連れて行かれたのはロサの自室だった。
今私はそこのベッドにいる。壁に空いた猫ちぐらのような場所に、まさに猫のように、背中を曲げて丸まっている。
ロサに後ろから抱きつかれているからである。でかいロサがその体勢だから、私も同じ体勢にならないと中に収まらないのである。
だから背中に胸の感触がある。あの厚着でも結構主張している二つの丘陵が後ろにある。拘束具みたいに、腕と体を巻き込んで抱きつかれているから余計に柔らかな感触が背中を押すのだ。
背中だけでなく、全身に体温を感じる。タイツの足は私の足に全力で絡まり、でかい体躯を折りたたんだ形だから、温かい椅子にもたれかかっているような心地よさもある。
でもエッチな雰囲気にはならない。勃たない。なぜならそんな甘い雰囲気など一切ないからだ。あるのは命の危機、これから捕食されるかもという恐怖のみである。
「ドクター」
耳元から声がし、体がぞわっとする。
「は、はい!」
「そんなにかしこまらなくてもいいじゃない」
「い、いやそれより今の状況はなんだ。何をしようって言うんだ」
「別に取って食ったりはしないわ。でもね……」
腕の締まりがきつくなる。
「我慢できなくなっちゃった」
「なにが?」
「だってドクターがこんなに愛らしい姿になっているんですもの。私だって、ここまで暴走するとは思わなかったわ」
まずいまずい。本当にこのままだと食われちゃう。だがウルサス人の抱擁を解除する手立てはない。ただでさえ筋力のない体なのに、子供になった今では為す術がない。
「自分にこんな気持ちがあったなんて思わなかった。もちろん乱暴なことはしないけど、私をこんな気持ちにさせた責任は取ってよね」
耳に吐息が当たってドギマギしてしまう。ダメだ。乗せられちゃダメだ。そう固く決意をしようとしたその瞬間、
あむ。
耳に柔らかい感触があった。ぷにぷにした唇の感触が、耳から全身を駆け抜ける。
休む暇もなく、今度は生暖かく粘性のある感触があった。湿り気のあるそれは耳を這い、熱い息と同時に耳を刺激する。まるでナマコみたいなのが、粘液を垂れ流しながら耳の上をうごめいているようでもあった。耳の裏側、外部分、耳たぶをぬらぬらした液体と共に這いずり、ついには耳の穴に侵入していく。
「ひゃい!」
変な声を上げてしまったが、より強くぎゅっと抱きしめられる。ロサの肉に余計に埋もれ、耳がさらにねぶられる。ぐちょぐちょぐちょぐちょと、それはもう餌を求める野生動物のごとくむさぼられた。
ようやく舌が耳を離れた。唾液まみれとなった耳にはまだ熱い体温が残っていた。最初は恐れがあった体だったが、顔や体に熱を帯びてきた。
唐突に腕の締まりがゆるくなった。後ろで何かうごめき、胸が背中をスライドする。柔らかいスポンジで優しく背中を洗われてるような、とてつもなく気持ちのいい感触。
ここでもうダメだった。股間が徐々に腫れ上がり、思考が熱で溶かされる。
「ドクター」
上半身だけ浮かせたロサの顔が、上にあった。紅潮した顔に向き合うように、私は仰向けになる。そして徐々に顔が近づく。相手は目を閉じるのにつれ、私もそれに倣った。
そうして暗闇の中、唇に柔らかいものが触れた。一切の抵抗もなく、一切のためらいもなく、私は全てを受け入れた。
舌が口の中に侵入してくる。にゅるにゅると、軟体生物の交尾のように私のものに絡みついてくる。
粘膜が混じる。彼女の液が容赦なく浸入してくる。唾液の海に溺れそうになりながら、体全体の熱が一段階上がった。
そんな体に手の感触が伝わった。服の中にロサが腕を突っ込んだのだ。脇腹から腹、胸へとかけてゆっくりとさすってくる。口と皮膚の刺激が同時に脳天を突き抜ける。
恍惚の境地に入り、頭は何も考えられない。どうしようもなくあらがえない快感は、やがて下半身に集まり……。
「おい! 出てこい!」
唐突に声が聞こえた。舌の絡みが解除され、口が一気に空白となる。
物寂しい中、ロサが鋭い目で入口をにらむのが見えた。
「ドクターを返せ!」
「うるさいわね……」
「そこにいるのはわかってるんだ! ロドス内で暴れた罪は重いぞ!」
この声は、アブサント?
ロサはその声に呼応するよう立ち上がる。体温を一つ無くした体を外気が優しく包む。そこでようやく現実に帰ってきた気がした。
「殺すわ」
え? 容易く耳に入ってきたそれが体を引き起こす。あの捕鯨砲を片手で持って入口に向かっている。
これはまずい。こんなの戦争まっしぐらじゃないか。止めようとしたが、こちらが裾をつかむ手はたやすく離され歩いて行く。
ロサがドアの前に立つ。何が来ても対処できるよう仁王立ちで、ドアを開いた。
その瞬間、とてつもない衝突音が部屋中に響いた。
ドアが開くと、体をすっぽりと覆うほどの大きな三角の盾が見えたのだ。それが一気にロサに突撃し、彼女はとっさに捕鯨砲でそれを受け止める。
しかし擦りきれるような音は、やがてロサを押し返す。受け止めきれず後ろに下がったと同時に、一気に相手は攻め込む。地面を三角の角が擦り、さながら電車が突っ込むがごとく壁へと押しやった盾の持ち主はホシグマだった。
「ドクター、無事ですか?」
「あ、ああ……」
「ここは任せて逃げてください。おっと?」
片手で軽々と押しつけているように思えたが、その筋骨隆々の腕がぷるぷると震え出す。
「く……とんでもない力だな。今のうちにドクターを安全な場所に!」
「は、はい!」
そう言って私に駆け寄ったのは、アブサントだった。
「大丈夫? ドクター」
心配そうに見つめるアブサント。そうか。俺は助かったのか。
「本当に小さくなってて驚いたけど、これなら運ぶのも楽かな。じゃあ行くよ」
膝裏と首に腕を差し込み、お姫様抱っこの要領で私を運ぶ。
「待って! ドクターを連れて行かないで!」
ロサの怒号を背にアブサントは通路へと出る。さっそうと通路を走り、喧噪は遠ざかっていく。体をなでる風でようやく体温が正常に戻った。
……いや、ある。また新たな体温が、私の左腕にダイレクトに伝わっている。
でかい。でかいのが二つ私の腕に乗っかっている。これだけぴっちりとしたシャツなのに、なんて主張だ。そこにネクタイがぶらさがり、なめらかな曲線を伝って滝のように垂れている。
「あれ? こっちは行き止まり? 緊急用の扉が閉まってるんだ」
アブサントが何か言ってるが、意識してしまったらもう最後。おっぱいのことしか頭になくなる。
「ごめん。ちょっと近くの部屋に入らせてもらうね。ロドス内の地図を確認しなきゃ」
おっぱい……おっぱい……。
「どうやら食料庫のようだ。ここで見てみよう。ちょっと待ってて」
そうやって床を下ろそうとするアブサントの襟をつかむ。
「な、なに。どうしたの?」
暗がりの中焦ったようなアブサントの表情。その顔を縁取るように視界に入る二つの半円。先ほどのロサの熱がまだ体内にあった。それが思考を溶かし、正常な判断ができなくなっていく。そうして自然と、手が柔らかいものに伸びていく。
「あぶさんとのしゃつでかくしきれないおおきいおっぱいすき」
そう自然と口に出し、柔らかい風船をわしづかみにした。アブサントの顔は驚きに満ちあふれ、紅葉のように赤らめる。
「な、なななな何してるの!」
その刹那、頬に鞭で叩かれたような衝撃が走った。
頬の皮膚は揺れ、脳は揺れ、トリプルアクセルどころじゃない回転をして宙に舞い上がる。ウルサス人特有の怪力で殴られ、壁にしたたかに体を打ち床に倒れる。内臓全体が揺れた衝撃が全身を駆け巡る。
「だ、大丈夫ドクター!」
「ごほごほ……大丈夫だ。本当にすまない。おかげで正気に戻った」
「ドクター急にどうしたの? 子供になって、なんか気持ちが変になっちゃった?」
心配そうに見つめてきた。軽蔑したとかではなく、普段と違うと言ってくれた彼女に心底心が打たれた。ああ、アブサントはいい子だ。そんな子になんてことを……。
「アブサント。私に水をくれないか」
「え?」
「急いでくれ」
今更気づいたが、ここは食料庫のようだ。食べ物の他にペットボトルなんかも段ボール箱などに入っている。アブサントはそこからペットボトルを数本取り、こちらに渡してきた。
私はその蓋を開け、盛大に頭から被る。
「うわ! どうしたの!」
冷えた水が服の隙間を縫って全身をぬらしていく。そうしてようやく目が覚めた。
「アブサント。セクハラをしてすまなかった」
小さな体をこれでもかと畳み、土下座をした。
「ド、ドクター……やっぱり薬の影響で変になったんだね?」
「薬のせいにしたくはないが、本能が子供並みになってだな……」
言って思ったが、これじゃあずっとアブサントのおっぱいでかいな、と四六時中考えてると思われてしまう。それはさすがに断じて違うと言っておきたい。
「加えてロサに色々やられたからなのもある」
「え? 何をされたの」
「まず後ろからの抱擁、そこから濃厚なキスをされたんだ」
「キ、キス……」
アブサントの顔が赤らめている。しまった。これもセクハラになってしまう。
「すまない! もう一回」
「いやいいよ! でも、そんなことされて気が変になっちゃったんだね」
「言い訳がましいが、そういうことだ。このままだと私の尊厳とロサの暴走がヤバいから、早々に医療部に避難しなければならない」
「うん。そのつもりで最短ルートを行ったんだけど、どうやらこっちは緊急用の扉が閉まってて通れないんだ」
ロサは災害か何か?
「道案内なら私がしよう。さすがに今回は私も走るから」
「わかった。ならそこまで護衛をするよ」
よし、正気に戻ったところで医療部に急ごう。部屋を出て暗い通路を戻る。
だが、そこで足を止めた。
音がしたのだ。一本道の通路の奥から、何かカツカツと音がする。
やがてそれはシルエットとして現れる。白色で、異様な姿をしたものがぼんやりと暗がりの通路の奥から現れる。
白い髪、服には鮮血が飛び散っている。黒ずんだ箇所も見受けられ、まるで戦地から帰還した戦士のような佇まいで、ゆっくり、ゆっくりとこちらに近寄ってくる。
「う、嘘でしょ。龍門の警察も含めたあの包囲網を突破したの?」
そうだ。ホシグマや他の包囲網を全部突破したのか? いや、突破しただけでない。あの服の汚れ、今誰も追いかけてこない状況を見るに、殲滅されたのか? たった一人にあの戦力が?
「ドクター! 隠れて!」
アブサントがすかさず前に出て銃を構える。
「止まれ! これ以上近づくと撃つぞ!」
しかしロサの歩みは止まらない。死んだ表情のまま進み続ける。
「く!」
一瞬のためらいの後、アーツが銃から放たれる。しかしロサは捕鯨砲でいとも容易くそれを防ぐ。なおも放つも、さながら重厚な盾のようにそれをいなしていく。
そして次の銃を放つ刹那を狙い、その捕鯨砲をこちらに向かって放り投げた。
「うわ!」
重量を一切感じないそれが床にはねて、耳をつんざく音と共に大量の鉄片をまき散らす。それをなんとかかわす私とアブサント。その隙を狙ってロサはこちらに猛進し、アブサントの肩をつかむ。
「ひ!」
「ア、アブサント!」
彼女の顔は、怪獣につかまれたような悲愴な顔になる。そんな彼女の肩、腰をつかみ、奥の通路へと思いっきり放り投げた。
「ぎゃーーーー!!!!」
まるでタオ○イパイが放り投げた柱のごとく、一直線に通路の奥へと消えていく。
まさに化け物。シェルターまがいの扉を閉じさせるほどの相手だった。
災害がこちらを見た。今までの無表情から一転、にこやかな表情。しかし血が一筋アクセントとしてあるため、全く微笑ましくはない。
「ようやく取り戻せたわ」
こちらに近づき、体を折りたたんでがばっと抱きついた。アブサントを投げ捨てた巨躯にもかかわらず、私を抱き留める腕は柔らかい。
また体温が、あの時の欲情を思い起こさせる。
「もう離さない。もう離さないから」
何も抵抗ができないまま、抱きかかえられ食料庫に連れて行かれる。そして近くにあった木箱の上に、二人して横になる。
焼け焦げた臭い、血の臭いに混じり、甘いものが鼻腔を突き刺す。
ああ……アブサントは無事だろうか。他のみんなは……ロドスは大丈夫だろうか。
そんな心配すら、体温に溶かされていく。甘い息、紅潮した頬に無力と化していく。
「ドクター……」
血の跡など気にできないほど、紅潮したロサの顔は艶っぽい。そしてその首元ははだけ、胸の谷間が見えている。
その首元に、私は無意識に手を伸ばし、一個一個ボタンを外していった。
―The End
ここまでです! このままだとR18になっちゃう!
ウルサス学生自治団編はこれにて終了。次回の話は来月になりそうです。