愛され幼女   作:kouta5932

5 / 6
 正直これを愛され幼女新作と言ってもいいのだろうか? そんな問題作です。
 主役が主役ゆえ、愛され幼女あんまり関係なく単品でも楽しめる作品に仕上がりました。タイヤネンが己の悲惨な運命を打破するために頑張ります! 

※ タイヤネンを忘れている人に補足、タイヤネンは戦闘とかじゃなく、
  ジャガイモで食中毒になって退役したキャラです。

 それではどうぞお楽しみください!


タイヤネン THE MOVIE

 新たに設立させる第203航空魔導大隊のテストに受かり、地獄のような訓練を耐え、見事入隊を果たした。初陣では精鋭の一員として、攻めてきたダキア大公国の60万の兵を撃退するだけでなく、そのまま相手の首都にまで攻め込み、降伏させるまでに至らせた。

 その後も203大隊は破竹の勢いで戦局を次々にひっくり返して行き、男はここは生涯の住処となると確信した。その矢先の事であった。

 

「なんだ、これは……腹、腹が猛烈に!!」

 

「大隊長どのぉぉぉぉぉ!! 無念でありますぅぅぅぅ!!!」

 

 

 その男の名はタイヤネン、運命にもて遊ばれし者……

 

 

 

 

 

 タイヤネン THE MOVIE

 

 

 

 

 

 タイヤネン、彼こそは唯一の第203航空魔導大隊の脱落者である。戦死したわけではない。負傷したわけでもない。彼が脱落してしまった理由は痛んだイモによる食中毒だ。たかが腹痛というなかれ。ジャガイモの食中毒は死者すら出た事がある危険なものだ。

 しかもタイヤネンは屈強な軍人、肉体を維持するために必要なエネルギー量は一般男性のそれよりも多い。だからこそ症状はもろに出た。一命こそとりとめたが、軍人を続ける事ができないくらいに衰弱し、軍人復帰後に第203航空魔道大隊に戻る事はかなわず、裏方として支援に回らざるを得なかった。

 仲間たちが過酷な戦場で戦っているにもかかわらず、自分はのうのうと暮らしている事実は、誇り高い彼には耐えがたく、彼女らの善戦虚しく敗戦と相成った時は涙が止まらなかった。

 戦争は結局のところ数だ。自分一人がいたからどうこうなるという話ではなかったが、それでも一緒に戦う事が出来なかった事は、タイヤネンにとって一生ものの後悔であり、生涯その悔しさを忘れる事はなかった。

 

 来世では今度こそ皆と共に。そう胸に秘め、彼は逝った。

 

 

 

「おい、タイヤネン、タイヤネン准尉」

「……ん?」

「もう起床時間だぞ。遅刻したら大隊長殿に何されるか分からんぞ」

「ケーニッヒ中尉? ………っ!!!?」

「お、おい!? 急に立ち上がってどうした?」

「お、お化け!!? 化けて出てきたのか?」

「は?」

「いや、違うか。俺は死んだんだ。つまりここが死後の世界か。そうなんだな」

 タイヤネンが信じられない光景に呟いていると、突如げんこつが落とされる。年を取ってから経験がなかった頭の衝撃に顔をしかめると、呆れた様子のケーニッヒが洗面所を指さして言った。

「アホな事言ってる場合か。さっさと顔でも洗って目ぇ覚ましてこい」

「あ、ああ」

 言われるがままベットから降りると今度は体に違和感を覚える。動きがスムーズなのだ。ひざ痛でなかなか立ち上がれなかったというのに。程なくしてタイヤネンは自分の手にしわがない事に気づいた。ある予感がして恐る恐る自分の頬に手を伸ばしてみる。

「や、柔らかい」

「乙女か!! お前今日どうしたんだ?」

「ケーニッヒ中尉、今日は何年何月何日でありますか?」

「何年? そこから? 何で?」

「お願いであります! 何年何月何日でありますか!!?」

「○○年○○月○○日だよ。これでいいか? 分かったらさっさと」

「ケーニッヒ中尉ぃぃぃぃぃぃ!!!」

「え、ちょ、何。嫌、犯されるぅぅぅぅぅ!!?」

 感極まったタイヤネンはケーニッヒに抱き着くとキスの嵐をお見舞いする。タイヤネンは確信した。自分は過去に戻ってきたのだと。

 辺りを見回せば遠い記憶が呼び起される。懐かしい地に懐かしい仲間、タイヤネンは歓喜した。やり直すチャンスが与えられた事に。その事を証明するかのように執務室へと向かう若き幼女の時のターニャを見かける。

「大隊長殿ぉ!! おはようございます!!!!」

「ん? おお、タイヤネンか。今日は元気だな」

「はい、本日の小官はパーフェクトです!!!!」

 疑問の視線を投げかけるターニャに首を振るケーニッヒ、やっと解放された彼は満身創痍だ。二人の戸惑いを他所にタイヤネンのテンションはマックスであった。

 

 そうしてケーニッヒに多大なるトラウマを植え付けた後、タイヤネンの第2の人生が始まった。ついこの間まで老人そのものであったため、訓練に耐えられるか懸念があったが、若き日の体はしっかりと鍛え上げられており、本人の心配を他所に他の皆へ迷惑かけるような事はなかった。

 2度目の第203魔導大隊の仲間は概ねタイヤネンの記憶通りで、その直近の活躍としてはダキア大公国を降伏させている。その時期も過去の記憶と一致している事から、ほぼ同じ流れで来ている事が察せられた。

 一つ違うところがあるとすれば、敬愛する大隊長殿に容姿端麗な女性の副官がいた事だ。しかも引くほど優秀である。まさにこの上官にしてこの部下ありと言った感じだ。それとなんか大隊長殿への愛が重い。

 タイヤネンはこの後帝国が敗北してしまう事を知っている。だがその中でも第203魔導大隊、後のサラマンダー戦闘団が生き残る事も知っており、何とかなるだろうと楽観視していた。直近に危機がある事なぞ考えずに……

 

 それはある日の晩の事、タイヤネンはふと夜中に目が覚めた。

「ん、何でこんな時間に?」

 自分でも不思議に思うくらい意識ははっきりとしており、戸惑うように辺りを見回す。しかし何か起こるような様子もなく、回りは静寂そのもので皆の寝息だけが聞こえる。一度逆行という未知の体験をした故、普通じゃない事を勘ぐってしまうタイヤネンであるが、これ以上考えてもらちが明かないと思い、もう一度布団をかぶろうとした、その時だった。

 

「んお!? お……おおお」

 

 突如彼の腹から異変が起こる。猛烈な違和感から始まって、一時静寂、そして一気に来る激痛。タイヤネンは確信した。これは間違いない、食中毒だと。

 

 痛みに耐える中、タイヤネンは考えていた。一体なぜと。何故ならタイヤネンは自分が食中毒になった運命の日を覚えており、今生ではその運命の日だけでなく、その前日からジャガイモの摂取は避けていた。

 まさに完璧な作戦、後は皆と共に戦場を駆け抜けるだけ、そう思っていた。だが奴らはいる。ソラニンとチャコニンは間違いなく俺の腹の中にいる!!

「くっそぉぉぉぉぉ、負けるかぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 だがソラニンとチャコニンはプロ中のプロであった。その毒性は一級品で、一度発症してしまったからには、気合だけでどうにかなるものではない。もはやなす術はなかったタイヤネンは再度退役する流れとなった。

 彼は第2の生でも第203航空魔導大隊に戻ってくる事は2度となかった。

 

 

 そして……

 

 

「3度目の人生、か……」

 逆行も2度目ともなると落ち着きが出てくる。死ぬ間際、こうなる予感があったタイヤネンは冷静であった。まずは3度目の第203航空魔導大隊の確認だ。一通り調べてみたところ、今回もあまり変化はなかった。

 一つ違うところがあるとすれば、敬愛する大隊長殿についていた副官がイメチェンしていた事だ。何か美人というよりかは可愛らしい感じになっていた。そして大飯喰らい属性が追加されていた。しかしながら戦いでの優秀さは変わらない。

 タイヤネンは考えた。食中毒を避けるにはどうすればいいか。単純に食べない事が良いのは間違いない。前回もそう思って食事を抜いたのだ。だが前回には穴があった。ずっと気を張っているつもりだった。だがタイヤネンは一番危険な状態を失念していた。

 睡眠時である。寝てる間は何も食べないから問題ないと勝手に思っていたが、これほど危険な時間はない。前回は起きている間は食べ物を一切口にしなかった。何か食べるとしたら寝ている時にしかありえないのである。

 タイヤネンは顔をしかめた。信じたくはないが、誰か犯人がいる。俺を陥れようとする何者かが。

「一体誰が……」

 その日、タイヤネンは運命の日が訪れたら一切寝ない事を決めた。穏やか、ではないが、これといった問題もなく日常が過ぎる。それは運命の日になっても同じであった。全く変わらない同じ顔に油断しそうになるが、タイヤネンは徹底して食べ物を排除した。

 ここまでは2回目の時と変わらない。問題は夜、皆が寝静まった時だ。タイヤネンは布団をかぶりながらじっとその時を待っていた。己の心臓の音だけが聞こえる。今までに味わった事がない緊張の中、タイヤネンはひたすら待った。犯人が現れるのを。

 

 どれくらいの時が流れただろうか。もう今日は来ないのかとタイヤネンが諦めかけた時、ゆっくりとドアが開く音がした。とうとう来たかと、タイヤネンは布団の中で銃を握りしめる。

 だが奇妙だったのは足音が聞こえない事だ。ドアを開けた状態のまま、犯人は近づいてくる素振りを見せない。起きているのに気づかれたと思い至ったタイヤネンは、逃がすまいと慌てて起き上がる。

 そこに人の姿はなかった。だが目を凝らすと何かがいる。ゆっくりと空中を漂い、近づいてくる何か、それは……

 

「ジャガイモだとぉぉぉぉ!!!?」

 

 驚いたのも束の間、急に速度を上げ、一直線に迫ってくるイモを咄嗟に撃ち抜く。即座に反応できたのは訓練のたまものか。

「やったか!?」

 盛大なやってないフラグがまたここに新たに生まれた。イモはその期待を裏切らない。直撃したにもかかわらずイモを健在だった。そしてイモの周囲を覆うものにタイヤネンは驚愕する。

「防御術式……だと!? イモごときが魔法使うか!!!」

 何故かタイヤネンにはそのイモが笑ったように見えた。タイヤネンは咄嗟に窓から飛び出し、距離を取ると次弾を装填し、次の術式を組む。

 しかし次の攻撃を予期してか、イモは突如不規則に動き始めた。イモは人よりも遥かに小さい。視覚を強化してはいるものの、闇に紛れたイモを捉えるのは困難で、タイヤネンは舌打ちをする。

「このイモ、戦いを熟知してやがる!!」

 見た目はただのイモでも今までにない強敵、無理を言って銃を寝床まで持っていくのを許可してもらったのは正解だった。だがそれでも全く足りない。航空魔導師は銃だけでは本気は出せないのだ。

「くそ、演算宝珠も必要だった! なんで俺はこうも甘いんだ!!」

 相手の強さを低く見積もりすぎていた。こそこそ深夜に行動する奴なら、正面突破できない程度の実力の奴と高をくくっていた。完全な失態である。だが過去を悔やんでいる暇は今のタイヤネンにはない。目の前の危機に集中しなければならないのだから。

「ただ当てるだけじゃだめだ。誘導なんてもってのほか。速度を最大まで上げた貫通術式をぶち込まなければ、あいつの防御術式はやぶれない!!」

 後退しつつ術式を組むタイヤネン、その目はずっとイモの姿を追っていた。だからこそ気づかなかった。術式が組み終わり、銃を構えたその時だった。

 引き金を絞るはずの手に受けた強い衝撃、手から脳へと鈍痛が走り、銃が手から離れていく様をタイヤネンは呆然と見つめる。奴は何故かそこにいた。タイヤネンは一瞬イモがワープしてきたのかと思った。だが現実はもっとたちが悪い。

 死角から懐にもぐりこんできたイモは別個体であったのだ。つまり相手は……タイヤネンは驚愕する。いつの間にかタイヤネンの周囲を二つのイモが旋回していた。

「2個……だと!?」

 気づいたころには遅かった。その隙を見逃すイモじゃない。2個のイモはまるでバディ同士であるかのように息の合ったコンビネーションを見せ、片方が鳩尾への突進、そこでひるんだ隙にもう片方がタイヤネンの口に飛び込んだ。

「ぐ、ががががが」

 必死にタイヤネンは取り出そうとするが、残されたもう一個が邪魔をする。その間にもぐいぐいとイモが奥へ奥へと進んでいく。その度に呼吸が苦しくなり、とうとう限界が来たタイヤネンはイモをかみ砕いてしまった。かみ砕いたからと言ってイモの動きが止まる事無く、喉を通るのに適切なサイズになったイモ達が一気になだれ込む。この時点で両者の勝負は決した。

「の、飲み込んでしまった」

 絶望の表情を浮かべるタイヤネンをあざ笑うかのように、彼の周囲を浮遊するもう一つのイモ。もはやタイヤネンが食中毒で倒れる未来は確定した。

 タイヤネンは問いかけた。

「貴様、名は?」

 

 我ガ名ハ『ソラニコフ』、ソシテ貴様ガ食ッタノハ我ガ半身ノ『チャコニコフ』、

 大イナル神達(原作者、漫画作者、アニメディレクター)ノ意思ニヨリ貴様ノ本編復帰ヲ阻ム者!!

 

「ソラニコフとチャコニコフ……覚えた。次こそは殺してやる!!」

 

 何度デモ来ルガイイ。ソノ度ニ神ノ鉄槌ヲ下ソウゾ!!

 

 そしてタイヤネンは食中毒を発症した。

 

「ぐあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 決意を新たにしたタイヤネンであったが、真の地獄はここからであった。敵の正体は判明した。しかしその強さは異常だ。いくら再挑戦しようが繰り返される敗北。敵の数は2個、こちらにも仲間が必要だ。もちろんそれは考えた。

 戦いは数だ。余程の実力差がない限り数の利を上回る事はない。だが思い返してみてほしい。3度目の時の事を。タイヤネンは夜中に戦闘行為を行った。銃だって撃った。しかも寝所でだ。銃声が轟かせる音は非常に大きい。それでも誰も起きてこなかったのは、いくらなんでもおかしい。

 タイヤネンがそれに気づいたのは6度目の時であった。イモが現れる時間まで隣で寝ている奴を見ていたのが良かった。突然すぅっとその姿が消えたのだ。その異様な光景を見た瞬間、タイヤネンは寒気がした。消えるという事自体もそうであるが、一番恐ろしかったのは6度目になるまで己自身それを認識していなかった事だ。

 誰も人がいない状況を違和感持たない状況にさせられていた。その事実が彼に重くのしかかる。原理がまるで分らない以上、タイヤネンには仲間が消えるのを止める事が出来ない。調査するったって何を調べろと言うのか。

 イモが襲ってくる時、その時間だけはその場にタイヤネンとイモしかいない。かの最強の大隊長だっていないのだ。タイヤネンは仲間を呼べない孤独の戦いを覚悟させられた。勝利がまるで見えない戦い、

 

 闇へ、深い闇へと落ちていく。

 

 

 

 何度目の敗北だろうか……もはや数える事はやめた。

 

 タイヤネンはまたもや崩れ落ちた。それが必然と言わんばかりに。

 

 

 何故諦メナイ? オ前ハ確カニ203魔導大隊ニハ戻レナイ。ダガソレダケデ別ニソノ後ノ人生ハ不幸ダッタワケデモアルマイ?

 

 

 その問いにタイヤネンは自問自答した。何故俺はこんなボロボロになるまで戦っているのか……初めの内なら明確に答えられただろう。己にとって第203航空魔導大隊は誇りであり、生きがいであるのだと。

 だが今は熱意よりも疲れが勝ってきている。もう休みたいと体が訴えている。諦めようとする心とは裏腹に、彼は死ぬと若き日に戻される。捨てきれない未練があるのか、答えはもう出てこなかった。

 

 

「しけた面をしているなタイヤネン」

「大隊長殿……」

「何か悩みでもあるのか? 戦地では些細な事が命取りになる。悩みがあるのなら今のうちに吐き出しておけ」

 このタイミングでターニャが話しかけてきたのは初めての事であった。別にないがしろにされているわけではない。タイヤネンが第203魔導大隊にいた時は戦時中である。未来では伝説級の存在になる大隊でも、この頃は駆け出しだ。

 ターニャは己の作り上げた大隊の価値を知らしめるため、実に多忙である。副官のヴァイスやバディのヴィーシャならともかく、末端まで声をかけるというのはまずない。にもかかわらず声をかけられたという事は、タイヤネンは如何に今の己が酷い顔をしているか、嫌が応にも理解させられた。

 虚栄を張る事すらできないタイヤネンは駄目もとで尋ねる。

「大隊長殿、失礼を承知で伺います。もしあなたが勝てない相手と戦わなければならない場合、どうしますか?」

 参謀ならともかくとして、一卒の兵が負けを想定するなんてあってはならない事だ。それでもタイヤネンは聞かなければならないと思った。タイヤネンが食中毒後の未来において、ターニャはどの世界であっても戦争を生き抜いた。他の国、人の結末が世界を繰り越す度にばらける中、彼女の結果だけは一貫していた。

 その強さを、理不尽に抗う力を、一滴だけでも分けて欲しい。タイヤネンは祈るような気持でターニャの返答を待つ。ターニャは顎に手を当て一考した後、徐に話し始めた。

「ふむ……普通なら被害を最小限に抑えるため、逃げて次に備えるが、おそらくお前が言いたいのはそういう事ではあるまい。逃げられない戦いという事だな?」

「ええ」

 相変わらずターニャは鋭い、タイヤネンは思った。

「はっきり言ってしまえば詰み、だな」

 しかしターニャは断言した。無理であると。タイヤネンは落胆の色を隠せない。

「……そうでありますか」

「戦いは事前にどれだけ準備したかで決まる。もちろん現場で予想外は起こりうるものだ。良くも悪くも。だがその予想外が起こる可能性なんぞ微々たるものだ。1割にも満たないだろう。そんな低い確率に命を賭けるのは愚かでしかない」

 準備、それこそタイヤネンがどうしてもできないものであった。何せこの時期のタイヤネンには自由がない。そして未来からの持ち込みは不可能である。結果タイヤネンに残されたのは若き日の体と、銃、演算宝珠の3つのみである。

 過去に戻ってくる時間はいつも同じで、ソラニコフとチャコニコフの襲来から2週間前となっており、帰ってきてから出来る事はほとんどない。それでもタイヤネンは無い知恵を絞ってあらゆる事を考えたが、奴らを倒す方法を探す事は出来なかった。

 かの大隊長でも駄目なのか、タイヤネンが目の前が真っ暗になりそうな中、ターニャは「ただ」と呟いた。

「ただどんなに完璧で絶対的な相手でも隙を晒す瞬間は一度だけ必ずある」

「そ、それは一体!?」

 藁にも縋る思いでタイヤネンはターニャに問いただす。

「勝利を確信した時だよ。死ななければ安いなんて言葉があるが、なかなかどうしてこれが意外と良くある。何故なら勝ったと認識した瞬間、人は緊張状態を解くし、終わったものとみなすからな。その横っ面に一発入れてみろ。それまでの完璧さが嘘のように吹き飛ぶぞ? 再度集中しようとしたってもう遅い。『終わった』という認識は早々変えられない」

「勝利を確信したとき……」

「タイヤネン、月並みの言葉だがピンチこそ最大のチャンスだ。それこそアイディア一つですべてがひっくり返るぞ?」

 

「そうか! そういう事か!!」

 

 タイヤネンに天啓が舞い降りた。

 

 

 その後、タイヤネンはいつものようにソラニコフとチャコニコフに敗北した。だが、

 タイヤネンは笑っていた。心底愉快そうに。

 

 気デモ狂ッタノカ? ソウナル前ニ諦メレバ良カッタモノヲ……

 

「いーや、俺は正気だよソラニコフ。俺は今、確かに見えたぞ! お前らに勝つ道が!!」

 

 戯言ヲ……

 

「次の週、その時こそがお前らの最期だ。覚悟して待っておけ!!」

 

 そしてタイヤネンは食中毒を発症した。

 

 

 

 ここに来るまでどれ程時間がかかったのだろう。世界はタイヤネンが第203航空魔道大隊にいる事を許さない。何をやっても否定される。それ以上の理不尽に覆される。世界に否定されるとはかくも残酷だ。

 しかしタイヤネンは立っていた。その強い意志を瞳に宿して。

「どうしたタイヤネン、随分と気合が入っているようだが?」

「大隊長殿! ええ、もう最高潮ですよ! 見ていてください。獅子奮迅の活躍をして見せますから!!」

「頼もしい限りだが気負い過ぎるなよ?」

「ええ、分かってます。自分自身入れ込んでいるのは。でも出撃の時までには落ち着かせてみますよ。そうだ大隊長殿」

「なんだ?」

「明日小官が元気だったら、飯おごらせてください」

「は?」

 

 

 運命の夜が来た。

 

 タイヤネンは寝所ではなく、外で月を眺めていた。

「綺麗な満月だな。思えば夜を楽しむ余裕すら失っていたわけか」

 一人静寂を楽しんでいると、ふと寒気を感じた。刻まれた宿敵の存在を体が感じ取っている。タイヤネンはゆっくりと振り返った。

「来たなソラニコフ」

 タイヤネンの姿を見たとき、ソラニコフは初めて動揺した。何故ならこれまでのタイヤネンは常に張り詰めた空気を纏い、明確に反逆の意思を持っていた。だが今はどうだ? 落ち着き払った様子でどこか余裕がある。さらにタイヤネンはあろうことか一切の武装をしていなかった。

 完全なる無防備、普通であれば仕事が楽になったと言ってもいい状況に、ソラニコフは底知れぬ恐怖を覚えた。

「どうした? 来ないのか? 今ならただ突っ込んでくるだけで終わるぞ? 俺は抵抗しない」

 予想外のタイヤネンの行動に潜伏していたチャコニコフも現れる。タイヤネンには相手の困惑が手に取るように分かった。

「イモのくせに何を悩んでいる? お前らのする事は一つだろう? 俺を食中毒にし、除隊させる。それだけだ。ここで悩んでいても何も変わらないぞ? お前らも知っているだろう? 俺が持久戦に持ち込んだ時、夜は決して明けなかった。つまりここでは時間が流れていない。そして時を元に戻すためには俺が貴様を食うしかない。さあ来い。さっさと終わらせよう」

 タイヤネンは知っている。このイモ達は確かに強いが、彼らそのものに決定権は存在していないと。故に彼らはタイヤネンの安い挑発に乗らざるを得ない。例えそれが罠であろうとも。

 

 貴様、何カ企ンデイルヨウダガ、良イダロウ! ソノ挑発ニ乗ッテヤル!!

 

 両手を広げて口を開けるタイヤネン、そこにソラニコフとチャコニコフは全速力で飛び込んだ。タイヤネンはゆっくりと味わうように彼らを咀嚼し、ごくりと飲み込んだ。

「地獄へようこそ」

 

 当初の予定通りタイヤネンの胃の中に収まったソラニコフとチャコニコフであったが、彼の胃の中の有様に驚愕した。

 

 ナンダコレハ……

 

 所狭しと存在するのは古今東西ありとあらゆる善玉菌、しかも彼らの体は光輝いていた。

「聞こえるかソラニコフ、チャコニコフ。これが俺が見つけた答えだ」

 

 ナンダト!?

 

「俺は前回試しに善玉菌を含む食事を大量に摂取し、さらに健やかなる成長を遂げるよう魔法で促進した。初めての事だったし、たった一日だけではお前の毒性には勝てない。だがな? 僅かにでも効果があったんだよ。あの時の俺は食中毒を発症してしまったが、なるまでに少なからず時間差があった」

 ソラニコフは思い返す。確かにちょっと変だなと思っていた。タイヤネンに自生していた善玉菌はいつもより打たれ強かった。でも気のせいと素通りしてしまった。

「お前らにとっては些細な変化だったかもしれないが、それを見逃したのがお前らの敗因だ。お前らは反逆の芽を詰み取る事が出来なかった! 今俺の胃の中にいるのは前回の人生の中で、俺が生涯をかけて作り上げた魔導士による胃腸健康療法で育成された善玉菌達だ! 2週間丹念に鍛え上げたエリート中のエリート善玉菌、それが貴様らに引導を渡す!!」 

 ターニャのアドバイスにあった『勝利を確信した時』、それはソラニコフとチャコニコフが胃に収まった時だ。ではと、タイヤネンは一体こうなった時点で自分に何ができるかを考えた。そうして思い至ったのだ。

 相手は人じゃないと。相手は食べ物なのだと。人と人なら物理で相手を打ち負かせば勝ちであろう。だが人と食べ物は違う。人と食べ物の戦いの場とは胃の中だ。

「そう、俺は戦う場所を間違えていた!! 相手はイモ、必要なのは俺の銃の腕前ではなく、魔法の才能でもない。本当に必要なのは胃の強さ!!」

 

 グヌゥ!! 小癪ナ真似ヲッ!!! 我ガ毒性ヲナメルナ!!!

 

「勝負だソラニコフ、チャコニコフ!! 俺は運命を変える!!!」

 

 タイヤネンの演算宝珠が唸る。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、善玉菌強化ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 負ケルカァァァァァァァ!!!!

 

 

 

 そしてタイヤネンの意識は暗転した。

 

 

 

「起きろ」

 

「起きろ、タイヤネン!!」

「……ここは? ケーニッヒ中尉?」

 意識がゆっくりと覚醒してくる。ケーニッヒに起こされるという事、それはタイヤネンにとって過去に戻ってきた合図であった。その光景が目の前にある事の意味を考えて、タイヤネンの顔が歪む。

 

 俺は、また負けたのか?

 

 だが脳裏に何故か全く知らない景色が霞めた。南のダキアから北方ノルデン、上陸作戦の先鋒であったフィヨルドの攻防、そしてアレーヌ市市民蜂起を沈めた事、ここまでは良い。それはかつての自分が間違いなく行った事だ。だが衝撃と畏怖作戦とは? 戦争締結? 知らない記憶がタイヤネンに流れ込んでくる。

 いつかと同じようにタイヤネンはケーニッヒに問い正した。

「ケーニッヒ中尉! 今は何年何月何日でありますか!?」

「……寝ぼけてるのか? 今日は○○年○○月○○日だ」

 タイヤネンは振るえた。今までの場合、その日はタイヤネンはまだ療養中であった。だが今彼はまだ第203魔導大隊にいる。かつての敗北の記憶とは別に、皆と一緒に戦い抜いた記憶もある。そう、彼は運命に打ち勝ったのだ!

「ケーニッヒ中尉ぃぃぃぃ!!! ごはぁ!!」

 感極まってケーニッヒに抱き着こうとしたタイヤネンだったが、そこにケーニッヒの綺麗なカウンターが決まった。

「一体何故……」

「何か……何か、危機を感じたんだ」

 そんなハプニングこそあったが、朝の支度を終えたタイヤネンは新らしい朝を満喫した。初めて出会う戦争を終えた第203魔導大隊の皆、彼らはタイヤネンがいる事を当たり前と見なし、各々挨拶してくる。

 タイヤネンは誰かに話しかけられる度抱き着きたい衝動にかられたが、先のケーニッヒのカウンターを思い出し、自制する。ちなみに今回のヴィーシャは美人バージョンだったらしい。そしてタイヤネンはターニャと出会った。

「お、タイヤネンか」

「おはようございます大隊長殿!」

「今になって急に思い出したんだが、前にお前、食事をおごると言っていたな? 確か、明日元気であったらだったか?」

 タイヤネンの顔が歓喜に染まる。ターニャは覚えていてくれたのだ。あの時のやり取りを。どうにも記憶がはっきりとはしていない様であったが、それもそのはず、前の世界での出来事なのだから。それでも思い出してくれるなんて何て部下思いの上司であろうか。

「ありゃなんだったんだ? 体に不安でもあったのか?」

「ちょっとトラブルがありましてね。でももう解決しましたよ」

「そうか。ま、何かあったら遠慮なく言え。不安の芽は早いうちに摘むに限る」

「分かりました!」

 相変わらずカッコいい上司に痺れるタイヤネンであったが、彼は我に返ると、姿勢を正してターニャに対し敬礼した。

「大隊長殿、今後ともよろしくお願いします!!」

「何だ急に?」

 タイヤネンが万感の思いを込めて言った言葉に、ターニャは呆気にとられたような表情を浮かべたが、すぐさま不敵な笑みを浮かべて返事を返した。

「まあいい。やる気があるようで結構。精々こき使ってやるから覚悟しておけ!」

「はっ!!」

 こうして第203航空魔道大隊に最後の一人が帰ってきた。

 

 後にヴィーシャやヴァイスたちと共にベテランとなった彼であるが、どれ程の苦境に立たされようとも折れない不屈の人として大隊の中で名を馳せた。

 どうしてそんなに強くあれるのか、部下に尋ねられた時、タイヤネンは決まってこう答えた。

 

「ソラニコフ、チャコニコフとの戦いに比べたらこの程度どうって事ない」

 

 と。

 

 

 

 




 多分だけどタイヤネンメインの幼女戦記SSって2次創作初じゃないだろうか?(pixivでタイヤネン検索したら検索結果0だし) そして戦争関係なく、ただイモと戦うSSなんてのも初じゃないだろうか? 結果として、書いている途中で『自分は何を書いているんだ?』と何度も自問したほどカオスな一作になりました。でも後悔はしていない!
 最後の戦いは絵面が酷いと思う。あれだけ暑苦しく騒いでおきながら、やってる事は腹に手を当てて善玉菌に対してのバフ魔法を送り込み続けるっていう、壮絶なシュールさ。

 一応タイヤネンが最後に到達した世界は愛され幼女時空となっており、シュタゲ風に言うと食中毒で倒れる事に収束するβ世界線を乗り越え、帝国が敗戦してしまうα世界線をも乗り越えた、理想郷って事になるでしょうか?
 ヴァイスさんの思い出の味などで退役した事になっていたタイヤネンでしたが、この出来事の後、愛され幼女の世界の人々にタイヤネンが退役した記憶が消え、タイヤネンが存在していた記憶に置換されていたりします。
 ……ていうかそういう事にしておいてください!
 この話書いていて、ふとヴァイスの短編を思い出し、ここでタイヤネンの退役について言及してる! しまったー!!! ってなったので(苦笑)
 今回もお読みいただきありがとうございましたー。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。