。イースチナ、小説を借りてもいいか?」
「どうぞ」
名残惜しいが、ここまでにしよう。
みなに別れを言い、ウルサス学生自治団本部を後にする。その間、ロサのじとっとした視線を感じたのがやけに気になったが。
執務室に戻り、たまりにたまった書類を整理する。途中部屋に入ってきたオペレーターたちに都度説明するのは面倒だった。
子供の体で仕事は堪えたから、時間の経過も早く感じた。いつの間にかもう夜になってしまった。イースチナから借りた本を読もうかと思ったが、慣れない体で疲れたからかすぐに眠りに入った。
……
……おい
……
……おい、起きろ。
「ん?」
耳元から声がしたため、薄く目を開けてみる。照明のない中、誰かがそこにいるのはわかった。
「あたしだ。ズィマーだ」
「え? どうしたんだ?」
「話は後だ。ベッドから出ろ」
ウルサス人特有の怪力でぐいっと引き寄せられる。
「な、何だよ急に」
「説明は後でするから隠れるぞ。机の下がいいか」
寝室にある机の下に、二人でぎゅうぎゅうになって入る。
「どうしたんだ急に」
「声は落としてくれ。静かに話そう」
しっと、耳元で言った。右半身に体温を感じながら話を聞く。
「お前が小さくなったと聞いて真っ先に思い浮かんだのはナタリア……ロサのことだ」
「ロサがどうした?」
「視線に気づかなかったか? 何かお前のことを見ていなかったか?」
確かにチラチラとこちらを見ていた。だがそれは、私の体が小さくなったからではないのか。
「元の姿で秘書をしている時、何か怖い体験はなかったか?」
怖い体験……あ!
(ドクターが眠っている様子……どこか可愛げがあるわね)
そうだ。私がベッドに横になっていた時に、じっと顔を見られたな。実は起きていたが、内心恐怖だった。
「あいつがドクターに好意を持っているのは確実だ。それが恋か尊敬かは本人の心に聞くしかねえが、どうも嫌な予感がする」
「嫌な予感って?」
「子供になったお前の貞操を奪いにきそうだ」
ええ……。
「さすがに考えすぎなのでは?」
「もちろん考え過ぎならそれでいい。だから今は実験の最中だ」
「実験?」
「執務室をわざと開けて、この寝室までノーセキュリティにする。そうしてロサがベッドに来るか来ないかを見張る」
「よくわからん作戦だな。そういえば、ズィマーはどうやって執務室に入ったんだ?」
「あたしは鍵をこっそり盗んで入った。鍵は開けっぱなしにしておいたぞ。ロサの場合は力尽くで開けてくるからな」
化け物か何かかな?
「いやいや、いくら何でもそんなこと――」
その瞬間、扉がガチャリと開いた。急な音に心臓が縮み上がり、体全部が硬直した。反射的に口をぎゅっと結び、息を殺して室内を見る。
今いるのは中央壁際で、ベッドが左手で、右手に扉がある。月明かりもない中、記憶を頼りにぼんやりとしたシルエットがある。
そして扉のほうには、ロサがいた。あの背の高さは間違いない。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」
彼岸島めいた呼吸音が暗闇の部屋に響き渡る。その体躯を少し屈め、あたりを見回している。
あんな落ち着いた淑女然とした彼女が、いまや獲物を探している獣だ。普段の彼女と似ても似つかない、血に飢えたハンターが辺りを物色しているのだ。
その様子を見て、体も血管も収縮してしまっている。SAN値がごりごり削られていく。机の下で必死に縮こまるしかなかった。
やがて月明かりが入ってきて、部屋が薄ぼんやりと見えてきた。
するとロサに似た何かが、その足で地面を蹴り上げベッドにダイブした。ドスンと大きな物音がして、辺り全体が揺れたように錯覚した。
「いない……どうしていないの? どこかに行ったのかしら」
多少野太いが、ロサの声だ。
「こんな夜更けに……医療部の方? いや、だけどもしかしたら」
大股で扉に向かい、バタンと閉める。足音が完全に途切れるまで黙り、それが終わってもまだ恐怖心が口を開かせなかった。
「こええ……」
ようやく声が出たのは、ロサが出て一分ほど経ってからだった。
「来てよかったな。どうやらあいつは暴走状態らしい」
「いや、何だよあれ。完全にホラーゲームで見る追跡者だぞ」
「それより怖い存在だろう。とにかく」
ズィマーが外に出たため、私も暗がりの中に出る。
「ここにいるのは危険だ。また戻ってくることもあるだろう」
「え? ロサはマジで私を狙ってるの?」
「ベッドに飛び込んだのを見たろ。もしお前が寝てたらどうなってたか想像できる。服は破かれ、色々やられていただろうな」
「ひえ……」
「とにかく、今すべきことは医療部に行って匿ってもらうことだろう。有効策としてはこれくらいしかない。とっとと行っておけばよかったのにな」
だってケルシーが書類仕事をやれって言うから……。
「過ぎたことを言っても始まらない。グムとイースチナに見張りについてもらっているから、ロサを避けて目的地に行く。それまでの道中は、あたしたちが守ろう」
そう言うとズィマーが扉を開ける。何か来ないか見定めるように、ゆっくりと。
「行くぞ」
ホラーゲームめいたものを感じつつ、私も彼女の後に続いた。
To Be Continued…