スズカさんがニュータイプに目覚める話   作:K氏

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 今年の仕事を始めてからの初投稿です。

 ちなみに、前回までの話の一部を少し修正したりしました。良かったらどうぞ。


覚醒の兆し

 

 ――トレセン学園のグラウンド。その日、偶然にも誰もいない時間があった。

 

 故に、スズカは――

 

「――ふッ!」

 

 走る。走る。走る。

 

 ただひたすらに、ただ真っ直ぐに。走り続ける。

 

 『ペースを考えろ』――もう、身体が覚えてる。

 

 『タイムに気を配りながら』――そんなもの、関係ない。

 

 『勝ちの定石ではない』――そんなもの、知った事か。

 

 雑念を振り払うように、彼女はただ走る。

 そうしている内に、見えてくるものがあるのだ。

 

(――ああ)

 

 足に感じる緑の感触。

 身体に感じる風の感触。

 瞳に映る――誰もいない、先頭の景色。

 

(――まだ)

 

 まだ、足りない。何かが、足りない。だがそれが何なのか、彼女にはわからない。

 だから、走るしかない。走るしかない。走るしか……!

 

「……っ」

 

 呼吸に追い付こうとする肺が波打ち、心臓が激しく脈打つ。脚も悲鳴を上げ始めている。

 それでも、止まらない。止まるわけにはいかない。

 今立ち止まったら――何(・)故(・)か(・)後(・)悔(・)し(・)て(・)し(・)ま(・)う(・)よ(・)う(・)な(・)気(・)が(・)す(・)る(・)から。

 

 何より……今見えているこの光景を、失いたくないと思うから。

 

「――あ」

 

 そうして必死になって走っていると――脳がチリつく感覚に襲われる。

 

 今までにも似たような感覚があった。

 例えばそれは、レースの前。観客が彼女に向ける、多種多様な感情。

 例えばそれは、レースの最中。周りのウマ娘から感情が流れ込む、あの感覚。

 例えばそれは、レースが終わった後。観客が彼女に向ける、歓喜の感情。

 

 そしてこれは――そのどれとも違う、新しい感覚。

 

(もう少し、もう少しで――)

 

 もう少しで届きそうな、そんなもどかしさが彼女を襲う。

 でも、何故だろう? 胸の奥底がざわついて仕方がないのに、不思議と嫌な気分じゃない。

 寧ろ心地良いような、それでいて泣きたくなるような――

 そんな矛盾した気持ちを抱えながら、彼女は更に加速していく。

 しかし、どれだけ走っても、あと少しが詰められない。

 

「……ふぅ」

 

 そして、スタミナの限界が近いのを体感で察し、減速する。

 

 当然、見えていた景色も元の現実のものへと戻っていく。

 それが、僅かばかりに残念で。

 僅か、で済んでいるのはある意味で彼女の成長の証だろうか?

 

「……調子は万全です。トレーナーさん」

 

 スズカは振り向く事無く、そう口にした。

 

 彼女の背後からやって来た男――トレーナーは、苦笑しながら彼女に声を掛けた。

 

「······全く、末恐ろしいな、君は。いつから後ろに目を付けられるようになった?」

「気づいたら出来てたんです」

 

 スズカを知る者が今の彼女の表情を見れば、きっと驚く事だろう……スズカがドヤ顔をするなんて。

 無論、本人にその自覚はない。

 

「出来る事が増えるのは良い事だ。それがレースで悪い方向に出なければの話だがね」

「もう、そういう事は言わなくてもいいじゃないですか」

 

 これまた見る者を驚かせるであろう膨れっ面をするスズカに、トレーナーは微笑ましいものを見る目で見ていた。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「スズカさぁ~~~~ん!!!」

 

 それは昼休みの事だった。図書室で久々に会ったエアグルーヴと談笑していたところに一人、騒がしいウマ娘、マチカネフクキタルが――

 

「ふ、フクキタル?」

「って、なんだその格好は!?」

 

 ――何故か水着姿で飛び込んできたのは。

 

「ええ、病み上がりでプールトレーニングを……って、私の格好なんてどうでもいいんですよ! それよりもスズカさん! 次のレース、金鯱賞というのは本当なのですか!?」

 

 「どうでもよくはないだろう……」と頭を抱えるエアグルーヴに、スズカは「ええ、そうだけど」と答える。

 

「な、なんという事……シラオキ様のお告げは、本当でした……」

「お告げ?」

 

 スズカとエアグルーヴは首を傾げる。

 

「そうです! 夢の中のシラオキ様曰く、

 

『異次元を往く新しき者、覚醒の兆しあり』

 

 ……との事でした!」

 

 「これってスズカさんの事だと思うんですよ!」と鼻息荒く詰め寄ってくるフクキタルに、スズカは苦笑する事しかできない。

 

「異次元、だと? ……まぁ、最近スズカにそのような通り名が出来つつあるとは耳にした事があるが」

「そう! そうなんですよ! これが偶然なものですか! ハァーッ! まさか、まさか私の復帰戦でそのスズカさんとぶつかるなんて!」

 

 表情をコロコロと変え、激しく身振り手振りを加えながら、フクキタルはそう説明する。

 

「……そうは言っても、お前だってG1ウィナーだろうに。何を臆している」

「そうよ。もっと自信を持っていいと思うわ」

 

 エアグルーヴの渋々ながらの励ましに、スズカも同調する。

 だが、それでもフクキタルの表情は優れない。

 

「だぁぁぁ……純粋な励ましの心が籠ってる事は分かるのに、今だけは素直に受け取れない自分がいるぅぅぅ……」

 

 そんなフクキタルを見て、何一つ声を掛けられないエアグルーヴ。これは憐れみなのか、それとも呆れなのか。

 

「ねぇフクキタル。ちょっと聞きたいのだけれど」

「……へ? なんです?」

 

 そこに、スズカは疑問を呈する。

 

「その、シラオキ様って方……方? の事は良く分からないのだけれど……普段は貴方に関する事をお告げしてくれるんじゃないの?」

「あー、はい、その筈なんですけどね」

「ならどうして今回に限って……」

「……多分、この前のレースの影響かと」

「「レース?」」

思わず声を重ねる二人に対し、フクキタルは苦笑しながら説明を始めた。

「実はですね……私、その前の夢の中でシラオキ様に言われたんです」

 

「なんて言っていたの?」と、この際シラオキ様の実在等は気にしない事にして続ける。……エアグルーヴとしてはそのようなオカルトは否定したい方なのだが。

 

「『異次元を往く者の、新しき可能性を見極めよ』……と」

「……それだけ?」

「ハイ、それだけです」

 

 それだけ。その一言で、三人の間に何とも言えない空気が漂いだす。

 

「……その、こう言ってはなんだけど……私、そんな大層な存在じゃないと思うのだけど……」

「へぇ!? いやいやそんな事はないでしょう!? あんなレースをしておいて!」

「……すまん、スズカ。その点に関しては私も同意見だ」

「嘘でしょ!?」

 

 まさかここで寝返られるとは思っていなかったのか、驚愕の色を隠せないスズカ。

 しかし二人は至極真面目な顔である。

 

「お前、あんな走りをしておいてよくもまぁ「自分は普通」なんて顔が出来るものだな……呆れを通り越して、賞賛の言葉すら浮かんでくる」

「そうですよぉ! 逃げて差すなんて、ハッキリ言って普通じゃない! です!」

「え、えぇと。そう、なのかしら……あ、でもエアグルーヴには一度負けてるし……」

「あの頃のお前はクラシック級で、こっちはシニア級だ。経験というものがある。素の能力の違いが、決定的差にはならないという事だ。……だが、今のお前は伸び盛りと言ってもいい。油断をして足を掬われるのは御免被る」

「そういうものなのかしら……」

「そうですっ! だから、スズカさんが金鯱賞に出るという情報を得た時、私は居ても立ってもいられずにこうして飛び出してきたのですから!」

 

 極めて冷静なエアグルーヴの指摘に便乗するように、ふんすふんすと鼻息荒く便乗するフクキタル。

 そしてスズカは、そんな二人からの言葉に困惑していた。

 

(そうは言っても、私に出来る走りってこれぐらいしかないし……)

 

 だが、二人の言葉は真剣そのもの。

 それを茶化せる程、スズカは器用でも無神経でもなかった。……とはいえ、このままでは話が進まない。

 

「それで、結局どうすればいいのかしら?」

「いえ、そこはまぁ普通にいつも通り走っていただければ」

「あ、そこは普通でいいのね……」

「はい! 私の役目は、シラオキ様の御言葉をスズカさんにお伝えする事にアリ! と、占いで出ましたので!」

「そこは占いでいいのか……」

「はい! こういう大事な事は占いで決めるのが吉! ですから!」

 

スズカとエアグルーヴのツッコミにも構わず、フクキタルは自信満々に語った。

スズカはそんな彼女を見て、少し考え込む仕草を見せた後、「わかったわ」と微笑んだ。

 

「良く分からないけど、先頭を走り続ければいいのよね?」

「······あ゛、でもそんなに本気は出さなくてもいいというか、そんなに力入ってると後々スタミナが持たなくなるんじゃないかと思いますというか」

「大丈夫。今のスタミナなら全力でも軽く走り切れると思うから」

「ひょえ~~~~!? 自信満々!?」

「ほう? それは見物だな」

 

 スズカの言葉を聞き、興味深げな表情を浮かべるエアグルーヴ。

 

「むう、かくなる上は······いいでしょう! 私とて菊花賞バ、つまり最も強いウマ娘の端くれ! その実力をお見せしましょう!!!」

「全く、最初からそうやる気を出していれば良かったものを……やってみせろよ、フクキタル」

「何とでもなるハズデース!」

「タイキさんですとォ!? ……え? タイキさん?」

 

 何やら賑やかな声が増えていると思い振り返れば、人懐っこい笑顔が特徴的なウマ娘、タイキシャトルがそこに立っていた……こちらも水着姿のままで。

 

 皆が自身に気付いたのを感じ取ると、タイキシャトルは分かりやすく「怒っていますよ!」という風に頬を膨らませる。

 

「フクキタルゥ! ワタシだけ置いていくなんて、so sad!」

「……お前、もしやタイキを置いて自分だけ来たのか?」

「ア゛ッ」

 

 その事実にようやく気付いたらしいフクキタルの顔が、分かりやすくどんどん青ざめていく。

 

「い、いや違うんですよタイキさんこれはですねシラオキ様のお告げがあったので致し方なく」

「言い訳は無用デスヨ!!!」

 

 そう言うなり、タイキシャトルはどこからともなくロープを取り出し、ブンブンと振り回す。

 

「ちょ、何処からそんなロープを!?」

「ropeはcow girlの嗜みデース!」

「いやそれ答えになってなフンギャロ!?」

 

 ツッコミを入れる前に、フクキタルはタイキシャトルのロープの前にあえなく御用となってしまう。

 

「さぁ、言い訳は署で聞きマース!」

「ひぇぇぇ……あ、スズカさん! ちなみにラッキーアイテムは『光る蹄鉄』だそうですよぉぉぉ……」

 

 そう言い残しながら、フクキタルはタイキシャトルに引きずられていったのだった。

 

「……全く、騒がしい連中め」

 

 眉を顰めるエアグルーヴを見ながら、しかしどこか満更でもなさげな様子に、スズカはクスリと微笑んだ。

 

 その後、図書委員から(特に騒いでない面子なのに)怒られたのは言うまでもない。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 時は流れ、三月某日。

 G2レース金鯱賞の日がやって来た。

 

 地下バ道では、出走するウマ娘たちがそれぞれ緊張した顔つきを見せている。

 そして、そんなウマ娘達にそれぞれのトレーナー達が、激励であったりアドバイスを送る。

 

「いいか? 如何にG2と言えど、集まって来てるのはどれも一流のウマ娘だ。だが、気圧されるな! 逆にプレッシャーで圧倒するんだ!」

 

「一番人気はサイレンススズカだが……何、このG2の舞台で大逃げなど、そうそうできるものではない。落ちてきたところを狙っていけ」

 

「今日はとにかく、前目に付けること! 先行争いには負けないこと! 後は何があっても諦めない事! 以上だ!」

 

 そうして各々が思い思いの言葉を投げかける中、スズカとトレーナーはと言えば――

 

「……緊張は、していないみたいだな」

「はい。寧ろ、楽しみなんです。もう少し、後もう少しで、何かが掴めそうで」

「……そうか」

 

 酷く落ち着いたものだった。その落ち着きぶりは、まるでレースをしに来たとは到底思えない程であり、しかし同時に、どこか楽し気で。

 

「……なんなの、あの子」

「レース前だっていうのに、楽しそう……?」

「ふざけているのかぁぁぁ!!!」

「ステイステイ」

 

 周りのウマ娘達にも、そんな彼女は目につくらしく、好奇心であったり敵愾心であったり、様々な視線がスズカに投げかけられる。

 だが――スズカはそれらを一切意に介さず、トレーナーとの会話にいそしんでいた。

 

「······注目の的だな、君は。だが、何も気負う必要はない。君が楽しく走れれば、それは周りにもきっと伝わる。逆もまた然りだ。だから、君はとにかくいつも通り走ればいい」

「そうですね」

 

 泰然自若といった様子のスズカ。実際、彼女は落ち着いているし、レースを楽しみにしているのは間違いない。

 しかし、トレーナーの目にはスズカがどこか、力んでいるようにも見えて。

 

(······感覚が掴めないもどかしさ、か)

 

 届きそうで、届かない。その複雑なもどかしさは、トレーナーにも伝わった。

 そして、それを解決するのはトレーナーでは――第三者では出来ないという事も。

 

 故に、トレーナーは一計を案じる事にした。

 

「そうだ、スズカ。レースが終わったら、何か食べにでも行かないか?」

 

 急なトレーナーの提案に、スズカは目をぱちくりとさせる。

 

「食べに、ですか?」

「ああ。ご飯でも、なんならスイーツでもいい」

「······それって、私が勝ったら、ですか?」

 

 耳をピクピクとさせながら、恐る恐るそう訊いてくるスズカに、トレーナーは笑顔で「いいや」と否定する。

 

「勝とうが負けようが、そんなのは関係ない。強いて言えば、君がレースを楽しんでくれば、かな」

「······ふふ、なんですか、それ」

 

 微笑むスズカに、トレーナーは何か間違えたかと首を傾げる。

 

「マルゼン······友人が「こういうのはご褒美があるとなおチョベリグ!」とかなんとか言っていたんだが······」

 

 大真面目にそんな事を言うトレーナーに、スズカは耐えきれず噴き出してしまう。

 

「ぷっ、あはは! もうトレーナーさん! レース前なのに笑かさないで下さい!」

「む、おかしかったか?」

「ええ、それは。······でも、ありがとうございます。ちょべりぐ? なご褒美、期待してますね」

「ああ、わかった。懐は暖かい方だからな。多少値が張っても構わない。だから今はーーレースを楽しんでくれれば、それでいい」

 

 そう言いながら、トレーナーは手を肩ぐらいの位置まで上げ、開いて構えた。

 

「はい。楽しんできますね」

 

 そんなトレーナーに応えるように、スズカは軽くハイタッチをし、振り返る。

 口元は緩んだままだったが、その目は真剣そのものだった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

『――さぁ、本日のメインレースは、金鯱賞。注目はやはり1番人気に推されたサイレンススズカですが――』

 

 中京レース場の正面スタンドに、大勢の観客が詰め掛けている。その大方の目的が、恐らく一番人気のサイレンススズカであろうことは、誰の目から見ても明らかだった。

 

「うっはぁ······これ皆スズカさん見に来てるんだよね······流石スズカさんだべ······」

 

 そんな大歓声に萎縮しつつ、そろりそろりとスタンドの最前列を目指しているウマ娘が一人。スズカのルームメイトで仲の良い後輩のスペシャルウィークだ。

 今日はこのレースでスズカが出る事を事前に知っていたスペシャルウィークは、同期の友人を誘って行くつもりだったのだが、皆丁度都合が悪く、結果此処に一人で来る事になったのである。

 

(うう、やっぱり人混みはなれないなぁ······)

 

 が、このスペシャルウィーク、元々北海道の人の少ない田舎育ち。故に、大勢の人々がやってくるような所は、まだまだ慣れていないのだ。それでも、敬愛するスズカのレースを見たいという気持ちから、こうして頑張ってやってきたわけだが。

 

 ーーと、その時だった。

 

「ッ!? うわわっ!」

 

 あまりもの人の量をなんとか掻き分けて進んでいたからか、偶然にも移動しようとしていた客にぶつかってしまい、スペシャルウィークはこけそうになってしまい――

 

「ぅあぶーー」

 

 そのまま地面に激突するかと思われた、その時。

 

「ーーない?」

「大丈夫か? 君」

 

 誰かが彼女の体を支えてくれたのは。

 声から察するに、どうやら若い男のようだ。しかし······妙に聞き覚えのあるような。

 

「あ、あはは、すみません、ありがーーって、えぇ!? 貴方はスズカさんの!」

「ん? 君は確かスズカの······」

 

 彼女を助けたのは、スズカを見送った後に観客席に移動していた、スズカのトレーナーだった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「······そうか。それで一人で。大変だったろうに」

「いっ、いえいえ! スズカさんの為なら、例え火の中水の中! です!」

「はは······スズカはいい後輩を持ったらしい」

 

 これが若さか、とトレーナーは年不相応ならしくない考えを巡らせる。

 何せ、普段から接しているスズカとスペシャルウィークとでは、性格や明るさがまるで違うのだ。スズカの方が大人びているというべきか、それとも単にスズカの性格故というべきなのか。

 どちらにせよ、スズカが慕われているのは間違いないだろう。

 スペシャルウィークの新鮮な勢いに気圧され気味だったトレーナーだが、そう考えるとほっこりする気分になった。

「あっ、そうだ! スズカさん、今どんな調子なんですか!? 私、気になっちゃって······」

「気になる?」

「はい! なんだかスズカさん。最近何か悩まれてるみたいで……あ、でも生活に問題があるとか、そういうんじゃないんです! ただ……悩んでる事が何なのか、分からなくて……もしレースの事だったら私、デビューして間もないし、まだまだなので、スズカさんの相談役になるには力不足なのかなぁって……」

 

 コロコロと表情を変えながら説明するスペシャルウィークに若干の微笑ましさを感じながら、トレーナーは一つの疑問をぶつける事にした。

 

「スズカは何か話してくれなかったのかい?」

「話してくれないというか、雰囲気がそれを許してくれないというか……ほら、スズカさんっていつもグルグル回るじゃないですか。悩む時もそうだからちょっと声を掛け辛くて……」

 

 そう言いながら耳をへにょりと倒すスペシャルウィークに、トレーナーも「あぁ……」と同意する。

 確かにあのぐるぐる回りは悩み事がある時にもやる癖だ。スズカもスズカで、余計な心配を掛けまいとしているのだろうが……。

 

「……気にする事はない、と思う。彼女は強いからな」

「強い、ですか? それは、レースでって事ですか?」

「いや、違う。もっとこう……なんて言えばいいのかな。精神面とでも言えばいいか」

 

 サイレンススズカというウマ娘が、他とは違う特異性。それは、レースの勝ち負けに拘らないという点。

 先頭の景色を見る事と勝つ事は同義のように思われがちだが、結局のところは『スズカが満足するかどうか』に行きつく。

 かつての天皇賞(秋)の時のように、負けたとしても最高の景色が見られる可能性があると思えれば、それだけで高いモチベーションに変換できるのだ。

 

「だから――おっと、そろそろ出てくるぞ」

「へ? 誰が?」

 

 続けようとしたトレーナーだったが、何かを察知してターフの方へと目をやる。

 スペシャルウィークもそれに釣られるように見てみれば――

 

『さぁ、期待の1番人気、5枠5番、サイレンススズカが今、ターフに立ちました!』

 

 瞬間、スタンドのあちこちから大歓声が沸き起こる。

 その声量の大きさに、わっ、と驚くスペシャルウィーク。

 そして……驚きはしないが、どこか表情の優れないトレーナー。

 

(……これだけの期待を一身に受けて走る、か。それが彼女にとっての追い風になってくれればいいが……)

 

 トレーナーの内心の不安を他所に、G2金鯱賞の幕が切って落とされる……。

 

 

 

 




金鯱賞本番は次回になります。
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