愛され幼女   作:幸イテ(旧名:kouta)

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 シリアスの様でそうでないような幼女戦記SSです。pixiv小説においての処女作をこちらにも持ってきました。好感度がカンストしている第203航空魔道大隊+αに、デグさんがひたすら困惑する話です。
 こちらもなかなかの長文ですがお楽しみいただければ幸いです。


第一話

(1)異変

 

 

 某月某日午後 19:20 帝国参謀本部  にて 

 

 

 突然レルゲン中佐がご乱心しました。

 

 

 その日ターニャはゼートゥーア准将に呼ばれ、次に行うべき作戦について議論を交わしていた。ターニャの周りにいるのは上官のみ、しかし彼女は冷静沈着そのもので、周りを圧倒するような迫力があった。

 意見を求められるという事はつまり参謀としての実力を買われている、つまりここで叡智を披露する事が出来れば、参謀としての道が開かれ、夢の後方への転属が手に入る。ここで全力を出さねばいつ出すのだ! ターニャはゼートゥーアの問いかけに対し、ここぞとばかりにあの手この手と新たな作戦を立案をする。 

 残念ながらその全力こそがターニャの転属を遠ざける一番の理由なのを彼女は未だ知らない。ターニャの鬼気迫る様子はさながら飢えた狼のようで、周りからは『誰か』ではなく『彼女自身』が戦う場を整えているとしか見えないのだ。

 ゼートゥーアの傍らに控えるレルゲンは「またこの戦闘狂は……」と痛む胃を抑え、殺る気十分で結構とゼートゥーアが微笑む。まさにいつもの光景であった。

 だが話がある程度まとまりかけた時、その様子が一転した。

 いつもであれば悪魔の案に従わざるを得ないレルゲンが、苦虫をかみしめたような表情を浮かべ、せめてもの抵抗としてターニャに対して皮肉を言うのであるが、今回に限っては突如レルゲンが糸のキレた人形のように崩れ落ちたのだ。

「レルゲン中佐!?」

 予想外の事態に一瞬呆気にとられたターニャであったが、すぐさまレルゲンの元へ駆け寄って容態を確認する。しかし何度呼び掛けても反応はなかった。

「デグレチャフ少佐、容態は?」

「完全に気を失っているようです」

 すぐにでも医務室へ連れていきたいところであるが、こうした時の原則は倒れたものを無理に動かさない事、ターニャは部屋の外で待機している衛兵に大声で呼びかける。

「レルゲン中佐が倒れた! 今すぐ医者を呼べ!」

「はっ! 直ちに!!」

 素人が下手に手を出せば悪化するだけだ。冷静に、かつ迅速に。やるべき事を成す。ターニャにしてみれば、レルゲンは自分が後方勤務になるための希望、彼にはここで倒れられては困るのだ。ただの貧血であればいいが、妙な胸騒ぎがする。もしやこれも存在Xの仕業か、そう勘ぐり始めたとき、彼は突然目を開けた。

「レルゲン中佐、良かった。お加減はどうでありますか?」

「…………君は」 

 ターニャはひとまず最悪の事態は避けられたようだと安堵の表情を浮かべる。だが真の混沌はここからであった。

「ター、ニャ?」

「はっ、小官はデグレチャフ少佐であります。まだ意識がはっきりとなされていないようですね。 ……え?」

 ターニャはその違和感を見逃さなかった。

 

 今もしかしてこの男は自分の事をターニャと呼んだか? デグレチャフ少佐ではなく? 

 

 ターニャは恐る恐るレルゲンの顔を覗く。驚愕で目を見開いた表情、その視線はターニャを捕らえて離さない。レルゲンの放つ異様な迫力に思わず引いてしまいそうになったターニャであったが、腕を掴まれていてそれも叶わなかった。そして彼の色のない純粋な驚きが歓喜の笑みに変わった瞬間、ターニャの全身に嫌な予感が駆け巡った。

 

 ……あ、これやばいやつだ。

 

「ターニャァァァァァァァァァァ!!!」

 

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 上官からのまさかの急襲攻撃、今やターニャはレルゲンにがっちりと抱きしめられていた。思わず奇声を上げてしまったが、咄嗟にレルゲンをぶちのめさなかったのは幸いであった。上官を傷つけたとあってはせっかくのキャリアが終わってしまう。

 だがターニャは今の状況に困惑を隠しきれない。これからどうすればいいのだ? はがすわけにもいかないし、こんなの想定外すぎる!! 今の状況が意味不明すぎて、普段良く回るはずのターニャの頭はパンク寸前である。

 ターニャが救いを求めてゼートゥーアの方を見ると、彼は葉巻を加えたまま固まっていた。頭が目の前の状況を理解する事を拒否したらしい。

「ターニャァァ、ターニャァァ、うぉぉぉぉぉぉ」

 横からはなおも彼女の名前を連呼するレルゲン中佐。

 なんだうぉぉぉぉって。良心の呵責が限界でとうとう壊れてしまったのか? それともまさかそっちの趣味があったりするのか? ターニャは様々な想定をしたが、答えらしい答えは出ない。とにかくまずは抜け出さなくてはとレルゲンに呼びかける。

「レルゲン中佐、その、そろそろ離していただけると……うぎゅ!」

 逆効果だった。名前を呼ばれた事に反応したのか、レルゲンはさらにきつく抱きしめる。今は前線には立っていないといえどレルゲンは軍人、鍛えられた男の全力ホールドにターニャは息が詰まりそうになる。いくら白銀とあろうとも、身体能力はただの子供なのだ。

 レルゲンはお気に入りのおもちゃを取り上げられまいとする子供のように、がっちりとターニャを拘束している。ゼートゥーアはなお復活の兆しを見せない。そろそろ葉巻の火が指まで到達しそうでやばいが。ターニャの希望は彼一人だというのに。

 もう誰でもいいから早くこの混沌の場を治めてほしい。そんなターニャの願いもむなしく状況はさらに悪化する。

「ただいま医者をお連れしました!! ってうえぇぇぇぇ?」

「どうしたというのです? それほどまでに重体なのですかって、あらまぁ♡」

 二人の声を聞いた瞬間、ターニャの顔は真っ青になった。

 こいつらの存在忘れてたぁぁぁぁぁぁ!!

 

 本来であれば迅速な行動を褒めるべきなのだろうが、今回に限っては最悪なタイミングであった。どうすればいいか困惑する衛兵に、予期せぬラブシーンに色めき立つ女医、

「あっつ!!」

 とうとう葉巻の火が指まで到達して、キャラ崩壊甚だしい叫びをあげるゼートゥーア、カオスがカオスを呼び、どこまでも悪化していく状況にターニャは泣きたくなった。

 

 ……どうしてこうなった。

 

 いっそこのまま意識を失ってしまいたい、ターニャはそう思ったが、冷静な者(ツッコミ)がいないこの状況、自分こそが頑張らないと収拾がつけられない。衛兵はターニャ含め全員が格上、上司にあたるから何もできないし、女医は放っておけばあらぬ噂を流される可能性が高い。レルゲン中佐は小児性愛なんて広まったらどうなるか。この惨状の原因は彼にあるとはいえ、今ここで良き理解者を失うわけにはいかないのだ。とにかくまずは周囲の誤解を解かねばなるまい。

 脳死寸前の中、ターニャは知恵を絞ろうと奮戦する。しかし言い訳云々よりも、レルゲンの拘束から抜け出さないと話にならないわけで。だからといって「助けて―」って叫びでもすれば、今度はレルゲンが社会的に死ぬ。

 肯定するも否定するも地獄。奥の手の沈黙は『今の状況受け入れている』と見なされるだろうから肯定である。完全な無理ゲーであった。ターニャがどう動こうが状況は良くならない。客観的に見て、この場を正しく治められるのは、レルゲンかゼートゥーアしかいないのだ。

 ターニャの中で達観が芽生え始めた時、彼女はふと己の肩が湿っている事に気づいた。これはターニャ自身の物ではない。つまりはレルゲンからのものだ。肩は震えており、聞こえてくるのは嗚咽、この密着状態では表情こそ見れないが、ターニャにはレルゲンのそれが何か分かってしまった。

「レルゲン中佐、泣いているでありますか?」

 ターニャの問いかけに対し、レルゲンは答えない。聞く耳持たず、である。その様子を見て彼女はふと孤児院にいた頃を思い出した。魔道適性が認められる以前の彼女は、裕福な家庭の養子を狙って、己の評判が良くなるよう、下の子達の世話をしていた。

 愛情に飢えた子が構ってほしさに我儘を言う、ターニャは今それに近いものをレルゲンに感じていた。沈黙を貫くという行為も、少しでも今の状況を長引かせようとしているのだ。己の感情を制御できない今のレルゲンは、幼子そのものと言っても良い。

 だからだろうか。レルゲンが自分にすがり泣く様を見て、ターニャの最善を求める思考回路が誤作動を起こし、軍人の鏡としての凛々しい姿ではなく、孤児院での優しいお姉ちゃんを演じてしまったのである。

「まったくしょうがないでありますなぁ」

 言葉とは裏腹に慈愛に満ちた声。片手はレルゲンの頭に、もう片方はレルゲンの背中に。ターニャは子供をあやすかのように彼の頭を優しく撫で、背中をポンポンと叩いた。彼女はそれをごくごく自然にやってのけた。

「何があったか小官には分かりませんが、もういっそ出し尽くすと良いですよ」

 ターニャのその姿は一種の神々しさすら感じさせ、皆の心を打った。彼女の慈愛をダイレクトに受けたレルゲンの涙が3割増しとなり、号泣が超・号泣となった。横には自分も幼女に癒されたいとすすり泣く衛兵、「あらあらあらぁ」とさらに目を輝かせる女医は鼻血を垂れ流していた。

 

 一方でゼートゥーアは冷静さを取り戻していた。否、厳密的に言うと取り戻さなくてはいけなかった。ゼートゥーアにとってレルゲンの奇行はともかくとして、ターニャのした対応は准将として見逃してはならないものであった。

 彼は混沌の中、火傷した指を水につけながら己の中のターニャを見つめる。『決して理性を失わない猟犬』、それこそがターニャに対してのゼートゥーアのイメージであった。今もなおそれ自体に変わりはないが、それが彼女の一面でしかない事に今更ながらに気づいたのである。

 彼女の率いる第203航空魔道大隊、彼らに与えられえた作戦も無茶なものばかりであり、はっきり言って心身ともにつぶれていてもおかしくはない。にもかかわらず彼女の部隊は一人欠ける事もなく生き残っており、部下達の士気も異様なほど高いと聞く。『白銀』ターニャ・デグレチャフは畏怖の対象であるとともに、これ以上ないくらいに慕われているのだ。

 第203航空魔道大隊はいきなり現れ、過酷な作戦を何度も完遂し、常勝無敗という嘘みたいな戦績を持つ、帝国にとってまぎれもなく英雄である。ゼートゥーアはだからこそ周りから、特に古参達からいらない嫉妬を受けないか懸念もあった。せっかくの虎の子を味方につぶされたらたまったものではない。

 故にゼートゥーアは密偵に彼女らの評判を調べさせていたのだが、想定しているよりも悪くなく、むしろ遥かに良い結果で、不安が杞憂に終わった事に安堵した。

 一方でゼートゥーアはその時に部下の目線から見たターニャについても調べていた。軍学校での事件についてレルゲンから聞いており、育成のやりすぎを懸念してのものであったが、その調査結果は驚くべきものであった。

 各部隊長など彼女に近しい者達はもはや崇拝レベルで、末端であったとしても、初めこそ性格がきついだの、鬼だの愚痴をこぼすが、じゃあこの部隊を離れたいかと聞くと冗談じゃないと返され、彼女がいかに素晴らしいか力説されたと報告書にはあった。

 その強さにあこがれるのはもちろんの事、それ以上に言われたのは彼女がどれだけ部下を想ってくれているか。

 ターニャは作戦時には常に先頭に立ち、いかなる時も一番危険なポジションにいる。どれだけ厳しい任務でもこんなの簡単だろうと実践して見せ、どれだけ辛い汚れ仕事でも真っ先に泥をかぶってみせる。それこそが上官の務めと言わんばかりに。

 過酷な訓練だって今になって思えば、むしろ愛すら感じるとまで部下達は言ってのけた。訓練内容は狂気の沙汰ともいえる代物だったらしいが、当時の限界高度をはるかに超えて上から仕掛ける、高濃度のデコイを常時展開する、彼女の課した無茶な要求は、実のところどれだけ安全かつ、効率的に敵を撃破する事で味方の損傷を極限まで抑える訓練であった。そして皆が揃って帰還した際、ターニャは何時だって嬉しそうに笑うのだと言う。

 部下の危機には彼女が己の身を挺してかばった事もあったというし、ここまで大切にされてしまえば、一生ついていきたいとまで思うのも無理はないだろう。

 ゼートゥーアはため息を漏らした。ターニャのそうした一面は報告書類で見ていたはずであるが、あくまで軍人としての優秀さとして評価していた。部下をいたわるのも仕事としてやっているのだと、信じきっていた。だが実際に見てみれば印象はかなり異なる。そこでようやく当たり前の事実に行き当たった。

 軍人とは悲惨な戦争に適するよう作られた人格であって、本来人が持つ内面と一致するわけがないのだ。それまでのターニャの振る舞いが完璧すぎて、ゼートゥーアは今の今まで気づかなかった。

(いや、見ようとしなかったのが正解か。軍人としてあまりにも優秀であったゆえに、私個人の理想を彼女に当てはめてしまった……)

 ゼートゥーアは思う。今になって思えば完璧であるという事こそが答えであった。ゼートゥーアにとってターニャは使い勝手が良すぎたのだ。職務に忠実である事、軍にとってそれこそが重要である。個人の性格などは二の次だ。

 だから『本当のターニャ』なぞ関係ないはずであるが、人が軍人になるはずなのに、軍人を基本として考えてしまった己に戦慄した。軍にいた期間が長すぎた故の感覚のずれであった。

 ゼートゥーアは常々思っていた。今の状況に何か見落としはないのか。作戦は今のところうまく行っている。帝国に理想的な戦争の終結も見えてきている。だが漠然とした不安はうまく行けば行くほど募っていく。その理由が今、ここで分かりかけている。

 心臓が脈打つ。ゼートゥーアは長年の感から、己が分岐点に立たされていると理解していた。帝国の未来のためここで間違えるわけにはいかない。ゼートゥーアが長らく欲していた答えは彼女が握っている。

 ゼートゥーアは今もなおレルゲンをあやすターニャに問いかけた。

「デグレチャフ少佐、一つ尋ねたい」

「なんでありましょうか?」

「君は戦争そのものをどう思うかね?」

 その一言で場の空気が変わった。異様なまでの緊迫した状況に、それまで幼女愛に目覚めそうだった衛兵が震えた。早く二人の熱愛について、周りに知らしめたいと思っていた女医も、場の空気の飲まれて息を呑む。それまで幼子そのものであったレルゲンも、先ほどとは打って変わって険しい表情をしていた。

 しかしながらゼートゥーアは准将、ターニャは少佐、軍としての階級がある以上、『答え』は決まっている。これでは何も変わらない。だからゼートゥーアは付け加えた。『本当のターニャ』を逃がさないために。

「ただし軍人としてではなく『君』個人として意見を述べよ」

 長い沈黙があった。個人の意見を求めるなんて異例中の異例である。皆が皆固唾を呑んでターニャの方を見ていた。

 

 ターニャはポーカーフェイスを保ってはいたものの、いきなり特大級の爆弾を投下され、内心はパニックに陥っていた。冷や汗が止まらない。軍人としてではなく個人としての意見が欲しい、それにどんな意味があるのか? 

 今更ながら軍人としての適性検査を行うのは無理があるし、本当は戦争大嫌いなので言えるわけがない。でも軍人としての答えを望まないとあえて指定した事は、戦争を否定してほしいのだろうか? しかしイチかバチかそれを言うのはリスクが高すぎる。

 意外な事に答えに窮するターニャに囁いたのはレルゲンだった。

「大丈夫だデグレチャフ少佐」

 ターニャは彼の急なイケメン化にツッコミを入れたくなった。一体何が大丈夫なんだコノヤロー! さっきまでお前ポンコツだったろ! そもそもお前が今の状況引き起こしたのに、今更恰好つけたって遅いわ! ターニャは内心あらゆる罵倒をレルゲンに浴びせる。だが、

「何があっても私が守るから君の本音を言ってくれ」

 その一言はターニャの心をざわつかせた。甘い事言ってくる相手こそ気を付けろ、無償の善意などありえない。ターニャはそれを良く知っている。いくら幼女を戦場に送る事へ罪悪感を感じているレルゲンでも、『何があっても守る』は行き過ぎである。冷静の皮を装っているだけで、まだご乱心しているのだろう。

 否定理由はいくらでも出てきた。だが肩に残る彼の涙が、体全体に感じる熱が否定させてくれない。

「私を信じてほしい」

 ターニャは疑問に思った。何故レルゲンはそこまで必死なのかと。何故そこまでターニャ・デグレチャフに肩入れする? こんな質問をするゼートゥーアもまともではない。何故私自身の意見が重要なのだ? せっかく理想の軍人を演じているのにどうしてその奥を知ろうとする? 二人が求めるべきはターニャ・デグレチャフではなく『白銀』でなければならないのに一体何故?

 理解できない事は嫌いだ。でもどういう訳か今はそれを不快に感じる事はなかった。心の奥底からこみあげてくる感情は何て言えばいいのか。今この場は常識とはかけ離れたところにある。だったら場に任せて自分もいっそ狂ってしまおう。

「率直に申し上げます」

 思った以上にはっきりとした声が出てターニャは自分自身驚いていた。そうか、私は本当は言いたかったのか。心の内を叫びたかったのか。もはや後戻りできないターニャは、意志のある眼差しでゼートゥーアを見る。そして

 

 

「『私』は戦争なんて大嫌いであります」

 

 

 ターニャは初めてターニャ自身の意見を言ってのけた。

 

 

 ゼートゥーアは後に言う。この時確かに帝国の未来は変わったのだと。

 

 

 

 

 ゼートゥーアとの対談を終えたターニャは満身創痍であった。普段の凛々しい姿は見る影もないくたびれた様子で帰路に就く。何の飾りっ気のない素の自分を、一瞬たりとも見せたのはターニャにとって大きな負担であった。

 上官に対して戦争を否定してしまった事実に戦々恐々としていたのだが、ゼートゥーアからはまさかの謝罪をされてしまう始末。いわく、無理に聞き出して悪かったとか。ターニャの気のせいでなければ、ゼートゥーアはあの時何かを掴んだかのようであった。あの異例の問答には一体何の意味があったのだろう。

 ターニャにはその答えは分からないまま軍議は終了となったわけであるが、分からないと言えばレルゲンの態度も今までと違いすぎてさっぱりであった。

 いきなりのご乱心から突如のイケメン化、終わった後はそれまでずっとターニャの事を抱きしめていたことに気づき、慌てて離れたと思ったら、しどろもどろになりながら言い訳をする。ターニャがとりあえず怒ってはいないと告げると、それはもう嬉しそうな顔をするものだから調子狂う事この上ない。

 この場に居合わせた衛兵と女医の口止めにもターニャはえらい苦労した。衛兵は「では私もなでなでしてください」とのたまったので、ぶちのめそうと思ったら先にレルゲンが「ちょっと奥で話そうか」と連れて行ってしまった。

 振り下ろす先がなくなった拳をどうしようかと考えていると、隣の女医に「愛されていますねぇ」と言われて頭を抱えた。ターニャがいくら否定しようにも「分かってますから」の一点張りで、もう完全にカップルとして見られているのは間違いない。「年の差がありすぎるだろう!」と叫んだターニャの魂のツッコミは最後まで通じなかった。

「……もう限界、無理、早くシャワー浴びて寝たい」

 やっとの事で宿舎へと到着し、ターニャは早速部屋へ戻ろうとすると、副官のヴィーシャが何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回しているのを見つけた。

「なんだセレブリャコーフ少尉、落とし物か?」

 ターニャの声に反応し、ヴィーシャはゆっくりと振り返る。ギギギという擬音が聞こえてきそうなくらいに不自然な硬さ、目は何故か血走っていた。どこか異様な空気を纏ったヴィーシャにターニャは思わずたじろぐ。彼女のその姿にデジャヴを感じ、一体なんだろうと考えたも束の間、ヴィーシャはターニャに向けて全速力で突っ込んできた。

「社長ーーーーー!!!」

「は? 社長? うわらばっ!!?」

 猪のような猪突猛進を見せたヴィーシャをかわせず、ターニャはそのまま有無を言わさず押し倒された。

「貴官なんのつもりだ!? って……またか!!」

 ターニャの目の前にあるのは自身を抱きしめつつ、さめざめと泣く部下の光景、先のレルゲンと全く同じ光景であった。感じたデジャブはこれだったかと理解する。

 ターニャはげんなりした様子でヴィーシャを見やる。本来であれば厳しく律するべきなのだが、疲れた脳では軍人モードに戻る事も出来ず、結果として先ほどと同じようにヴィーシャをあやす。頭を撫でられ一瞬固まったヴィーシャであったが、己の状況を理解すると、甘やかされたのが余程嬉しかったのか、まるでじゃれつく犬のように顔をターニャの胸へと擦りつけてきた。

「……また、またお会いできました」

 『また』と言われても今朝会ったばかりなのであるが、とターニャはぼやく。

 ヴィーシャの頭を撫でつつどうしたものかと考えていると、どこからか地鳴りのような音が聞こえた。数え切れないほどの人の大移動、しかもそれは徐々に迫ってくる。ターニャは猛烈に嫌な予感がした。今日の皆は狂っている。副官のセレブリャコーフ少尉でさえこの有様である。

 

 ターニャは考える。

 

 もしも、もしもだ。

 

 この奇病、『幼女に甘えたくてたまらない病』が我が203航空魔道大隊に蔓延しているとすれば……

 

「社長、社長はどこだ!!?」

 聞こえるのは聞きなれた声、というかさっきから社長ってなんだ? ここは会社ではなく誇り高き帝国軍ぞ。ターニャの頭が警鐘を鳴らす。良く分からないけどヤバイ。今の状況は非常にヤバイ。だが副官に抱きすくめられていて、身動きが取れないターニャはどうにもできなかった。

「見つけた!!」

 ぎらつく複数の目が一斉にターニャの姿を捕らえる。それまで獰猛なハンターであった彼らの表情は一様に歓喜に染まり、感極まった様子で涙を流す。むせび泣きながら全力疾走してくる部下達。屈強な男達が半狂乱になりながら迫ってくる光景にもう恐怖しか覚えない。

「おい、まさか……やめろ。上官命令だ! それだけはやめろ!!」

 

「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ社長殿ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」

 

「私のそばに近寄るなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

(2)とある男

 

 

 

 男が時計を見ると午前5時を示していた。外はまだ薄暗くこれからやっと朝日が昇ろうかとしているところであり、早く起きすぎたと苦笑する。若き頃は訓練してようやく早起きの習慣をつけたというのに、今はむしろ寝ていられないのだから面白いものだ。

 男はゆっくりと起き上がると、洗面台へと向かい顔を洗う。タオルで拭った後、長年の友であった眼鏡をかけると、しわが増え、老年に差し掛かった顔が鏡に映っていた。

 年が年故食欲なんてものはあまりなく、簡単にシリアルで済ませた男は外出用に着替えると、近所にある公園へと向かった。

 世界大戦が勃発した激動の時代を生き抜き、余生を穏やかに過ごす権利を得た男であったが、初めはそこから何をすればいいか分からず、すっかり空いてしまった時間を持て余した。そこで何もしないよりはと始めて見たのが朝の公園の散歩である。

 戦争を体験した身としては、そんな些細な平凡が嬉しくもあり、そこそこに満足していたのであるが、家族連れなどを見ると一人でいる寂しさを拭えなかった。

 別に結婚の機会がなかったわけではない。チャンスは何度でもあったのだが、男は己の成すべき使命を理由に遠ざけていた。役目終えたらすぐに死んでしまえればよかったのに。老体になってから自由を与えられても困る。

 平和は好きだ。これこそ欲してやまなかったもので、この光景を見るために男は今まで生きてきた。でもそれを分かち合う同士はもはや誰も生きていない。過去の記憶をたどりながら男は池のほとりを歩く。

 そんな中、男の横を青いワンピースを着た金髪の少女が横切った。

 少女の笑顔を見た時、それまでセピア色だった男の記憶が鮮明に蘇った。彼にとって金髪の幼女と言ったらただ一人であった。ターニャ・デグレチャフ、『白銀』と呼ばれたかの帝国の英雄である。

 視線の先の少女は純真そのもので、彼女とは似ても似つかない。彼女であるのならば子供にそぐわぬ冷静さを持ち、残酷さをも持ち合わせた『化物』でなければならないのだから。それこそ彼女の存在は敵国から恐れられ、『ラインの悪魔』と呼ばれていたほどだ。

 どれ程戦況を優位に進めてきても、ラインの悪魔が現れれば、彼女自身の圧倒的強さと、個々がネームド級とまでされた部隊で、あっという間に状況がひっくりかえってしまう。しかもこの悪魔は戦略家でもあり知恵も回るのだ。彼女を相手するのならば生き残るだけでも上出来、敵からすれば悪魔と呼ぶしかない。

 過去に行われた軍議での彼女の案はどれも常識をぶちこわすものばかりで、どれ程胃を痛めたものか。男が思い返すのは彼女の悪態ばかり、その数にキリはなく、次から次へと思い出が溢れてくる。それもそのはずだった。

 

 男は彼女を愛していたのだから。

 

 もっとも男が自分の想いに気が付いた時は、すでに手遅れだったのだが。

 仕事に向かう事で考えないようにしていた。必死になってさえいれば忘れられた。ずっと記憶の底に蓋をしてきたのに、何故思い出してしまったのか。

 どれだけ求めても報われないというのに。

 

(ターニャ、私は君と一緒にこの光景を見たかった)

 

 時を経て老人となったレルゲンは静かに涙した。

 

 

 帝国の敗戦後、すべての責任を背負ったゼートゥーアからの遺志を継ぎ、レルゲンはかつての栄光を取り戻すために人生を捧げた。敗戦国というまさにどん底からのスタートであったが、同士がいるからこそ絶望の寸前で踏みとどまる事が出来た。先行きが見えない状況でがむしゃらに進んできたレルゲンであったが、結果としてそのあがきは無駄にならず、一歩一歩ゆっくりとではあるが、着実に復興への道を歩んでいた。

 レルゲンが彼女の情報を得たのは、焼け野原となったベルンが最低限ではあるが、ようやく街として機能回復を果たした後であった。合州国へ亡命していた彼女が満を持して起業したらしい。航空貨物、旅客輸送、名目とは名ばかりの傭兵稼業、要するに民間軍事会社である。その人材確保のためにかつての部下達を集めているのだとか。

 レルゲンは実に彼女らしいと思った。あの泥沼の戦争につかりきった者たちが今更ながら普通の生活に戻るのは難しい。さらに言えばかのラインの悪魔の部下達だ。二つ名こそ持ってないが、1人1人の実力がネームドクラスの化け物揃い、反逆の意志がなかったとしても、ちりぢりになった彼らを各国も野放しにもできないのだ。彼らがもし決起したら、惨劇は免れない。

 実のところ密かに彼らを暗殺してしまおうと考える国もあったらしい。部隊ではない個人なら殺せると。結果は散々たるものであったが。

 優秀な彼らは暗殺部隊を一人残らず返り討ちにし、指示した者を突き止め、手紙を送り付けたとか。内容は別に何もする気はないので心配ご無用といったもの、だが指示した者にとっては何時でも殺せると言われたような物で、ラインの悪魔の子もまた悪魔であると悟り、生きた心地がしなかったと言う。

 故に彼女が起業したという情報は悪魔の子を抱えてしまった国にとっては渡りに船であった。撃ち滅ぼす事ができない化物をまとめて引き取ってくれるのだ。彼らがまた一つにまとまるのは脅威であるが、懐にいられるよりも遥かにましだった。

 そして民間の傭兵稼業は、戦争という形をなるべく取りたくない世界のニーズにもマッチした。しかも彼らの実績はかの戦争で折り紙付きだ。かつての大隊長の元に集った彼らはまさに一騎当千。仕事に対する信頼は絶大なものがある。

 そう、彼女はその牙を抜かれる事なく、社会の中核を成す歯車として入り込んだのだ。亡命してからたったの数年の間に、彼女は居場所を作り上げてしまった。悪魔とも言われたその優秀さで、かの強大な国が彼女を裏切れない状況まで持ち込むとは、彼女の手腕には脱帽せざるを得ない。

 レルゲンはその日、彼女という劇薬を抱え込んだ合州国の苦悩が手に取るように分かり、これは痛快だと盛大に笑った。そして確信したのだ。彼女との腐れ縁はまだ続きそうだと。

 

 それが彼にとって都合の良い願望だとは露知らず。

 

 

「随分と懐かしい顔ですな、レルゲン大佐。今は少将、でしたか? 何はともあれお久しぶりです」

「ああ……」

「申し訳ありません。せっかくの再会がこのような辛気臭い場所になってしまって。体調さえよければ私も式典に出席したかったのですが」

「いや、構わない」

 レルゲンが期待に膨らませた彼女との再会は、晴れやかな舞台ではなく病院の一室であった。話したい事は沢山あったはずなのに言葉がまるで出てこなかった。

 かつて悪魔と恐れられた彼女は、今までレルゲンが見た事ない穏やかな表情でベッドに佇んでいた。その一方で顔色はどこか悪く、体もやせ細っていて、否が応でも理解させられた。彼女はもう長くないのだと。

 レルゲンと比べて彼女は遥かに年下であったため、彼は勝手に思い込んでいた。ヴァルハラに行くのは自分が先だと。人は寿命を全うできずに死ぬ事もある、そんな当たり前な事を忘れるくらい、レルゲンの彼女に対しての信頼は絶大であった。戦場でも盤の上でも鬼神のごとき活躍をする彼女が、病気で倒れるなんて思いもしなかったのである。

 ショックのあまり頭が真っ白になっていたレルゲンは、彼女の言葉に相槌を打つしかできなかった。世間話はまるで耳に入らず、ただただ彼女を見る。かつて少女だった彼女は成長し、一人の女性となっていた。もしも彼女が健康であったなら、その美しさは男達を虜にしたであろう。理知的で魅力にあふれた女性になっていたに違いない。

 レルゲンはいたたまれない気持ちになり、世の不幸を恨んだ。彼女はここまで頑張ったのにこの結末はあんまりだと。にもかかわらず彼女は悔しそうな顔を一切しない。それが余計レルゲンの心をかきむしった。

 これほど重い空気で会話が続くわけがない。レルゲンは沈痛な面持ちを浮かべたまま押し黙ってしまった。その様子を見て彼女は懐かしむように言った。

「結局『私』を理解してくれたのはあなただけでしたな」

「デグレチャフ、それは一体どういう……」

「あなただけが私を戦争から遠ざけようとしてくれた」

 彼女の漏らした本音にレルゲンは頭を殴られたような衝撃を受けた。

「私はあれだけ後方勤務を望んでいたというのに、与えられる命令はいつも最前線。今だからこそ言いますが、いつ死んでしまうか冷や冷やさせられましたよ」

 楽しそうに笑う彼女にレルゲンは「違うのだ」と叫びたかった。自分こそ戦争に追いやった張本人だと。軍学校への編入を取りやめ、戦場に立つ事になった直接の原因は彼にある。途中からは別の理由で遠ざけようとしたのは確かであるが、彼女の兵としての優秀さを世間に周知させてしまったのは、間違いなくレルゲンなのだ。もし参謀としての道が開けていたら帝国も救えていたかもしれない。それに思い至った日は眠れなかった。

 レルゲンは思う。自分が恐れていたのはなんであったのか。彼が恐れていたのは彼女の狂気ではない。彼が真に恐れていたのは彼女の才能なのだ。理解の遥か上の世界で答えを見出す彼女に居場所を奪われるのではないか、それを認めたくない故に彼女の人間性を疑う事にした。幼女の身で正しく軍人として振る舞うのは異常であると。一人の男のつまらぬ嫉妬がすべてを壊したのだ。

 レルゲンは告げてしまいたかった。己の罪をすべて。だができなかった。それは彼女の淡い幻想を壊してしまう事と同義であるから。もしもレルゲンがすべての元凶と知ったら、彼女は絶望してしまうだろう。彼女にとって『レルゲン』は唯一の理解者なのだ。レルゲンは彼女のためにも良き人を演じなければならない。

「子供を戦争に立たせるなんて普通じゃないからな。まあ結果として私の心配は杞憂だったようだが」

「まったく私が戦争を楽しんでいたとでも? 生き残るのに必死なだけでしたのに」

「軍人である以上は上官には逆らえなくてな。コーヒーとチョコレート送るくらいが精いっぱいだったよ」

「コーヒーとチョコは好きですが、それで仕事を増やされたらたまったものではありませんな」

 軽い応酬をするたびにレルゲンの心が悲鳴を上げていた。それでも必死で続けたのは彼女を楽しませたい、その一心で。

「まあお互いこうして生き残れただけでも僥倖ですかな」

「…………」

 しかし彼女のこの一言でとうとう言葉が詰まってしまった。レルゲンはこれに対する答えを持ち合わせていない。彼女も己の失言を悟ったのか、優しく微笑むとレルゲンの手を取った。

「そんな顔しないでください。私は自分にできる事はすべてやりきりました。私は最後の最後まで屈せずにあのくそったれの鼻を明かしてやる事ができた」

「くそったれ?」

「ふふ、くそったれが誰かは秘密です」

 めずらしく茶目っ気を見せた彼女にレルゲンが呆気に取られる。

「私自身は満足しているんです。ただ」

 彼女は病室の外へと視線を向けた。そこはきっと彼女のかつての副官が待機しているのだろう。

「無茶を承知で頼まれてくれませんか?」

 レルゲンは直感した。これは遺言に当たるものになるであろうと。本当は彼女の遺言など聞きたくなかった。それでも彼女の理解者としての義務は果たさなければならない。

「まずは話してみろ。聞いてから考える」

「私の部下達をお願いします。私がみっちり鍛えてあげたのに、私がいなくなるってだけで酷く動揺してるようでして。まったく情けない。仕事は私なしでもできるようにしてますので、喝を入れてやってください。誇り高き帝国軍人が何事かと。私が言っても泣くばかりでどうにもならんのです」

 最初は静かに聞いていたレルゲンであったが、聞いているうちに段々と我慢ならなくなった。彼女は一体どこまで愚かであるのか。

「いい加減にしろ!! 君は鈍感にも程がある!!」

「はぁ? どういう事でありますか?」

「いなくなるだけってそんなわけないだろ! 彼らは皆君が好きなんだ! 君を慕っているからこそついてきたんだ!! にもかかわらず君がいなくなろうとしている。そんなの悲しいに決まっているだろ!!!」

 彼女が今一ピンと来ていない様子である事に、レルゲンはさらに腹を立て、まくしたてるように言う。いつしかレルゲンの瞳にも涙が浮かんでいた。

「レルゲン少将? あなたも……泣いているのですか?」

「そんな当たり前な事を聞くな!! ああ、泣くさ!! 戦争が終わったんだ。復興だってうまく行っている。これから話す時間はいくらでもあると思っていたのに……そう、すべてはこれからだ。これからのはずなんだ……なのに……」

 最後はもう言葉にならなかった。静寂の中、レルゲンの泣く声だけが響く。その中で彼女は笑って見せた。

「デグレチャフ、なぜ笑う?」

「いえ、存外に人から想われるってのは嬉しいものだなと」

「君って奴は……」

 心底嬉しそうに笑う彼女にレルゲンは言葉に詰まる。

 

 今でもレルゲンは何故彼女がそうしたか分からない。そこにどういう意図があったのか。その時彼女は初めてレルゲンの下の名を呼んだ。

「エーリッヒ」

 

 

「ありがとう」

 

 

 彼女が亡くなったのはそれから一か月後の事であった。

 

 

「おじいちゃん大丈夫?」

 レルゲンが気が付くといつの間にか例の金髪の少女が目の前にいた。

「ああ、すまんすまん。昔が懐かしくなってしまってね」

 レルゲンは涙をぬぐうと笑みを作り、少女の頭を撫でた。

「君は優しくて良い子だな」

 少女は得意げに笑う。こうした笑みは彼女もよくしたなと考えていると、ほどなくして少女の両親が現れた。突如走っていなくなってしまった子を探していたのだと言う。少女の方から話しかけてきたので偶然でしかないのだが、お礼を言われてしまい恐縮する。

 レルゲンはこのままでは勝手に両親の元から離れた少女が怒られるであろうと推測し、自分が体調悪そうなのを見かねて心配してくれた旨を少女の両親へ伝えた。そしてレルゲン自ら両親から離れてはいけないと優しく注意する。他人が注意してくれた事で両親の方は少女に対し怒らなくて済む。

 せっかくの記憶を思い出させてくれた少女が怒られるのは忍びない。幸い少女の両親は聡明であった。こちらの意図を察したようで、深々と頭を下げた後、特に少女を怒る事もなく、今度は手を繋いで去っていった。

 仲睦まじく歩く三人を見送る最中、レルゲンはふと思った。もしも彼女が生きていたら自分と彼女でこのような光景が見られたのだろうか。

 恥ずかしながらレルゲンが彼女への想いを愛であると自覚したのは、あの病室での出来事の後であった。あまりにも遅すぎる自覚であった。だからといって早くに気づいていたらそれはそれでただのロリコンでやばかったが。

 レルゲンは自分自身の彼女への態度は妬みかと思っていたのだが、当時の彼女は幼女であったから、惹かれていたのを無理矢理抑えている面もあったのかもしれないと、今更ながらに思い至りかつての己の若さに苦笑した。

 レルゲンが筆を取ったのはそれからであった。少女とその家族に出会ってから、彼女の事をよく思い返すようになったレルゲンは、想いの捌け口を絵に求めた。彼が描くのはもちろん愛しの人、ターニャ・デグレチャフである。彼はキャンパスに『もし彼女が生きていて、自分の隣に立っていたら』という夢を描いた。

 思い起こすのは戦争時の白銀としての彼女ではなく、最後に見た彼女の本当の姿、ただ穏やかに笑っている彼女こそレルゲンは望んだ。

 はじめは絵なんて素人同然で思うように描ける事なんてなかったが、幸い時間も金も余っていた。選んだ道具はプロも使う当時の最高級品、やるからには徹底してやるのが彼の信条だ。絵がどのようなものなのかを一からじっくりと勉強し、納得できる作品が描けるようになった頃には数年が過ぎていた。

 レルゲンの描いたターニャの絵はすべて自前のアトリエに飾ってある。今や彼の絵はかつての彼女の部下のサラマンダーエアーサービスの者達にも評判だ。ねだられても決してあげたりはしなかったが。生きているうちは自分だけのものだ、彼はそう決めていた。

 次にレルゲンが描こうとしているのは休日の彼女である。もはや通いなれた公園の敷地内にオープンカフェが開店したのだ。彼女がコーヒーを愛飲していたことから、味もよく景色も良いここには絶対来るであろうと思い至り、比較的空いている朝の時間帯にやってきては、コーヒーを片手に筆を走らせる日々、今度の絵は最高の物になる、と彼は確信していた。

 レルゲンはその人生を終えるまで彼女の絵を描き続けたと言う。

 

 

 

 

 

 

(3) 神の誤算

 

 

 人は名画と呼ばれる物に心惹かれる。名画は時代を象徴するものでもあり、何より描いた者のむき出しの情熱に人は心打たれるのだ。名画と呼ばれる物は世に沢山あるが、帝国国立美術館でもっとも有名なものと言えば、エーリッヒ・フォン・レルゲンが晩年に描いたとされる『愛しの君』シリーズだ。

 彼の死後、彼の描いた絵のほとんどが何故かサラマンダーエアーサービス(ZAS)と呼ばれる、航空会社が所有していたのだが、戦後50年の節目に美術館へと寄贈されたのだ。

 絵に登場するのはいつも同じ人物で、金髪の美しい女性が描かれている。その女性が誰であるかについては長年論議されてきたが、作者の日記が発見された事でその正体が判明した。

 作者、エーリッヒ・フォン・レルゲンは若いころ、帝国軍人を務めていたのは周知の事実であるが、日記によると絵の女性も軍役についていた事が分かっている。女性は非常に優秀だったらしく、最初の頃はコンプレックスを抱いていたが、それを克服してみたら彼女に対して愛情が芽生えていたとの事。

 お互いあの悲惨な戦争は乗り切ったものの、彼女が病気で早逝した事により二人が結ばれる事はなかった。この悲恋話は絵の価値をさらに高め、カップルで見たい絵では堂々の一位を博している。

 ただこのレルゲンという人物、非常に嫌らしい。何せ日誌には彼女の名前や所属を一切書いていないのだ。彼は彼女が軍で何をしていたのか一切の情報を排除していた。

 日記の最後はこう書かれている。彼女の名は私と彼女の部下のみの物だと。完全に確信犯であった。なんたる独占欲、だがその謎すらもアクセントとなり、ミステリアスな魅力が人を引き付けてやまない。

 彼女の謎を解き明かす上で、ヒントと成りうるものがある。それは帝国から離れた地の合州国にあるZAS社だ。ここでの注目点は絵を会社のある合州国ではなく、帝国に寄贈したという事だ。つまりZAS社はレルゲンとの関係に深い繋がりがあり、絵の女性についても知っていた可能性が高い。

 話によるとZAS社の最初期のメンバーには元帝国軍人もいたとの事だ。後はお分かりだろう。きっとそこに日記に書かれている部下が実際ZAS社にいたのだ。残念ながらその初期のメンバーはすでに全員亡くなっており、話を聞く事はできなかったわけであるが。

 一つ分かる事があるとすれば、絵の女性は素晴らしい人物だったのだろう。その証拠に寄贈された絵はどれもとても保存状態が良く、とても大切にされていたのが分かる。

 多くの者達から愛された麗しき女性、できる事ならぜひ現実で会ってみたかったものである。

 

著  美術評論家 ○○○○

 

 

 

「さて、何か言い分は?」

「……弁解の余地もありません」

 神、かつて転生者ターニャ・デグレチャフから、存在Xと呼ばれた存在は見事な土下座を披露していた。神の中でも転生者を生み出せる権力を持ち、かなり位の高い彼であったが、今回のターニャ・デグレチャフについては大失態であった。

 どれ程の苦境に立たせても、彼女は神を否定し続け、改心させる事はついに叶わず。早死にしてしまった事で彼女の親しい者からも信仰を失う始末。さらに悪いのはこの親しい者達は恋しさのあまり、作品として多くの彼女を残した事だ。

 レルゲンの絵もそうであったが、サラマンダーエアーサービスも実は秘蔵の作品を用意していたりする。その名も『白銀のターシャちゃん』。かつての副官であったヴィーシャが悲しみに暮れていた時、たまたまターニャがパラパラ漫画を描いていた事を思い出し、それを真似てみたのがきっかけであった。

 デフォルメされた動くターニャを見て社員の一人が「それだ!!」と叫び、急遽かつてのターニャをアニメーションとして残すプロジェクトが発動。エアーサービスの社員達は、傭兵の仕事している以外の時間をアニメ制作に没頭するようになり、やたら優秀な彼らは屈指のアニメーターとして成長していった。

 この作品は当時のターニャ・デグレチャフは最重要機密であったため、あくまで身内用に作られたものでしかなかったのだが、これもサラマンダーエアーサービスがなくなった後でフィルムが見つかる未来が確定しており、その異様なまでのクオリティで人気を博するようになるとか。

 後のアニメ大国の秋津州でも『白銀のターシャちゃん』は、あの時代にこれだけのものを作成したスタッフは神がかっているとされ、少女としての愛らしさ、戦闘時のかっこよさ、子供でも大人でも楽しめるストーリー、全てを兼ね備えていた作品は高く評価された。秋津州では魔法少女と呼ばれるジャンルがあるため、その先駆けのターシャちゃんは初代魔法少女ものとしてバイブルとされている。

 そして人気が出ると必ずターシャちゃんのモデルが誰なのか調べる奴が出てくるものだ。その中にはレルゲンの絵との関連にたどり着く者が現れる。

 ここでダメ押しとなったのが、アンドリュー記者が生涯をかけて追った11番目の女神についての著書の数々だ。11番目の女神は人なのか、物なのか、あるいは作戦なのか、アンドリュー記者は生前最後の解を見出す事は出来なかった。それでも多くの女神に関する記述を探し出し、11番目の女神が帝国の主要作戦に必ず記載されている事は突き止めていた。

 当時帝国にいた優秀な名も知れぬ女性の軍人、それとこの11番目の女神が結びつくのは必然であった。別に発案者はそれが真実だとは思っていない。よりドラマチックになるからという理由だけで、その11番目の女神にターシャちゃんをあてがったのであるが、まさかそれが正解だとは夢にも思わなかっただろう。

 ともあれターシャちゃんは一大センセーションを起こした。いなくなってしまった愛しい人を記憶に残そうと生まれた作品の数々、ここまで人に愛されたのはどれほど素晴らしい人物だったのか。そして歴史の裏に隠された英雄のミステリー、世界は壮大なドラマに熱中した。未来はターシャちゃん祭りである。

 そう、存在Xと呼ばれた神は信仰を取り戻すところか、新たな信仰対象を作り上げてしまったのである。

 無論存在Xも何もしなかったわけではない。危機感を感じていたからこそ彼女への対抗する者としてメアリー・スーに力を与えた。敬虔な信者である彼女は存在Xにとって理想そのものであった。存在Xはこのメアリーが愚かな無神論者のターニャを下し、改心させるのを心待ちにしていたのだ。

 だがその結果は散々たるものであった。存在Xはメアリーがターニャのように人から敬られる存在になると思っていた。だが彼女の元には人一人も集まらなかった。人から愛されたターニャとは違い、むしろ忌み嫌われる存在であったのは到底信じられない事であった。

 そして彼女の最後はターニャに敗北したのではなく、仲間であったはずの者からの惨殺である。あまりにも惨たらしい最後を見て、存在Xは絶句せざるを得なかった。今や神の使徒は人々に必要とされてない、その事実に恐怖すら覚えた。

 やる事なす事すべてが裏目に出てしまい、存在Xは奇しくも忌まわしい彼女の口癖を真似る羽目となったのであった。

 

「どうしてこうなった」

 

 周りからの軽蔑の眼差しに耐える日々は辛く、誰かに会う度にどう落とし前付けるのかと追及される。しかし存在Xは答えを持ち合わせない。英雄になるべく祝福した者が排除される世の中でどう戦えと言うのか。信仰を得る方法がまるで思い至らない。今までワンパターンでやってきた事に対するツケであった。

 存在Xは3D化されたターシャちゃんライブを恨めし気に眺める。時代は進化し、バーチャルリアリティーが浸透し始めていた。不滅の体を得て、美化されまくってる今の彼女の人気は歯止めが利かない。

 歌って踊るターシャちゃんにサイリウムを振ってファンが応援する光景、自分がその熱狂の対象であるならどれほど良かったか。

「しっかしターシャちゃん可愛いなぁ」

 

 その瞬間、存在Xは背筋が凍った。己は今何を口走ったのだ? 

 

 かつて存在Xはターニャに聖遺物を与えた。帝国製の魔導師用の演算宝珠、エレニウム95式、本来では開発に失敗するはずだったそれに介入し、戦場に立つ彼女に持たせるように仕向けたのだ。圧倒的力を発揮するそれは利用するたびに神を賛美したくなる代物だ。

 過酷な戦場で強力な力は喉から手が出る程欲しいもの。存在Xの意図としては、彼女を使わざるを得ない状況に追い込む事で、彼女自身に信仰を取り戻させようとしていたのだが、彼女はそれを忌み嫌って極力使わないようにしていた。彼女は基本的には神の力が及ばない量産型の97式を使っており、95式を利用する際はここぞという時だけであった。だからこそ彼女は最後まで信仰を取り戻さなかった。

 当時存在Xは、何故楽な道を示しているのに拒むのか理解に苦しんでいたのだが、この時初めて彼女の恐怖を理解した。存在Xはかつての彼女と同じように自身の心を書き換えられている。

「何たる事だ……」

 ターシャちゃんはもはや聖遺物と同一の物だ。見れば見るだけ信仰したくなる。ターシャちゃんを一度でも可愛いと思ってしまった事実が重くのしかかり、存在Xは心の余裕を奪われ、追い詰められていく。

 可愛いターシャちゃんのモデルは存在Xの怨敵なのだ。彼女に対する敵意が洗い流されていく現状に、純粋な恐怖しか感じない。己が別の何かになっていく不快感は想像を絶するものであった。

 しかし危機に慣れていない存在Xはどうしようもなく弱かった。これ以上の汚染は自我の崩壊に繋がりかねないのにもかかわらず、存在Xはライブから目が離せない。彼の視線は常にターシャちゃんを追う。ライブのコンセプトはもしもターシャちゃんが戦争を知らない無垢な少女のままだったら。

 

 楽しそうに歌う幼女はきらめいて見えた。

 

「ああ」

 

 無邪気な微笑みが存在Xに直撃する。

 

「ああああ」

 

 しかし時折見せるそれが儚い夢でしかないという空虚な瞳、そう、これはターシャちゃんの願望の世界なのだ。その空虚な瞳が本家のターニャと被って見えた時、

 

 存在Xは壊れた。

 

「ターシャちゃん!!! 私が、私が悪かったぁぁぁぁ!!!! 許しておくれぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

 ちなみに神と呼ばれる存在は唯一神ではなく複数存在しているため、彼らが住むための神界なるものがあり、それぞれの居場所、要するに家があって割と人間に近い暮らしをしていたりする。複数いるって事は神は神なりに交友関係もあり、存在Xにも友人と当たる者達が存在するのだ。

 彼らは落ち込んでいる存在Xに対し、家に押しかけてサプライズパーティーを企画していたのあったが、彼の自宅を訪れた友人達が見たものは、人の世を映すテレビの前でサイリウムを振っている存在Xであった。

「ハイ! ハイ! ハイハイハイ!!」

 来客に気づかずにキレッキレのダンスを踊る存在X、その変わり果てた姿に皆唖然とする中、友人の一人が言った。

「そっとしておこう。彼は疲れているんだ」

 その日、存在Xに気づかれる事なく帰路に就いた友人達は、彼が遠い世界に行ってしまった事に涙したと言う。

 

 

 

 生まれ変わった存在Xは実にすがすがしい気分であった。ターシャちゃんに浄化され、己のすべての負の感情を絶った存在Xは新たな野望に燃えていた。彼の目標はただ一つ、あのターニャ・デグレチャフをターシャちゃんにするにはどうすればいいか。

 精神介入は論外だ。作られた記憶であの儚さは生まれない。神を恨んでいるターニャだからこそ、彼女が幸福に満たされた時、真のターシャちゃんになる素質があるのだ。

 無論存在Xとしても実際に行うともなればそう簡単でない事は重々承知していた。例えば彼女の転生先を裕福の家庭にし、人生を再度やり直せば良いのかと言えば、答えはNOだ。普通の人間では器用に顔を使いこなす彼女の本質に気づかない。本質に気づかないのであればそこにあるのは仮初の幸福だ。

 今まで見てきただけあって、存在Xは彼女をターニャを熟知していた。彼女は分かりにくいが実のところ自己肯定力が低い人間である。合理性を欠いた個々の感情を嫌い、本当の自分は評価されるわけがないと思い込んでいる。実際はその内面の部分で好かれていたとは思いもよらないらしい。

 彼女は部下の事をもしも危険に陥った時の肉壁として考えていると言うが、実際は危険にさらされた部下を己自らかばうなど、思っている事とやっている事が矛盾していたりする。全力になりすぎる性格故か、合理主義に内面も無理矢理合わせ過ぎているのである。

 

 ターニャと言う人間は感情に理由を求めるから、

 

 部下を信用している → 役に立つ  になり、

 役に立つ → 肉壁 と曲解していくのだ。

 

 彼女の場合、このぶっとんだ思考は他人から見た自分にも及ぶのだから困ったものである。本人は理想的な上司そのものなのに、たとえ人に褒められても、合理主義を演じている自分が褒められていると勘違いし、彼女自身が認められている感覚は持ちえない。

 普通に好意を示しても勘違いされて終わるのが常だ。だからこそ彼女に勘違いという逃げ道を塞ぐ必要がある。そして存在Xはそのための方法を知っていた。必要なのは小細工なしの圧倒的火力、つまりは

 

 彼女を良く知る人物で固めて逃げられなくし、全身全霊で愛でればいいのだ。

 

 存在Xはそのための人材に事欠かない。それは愛しの君を描いた作者であり、白銀のターシャちゃんを作り上げた者達だ。彼らに過去に戻してやる事ができると伝えたら、間違いなく乗ってくるだろう。ターニャの事を死ぬ間際まで忘れなかった者達だ。

 彼らなら戦争を早期に終結させ、あの悪魔を愛の絨毯爆撃でどろっどろに溶かしてくれるに違いない。その先にターシャちゃんはいる。

 

 

 そうして存在X、神は、

 信仰を取り戻すためではなく、彼個人の願望のため、奇跡の力を使った。

 

 

 

 

(4)愛され幼女

 

 

 レルゲン乱心事件以降、ターニャ・デグレチャフは困惑の日々を送っていた。とにかく周りが変なのだ。まず第203航空魔道大隊の皆が気持ち悪いくらい笑顔である。

 そもそもターニャとしては以前から何でこんなに信頼されているか謎であった。ターニャ自身引くくらいの厳しい訓練に、常に最前線配備での過酷なミッション、いくら上司としてのケアを怠らなかったとはいえ、彼らは脱落する事なく、意地でもターニャについてこようとする。

 プライベートでも酒の席以外は誘われたりもするし、嫌われるよりは良いかと流していたのであるが、今の状態は明らかに異常だ。

 執務室の机の上の惨状を見てターニャはひきつった笑みを浮かべる。朝食はいつも、副官のヴィーシャがコーヒーと共に持ってきてくれていたのであるが、今のターニャの目の前にあるのは、前菜、スープ、魚料理、肉料理、食後のデザートまで完備、まさにフルコースである。後ちゃんとヴィーシャが入れた特製のコーヒーも用意されている。

 誤解ないようにいうとターニャもうまい料理は好きだ。前世は日本生まれなのだ。嫌いなわけがない。ただ毎日朝昼晩このようなものを出されては感謝を通り越して、困惑するわけで。

「なあ、セレブリャコーフ少尉? いつも思うのだが、朝からこれは……」

「駄目です!! 僭越ながら申し上げます。少佐殿は小官が及ばないくらい優秀ですがまだ幼い身、作戦中は致し方ないかと思いますが、せめて待機中はしっかり栄養を取るべきかと」

「貴官の心遣いは嬉しいのだが……」

「本当ですか!!?」

 ヴィーシャに食い気味に押され、ターニャは思わず身を引いてしまう。建前を本気で喜ばれ居心地が悪いターニャであったが、場の空気に屈せずに言葉を続けた。

「心遣いは嬉しいのだが、些かやりすぎだ。この贅沢な料理、軍の支給品では到底足りないと思ってはいたが、個人の金を出してまでやっているというではないか」

 当たり前の事であるが、戦時下でフルコース料理を実現するためには少なくないお金がかかる。そのお金を第203航空魔道大隊の者達が皆で負担しているらしいのだ。その事実を知ったターニャは、このフルコース攻めを何かの謀略かと勘繰ったが、証拠は一切なし、むしろ全員があっさり自分がやったと自白するのでどうにもならなかったのである。そこに嘘の匂いはかぎ取れず、むしろ彼らの熱意にターニャの方が気圧され、たじろいでしまうほど。

 ただそこで信じてしまうほどターニャはお人好しではない。自分で無理だったら他の人に調査を任せればいいじゃない、と今度はわざわざ諜報員に頼んでまで裏を調べさせたのであるが、こちらでも結果は完全に白、本当にただの善意でしかない事にターニャは驚きを隠せなかった。

 しかしたとえ善意でしかないのだとしても、ターニャとしてはこの状況を認めるわけにはいかなかった。軍は規律の世界、もちろん息抜きする事も大事であるが、模範的軍人として必要以上の贅沢はしてはならない。

「貴官らに与えられた給金は正当な報酬だ。これまでの好意はありがたく受け取っておくが、今後は自分自身のために使いたまえ」

「はい! 了解しました!!」

 快く頷くヴィーシャにターニャは内心ほくそ笑む。部下の好意を無下にしない懐の深さを見せつつ、規律はしっかり正す、上官としてパーフェクトな仕事だ。だがやった事が裏目に出る事こそが彼女の一八番、その翌日、ターニャはフルコースはそのままで、逆にデザートが一品増えた事に頭を抱える事となる。

「……セレブリャコーフ少尉?」

「はい、皆好きなように使わせていただきました!!」

 ヴィーシャいわく、ターニャの部下思いの発言に隊の皆が感動したとの事。ヴィーシャはターニャが反論を言う間を与えずにさらに言葉を続ける。

「部隊にとって指揮を執る少佐殿はまさに生命線、少佐殿がいつも本領を発揮できる事が部隊の生存に繋がります。つまり少佐殿が心身ともに健康であられるという事は、我々にとって何よりも幸運な事なのです!」 

 ヴィーシャの言っている事は屁理屈でしかなかったが、だからといって否定する理由も思いつかず、ターニャは乾いた笑みを浮かべる事しかできなかった。

 用意されてしまったのを捨てるわけにもいかないので、相変わらず絶品な朝食をつまみつつ、ターニャがどうしたものかと頭を悩ませていると突然執務室のドアが開いた。訪れた人物はレルゲン中佐、その両手には袋を携えていた。

 それを見たターニャの視線が鋭くなる。何か重要な書類なのだろうか、ここまで膨大な資料が必要ともあれば、魔導師用の新兵器開発か、ターニャはその優れた頭をフル回転させて次起こるであろう事を推測した。

「朝からすまないデグレチャフ少佐、実は良いチョコレートとコーヒーが入ってな」

「レルゲン中佐、あなたもか!!」

 ターニャの予想は見事にはずれ、椅子からずり落ちるのであった。

 

 

 ターニャがたちが悪いと思うのは、緩みきったように見える今の状況であっても、第203航空魔道大隊の戦果はむしろ前よりもあげている点だ。皆軍人としての仕事はきっちりとこなすのである。それも期待以上の成果を出してである。

 ターニャの前では何がそんなに嬉しいのか、常に笑顔のヴィーシャもいざ戦闘になると鬼となる。特に相手魔導師との航空戦では、ひいき目抜きにしてもすでにヴィーシャの実力はエースオブエース級だ。それこそターニャが全力で飛び回っても今のヴィーシャならついてくる。バディを組んだ2人のエースが生み出す強さは圧倒的だ。死角がなき化物などどう攻略しろと言うのか。

 そもそも戦闘に関してはヴィーシャのみならず、部隊の皆が強すぎてやばい。個々の練度と連携がより洗練されている上、副官のヴィーシャ含め、ヴァイスやケーリッヒなど、部隊長はそれぞれ戦術を練られるレベルになっており、ほとんどの戦闘はぶっちゃけターニャが何もしなくても終わる。

 とある日など、名の知られたネームドと会敵したと思ったら、相手に何もする間も与えずにアウトレンジから撃ち落とし、指揮系統を失って混乱する部隊を蹂躙する部下を見て、ターニャは冷や汗が止まらなかった。

 できる事なら隊長格を先に仕留めると教えたのはターニャであったが、もしあれを自分がやられたらと思ったらどうにも笑えない。最近では『ラインの悪魔』はターニャ個人を指すものではなく、部隊そのものと言われていたりするらしい。

 ターニャにとって意外だったのは、圧倒的勝利でも己の戦果を誇るようなものは誰もいなかった事だ。勝利を喜ぶには変わりないが、彼らは討ち取った数ではなく、誰も戦線離脱者がいない事こそを喜ぶ。航空魔道大隊設立時の訓練で、いらぬヒーロー願望は徹底的に叩き潰したターニャではあったが、ここまで無欲であるのもどうなのかと首をかしげざるを得なかった。

 

 

 優秀と言えばあの日から頭のねじが一本はずれたレルゲンも相当だ。普段は思春期の中学生か! と思ってしまうくらいターニャの前ではポンコツになる彼であったが、軍議ではただでさえキレる頭が一層冴えわたる。

 特に戦後を見据えた視野の広さにはターニャも舌を巻いた。どのように戦争を終わらせるのか、その視点を持っている者はそれまでターニャを除いて誰もいなかった。かのゼートゥーアさえも考えが至らなかった部分にレルゲンは言及したのだ。

 ターニャが前世で過去の出来事である世界大戦を知っていたからこそ至った答えを、レルゲンは一度目の人生で若くしてたどり着いた事は驚嘆に値した。今ではターニャのレルゲンに対する評価は、常識的な善人ではなく、頼れる同志となっていた。実際はレルゲンもターニャ以上に長く生きた逆行者であるのだが、ターニャ本人は知る由もない。

 しかしながら誰が一番優れているか選ぶのであれば、ターニャは真の化物はゼートゥーアであろうと考える。ゼートゥーアは帝国の中でも、柔軟に発想を変えられる稀有な存在である。ターニャとレルゲンの考えは後の世でこそ、そうするべきであったとされるもので、この時代では一般的ではない。

 経験は何よりの糧となるが、その一方で縛りともなりうる。未知の物への嫌悪感は年がいくほど強くなるのだ。若き頃に優秀な人材程その時の栄光に縛られて、新しい世界に適応できないのはよくある話だ。

 だがゼートゥーアは異端でしかないターニャとレルゲンの考えを切り捨てず、その可能性は大いにあり得ると熟考し、二人にどうするか問いかけた。完成された賢人がさらに成長しようとしている。その光景を目の当たりにしてターニャはうすら寒いものを感じざるを得なかった。

(この人が敵じゃなくて本当に良かった……)

 

「今我々は共和国と戦争をしているが、真の困難はその後にあるのだな? デグレチャフ」

 ゼートゥーアが階級ではなく名前で呼ぶようになったのはレルゲンご乱心事件以降であった。あれ以来ゼートゥーアは軍人としての正しい意見の他に、ターニャ個人の本音も求めるようになった。階級なしの名前呼びはその合図だ。ターニャもそれに応えるように意識的に一人称を変える。

「『私』はそう確信しております。各国それぞれが戦う力を持つ世界情勢、本来この戦争は後から参戦した方が有利なのです。たとえ戦争を仕掛けて勝利したとしても戦争で浪費した物は簡単に戻りません。再度力を整える前に別の国から攻められるでしょう。漁夫の利を狙っている国は必ずいるはずです。ですが我々は協商連合とフランソワ共和国によって表舞台に立たされてしまいました。誰もが上がりたがらなかった生贄の舞台へ」

 ターニャの話をレルゲンが引き継ぐ。

「我々は一刻も早くこの舞台から降りなければなりません。共和国との戦争は衝撃と畏怖作戦さえ成功すれば勝利は確実でしょう。そこで一度戦争は終わるはずです」

「終わったタイミングで他国が参戦してくる可能性があるのだな?」

「ええ、故に勝利後に我々がどう行動するかがすべてを握るでしょう。我々は疲弊した様子は見せないのはもちろんの事、近隣諸国にまだやれる事を誇示しなければなりません。一方でこれ以上戦争をやるつもりもないという意思も示すべきでしょう。これが信用されるとは到底思いませんが、少なくとも今回の戦争で失った分を賄えるだけの時間は稼がねばなりません。今回の戦争は相手側から始めた事です。国土が侵されない限りこちらから侵略戦争はしないという建前は可能でしょう」

「気休めだな」

「おっしゃる通りで」

「それに我々にはもう一つ大きな敵がいる」

「王族や貴族階級、軍の上層部、ですね」

「ああ、彼らは戦争の勝利こそが国益になると信じている」

「それについては実は私の方で作っていた物がありまして」

 レルゲンの提出した書類をめくるとゼートゥーアは頷いて見せた。

「なるほどな」

 それは今回の戦争でかかった戦費や犠牲者、被害総額を詳細にまとめた資料であった。それに戦争で勝った場合の得られる利益と、領土拡大における戦力の分散、国防費の肥大化についてが添えられている。戦争で抱えた赤字を黒字に転換するまで長い道のりであり、そこには皆が思い描いている優雅な勝利などどこにもなかった。確かにこれでは予期される連戦に耐えられない。

「事前に財務担当の者へ話を通しておこう。この資料を元に計算してもらい、正しい事を理解してもらえれば彼らを仲間につけられる。しかし戦争がそもそも利益を生まないとは盲点だった。こうして見れば一目瞭然であるのに」

 ゼートゥーアの自嘲めいた言葉にターニャはかぶりを振った。

「慣習とはそのようなものです。当時は正解であっても時代ととも正しさは変わります。故にこのずれは必然なのです。肝心なのはそれに気づけるか否か、幸い我々は手遅れになる前に気づく事が出来ました」

「うむ、まだ間に合う。そう信じよう」

 ゼートゥーアは思うところがあるのか、なおも資料を見つめていたが、何かを思いついたようににやりと笑った。

「せっかくだからこの資料を外交に利用させてもらおう」

「といいますと?」

「各国にこれを包み隠さずすべて公表し、戦争は無益であると知らしめるのだ」

 前代未聞の事に驚くレルゲンに対し、ターニャは神妙に頷く。

「妙案ですな。戦争は利益を生み出さない、この公表自体は信用されないでしょうが、明確な数字が書かれている以上、各国は検証せざるを得ません。そしてこれは……」

 ここまでくるとレルゲンもゼートゥーアの意図を理解した。

「帝国が今後侵略戦争を仕掛けない理由付けにもなるわけか。帝国の内部事情を知らせるのは危険ですが……いや、真実だからこそ、か」

「ええ、真実だからこそ各国は悩むでしょう。我々の非侵略宣言は疑いこそすれど、正しく導き出された数字そのものは決して無視できない。戦争すればするほど疲弊すると分かれば皆自然と避けるように動くはずです」

「理性的な国に対しては実に効果的だな。しかし」

「ええ、感情論に走られると厄介です。恐怖の感情は正常な判断を奪います。我々が共和国との戦争に勝利すれば、真ん中に巨大な国が出来てしまう。どうしても各国に衝撃を与えてしまうでしょう」

「併合しないであえて自治権は残す方法はどうだろうか?」

「ふむ、その場合は……」

 ターニャとレルゲンが活発に論議する様子を見てゼートゥーアは笑いだしたくなった。今帝国は危機的な状況に立たされている。そしてその事実を知るのはたった三人。絶望的にも程がある。だがゼートゥーアは今この時が心底楽しくてしょうがなかった。

 切望していた対等な関係がまさか自分の年の半分にも満たないところから現れようとは。打てば響くとはまさにこの事。今はターニャとレルゲンはゼートゥーアと同等、あるいはそれ以上の知略を持ち、共に帝国の未来を模索している。戦略面では一日の長あれど、世界視野の広さでは逆に学ばされるのは不快を通り越して愉快。

 もし、もしもこの苦難を乗り越える事が出来たら。この三人でそれを成しえたら。

 一人の漢として燃えないわけがない。

 戦後に必要とされるのはバランス感覚、勝者敗者が明確に決まらない世界、言うが易し行うは難しだ。それでもこの傑物は心の中で宣言した。

 

 私は勝ちに行く、と。

 

 

 軍議を終えた後、確かな手ごたえを感じたターニャは満足気に微笑んだ。これこそが望んでいた仕事、優秀な頭脳が集う中で思う存分意見を交わし合った、状況は依然厳しいままだが、理解者がいるといないでは雲泥の差だ。

 今回の軍議で上がった案は少なからず効果はあるだろうが、それでも足りないとターニャは推測する。味方も増やさなければならないだろう。だが今までと比べたらそんなのは些細な問題だ。

 戦争をやめる発想に至った事、正しい方向に目標が定まった事、それこそが重要なのだ。やっとスタートラインに立てた。戦争さえ終われば危険な戦場に立たなくても良くなる。後はがむしゃらに突き進むのみだ。

 気分良く参謀本部から出たターニャであったが、入口前で立ち尽くしていた少女を見て固まった。ターニャはその少女に見覚えがあった、それもそのはず、少女の容姿は彼女に瓜二つであったのだから。少女はターニャにその視線を合わせると、妖しく微笑んで見せた。

「ごきげんよう」

 それはターニャと同じ声にもかかわらず、気味が悪いくらい上品な声であった。しかしながらターニャにはこのような事をする者に心当たりがあった。

「……存在X、貴様か」

「ご・め・い・さ・つ」

 想像を絶する気持ち悪さだった。神に性別などあるか分からないが、初めて会ったときは少なくともターニャと同じおっさんだったのである。客観的に今の自分の姿、幼女インおっさんを見せられてターニャのダメージは計り知れなかった。思わず銃を構えたのは間違いではない。ターニャは顔を引きつらせながら真意を問う。

「一体どういうつもりだ貴様」

「まあ、嫌がらせ?」

「よし、殺す!!」

「てのは冗談で、ちょっとしたお知らせをしておこうと思ってな。何、貴様にとって悪い話じゃない。私は貴様から一切の手を引く」

 存在Xからの予想外の一言にターニャはすぐに返事が出来なかった。まるで真意がつかめず困惑する。

「今まで散々邪魔しておいてどういった心境の変化だ?」

「答えは単純だ。私は貴様に負けたのだよ」

「負けた、だと?」 

「私は貴様が改心するよう、時に戦争を悪化させ、時に貴様と因縁がある相手を焚きつけた。だがそれでも貴様は一切神に縋ろうとせず、最後の最後まで生き延びて見せ、私にざまあみろと笑って言ってのけたのだ」

 ターニャにそんな記憶はなかったのだが、存在Xの話は大体察しがついていた。相手は神、過去に人を送れるのであれば未来だって覗き見れるのだろう。神に時間と言う縛りは存在しない。ターニャは存在Xに一泡ふかしたらしい未来の自分に喝采を送る。

 しかしながら一方でターニャは釈然としないものを感じた。何故それをいちいち過去のターニャに告げに来るのか。

 何か別の意図があると考えはじめた時、ターニャの脳裏に第203航空魔道大隊とレルゲンの姿が浮かんだ。あの日を境に皆が急に変わった。人の意識の改変、それができるとしたら存在Xしかいない。

 怒りがこみ上げてきたターニャは歯を食いしばる。一体どれだけ人をコケにすれば気が済むのか。人の心を書き換えるなど神ではなく悪魔の所業だ。

 鬼の形相で今にも飛びかかってきそうなターニャに対し、存在Xは手をひらひら振りつつ彼女の予想を否定した。

「なに、貴様の懸念しているような事はない。彼らは間違いなく彼ら自身だ」

「嘘を言うな!!」

「嘘じゃないさ。彼らは本物だ。ただちょっとした未来から来ただけさ」

「……何?」

「誇っていいぞ。貴様は自分自身だけじゃなく彼らの未来も守り抜いた。だからこそ彼らは貴様を愛し、今度こそ貴様と共に生きるために戻ってきたのだ」

 存在Xの言葉をターニャはすぐに否定できなかった。あの日、レルゲンも、ヴィーシャも第203航空魔道師大隊の皆も、一様に泣いていた。突然優秀になった皆は一方でターニャがいなくなる事を酷く恐れる。状況が物語っているのだ。存在Xの言っている事は真実であると。

「貴様は私がやり抜いたと言ったが、今の話だと私は早死にしたように聞こえる」

「戦争を生き抜いた後に病死した。長い戦争が終わって安心した反動が一気に来たのであろうな」

「よくある話だな」

「信仰したら治してやると掛け合ったが、憎たらしい笑顔で丁重にお断りされたよ」

「だろうな」

 ターニャはその光景を容易に想像でき、くつくつと笑う。そして存在Xに問うた。

「どうしてこんな事を?」

「これまでフェアではなかったからな。あれだけ劣勢に追いこんでも生き抜いた貴様だ。何の障害もなかったらどこまで行けるのか見たくなった。彼らはそうだな。この世界自体が貴様に不利にできている。が、だからといってまた世界を作り変えるわけにもいかない。それ故の帳尻合わせだよ」

「随分身勝手な事だな。私は見世物じゃない」

「それが神というものだ。貴様が何を思おうが好き勝手やらせてもらう」

「本性を隠す事もしなくなったか」

 ターニャが思うに存在Xもまた頭のねじが一つはずれてしまったらしい。ただ不思議と今の存在Xはさほど嫌いではなかった。

「覚悟しておけ。貴様が勝手に満足して先に逝ってしまったから、彼らはちょっとやばいレベルで貴様への愛を拗らせちゃっている。思う存分愛でられるがよい」

「それはそれで困るのだが!!」

「貴様の自業自得だ」

 存在Xは意趣返しのつもりなのか、「ざまあみろ」とターニャに告げると体が光に包まれ、徐々にその体が消えていく。

「ちょっと待て!」

 ターニャは慌てて止めようとしたが、伸ばした腕は存在Xの体を貫通して触れられなかった。

「ではな。良き人生を、ターシャちゃん」

 存在Xは完全に消え去り、残されたターニャは頭に疑問符を浮かべ、一人呟いた。

 

「ターシャ、ちゃん?」

 

 答えは返ってこなかった。

 

 

 

 存在Xの謎発言にしばし呆然としているターニャであったが、横から話しかけられて正気に戻る。

「少佐殿、会議は終わったのでありますか? 良かったら小官と」

「ここにいたのかデグレチャフ少佐、探したぞ。どうだろう、このまま」

 左からはヴィーシャ、右からはレルゲン、

「「夕食でも」」

 二人の発言が完全に被った。

「「え?(む?)」」

 ターニャとしては最近気づいたのだがこの二人、妙に仲が悪い。ターニャそっちのけで睨み合う二人を見てまた始まったとため息をつく。ヴィーシャにとってレルゲンは上官のため、前に注意した事があるのだが、何故だかヴィーシャだけでなく、レルゲンからもこの勝負に上も下ないと啖呵を切られ、それ以来ターニャはこの勝負はいつも傍観している。

 だが存在Xから話を聞いた直後の今回はいつもと違った。存在Xの話を信じるとすれば、二人はターニャのために過去に戻ってきたらしい。それが真実か無性に確かめたくなったターニャは二人に問いかけた。

「ちょっと聞きたいのだが」

「「なんだろうか?(なんでありましょうか?)」」

「もし、私がいなくなったとしたらどうする?」

 急な問いかけに二人は目を白黒させていたが、質問の意図を理解すると揃って顔面蒼白となる。そこからは早かった。二人は同時に駆け出すとターニャを前後からきつく抱きしめる。

「そんなの絶対ダメです!! ダメなんですから!!!」

「君は馬鹿か!! そんなの私が許すわけないだろう!!!」

 二人ともまさかのぎゃん泣きであった。ご乱心事件の再来である。

「ちょ、く、苦しい」

 サンドイッチ状態にされ、ターニャは存在Xの言った事は真実であると、身をもって理解したのであった。

 

(愛が、愛が重い……!!)

 

 

「いなくなったらなんて二度と言わないでくださいね」

「冗談でも言って良い冗談と悪い冗談があるのを君は知るべきだ」

 号泣大しゅきホールドから解放されたと思ったら今度は延々と説教タイム、「お前らは私の両親か」、というツッコミをターニャは必死に抑えていた。

「いや、そこまで本気にされるとは思わなくて」

「少佐殿?」

「了解した。今後は言わないように気をつける」

 このままでは終わりそうもないのでターニャは戦略的撤退をする事にした。部下に怒られるなど、本来屈辱的な事が嬉しく思ってしまうのだから手に負えない、とターニャは苦笑する。

 このままへそを曲げられても困るので、ご機嫌を取らなければなるまい。そう思ったターニャはヴィーシャに声をかけた。

「ところでセレブリャコーフ少尉、夕食の件だがせっかくの外食だ。全員呼びたまえ。私のおごりだ」

「わ、分かりました! 皆喜びますよ! 10分だけください。すぐに呼んできます!!」

「許可する」

「では行ってまいります!!」

 元気よく駆けていったヴィーシャを眺めつつ、ターニャは「負けた」と勝手に燃え尽きているレルゲンにも声をかける。

「良かったらレルゲン中佐もいかがだろうか? 騒がしくはなりますが」

「願ってもない事だ。私としても貴官の部隊に興味がある。現場の実態を知るために交流を深めるのも有意義だろう」

 先ほどと打って変わってきりっとした表情を浮かべるレルゲン、あまりもの変わり身の早さにターニャは思わず吹き出す。

「急にどうしたのだ?」

 何で笑っているのか本気で分からないといった様子のレルゲンに、ターニャは今度こそ笑いをこらえきれなかった。この上官は何て不器用なのか。

 ターニャが視線を前に向けると、10分どころか、ものの数分の内に全員引き連れてやってくるヴィーシャの姿、それはいくら何でも早すぎだろう。たかが一緒にご飯を食べるだけなのにどれだけ嬉しいのだ。

 ターニャは実感せざるを得なかった。ここまでされれば認めないわけにはいかない。

「デグレチャフ少佐?」

 

「いえ、小官は幸せ者だなと思った次第です」

 

 その笑みは誰もが惚れ惚れするほど美しかった。

 

 

 

 




 皆様愛され幼女を読んでいただき誠にありがとうございます。

 ここからはちょっとした解説と各キャラの詳細などを。

 まず今作を書こうと思った動機ですが、今更ながらにアニメ版を見てはまって何か書いてみようと思ったのがきっかけです。シリアス分は原作で十分なのでギャグかほのぼのよりにしようと思ったのですが、原作だとひたすら戦ってのハードな日々なので、まずは日常系ができる土台を作ろうと思って設定を練ったら、こんなに長い話になってしまいました。
 存在Xという二次創作の最大の味方もいますし、誰か逆行させれば戦争くらい止められるんじゃね、みたいな軽い気持ちだったのですが、ちょうどWEB原作のターニャが短命だったらしいとの事で、今回のような愛され幼女としてやろうかなと思った次第です。
ただそれでもあの状況下で戦争を止めるってのは容易ではなく、うまく会議が回っているように見せているだけになってしまったのですが、筆者は戦争についてはあまり詳しくなく、いわゆるにわかですのでここいらが限界でした。ここら辺の設定の甘さはご容赦いただければと思います。



ターニャ

 皆様ご存じの幼女インおっさん事デグさん。人をコマとしてしか見ていない、他者に共感できないとか言われてるけど、身内にはすっごく良い人だと思う。亡命後もわざわざかつての部下を呼ぶくらいだし、戦時中も咄嗟に部下かばったりしてるし。それぞれ自分が楽するため、有能な部下を失うと自分が危険になるため、と言ってはいるけど、部下にとっちゃ人生まるごと面倒見てくれる素晴らしい人。本人が知らないだけで意外と前世でも評価されていたんじゃなかろうか? 人を切る仕事って大変だっていうし。ただターニャが軍人として優秀過ぎたように、人事でも優秀な人事を演じすぎたんだろうなぁと。そんな不器用な彼女を全力で愛でれば面白そうって思ったら皆変になってました。


ヴィーシャ 

 ターニャ大好きっ子筆頭。なんかやばいくらいに強くなってしまった第203航空魔道師大隊の中で、ひときわ抜けている副長殿。イメージとしてはアニメよりも漫画版に近い感じ。ずっとターニャのバディとしてついて回っていたので実はターニャ(WEB版)に次いで強い。WEB版だとそもそも彼女はいないけど。彼女がいてWEB版の道を辿ったとお考え下さい。過去のターニャとはエレニウム95式がなしだとヴィーシャの方が強いかな? と言うイメージ。本人はターニャよりは弱いと思い込んでいる。
 作中でちょっとあがったアウトレンジ狙撃に関してはヴィーシャがやった。かつて守るためとはいえターニャごと撃ち抜いたのを後悔しており、次は絶対こんな失敗はしないと技量を磨いた結果、狙撃に関しては全盛期のターニャより上となっている。
 もしこの世界でも敗戦濃厚になったらかつてのような泥沼にはまる前にターニャを連れて亡命する気でいる。その際は第203航空魔導大隊がまるごとついてくる。今の大隊は全員チートクラスなので戦争がどう転んでもターニャの未来は安泰である。


レルゲン 

 シリアスとギャグ両方担当の忙しい人。悪魔と敬遠していた時間が長かった分、ターニャが死んだ後にめっちゃ後悔した人。多分初対面の時、ターニャが幼女ではなく女性だったら一目ぼれだったかも? 個人的には強烈に惹かれていたが、幼女だったから忌避したイメージ。悪魔と呼んでるけどその根拠が、子供がこんな考えをするのはおかしい、だし。感動の再会してからは恋愛初心者が災いしてポンコツになる。ただターニャからは意外と可愛いと思われており、心象はプラスになっているのが不幸中の幸いである。軍議でターニャと対等な議論をかわせているのがすごく嬉しかったりする。色々吹っ切れたヴィーシャとは犬猿の仲。ターニャの未来はどっちだ!


ゼートゥーア

 作中だと唯一の逆行なしの人。正真正銘の怪物。多分原作もちょっとしたきっかけさえあれば結末も変わった気がする。男なら孫娘の婿にしたいと言っていたけど、ターニャの内面を知り、婿は無理でも孫娘の頼れる友になれるのではないかと本気で考え始めている。というかぶっちゃけターニャを孫に欲しい。


存在X

 ターシャちゃんサイコー!! とぶっ壊れた神様。この人がいるからこそ何でもありで2次創作とってもやりやすい。まさに影のMVP。思ったよりも出番増えちゃってかなりはっちゃけました。筆者的にも予想外でした。


サラマンダー戦闘団

 過去に戻った時期が結成前だったので作中に出てこれなかった悲しい人達。もちろん彼らも戻ってきているけれど、それぞれかつての所属におり散り散りになった状態です。訓練を受けた後の第203航空魔導大隊と違って、訓練前の体に戻ってきてしまったので、体が仕上がってなくてさあ大変。このままだと役立たずだと思い、現在鍛えなおしの真っ最中。意地でもターニャの元へ戻ろうとしているので、近い将来に合流するかも。


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