※オリジナルドクターの容姿が出てきますのでご注意ください。
「あんた本当に子供になったの!」
目の前には子供がいる。あたしよりもずっと小さいガキがいる。
いつもの防護服は着ていない。銀髪の短髪で、子供にしては少々きつい目をしているが、全然怖くはない。
「あはは! こんなの傑作じゃない。今まで座っていた椅子に収まりがつかないでちゅよね~。ねえどんな気持ち? 今どんな気持ち?」
「うるさい。こっちは緊急事態なんだ。今日は口げんかする暇はないぞ」
口調は変わらないが、声は子供のそれだ。そんなちっちゃな手つきでせっせと書類整理をしている。
あの憎きドクターが、まさか子供になるなんて思いもしなかった。サルカズの中でも際だって特殊な『ブラッドブルード』という種族のやつが、体を小さくする薬を誤ってドクターに投与してしまったのだ。それでみるみるうちに、小学校に通うような体になってしまったらしい。
見てあの手。食堂の大きな皿だって満足に持てないってあれ。すっごい笑えるんだけど。
「うわ~大変そうでちゅね~。手伝ってあげまちょうか」
「そんな赤ちゃん言葉使われるほど幼くはないと思うが……」
「はい乗った! あれ~口げんかする暇はなかったんじゃないの~?」
どこぞの医師には感謝だ。いつも治療を受けろ治療を受けろってうるさい連中だけど、今回は感謝してやろう。だって、こいつをこんなにおもちゃにできるのだから。
ドクターとあたしには、それはそれは深い因縁がある。もう語り尽くせぬほど、筆舌に尽くしがたいほど、とある女性に関する怒りやら疑いがこいつにはある。
しかしこいつは記憶を失っていた。あの人の名前すら忘れてしまったと言っている。
その上今回は子供にまでなってしまったのだから、呆れを通り越して笑いさえ出てしまう。一体運命はどれほどあたしをおちょくれば気が済むのかと。
だから徹底的にからかってやろう。こちらのストレス発散に伴い、わけのわからないまま苦しめばいいのだ。
そう思っていたのだけれど……。
「あ、あの」
いつものように治療から逃げてロドス内をふらふらしていると、前から来た子供に呼び止められた。
声を掛けてきたのは、眼帯をしたちっちゃな子供だった。今のドクターくらいの子。ナイトキャップみたいな帽子に、雨の日に着るようなジャケットを羽織っている。
「なに?」
「あの……」
「言いたいことがあるならはっきり言ったら?」
やけにあわあわしている様子にイライラしていると、その子は口を閉じてから一気に放った。
「ドクターをいじめないでぇ!」
そう言って向こうへと駆け出した。
……え? 何今の。
呆然と子供が駆けていくのを見ていると、後ろからささやくような声が聞こえた。
「恥ずかしいな今のは」
げぇ! この声はケルシー!
耳元で声がしたと同時に、振り返らずに走ろうとした。
しかし時すでに遅し! 手首に異様な力を感じた瞬間、一気にひねられて壁に押しつけられた。
「くっ!」
「逃がしはしない。君が治療から逃げていると報告は当然受けている。ならば直々に私が治療をしてやろう」
「は、離しなさいよこのババア!」
そんな悪態をついても、このフェリーンの顔はどこ吹く風。そのまま力尽くで医務室へと連れて行かれた。
「今日はやけに従順だな」
一通りの治療を終えた後、カルテを書きながらケルシーは言った。
「力尽くで連れてきて何を言ってんのよ」
「そうでもしなければ君は治療は受けないだろう。どれほどの因縁があろうと、患者は平等に扱うのが私たちの理念だ」
ご大層な理念だ。恨んでるならさっさとやっちゃえばいいのに、ああくだらない。首をこきこきと鳴らす。
「今日はこのくらいでいいだろう。これからも素直に治療を受けてくれれば助かるのだが」
「善処するわ」
「君のためだとは思うがな。ところで、この機会に言っておきたいことがある」
「なによ」
椅子を回転させ、こちらに向き直る。
「あまりドクターをいじめるな」
急にさっきの子供みたいに言ってどうした。
「いいじゃない別に」
「ロドスの頭脳があれこれ言われるのはさすがに気になる」
「あんただってあたしと同じでしょう? あいつに恨みを持つ者同士でしょう? 何をかばっているんだか」
「別にかばっているわけではないし、恨みを持ってないと言えば嘘になる。しかし医療部のアホがしでかしたせいで体が小さくなってしまった。だから彼のバックアップをするのは当然だし、それに降りかかる火の粉の処理もしなければならない」
こちらを無表情で見つめながら言う。それに嫌気がさし目をそらす。
「後はもう帰ってくれてもいいが、頼みがある」
デスクの引き出しから錠剤を取り出し、小さい紙袋に入れた。
「これをドクターに届けてくれ」
「え? なんであたしが」
「たまたま頼む相手が君だというだけだ」
「ふうんまあいいわ。いびり倒し足りなかったからちょうどよかった」
ひったくるように錠剤を取る。
「少しはドクターへの悪口をおさえろ。少なくとも元の姿に戻るまではな」
「口うるさいババアねえ。あいつに優しく接するとかあり得ないんだけど」
「優しく接しなくてもいい。ただ普通に接して、普通の業務以外は会話しなければいい」
「指示されて従うわけないでしょ。あたしにメリットなんてないし、むしろストレス発散が無くなってデメリットしかないじゃない」
「そうか。なら端的に言おう」
片眉を上げて言った。
「子供にあんなにネチネチ言うのは、傍目から見てさすがに引く」
ゔっ!
ケルシーが珍しく短くまとめた言葉は、深々と心に突き刺さった。シンプルゆえに、殺傷力はとてつもなかった。
「先ほど君に注意した子供はポプカルと言う。ドクターに懐いている様子だから、君とドクターのやりとりを偶然見て我慢ならなかったのだろう。ましてや子供になったドクターだ。第三者から見ればとてつもなくみじめな光景だっただろう」
「……」
「つまり君はポプカルに、年端もいかない子供に汚い言葉を使い、わけのわからないマウントを取っている情けない大人に見られたというわけだ」
自分の心にパトリオットの槍投げレベルの攻撃が突き刺さる。攻撃力135%の物理ダメージどころではない、限界突破の傷が深々と出来上がった。
そうだ。傍目から見たら完全に子供をいじめているみたいじゃないか。うわ本当にみじめじゃん。
さすがに子供を煽るのはヤバい。絵面がヤバい。何より本当の子供に見られてた事実が想像以上にきつい。
「わかったらいい」
「……はい」
柄にもない返事をしてしまったが、そんなことを考えることもなくドクターの元へと向かった。
とぼとぼと歩きながらようやく到着。執務室へと入る。
「なんだ? また皮肉でもいいに来たのか」
「いや、ケルシーの薬を届けに来た」
紙袋を、相変わらず書類でいっぱいになったデスクに置く。
「え、こわ」
「何がよ」
「君がちゃんとケルシーの頼み事を聞いて私の元に届けるとは思えないんだが」
やべえ……罵りてえ。こいつの顔を見るとめっちゃ言い返したくなる。でも我慢だ。
「健康維持の特別処方薬だと思うが、まさか睡眠薬とすり替えたりしてないだろうな」
「はあ? さすがにそこまでしないわよ」
「あ、すまない。この前ホシグマとの騒動で色々あったから頭をよぎってしまって」
「なにそれ?」
つい先日あるオペレーターと話をしている時、間違ってアルコールを飲んでしまい昏倒してしまったという。
「面白いことがあったのね。へえ、アルコールねえ」
「この体になるとアルコールの耐性が無くなってな。それで眠ってしまったと」
「ふうん……」
その瞬間、頭の中でひらめいた。
「あたしはもう行くけど、薬を飲むための水いる?」
「え、本当に今日どうした?」
「飲むの? 飲まないの?」
「あ、ああ。頼むよ」
後ろを振り返り、部屋の傍らにある小さな冷蔵庫に向かう。ちょうど奥まった壁にあり、死角となる場所。ドクターをちらちら見ながら扉を開き、中身を確認する。軽食とビールの缶と、ペットボトルの水か。
ドアポケットにある水を取る。そして同時に、自分のジャケットのポケットからある物を取り出す。
ウイスキーボトル。雪山の遭難時、犬が持ってくるので有名なあれである。
傭兵は酒と一品料理を常備すると相場が決まっている。もっともあたしの場合は酒をあまり飲まないので、同じ傭兵と会った時の物品交換用として使っている。傭兵を退いた今でも、たまに役立つから持っているのだ。
その蓋を開けて、ペットボトルの中に注ぐ。
ふふふ……あいつが多少なりとも酔ってくれれば本音を話すんじゃないかしら。これは暴言でもないし、罵りでもないから構わないわよねえ? 私のストレス発散にもなってハッピー。
……。
……。
えっと……子供が具合が悪くならないアルコールの量はどのくらいだろう。さすがに色が変わるまではまずいかな。なら一注ぎくらいか。小さじ一杯ってやつ。それくらいなら味もごまかせるだろう。
「何かあったか? 冷蔵庫はそこだと思うんだが」
「単純に種類に迷っただけよ」
キャップを元通りにしめて、ドクターに向かって投げつける。
「あぶね!」
「さっさと飲みなさいよ」
不審にこちらを見つつ、錠剤を口に入れてペットボトルのキャップを開けた。一瞬眉をひそめたけど、構わずやつは飲んだ。両手で支えてだ。
「相変わらず苦い薬だ」
薬の苦さで水の味がわからなくなってるんだ。これはラッキーだった。
「ふう……ところで、いつまでいるんだ?」
「別に決まってない。暇だからここにいるだけ」
「なら手伝ってくれるとうれしいんだが」
「いやよ」
「はいはい……」
そう言って目頭を押さえた。効いてきたのだろうか。
その後も様子を見ていると、ペットボトルを飲みきるくらいに、明らかに手を動かすスピードが遅くなっていくのがわかった。そうしてだんだんと船をこぎ始める。
「ドクター大丈夫? なあんか眠そうだけど」
「なんか頭が重いんだよな……」
「なら眠りなさいよ」
「眠いんだけど、眠くないんだよな」
「一番厄介なパターンね。なら目をつむるだけでもやってみたら。それだけでもだいぶ違うから」
「なんかやっぱりおかしいぞ……どうしてそんなに気を遣うんだ……ん」
そのまま腕が滑るように、頭をデスクに突っ伏した。
「ドクター、聞こえる?」
「うん……」
「あんた、普段何をしているの?」
「なんで急に……」
「いいから答えて。よくやってるルーティンや趣味を聞いてるの」
手始めにジャブだ。
「読書をしたり、過去の作戦記録を見たり、各オペレーターのプロファイルを見たりしている」
その後もわらわらと出てくる、ドン引きする作業量。どこにそんな時間あるのかと思うくらいだ。
まあいい。この調子なら、理性やら口を閉じる蓋は取っ払われているはずだ。だから思い切って切り出した。
「あなた、本当に記憶がないの?」
いきなり核心に迫る質問をする。
「なんだあ急に」
「いいから答えて」
もぞもぞして言った。
「本当だとも。石棺で目覚めてから本当に記憶がないんだ。ケルシーに七回くらいCTスキャンされて異常が無いことは確認済みなのに、記憶が全く無い。覚えているのは指揮能力、最低限度の生活の知恵くらいだ」
本当なのか。こいつは本当に覚えていないのか。
「じゃあ」
「うん」
「テレジアって名前も知らないの?」
生唾を飲んで、目の前にいる子供の後頭部を見つめた。
「……たまに聞く名だ。あいにくだが、覚えていない。重要人物なのは、ケルシーの話を聞いてもわかるんだが」
嘘を言っている様子はない。そんな子供の無垢な返答が、心に言い様のない淀みを感じさせる。
「そうか。何も知らないのね。あなたが殿下に対して何をやったかも、全く覚えてないのねえ」
「何かをした?」
「そう。何かをした。だからあの人は死んだ。ねえ、覚えてないの? 本当に覚えてないの?」
その何かを知りたいのだ。それだけは知りたいのだ。なのにこいつは勝手に記憶を無くして、そのくせ子供になってしまって……。
一体どこに怒りをぶつければいいんだ。
「わからない。だが、ケルシーは私が……いやなんでもない」
「何なのよ」
「覚えてない。ほんとに覚えてないんだ」
ぐっと唇を噛みしめる。こいつをこれ以上いじめたところで、もやもやは消えてくれない。むしろ色濃くなるばかりだろう。情報を引き出すのも無理そうだし、さっさと離れた方がいいか。
「まあいいわ。あたしはもう行くからさっさと休めばいい」
「み、水……」
「そのくらい自分で取ってきて。新しいのは冷蔵庫にあるから」
ウイスキー入りのペットボトルをひったくって言った。さすがにこれを飲ませるのはまずいだろう。しかし少量なのにどれだけ効くんだか。
「ああ、なんか変な感じだな。二日酔いみたいだ」
多少ふらふらしながらも立つ。この様子なら大丈夫だろう。そう思い、ペットボトルを持ちながら通路へと出た。
はあ……我ながら何をやってるんだか。子供に酒を盛って本音を聞くなんて極悪人じゃないか。
つまさきを左に向けて歩こうとすると、ばたっと何かが倒れる音がした。
ん? 今執務室から音が聞こえたぞ。何か……何かが倒れるみたいな。
嫌な予感がしてすぐに戻る。ドアが開くと、冷蔵庫の前にドクターがうつぶせで倒れているのが見えた。その脇に見覚えのある缶が転がってるのも見えた。
ビールだ! なぜかこいつビールを飲んでいる!
「あんたなんでビールを飲んでるのよ! 薬はアルコールで飲んだらダメって教わらなかった!」
「ご、ごめん……なんか、無意識に手に取ってしまって。ふらふらするけど、アルコールの心地よさでまた飲みたくなって」
なんだその呑兵衛みたいな言い訳は。
いやそんなことはいい。ほとんど一缶くらいは飲んでしまっている。
どうしよう。どうしよう。このままではまずい。
無意識のうちにその小さな体を抱きかかえ、すぐさま通路に出る。ええと……さっき通った場所だからあの角か!
すぐさま走る。全力で走る。大荷物を肩に抱えながら医務室へと向かった。目隠れやおかっぱの子に見られたのも、気にしている暇はなかった。
助けている。なぜか憎きこいつを助けている。
そんな事実を鑑みる暇もなく、医務室のドアを開いた。
◆
「では君のウイスキーが原因でドクターは酔ったと」
「はい」
「それが原因でドクターは酒の味を求めて、ビールを一缶まるまる飲んだと」
「はい」
ケルシーの尋問には返す言葉がない。最低限度の返事しかできない。
「今日はずいぶんと素直だな。昏睡のきっかけはビールだから関係ないと弁明するかと思ったが」
「さすがに私が悪いのはわかってる。あたしが何もしなければ、ビールを飲むこともなかったでしょうしね」
「わかってるじゃないか。あの体になったせいか、欲求もあまり抑えられなくなっている。今回は酒を飲みたい欲求を抑えられなかったんだ」
「今回?」
「そこは触れるな。とにかく、ドクターを単純に責められるケースではないということだ。酒に弱くなったのも、欲求を抑えられなくなったのも、偏にとある医師のせいなのだからな」
「じゃ、じゃあそいつが悪いってことで」
「そんな馬鹿な話はない。爆弾を作ったのは彼女だが、それをわざわざ運んで起動させたのは君だ。これで君が悪くないなどとは言えないだろう」
あ、はい。そうですね。
「幸いにも症状は軽いし、少し寝れば回復するだろう。しかし君にも何らかの処罰は与えないといけない」
「しょ、処罰……」
ケルシーは腕を組みながら言った。
「君は罰として、一週間ドクターの秘書をやれ」
「はあ! あいつの秘書!」
「一週間はロドスに滞在すると言ってたな。だったらその期間は全部ドクターの手伝いだ」
そ、そんな……あいつの手伝いだなんて、なんたる屈辱……!
「ドクターが子供になったから余計に手間が増えている。だからこそこんなトラブルを起こした者こそふさわしいのだろう」
「うう……」
「さあ最初の仕事だ。ドクターが起きるまで看病してやってくれ」
そう言ってお湯の入ったバケツとタオルを渡された。
なんて屈辱なんだ。これって体を洗えってことよねえ!
「そんなのやだああああ!」
そんな叫びを上げても、ケルシーは構わずカルテを書き始めた。
Wがドクターに強く言えない日々は、彼が元に戻るまで続いていく……。
―End