天へと至る道   作:宮塚克明

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初投稿です、至らぬ所も多々あると思いますが楽しんで頂けたら幸いです。更新は遅くなると思いますが、気長に読んでもらえたら。


第1話

――駆ける。全力で大地を蹴り、疾風の如く駆け抜ける。

 

“頼む、間に合え! 無事で居ろ! 杏寿郎”

 

「カァー!! カァー!! 急げ、慎寿郎!!」

「分かっている!」

 

 

満月の夜。

炎柱、煉獄慎寿郎は急報を受けた。

 

――曰く、没落した水の呼吸の名家・瀬織家が鬼に襲撃された。その鬼は上弦である、と。

 

“御館様の言う通りになったか! しかし、よもや上弦が出向いてくるとは!”

 

 

この数十年の間、始まりの呼吸とされる、炎、水、風、雷、岩の呼吸の剣士の中でも優れた名家の者達が相次いで鬼に襲撃され惨殺されてきた。

既に剣士は途絶え没落していた家でさえも。

瀬織家はいまより遥か昔、戦国の時代には既に剣士としての道は途絶えていたが、最近になり産屋敷家が炎柱・煉獄慎寿郎に保護を命じたのである。

 

瀬織家は現在、能楽師の一門として関東で名を馳せていた。

鬼と戦う歴史物や、太刀を使って舞う神楽がお家芸として人気となり、慎寿郎の一人息子である杏寿郎も、一目でその勇壮な舞いに心を奪われていた。

警護を任されたとあって、炎柱として瀬織家には幾度も通い、その中で両家の交流も家族ぐるみで増えていた。

そして今日、杏寿郎が瀬織家の能の手解きを受けたいと頼み込み、瀬織家に世話になっている丁度その日に、鬼の襲撃に遭ってしまった。

 

“甲の剣士も守護しているとはいえ、相手が上弦では荷が重い”

 

 

――浅草。

静まり返った街中を、一筋の疾風が駆け抜けていく。

白昼に賑わいを見せる通りから、離れること数里あまり、郊外に瀬織家の屋敷はある。

 

“見えた!”

 

正面の門は閉ざされている。

大きな斬り合いの音は聞こえない。

慎寿郎は迷わず門を飛び越え、庭を走り抜け、母屋の中庭を目指す。

すぐにでも交戦できるよう呼吸を整える。

 

“いた! 速日殿!”

 

眼前に広い中庭を捉える。

屋敷の方に眼をやると、縁側に瀬織家の子息である、瀬織氷川と美津波、それを庇うように息子の杏寿郎が手を広げ立っている。

 

“よし! 杏寿郎とご子息は無事か!”

 

すぐさま中庭に視線を戻す。

そこには瀬織家・現当主である瀬織速日の姿があった。

――手には日輪刀を握って。

 

“なぜ、速日殿が日輪刀を!? それより敵はッ――!”

 

「…まさか、瀬織家の者が未だ…刀を手にする…とはな」

 

“なんなのだ、あの鬼は!”

 

速日の構える刃の先には、羽織に袴姿。腰には一振の刀を差し、長い髪は後ろ手に束ねられ一見すれば剣士の風貌である。

されどその剣士が放っているのは、人ならざる者の威圧感であり、瞳が6つあるその容貌は禍々しい鬼であることを示している。

そしてその眼に刻まれた数字は“壱”。

 

“――上弦の壱だと!? なぜここに来た? いや、警護の隊士達は!?”

 

あたりを見回せば一刀で切り伏せられた隊士の亡骸が二つ、目の前の鬼に斬られたとしか考えられない。

となれば柱である慎寿郎の取るべき道は一つ。

 

「速日殿! 出来る限り食い止めますゆえ、ご子息と杏寿郎を頼みます!」

 

しかし紺色に染まった日輪刀を構える速日は動かない。

普段柔和な笑みを浮かべている優しげな顔はそこには無く、射殺すような殺気だった眼で鬼の剣士を見つめている。

 

「速日殿! 猶予はありません!」

「申し訳ない慎寿郎殿。ここで逃げたとてどのみち全員殺されます。あと数刻で日が昇る。背を見せるよりも、ここで時間を稼ぐ方がまだ可能性がある」

 

――ゆらり。

と、歩き出しながら鬼は腰の刀に手を添える。

「…ならば…此方も抜かねば…無作法と言うもの」

鞘から抜き放たれたのは、血肉が固まったようなおぞましい刀。

されどその姿は、洗練された一級の剣士のもの。

 

“――ッ来る!”

 

「水の呼吸 弐ノ型・改 横水車!」

「炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天!」

「…月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り」

 

神速で放たれた剣閃は三日月の刃を伴う二連の横薙ぎ。

それを二人はそれぞれ、横薙ぎと縦薙ぎの型で受け止める。

しかし、逸らした刃は月の満ち欠けの様に伸縮し、二人の肩口を切り裂き、背後の屋敷の屋根を切り付けて消えていく。

 

“鬼が呼吸を使うだと!? 斬撃は防いだが斬られた! 剣閃に月が見えたが呼吸によるものではない! それ自体が刃となって襲ってくる血鬼術か!”

 

「…よく練磨されている。…だが…足らぬな」

 

““ならば、技を出す前に仕留める!””

 

「炎の呼吸 壱ノ型 不知火!」

「水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き」

 

慎寿郎と速日による即席の連携技だが、二人の技量が一瞬の連撃を致死の攻撃に変える。

並みの鬼では回避不可能な精度で放たれる剣技だが、受けるは上弦。その中でも頂点に立つ鬼。

 

「…月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍」

 

鬼の周囲に現れる無数の斬撃。

二人の後ろには子供たちがいる屋敷がある。

避ければ家族が死ぬ、ならばここで受けきるしかない。

 

「―ッ! 炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり!」

「! 水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦!」

 

迎撃のために型を変え、斬撃をいなしていくが防ぎきれず、三日月の刃が腕を、腿を、脇腹を切り裂いていく。

 

“なんという凄まじい剣技だ! 威力を殺しきれない、少しでも止まれば死ぬ!”

 

「…終わり…だ」

 

未だ残った斬撃を防いでいる慎寿郎には、鬼が刀を振るわんとしているのがゆっくりと見てとれる。

それは死期が迫った人間の脳が見せる一瞬。

 

“――やられるッ!”

 

「…月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間」

「水の呼吸 玖ノ型・改 水流飛沫・渦潮ッ!!」

 

一瞬の内に現れた無数の三日月の斬撃。

慎寿郎の身体はそれに斬られるはずだった。

しかしその刹那、速日が目にもとまらぬ斬撃を繰り出し、鬼の一撃を防ぎ切ったのだ。

 

“……何だ? 何が起きたのだ!? 水の呼吸の型でも見たことがない! 目で追えぬほどの技だった!”

 

「…ッ! まさか…痣者とまみえる事になる…とはな」

「——慎寿郎殿! 無事ですか!?」

 

慎寿郎が目をやると、そこには異様な痣を身体に宿した速日の姿があった。

その身体は満身創痍、先の一撃で防ぎきれなかった刃によって着物はズタズタになり、所々浅からぬ傷を負い血に濡れている。

 

「……申し訳ないが、後ろの屋敷の我が子たちを守ってやってほしい。ここにいられては巻き込みかねません」

「しかし、それでは速日殿が!」

「いいのです! 痣が出ればどの道生き残っても私は死ぬ。だが何としても朝日が昇るまでは持ちこたえてみせます」

「なッ! それはどういう――」

「…その通りだ。…貴様は邪魔をするな。…これは…強者の戦いだ」

 

上弦の鬼はそう言うと、手にする刀に力を込める。

すると血肉のような刀から刃が生え、七支刀の様に形を変えたではないか。

 

「…痣者を相手にするのは…数百年ぶりか…」

「できれば使いたくなかったが、貴殿相手では仕方ない。お手柔らかにお願いしますよ」

「…あの御方に仇なす者は…生かしてはおけぬ…。やはり…瀬織は侮れんな」

「そりゃあどうもッ……! 水の呼吸 参ノ型・改 龍頭舞神楽ッ!」

「…月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾」

 

痣を出現させた速日は目にも止まらぬ神速で、移動しながら刃を繰り出す。

対して上弦の壱は、異様な形状に変化した刀をたった一振り横薙ぎに振り抜いた。

 

“――ダメだ、死ぬ”

 

慎寿郎がそう思ってしまうほど圧倒的な力だった。

横薙ぎによって生み出された極大の刃、その周囲には無数の三日月刃が伴っている。

どうあっても避けきれるものではない、必中必殺の一撃。

 

「――ぬぅぁぁぁ!!!!! 肆ノ型・改 打ち潮・乱舞ッ!!!」

 

しかし速日は鬼の一撃に持てる限りの力を振り絞り向かっていく。

一つの型では受けきれない。ならば受けきれるだけ繰り出すしかない。

速日は高速で型を繰り出し、横薙ぎの威力を削いでいく。

しかし一つの三日月刃を打ち消しては、別の刃で体を切られ、抉られ、穿たれる。

 

目の前の次元を超えた戦いに、慎寿郎は入る隙もなくただ見ているしかできなかった。

そしてそれは背後にいる杏寿郎と瀬織速日の子どもたちも同じだった。

 

「――兄さま、父上が……!」

兄と呼ばれた少年はゆっくりと2人の前に出る。

「美津波、杏寿郎。何があってもここを離れるなよ」

「……氷川どの?」

 

まだ幼い瀬織美津波と煉獄杏寿郎の前に立つのは、瀬織家長男“瀬織氷川”。

彼の肩口から首筋にかけては、川が流れたような特徴的な痣がある。

父が戦う異形の化物を睨み付け、歯を食いしばっている。

その後ろでは妹の美津波が氷川の裾をぎゅっと握りしめ震えている。

 

「杏寿郎、いざとなれば美津波を頼む」

「……はいッ! 命に代えても必ず美津波を守ります!」

「――そうか。安心した」

 

氷川は一瞬だけ口元に笑みをたたえ、またすぐに目の前の戦いに集中する。

人と鬼との人知を超えた攻防は、今まさに決着の時を迎えていた。

 

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