なお、今回の話を書くに当たって、以前までの話の一部を変更しています。良かったら探してみてください。
「……その、すまなかった」
「い、いえ……そう、トレーナーさんも、男、ですから」
「……少し恥ずかしいな」
互いに赤面しながら市街地を歩く二人――トレーナーとサイレンススズカ。
何故この二人がこんな事になっているのかと言えば――
『そろそろ行こうか。ゲーセンだけで一日を終わらせるのも勿体ないだろう?』
『え? ……あっ、はい。そうですね』
メタルランナーにハマりかけていたスズカだったが、トレーナーに声を掛けられて我に返った。
そうだ、自分はそもそも目的があってトレーナーを誘ったのだった。趣味が増えるのは喜ばしいが、やるべき事を見失うのは非常によろしくない。
と、そんな風に筐体から離席しようとしたところ――
『NEW CHALLENGER!』
そんな電子音声が聞こえ、画面を向いてみれば、
『ゼンラ大佐』
そんな珍妙な名前が出てきていた。
『見せてもらおうか。『白い悪魔』の実力とやらを』
どうやら同じ店舗でプレイしているらしく、声が筐体の向こう側から聞こえて来る。
そして、その声に反応したのは――意外にもトレーナーだった。
『……すまない、スズカ。一戦だけやらせてもらってもいいか? この声を聞いていると……無性に腹が立ってくるんだ』
『え? えぇ……』
トレーナーにしては珍しく立腹した様子で、その有無を言わせてもらえないような圧に圧し負け、スズカは筐体の席を譲ってしまった。
その後、ゼンラ大佐はトレーナーの操るメタルランナーに容赦なくボコボコにされたとかなんとか。
「悔しいけど、俺は男なんだな……」
大人げなく暴れ回った事を思い出したのか、トレーナーは恥ずかし気に両手で顔を覆う。
「ふふっ……」
だがそんな彼を見て、スズカは思わず笑みを浮かべていた。
それはいつも見慣れている優しい笑顔ではなく、年相応の少女らしい可憐な笑みであった。
「そ、そんなに笑う事ないだろうに」
「ご、ごめんなさい。でも……なんだか、おかしくって」
あの常に冷静沈着なトレーナーがムキになって何かに挑む姿なんて、最初に出会った頃からは想像もつかない。
そこに、スズカは――自覚こそないが――母性的な感情を覚え始めていた。
(私よりずっと背が高くて……普段は頼りになる人だけど)
こうして時折見せる少年らしさと言うべきか、そんな一面を見るとつい微笑ましく思ってしまう。
普段とはまるで違うトレーナーの姿が、スズカには新鮮だったのだ。
だからだろうか。気が付けば、自然とその言葉が出てしまっていた。
「また今度、一緒に行きましょうね?」
「……あぁ!」
一瞬驚いた顔をしたが、すぐに満面の笑みに変わる。
それを見て、スズカもまた嬉しくなって口元を緩めた。
「……オホン。さて! 次はどこに行くかな!」
また子供っぽい反応をしてしまったのを自覚し気まずくなったのか、一つわざとらしく咳払いをすると気を取り直して次の目的地を探すべく周囲をキョロキョロと見渡すトレーナー。
スズカは、そんなトレーナーを微笑まし気に見つめるのだった。
******
市街地から少し離れて、二人はトレセン学園へと続く道に来ていた。
日は既に傾き始めており、空の色が茜色に染まっている。
そんな中、二人の影が長く伸びながら並んで歩いていた。
あれから、色んな所を巡った。様々な店が並ぶショッピングモール。そこにあった、ウマ娘のグッズが売っているショップ。それから、街を一望できるタワー。エトセトラ。
「今日はとても楽しかったです。ありがとうございます、トレーナーさん」
「こちらこそだ。俺の方からも礼を言うよ」
「久々に気分転換をした気がする」と言っていたトレーナーの顔は、昨日よりかは遥かに顔色が良くなっていた。
何せ、昨日は何があったのか全く語らず、ただ淡々とトレーニングメニューをこなすだけだったのだから。
しかも、スズカと話す時以外は終始険しい表情をしており、話しかけ辛い雰囲気すらあった程である。
それが今はどうだろう? 表情筋が弛緩しきっており、見る人が見れば一発で分かるぐらい機嫌が良い事が見て取れた。
と、そんなスズカの心情を察したのか、トレーナーは申し訳なさげに口を開いた。
「……すまなかったな、スズカ。余計な心配をかけたみたいで」
そんなトレーナーに、スズカは首を横に振る。
「いえ。トレーナーさんの気晴らしが出来たのなら、よかったです。……それで、その……」
そこまで言って、スズカは言い淀む。
――トレーナーさん。貴方の昔の話が聞きたいです。
そう言うだけなのだが、これが中々難しい。
スズカ自身あまり人付き合いが良い方ではないが故に、こういう時にどう切り出せばいいのかわからず、結局口を閉ざしてしまう。
しかし、このままではいけない事も理解していた。
そしてそれは――トレーナーも同じようだった。
「……何が言いたいのかは、何となく分かってる。俺について聞きたいんだろう?」
スズカは黙って首肯する。
トレーナーは一度目を閉じて深呼吸をした後、意を決したように目を開き、語り始めた。
「……聞いても何も面白くないが、それでも?」
「……はい。それでも、聞きたいんです。トレーナーさんにどんな過去があって……どうして、『限界を超えてはいけない』という答えに辿り着いたのかを」
正直に言えば、スズカはこうして出かけるまで悩んでいたのだ。
はたして、自分なんかがそんなプライベートな事まで聞いてしまって……深入りしてしまっても、いいのだろうかと。だが――知るべきなのだと、直感が訴えかける。
元より自分は、ウマ娘。速さを求める生き物なのだ。その中でも自身のその欲求は群を抜いていると言っても過言ではないと自負している。
それと同時に、彼女は心の奥底で求めていたのだ。更なる速さを得る為に、余計な鎖を解き放って欲しいと。だが……自分に良くしてくれるトレーナーにそれを求めてしまえば、逆に今の関係が壊れてしまいそうで。
それはつまり、彼女が走れるという現状が崩壊し、その未来が潰えてしまうかもしれないという、被害妄想にも似た未来予想。
そしてそれ以上に――自分を受け入れてくれたトレーナーの傍だと感じられる暖かなもの、それが失われる事への恐怖があった。だからこそ、スズカはその一歩を踏み出したのだ。
そんなスズカの覚悟の籠もった言葉を聞き、視線に見つめられ、トレーナーは僅かに逡巡するも、やがて、
「……わかった」
それだけ告げると、再び歩き始める。
スズカもそれに倣い、その後ろをついて行く。……二人の間に会話はない。
ただ、沈黙だけがその場を支配していた。
暫く歩くと、一つの公園が見えてくる。トレセン学園からそれ程離れていない場所にあるこの公園には、夕方ながらまだ人影がまばらにあった。
二人はそのまま公園内に入り、ベンチの一つに腰を下ろす。
「さて……。どこから話したものか」
トレーナーは腕を組み、考える素振りを見せる。
スズカはただ静かに待つのみ。……ややあって、彼はポツリポツリと語りだした。
「そう、あれはまだ、俺がもっと若かった頃だ――」
甘い感じのデート回後編を期待してた方は申し訳ない。もちっとシリアスが続くんじゃよ...