スズカさんがニュータイプに目覚める話   作:K氏

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最近、早く帰らせてくれると上の人が言っていたのに、結局残業させられ続けてたので怒りの初投稿です。


その名は、『異次元の逃亡者』

――ガコン!

 

 けたたましい音と共にゲートが開かれ、ゲートに収められていたウマ娘(剥き出しの闘争心)達が一斉に解き放たれる。

 

 ほぼ揃ったスタートの中、いち早く先頭に躍り出るウマ娘が一人。

 

『スーッとサイレンススズカ、出てまいりました! 内にコースを変えて内ラチ沿いへ向かいます!』

 

 スズカが先頭をキープしに行く中、後続のウマ娘達は無理にそれに付き合おうとしはしない。この辺りは流石、G2に参戦するだけのウマ娘ではあった。無論、スズカ以外に逃げウマ娘がいないというのも大きな理由ではあったが、冷静に場を見極めようとする点で言えば、彼女らは既に一流と言っても差し支えなかった。

 結果、隊列は縦長になっていく。

 

(少人数とはいえ、メンバーは皆さん一流。流石のスズカさんも慎重にレースを運ぶはず……ならば私はこの位置で!)

 

 そんな中、マチカネフクキタルは5番手の位置につけ、先頭のスズカの様子を伺う。

 幾らスズカがこれまで大逃げをして勝ってきたと言っても、今回ばかりは話が違う。

 後ろから差し切る脚を持ったウマ娘が大勢を占めている中でハイペースで逃げるなど、それこそ後方集団の思う壺。

 故に皆、いち早く抜け出すタイミング……即ち、サイレンススズカの脚が落ちてくるのを虎視眈々と狙っているのである。

 

『サイレンススズカ、先頭で向こう正面に入りました。後ろとの差は4バ身から5バ身。2番人気マチカネフクキタルは後方から進出を狙います』

 

 そして、大方の予想通り、ペースはサイレンススズカが逃げた事でハイペースとなり――

 

(これなら追い込み有利! 私の末脚ならつまり吉兆!)

 

 それを見越したフクキタルが進出を開始。だが――

 

『サイレンススズカ、まだまだペースを落とさない! 8バ身、9バ身と差を広げていきます!』

 

 落ちるどころか、どんどんと差を広げていくスズカ。

 これは焦りによるものか? スズカの動向に、後方のウマ娘達は訝しむ。

 

 しかし、当のスズカはと言えば――

 

(脚が軽い······風が気持ちいい······)

 

 ただ、走る事を楽しんでいた。

 

 中継のカメラでは捉えきれないが、その口元はとてもレース中とは思えない程に緩んでいた。

 

 走る事が楽しい。嬉しい。そして――何より今、先頭の景色を独り占めできる事への歓喜の感情がどんどん溢れてくる。

 レース前にトレーナーに食事に誘われて気が紛れたのが功を奏したのだろうかと思い、スズカは心の中でトレーナーに感謝の意を示した。

 

(このまま行けば――――?)

 

 そして、それは唐突に訪れた。

 スズカの脳裏に、突如として稲妻が閃く。

 それと同時に、まるで時間と空間が引き延ばされていくかのような感覚に陥る。

 スズカの五感全てが、徐々に拡張されていくような、不思議かつ初めての感覚であった。

 それだけではない。見える全ての景色が己の望む景色――静かで誰もいない、ただ緑の草原と青い空が広がるだけの景色へと塗り変わる。

 

 すわ、幻覚か? 答えは否である。

 

 その景色は紛れもなく、スズカにとっての現実。トレーナーとのトレーニングや交流で更に磨かれたスズカの感受性がもたらしたもの。

 

 

 

 

 ウマ娘とは、未だに謎の多い生命であり、その中でもアスリートとしてのウマ娘において最も謎とされるものがある。

 ある人はそれを『無我の境地』と評し、ある人は『フロー』、もしくは『ピークエクスペリエンス』と呼称する。

 

 そして······時代を作ってきたウマ娘達は、総じてそれをこう呼んだ。

 

 

 

 

 ――『領域(ゾーン)』と。

 

 

 

 

(ああ、そう、これだわ。これこそが、私の求めていたーー)

 

 スズカはその瞬間、全てを理解した。

 何故、自分がここまで速く走れるのか。

 何故、自分はこんなにも嬉しく、楽しく走れるのか。

 そも、()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして――全てはこの道の先……『スピードの向こう側』にあるのだと。

 

 だからスズカは、今を全力で駆け抜ける。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もっと、もっと、もっと!

 

 スズカの口元が孤を描く。

 それは、普段の優しげな笑みとは違う、もっと凶暴な――

 

(……あれ?)

 

 その時だった。完璧と思われた『領域(ゾーン)』に異変が生じたのは。

 

 それと同時に――

 

「――む、この感覚は……」

 

 七冠を戴冠せし『皇帝』――

 

「……おや?」

 

 世を魅了した『伝説』――

 

「あら? この感じは……」

 

 スーパーカーと称された『怪物』――

 

「な、なんや今の!?」

「君も感じたか、タマ……!」

 

 一時代を築き上げた『白い稲妻』に『芦毛の怪物』――

 

「……お兄様、今のってもしかして」

「ああ……間違いない」

 

 漆黒の『ヒーロー』と、そのトレーナー――

 

「……まずいな」

 

 そして何より、スズカのトレーナー。

 

 彼らの持つ第六感とでも言うべきものに、同時に閃くものがあった。

 

「スペシャルウィーク、今の、感じなかったか?」

「え? ……そういえば、ちょっとチリッと来たような、来てないような……」

 

 今だ未熟なスペシャルウィークには、まだその感覚が分からないらしい。

 だが、触りだけでも分かるなら、素質は十分という事だ。

 そう思い、再度ターフに目を向ける。

 

『サイレンススズカ先頭のまま第四コーナーを抜けて直線に入る! 後続は届くかどうか! しかしサイレンススズカ独走! 拍手で出迎えられてサイレンススズカ先頭!』

 

 スズカが先頭で最後の直線へとやって来る。

 実況の言う通り、スタンドからは割れんばかりの大歓声と拍手が鳴り響いている。

 しかし――スズカは今、それどころではなかった。

 

 永遠にも似た世界で、心のままに走るスズカ。だが――

 

(――ッ!? 何、この(プレッシャー)は……)

 

 背後から感じるプレッシャーに、思わず振り返ってしまう。

 

 そこには――

 

『勝ちたい』

 

『勝ちたい!』

 

『スズカさんに、勝ちたい!』

 

 ――ウマ娘の、原始の欲求。勝利への渇望。

 

 それらが黒い靄のようなイメージを伴い、スズカに迫って来ていた。

 

「……!」

 

 それから逃げるように駆けるスズカ。

 当然のように、彼女は靄の追走を振り切って見せる。

 

『ーーーッ!!!』

 

『ーーーッ!!!』

 

 しかし、今度は割れんばかりの『声』が、彼女に押し寄せてくる。

 

「……っう……」

 

 何を言っているのか、まるで分からない。分かるのは――それのせいで、自分が押しつぶされそうになっている事ぐらい。

 

(あ、頭が……割れ、る……)

 

 

 

 

「スズカさーーーん!!! 頑張れぇーーー!!!」

 

 スペシャルウィークは、純粋無垢な気持ちで、スズカにエールを送る。

 

「――ッ! スズカ!」

 

 そしてトレーナーが、スズカの『内側』に起きた異変に気付き、叫ぶ。

 

(まずい……今のスズカには、これだけの『声』を一度に受け止められる器が準備できていないのか! 迂闊だった!)

 

 元より、スズカの感受性の高さはトレーナーの知るところであった。だが、それがどこまで成長しているのかまでは、流石の彼でも把握できなかった。

 そのツケが今、こうして現れてしまったのだ。

 そして、このままでは――

 

 

 

 

「あ、うぅ……!」

 

 スズカの『領域(ゾーン)』では、異変がなおも拡大していっていた。

 見える景色は変わらないのに、無数の『声』が鳴り響く。そこはまさにカオスの中心。

 

『RR'Tーーー!!!』

 

『T'YF'+ーー!!!』

 

 分からない。何を言っているのか、言いたいのか分からない。ワカラナイ。

 

(……やめて! 私の、私の頭の中に入って来ないで!)

 

 それはもはや、スズカにとって恐怖でしかなかった。

 必死に耳を抑えようとするものの、それは心に届く声。幾ら耳を覆おうが、彼女の中にどんどん入ってくる。

 

(た、たす、けて――)

 

 ――トレーナー、さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――カ

 

 

 

 

 ……声が、聞こえた。

 

 

 

 

 ――ズカ

 

 

 

 

 暖かで、慣れ親しんだ声が。

 

 

 

 

 ――スズカ!

 

 

 

 

 ――聞こえるか! 俺の声が!

 

 

 

 

 嗚呼、その声は、紛れもなく――

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 トレーナーは思い悩む。はたして、今思いついた、たった一つの解決策が通用するかどうかを。

 

(出来るのか? 俺に、『あの子』と繋がった時のように……)

 

 心の中に思い浮かんだのは、再び巡り合った『あの子』と心を通わせたあの日の事。

 そして――『あの子』に悲劇が起きた日の事。

 

(……やるしかない。やるしかないんだぞ! 覚悟を決めろ!)

 

 時間が無い故に、己を無理矢理に奮い立たせ決意したトレーナーは、心の中で念じる。

 全ては、スズカに『声』を届ける為に。

 

 ――この世界では古来より、人とウマ娘の間には不思議な『絆』があると信じられてきた。

 

 その見えない『絆』の糸が、トレーナーとスズカを繋いでいるのならば。

 

(――スズカ! 聞こえるか! 俺の声が!)

 

 

 

 

******

 

 

 

「トレーナー、さん」

 

 ぐったりとした様子で、スズカは口を開く。

 

 ――いいか、スズカ。全てを受け止めようとするんじゃない。

 

 ――今は目の前の景色にだけ集中して、周りの声を風と一緒に受け流すんだ。できるね?

 

 トレーナーの優しい『声』が、風に乗って彼女の頬を撫でた。

 

「……やって、みます」

 

 それにより、幾分か気力が回復したのか、スズカは疲弊しながらも、力強くそう口にする。

 

 そして、瞳を閉じ、イメージする。周囲の『声』を、風のように受け流すイメージを。

 

「……すぅ……ふぅ……」

 

 深く息を吸い、吐く。それを繰り返す事、三度。

 

(――ああ)

 

 そして瞳を開けば、そこには綺麗な景色。そして、大事な――

 

 暗転する意識の中で、最後に見たのがそれだった事に安堵しながら、スズカは再び、瞳を閉じた。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

『――信じられない事が起こりました』

 

 呆然とするような実況の声が、場内に木霊する。

 

『サイレンススズカ……G2の舞台で驚異の大差勝ち! まさに、『異次元』の逃亡劇でしたッ!』

 

 その言葉に呼応するかのように――スタンドから今日一番の大喝采が沸き起こった。

 

 

 

 

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