スズカさんがニュータイプに目覚める話   作:K氏

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 掟破りの同日二話投稿、しちゃうんだなぁこれが!(ゾルタン様並感)


そして、重なる心

「……と、まぁ。そんなわけで結局、その年の終わりでトレーナーを辞めて、それっきりになる……筈だった。親父も持病が悪化して、トレーナー業を引退してしまったからな。……その筈だったんだが――何の因果か、俺は戻ってきてしまった。トレセン学園に」

 

「まぁ、俺が戻ってきたのは数年経った後だったからな。もう、俺の事を覚えてるような人なんてそういなかった。ただ……何処かの誰かが流した噂だけが独り歩きして」

 

「聞いた事無いか? 『あの男はウマ娘の実力に乗っかっただけのまぐれ当たりに過ぎない』だとか、『秋の天皇賞で他のウマ娘が怪我して泣いて喜んだ』とか、そんな感じの」

 

 トレーナーが話を終えた時、スズカは――悲しい気持ちに襲われていた。

 

 それが、己の感情によるものなのか、それとも目の前のトレーナーから流れ込んでくるものなのか、そこまでは分からない。

 トレーナーの過去の経歴自体は、既にエアグルーヴから聞いていた。

 元々はただの一般人だったのが、偶然、後の『白き流星』と呼ばれるようになったウマ娘と出会い、そしていつしか名トレーナーへとなっていたという事。

 そして――天皇賞(秋)でのアクシデントが切っ掛けで、その年の終わりに一度、トレーナーを辞めてしまった事。

 だから、彼が語る内容に関してもある程度は予測はついていた。

 

 しかしそれでも……どうしても、彼の語る『過去』には拭いきれない悲哀と絶望が纏わりついている。

 事実、トレーナーが話を進める内に、その手はどんどん震えていき、顔色も青白くなっていた。

 それはまるで――悪夢の中に囚われているような。

 

「……すまない、少し喋りすぎたようだ。こんな話を聞かせるべきではなかったかもしれないな……」

「いえ……大丈夫です」

「そう言ってもらえるとありがたい。……とは言え、さっきの話はあくまで昔話だ。今の俺とは関係ないし、君にも関係のないことだ。忘れてくれても構わない」

 

 そうは言うが――それでは解決にならない。ならないのだ。

 

「……わかりました。どうしてトレーナーさんが、限界を超えさせようとはしないのか」

「…………」

「でも、まだ教えてもらってない事があります。何故、貴方は――トレーナーとして復帰したんですか?」

「…………」

「どうして貴方は――私を、担当ウマ娘として受け入れて下さったんですか?」

 

 真摯な表情のスズカに、トレーナーは静かに口を開いた。未だ、その手の震えを隠せないままに。

 

「……前者の答えは、あの頃の俺が就ける仕事なんて、どの道これぐらいしかなかったって事だ。そして後者は……」

 

 そこまで言って、トレーナーは口をつぐんだ。まるで、答えに悩んでいるかのように。

 

「……トレーナーとしての責務を果たそうって思っただけだよ。君が俺をトレーナーに選んだ。だから――」

「嘘」

 

 続けようとしたトレーナーの言葉を、スズカはきっぱりと断ずる。それは嘘だと。

 

「確かに私は、トレーナーさんのプライベートな事をほとんど何も知りません。だけど……これまでの付き合いで分かってる事があります」

 

 困惑するトレーナーに対して、スズカはその瞳を見つめながら続ける。

 

「私の走りを見て、()()()()()()()()()()()ことは、間違いなく本当だって」

「!」

 

「それだけじゃない。私がレースに出る度に、いつも心配してくれてる事も知っています。私のトレーニングメニューについて、頭を悩ませていた事も」

「……買い被り過ぎだよ。ただ単に俺は、トレーナーとして君の勝利を願っている。それだけだ」

「いいえ、違いますね」

 

 それすらも、違うと断ずる。

 

「貴方は、功名心だとか名誉だとか、そんな事は考えていない。貴方はいつだって……いつだって、私の事を考えてくれます」

「……そんなの、君の機嫌取りかもしれないじゃないか」

「ならもっと分かりやすいですよ。少なくとも貴方からは、打算的な匂いを感じたことは一度もありませんから」

 

 「それに」と付け加えて、彼女はこう続けた。

 

「もし貴方が勝利を第一に考えるなら、大逃げなんてリスキーな作戦を取らせて下さる筈、無いです」

 

 その言葉を聞いて、トレーナーの肩が小さく揺れ動く。

 

「君は、本当に不思議な子だな……。普通、こんな男の昔の事なんて聞きたがらないだろうに。こんな……褒められるような事なんて何一つ無いような男の事を。なのに――なんで、そこまでして聞こうとする?」

 

 トレーナーからの問い掛けに対し、スズカは迷うことなく答える。

 

「目、ですかね」

 

 その答えに、トレーナーは呆気に取られる。

 

「目、だって?」

「はい。……私の同室の後輩の子なんですが、自分の夢――『日本一のウマ娘になる』っていう夢を語る時のその子の目は、とても綺麗に輝いていたんです」

 

 スズカの脳裏に浮かぶのは、初めて自分の夢を語った時のスペシャルウィークの笑顔。

 いや、それだけではない。初めて会った時から、彼女の目はキラキラ輝いていた。夢や希望といったものが溢れんばかりに込められた、真っ直ぐで曇りのない目。

 

「あの時、私を見ていた貴方の目は、ちょっぴり彼女とは違うけど、それでも輝いてました」

 

 それと同じ輝きを――ほんの微かな輝きだが――スズカはトレーナーの中にそれを見出していたのだ。

 

「トレーナーさんは自覚されてないかもですが、そういう目をしてる時、なんというか、凄く幼げというか、子供みたいにキラキラしてて……可愛らしいなって思ったんです」

 

 ……流石に面と向かって本人に伝えるのはかなり恥ずかしかったが、それでも言わずにはいられなかった。

 

「……とにかく。そんな目をする貴方が、ただ自分の事だけを考えて私に指導をして下さるなんて、そんな訳ないって思ったんです」

「……いいや。エゴだよこれは」

 

 スズカの暖かな言葉を、しかしトレーナーは断固として撥ねつけた。

 まるで、強固な心の壁を張っているかのように。

 そして、まるで祈るように両手を組んだ。

 

「俺は……かつて『あの子』に起きたような事故をまた起こさせたくない。そして、そうして生まれる悲しみを、また味わいたくない。そんな利己的な理由で、君に100%の力を出させないようにしてきたんだ。それをエゴと呼ばずして、何と言う」

 

 その声は震えている。その顔は青ざめており、額には脂汗が浮かんでいた。

 それは、彼が今まで内に秘めてきた葛藤そのもののようにも見えた。

 

「……エゴだとしても、貴方が私を思いやってそうして下さったのには変わりありません。――例え、貴方が私を信じて下さっていないのだとしても、その気持ちを無碍になんてできない」

 

 そう口に出され、トレーナーはハッとした表情で顔を起こす。

 

「ち、違う! 俺は……僕は、君を、信じて――」

「それは、矛盾してます。私を信じて下さるのなら――全力で走る事も許して下さる筈ですよね?」

 

 スズカは、心を鬼にしてそう投げかけた。そんな鬼気迫ると言っても過言ではない様子のスズカに、トレーナーは何も言えず押し黙ってしまう。

 彼の脳裏に、かつてライバルから言われた言葉が去来する。

 

 ――そうでなくとも、君は彼女に『限界を越えない』という、ある種の呪いめいたリミッターを掛けたまま。そのような体たらくで、よくも可能性という言葉を出せたものだ。

 

 ――もう一度言う。君のやり方が間違っているとは言わない。しかし、彼女にとって最善とも言えん。そのままでは、君の考える『分かり合う可能性』が形を成す事はないだろうよ。

 

「…………っ」

 

 苦悶の表情を浮かべながら、彼はスズカから視線を外すように――スズカの視線から逃げるように俯いた。

 

「だからって……だからって、どうしろって言うんだよ……!」

 

 それは、スズカが初めて見た、トレーナーの生の感情だった。

 今のトレーナーは、普段の頼り甲斐のある大人ではなく、自分の進むべき道に悩み迷う、幼い少年そのもので。

 だが、怒りを言葉に滲ませてもなお、彼は隣にいるスズカに当たり散らそうとはしない。それを、理性で抑え込もうとしているようだった。

 その姿を見たスズカは、胸の奥底から湧き上がってくる衝動を抑えきれずにいた。

 

(この人は本当に……純粋な人なんだ。ウマ娘を……他人を思いやれる、優しい人なんだ)

 

 こんな姿を見せられてしまっては、放っておけるわけがないではないか。

 

「トレーナーさん」

 

 スズカの声に、トレーナーはビクッと肩を震わせる。

 普段より小さく見えるその身体を、スズカは――

 

「な――!?」

 

 ――そっと、抱きしめた。突然の出来事にトレーナーは何が起こったのか理解できず硬直してしまう。

 スズカの方は、そんな彼を優しく包み込むようにして抱擁していた。

 スズカの腕の中で、トレーナーは戸惑いのあまり身じろぎするが、それでもスズカは離さない。

 体格の差はあれど、ウマ娘の膂力の前に、人間は無力だ。

 

 やがて、トレーナーも観念したのか、身体から力を抜き、そのままスズカに身を委ねた。

 

「……夢を、見るんだ。最近」

「はい」

「君が……レース中に怪我をする夢を」

「…………」

「そして、二度とレースに出られなくなってしまう、夢を」

「……はい」

「だから僕は……君に、無理をして欲しくなくて……」

「そうだったんですね」

「本当に、すまない……僕はただ……っ、自分が傷つきたくないだけで……うぅ……結局は、君の事なんて――」

 

 消え入りそうな声で謝罪の言葉を口にしながら、トレーナーは――初めて涙を流した。

その姿を見て、スズカは――静かに怒りを声に籠めた。

 

「それ以上、言わないでください」

「でも――!」

「それ以上言ったら、軽蔑しますよ。本気で」

 

 その声に、偽りはなく。

 そんなスズカを前にしては、流石のトレーナーも続けられなかった。

 その代わりに――

 

「……聞こえますか? 私の心臓の鼓動が」

「え?」

 

 スズカは自分の胸に、トレーナーの耳を押し当てるように抱き寄せていたのだ。

 

 その音は、確かに聞こえる。トクン、トクンと脈打つ、命の音。

 

「……正直に言えば、私だって怖いと思う事はあります。このまま先頭の景色を見続けて、その先に……何があるのか。もしかしたらそれは、貴方が想像した通りの結末なのかもしれない、と」

「……スズ、カ」

 

 トレーナーは呆然と呟く。

 

「だけど、少なくとも今は、ここにこうして生きている。……見たかった景色を、見る事が出来ている。他ならない、貴方のおかげで」

 

「それに私、貴方がトレーナーになってから、もう一つ夢が出来たんですよ?」

 

「私が見たかった景色……スピードの向こう側……静かで、どこまでも綺麗な景色を……私を受け入れて下さった貴方と一緒に見たいっていう夢が」

 

「だから私、決めました。貴方の選ぶ道がどれだけ困難な物だろうと――絶対に走り抜くって」

 

 それは、ともすれば『あの子』と同様の危うさの籠もった言葉かもしれない。

 だが、それ以上に――

 

(……参ったな。女の子にここまで言わせるなんて、奴を馬鹿にできない)

 

 ――どこまでも真っ直ぐで、眩しい願いでもあった。

 

 だからこそ、彼は応えなければならない。

 

「……僕は、信じても、いいのかな」

「……信じてください、とは言いません。けど、信じさせます。必ず」

「……これは、僕の勝手な空想だけど、僕は君に……君に可能性を感じたんだ。荒んでいく皆の心を変えられるだけの力があるって」

「……買い被り過ぎですよ」

「そうでもないさ、きっと。……だけど、僕は、本当の意味で君の事を信じてはいなかった。だから――」

「だから?」

「……だから、信じたい。君自身を――」

 

 ――そして……人とウマ娘が本当の意味でわかり合う、優しい世界を――

 

 人とウマ娘。そこには、種の違いだけではない隔絶があり――故に、互いが互いの事を知ろうとする努力を怠ってきた。それは、レース関連の歴史を見ていれば、自ずと分かってしまう事実だ。人は安易にウマ娘の事を推し量ろうとするし、ウマ娘もまた然り。

 

 ――しかし、その壁を壊そうとする者が……革新を求める者がいる。今はまだ、それが出来る程の勇気のない憶病者だが。

 

 その先に待つものが、希望か絶望なのか――それはまだ誰にも分からない。

 だが、少なくとも一つ言える事があるとすれば――それはきっと、今までとは違う世界になるだろうということだ。

 

「……スズカ」

「はい?」

「その、ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」

「それで、その……もう、離してくれていいん、だぞ?」

「駄目です。私のトレーナーさんは、泣き虫さんみたいですから」

「……もう泣いてないよ」

「知っています。だからこれは、いつもお世話になってる分のお返しです」

 

 …………沈黙が流れる。

 

(……流石にこれは、まずい気がする。駄目だ、いやな予感だけが膨らんで……えぇい! 正直に恥ずかしいと言えんのか! 俺は!)

 

 気まずさと恥ずかしさが混ざって、なんとなく離れ難い雰囲気だった。

 

(――って、私ったら何してるの……トレーナーさんに!?)

 

 一瞬の間を置いてスズカも我に返るが、スズカもトレーナーから離れようとしないし、トレーナーも結局、彼女を突き放そうとは思えなかった。

 寧ろ、心と心が通じ合って、重なるような、そんな不思議な感覚があった。

 

 スズカもトレーナーも、何処か今の状況に心地よさを感じていて――

 

 

 

 

「ねぇママー、あのひとたち、なにしてんのー?」

 

 

 

 

 ――子供のそんな声が切っ掛けで、互いにバッと身を離してしまった。

 

 その後、互いに大層笑ってしまったのは、完全な余談である。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「……その、すまなかったな。さっきはあんな、みっともない……」

「いいんですよ。……トレーナーさんがよろしければ、いつでもしてあげますけど」

「……好きじゃないな、そういうの」

 

 困ったように癖毛を掻くトレーナーに、スズカは微笑ましいものでも見るかのようにふわりと笑う。

 

「……あっ、そうだ、スズカ。今後の事なんだが……URAファイナルズ、知ってるだろう?」

 

 話を逸らすように、トレーナーは次の話題をスズカに飛ばす。

 訊かれたスズカは、「はい」と素直に答える。

 

「その……同僚から出ないかと言われていてね。君の実力なら、このまま成長していけば問題なく出走できると思うんだが――」

「はい、出ます」

「どうだろ――って、早いな」

 

 トレーナーは、スズカの即答に苦笑いを浮かべる。

 

「決めましたから。トレーナーさんの選ぶ道を、走り抜くって」

 

 そう言うスズカの顔には、明らかな信頼感が溢れていて。

 トレーナーとしては照れ臭さの方が勝ってしまい、「参ったな……」と誤魔化す事しか出来なかった。

 

「……それで、来年の始動戦なんだが、金鯱賞に出るのはどうだろう。距離は今までより伸びるが、今の君なら十分走り切れる筈だ」

「いいと思います、それで」

「……もっと自分の意見を言ってもいいんだぞ?」

「いえ、私は貴方を信じていますから」

「……はは。信頼を置いてくれるのは嬉しいが、プレッシャーだな」

「大丈夫です。貴方なら」

「……それは、勘か?」

「はい、勘です」

 

 「私、勘は良い方なんですよ」と言わんばかりに自信満々なスズカに、トレーナーは再び苦笑する。

 だが、スズカを信じると言った以上、応えてみせるしかない。それが彼女の選んだ道なのだ。

 

「……正直、俺はまだ君を――君の脚が限界以上に達した時、持つかどうかを信じ切れていない。それでも――」

「着いていきます。どこまでも」

「……ふっ、後悔しても遅いぞ」

「しませんよ。貴方となら」

 

 スズカの言葉に迷いはない。

 そんなスズカを前にしては、弱気な事を言っていられない。

 二人は互いを見つめ合いながら、どちらともなく手を差し出す。

 

「改めて、よろしく頼む」

「こちらこそ、お願いします」

 

 二人の手が重なり合う。

 互いの絆を確かめる様に、二人は固く握り締めた。

 

 

 

 

「……~~~~~~ッッ!!!」

「あ、ごめんなさい! 私ったら!」

 

 ……流石に力を籠め過ぎたのか、トレーナーの手が軋む音がした、気がした。




はい。こっからトレスズというかスズトレ要素が増えていく、筈です。待っていた方、お待たせしました。

 ちなみにこの後、この前投稿したクリスマス回に繋がります。
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