スズカさんがニュータイプに目覚める話   作:K氏

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 ワコムの液タブが届いて久々にスズカさんの絵を描いたので初投稿です。


Silent star

 サイレンススズカは、何もない草原を疾走していた。

 静かで、どこまでも綺麗で――それでいて。

 

(……あれ、なんでだろう)

 

 それでいて……

 

(物足りない。何かが……)

 

 満たされない。

 

 心の中に穴が開いた、というより……心そのものが小さくなったかのような感覚。まるで、不思議の国のアリスで出てきた縮み薬を飲んだかのように。

 

(……世界って、こんなにも広いのね)

 

 そんな広い世界の中で、彼女は今、一人ぼっちだった。

 何故だろう。それを自分は、求めていた筈なのに。

 

 それに気付いた瞬間、世界がどんどん暗くなっていって――

 

 ――うふふ――

 

「!? だ、誰!?」

 

 そんな時、唐突に誰かの笑い声が聞こえてきた。

 

 一人ぼっちのスズカを嘲笑うようなものではない、純粋な微笑み。

 

 それがどこから聞こえたのかと周囲を見渡すが、当然誰もいない。

 

(気のせい?)

 

 いや違う。確かに聞いたのだ。

 しかし、その答えはすぐに出た。

 目の前に現れたのだ。

 ぼんやりと輝く、美しい白鳥が。

 

 ――迷っているのね――

 

 目の前の白鳥から声が聞こえて来る。いや、それは正確ではないかもしれない。何せ、頭の中に直接語り掛けてくるような感じなのだから。

 だが、不思議とその言葉は理解できた。

 

 迷っている……確かにそうかもしれない。

 今のスズカには、頼るべき道標が何もないのだから。

 

 ――ねぇ、貴方。貴方には勝ちたいという欲望も、叶えたい夢もない。それなのに、何故走るの?――

 

「何故って、それは――」

 

 ――それは、何故?

 

 スズカは言葉に詰まってしまう。

 『先頭の景色を見たいから』。そう口にするだけの筈なのに。でも、それだけでは足りない気がした。もっと大事な何かがあるはずなのだと。

 

 ――この世界は広すぎるもの。だから貴方のような子が迷うのも、無理もないわ――

 

 ――だから今は、迷いなさい。きっと、貴方だけの答えが見つかるから――

 

 そう告げるなり、白鳥はその場から飛び立っていく。

 

「あ――」

 

 待って。そう言おうとしても、上手く言葉が紡げない。

 だから、自分の脚で追いかける。だが――幾ら走っても、中々追い付かない。

 

(どうして……)

 

 自分の脚で追いつけない程に、白鳥が速く飛んでいるのか?

 

 否。自分の脚が、遅く、重くなっているのだ。

 特に、左脚。左脚に、凄まじい負荷が掛けられるような、不快な感覚。

 

 そして、遂には走ることさえできなくなり、その場に倒れ伏してしまう。

 

 息が苦しい。身体が動かない。

 

 それでも必死に手を伸ばしてみるが、白鳥は遥か遠くへ飛んで行ってしまった。

 

(嫌……嫌……)

 

「……ッ、待っ、て!」

 

 振り絞るように出した声。

 

 その瞬間、暗くなった世界が真っ白に染まり――

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って!」

 

 がばりと身を起こす。だがそこは、さっきまでの陰鬱な世界ではなく――

 

「……ここ、は」

 

 何処かの病室と思しき部屋。

 そして自分は、真っ白なベッドに寝かされていたらしかった。

 

「大丈夫か? スズカ」

 

 優しげで聞き馴染みのある声が聞こえて、そちらを向けば、驚いた表情をする自分のトレーナーがそこにいた。

 

「トレーナー、さん?」

「ああ。……酷くうなされていたと思ったら急に飛び起きるんだから、驚きもするさ」

「……今のは、夢?」

 

 夢ならば、あの現実離れした体験にも納得がいく――と、そこまで考えて。

 

「……そうだ、レースは!?」

「落ち着け。君は――」

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 時は遡る事、数時間前。

 

『サイレンススズカ……G2の舞台で驚異の大差勝ち! まさに、『異次元』の逃亡劇でしたッ!』

 

 実況の声に合わせ、場内から大喝采が沸き起こる。

 スペシャルウィークもまた同様だ。憧れの先輩の華々しい勝利に、興奮が隠し切れない。

 彼女の視線の先には、ゴール先数十mのところで立つスズカの姿。

 

「うはぁ……! やっぱりスズカさんってすごいや! ねぇ、トレーナー――」

 

 さん、と続けようとして隣を見ると、そこにいた筈のスズカのトレーナーの姿がない。

 一体どこへ――そう思い視線をターフに向けると……トレーナーが、スズカの元へ駆け出していた。

 

「えぇ!? なして!?」

 

 驚きのあまり唖然とするスペシャルウィーク。彼女だけではない。突然のトレーナーの乱入に、場内は騒然とする。

 

 だが、その理由は――

 

(間に合え――!)

 

 スズカの身体が、急にふらりと揺れる。そして――前のめりになるように倒れだし――

 

「スズカッ!」

 

 あわや地面に激突しようかというところで、トレーナーがその細い身体を支えた。

 

 トレーナーの感覚が捉えたもの。それは――スズカが意識を失う瞬間。

 

「……ッ、救護班、急いで!」

 

 焦燥感を帯びた声で叫ぶトレーナー。その声を受けて、係員の一人が慌てて走り出す。

 

「スズカ? スズカ! 俺の声が聞こえるか!?」

 

 意識が失われているのは分かっていても、それでも声を掛けなければならない。

 

「スズカさん!!!」

 

 遅れるようにしてスズカの異変に気付いたスペシャルウィークも駆け寄り、スズカに声を掛ける。

 

 だが――

 

「……ぅ」

 

 呻き声を上げるだけで、スズカはなんの反応も示さない。

 トレーナーは、スズカの額に手を当てる。すると――

 

「す、スズカさんは、大丈夫なんですか!?」

「……熱い。高熱を出しているな」

「熱ッ!?」

 

 あたふたするスペシャルウィークに「落ち着けッ!」と声を荒げるトレーナー。そこに――

 

「救護班、到着しました!」

「救護班遅いよ! 何やってんの!?」

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「――とまぁ、そんな事があって、今君は病院にいるんだ」

「……そう、でしたか。あの、トレーナーさん。ご迷惑を……」

「気にするな。……と、言いたいところだが。謝るのは俺の方だ」

 

 すまない、と、トレーナーはスズカに頭を下げた。

 

「あ、謝らないでくださいトレーナーさん! どうしたんです!?」

「……俺は、君の感受性の高さを見誤っていた。まさか、この段階であそこまで――『領域(ゾーン)』に至るまで凄まじくなるとは」

 

 スズカの高い感受性は、確かに彼女に『スピードの向こう側』に至る道を生み出す事となった。

 だが、その行き過ぎた力は反面、余計な『声』まで拾うようになり、結果、処理しきれなくなった脳が発熱を促し、彼女を苦しめだしたというのが、事の真相だった。

 

「迂闊だった。これだけのファンの声があるんだ。君の負担も、相当なものだったろうに……それに気付くのは、俺の仕事の筈だったのに」

「……無茶ですよ、そんなの。未来を見るようなものじゃないですか」

 

 そんなスズカの言葉に、トレーナーは静かに首を横に振った。

 

「例えそうでも、そうしなければならないのが、トレーナーの辛いところさ」

「…………」

 

 黙り込むスズカを前に、トレーナーは話を続ける。

 

「幸い、先生によれば今日一日安静にしていれば退院していいそうだ。だからスズカ、今日はゆっくり休んでくれ」

「……はい」

 

 スズカは俯きながら返事をする。そんなスズカを、渋い表情をしながら見つめるトレーナー。

 どう声を掛けるべきか考えあぐねていると――

 

「――スズカさん!」

 

 勢いよくドアが開かれ、スペシャルウィークが部屋の中に入ってくる。

 

「……スペちゃん」

「スペシャルウィーク、勢いは買うが、もう少し静かに開けて欲しいな」

「あっ、す、すみません! ……話し声が聞こえてきちゃったので、つい」

 

 えへへ、と可愛らしく頭をぺこりと下げるスペシャルウィークに、トレーナーは苦笑する。

 そして、「それで?」と話の続きを促した。

 

「はい! スズカさんの体調が良くなるまでは私がお世話しますから、安心してください!」

「えっ? でも、それは流石に申し訳ないというか……」

「いえ! スズカさんには普段から色々良くしてもらってますから、私に出来ることがあれば何でも言ってください!」

 

 自信満々に胸を叩くスペシャルウィーク。だが、意外にもそれをトレーナーが止める。

 

「そういう訳にはいかない。君、確かクラシックレースに出るんだろ?」

「えっと、はい」

「それなら、今はスズカよりも自分の事を優先すべきだ。……スズカから聞いたが、日本一のウマ娘になりたいんだろう? なら猶更、今此処で足踏みをしてる場合じゃない」

「うぅ……でもぉ」

「それに、俺もスズカのトレーナーとしての責務を果たさなきゃならない」

 

「……まぁ、流石に寮までそうはいかないから、君に任せる事になるだろうけどね」と、さり気なくそう付け足すと、スペシャルウィークもようやく納得したのか、元気よく「わかりました! スズカさんをよろしくお願いします!」と深くお辞儀をする。そんな彼女に、トレーナーも「ああ。任せてくれ」と力強く答える。

 

「あっ、そうだスズカさん! これ、トレーナーさんからスズカさんが好きだって聞いて買って来たんですけど……良かったらお二人で食べてください!」

 

 そう言って彼女がコンビニのビニール袋から差し出したのは、いちご大福。

 

「えっ、どうして……」

「ありがとうスペシャルウィーク。今度何か奢るよ」

「え、いいんですか!?」

 

 心なしか、その言葉にキラキラ……というよりもギラギラした目で返すスペシャルウィークに、トレーナーは謎のプレッシャーを感じ取る。

 

 後日、本当に奢ったところ、その選択を激しく後悔する事になる。

 

「それじゃあ、私帰りますね! スズカさん、お大事に!」

 

 そう言って、スペシャルウィークは病室から出ていった。

 

「……嵐のような子だな」

 

 呆気に取られながら、トレーナーは呟く。しかしすぐに気を取り直し、スズカに向き直ると、何やら不思議そうな顔をしていた。

 

「……あの、なんで私の好きな物を知って……」

「? ……ああ。勘だよ、勘」

 

 誤魔化すように二コリとするトレーナーに、スズカは僅かに顔を逸らす。

 

「……ずるいです、トレーナーさん」

「? 何がだ?」

「……トレーナーさんも、私と同じように人の感情を読み取れるみたいなのに、私よりも慣れてるみたいで」

「……! 何故、それを」

「わかりますよ。私は、トレーナーさんの担当ウマ娘なんですから」

 

 実際は成長した感性がもたらした直感等諸々が関わっているのだが、あえてそれは言わない。

 

「……まぁ、昔取った杵柄みたいなものさ」

「昔、というと……『白き流星』の?」

 

 「まぁな」とトレーナーは頷く。

 

 人とウマ娘の不思議な絆。それは、ただウマ娘の走る力がもっと強くなるというだけではない。

 かつての彼と『白き流星』のように、相性がいいトレーナーとウマ娘の間では、お互いの事をより深く理解し合う事が出来るのだ。

 そして、それすらも深奥に達したとは言えないのが恐ろしいところでもあるのだが。

 

「トレーナー契約を解除しても、出来たんですね」

「そうらしい。……とはいえ、こいつも衰えたものだ。昔よりも感覚が鈍っている。事実、俺は君の苦しみを理解しきれなかった。それが何よりの証左だ」

 

 「そんな事は……」とスズカは続けるが、それをトレーナーは遮って続ける。

 

「いいや。こればっかりは俺の責任だ。担当ウマ娘の体調管理だけじゃない、メンタルチェックだって俺の仕事の一つだ。怠ったつもりはないが……結果は御覧の有様だよ」

 

 本当にすまなかったと、頭を深々と下げるトレーナー。

 そんなトレーナーの姿に、スズカは――

 

「顔、上げて下さい」

「スズ――」

 

 カ、と続けようとした矢先だった。

 

 ――ぺしん

 

 軽く、本当に軽くだが、スズカがトレーナーの頬を叩いたのは。

 

「……スズ、カ?」

「私、怒ってます。そんな情けないトレーナーさん、一度で十分だって、思ってましたから」

「……そう、だな。また、情けないところを見せた。俺は、トレーナー失格――」

「でも」

 

 スズカはトレーナーの言葉を遮る。

 

「……でも、一番に怒っているのは、そんな心配をさせてしまった、私自身にです」

 

 トレーナーの話を聞いている間、スズカはずっと、己に対しての憤りを感じていた。

 

 確かに、トレーナーは完全に自分を信頼しているわけではない。それは、サイレンススズカという存在の危うさを誰よりも理解しているからだ。

 その上でスズカが目指すべきもの、それはトレーナーの信頼に足るウマ娘として、共に歩める存在であると証明する事。

 

 だが……スズカはまだまだだった。

 肉体面での話ではない。精神面……否、それよりもっと奥、複雑怪奇な世界の話だ。

 だからこそ、スズカは『領域(ゾーン)』に辿り着きながらも、失敗してしまった。

 彼女は、レースに勝ちこそしたが、自分との戦いにおいて敗北した。

 

 サイレンススズカは勝ち負けに拘らない。だが……他ならぬ『自分自身』には負けたくないというプライドはあった。

 

「……トレーナーさん。レース中、見ている皆さんはどうでしたか?」

「……君を応援していたよ」

 

 それを聞いた瞬間、スズカの胸の内に痛烈に響くものがあった。

 

「……あの景色に辿り着いた時、私、『声』を聞いたんです。後ろから来る子達の、負けたくないって声。それから……何を言っているのか分からない声」

「スズカ……」

「あの声が何なのか、ようやくわかりました。皆……皆、レースを見ていた観客の声だったんですね」

 

 「それを、私は」と続け、スズカは俯き、肩を震わせる。

 

「スズカ」

「見ないで」

「だが……」

「見ないでと言ってますっ!」

 

 そしてもう一度、ぱしん、と、今度は先程よりも強めに手が振るわれ、彼女を気遣って近づいてきたトレーナーの頬を打った。

 

「私は……私は、貴方の期待するようなウマ娘なんかじゃ、ありません」

 

「後ろの子達は、私なんかを追い越そうとして、観客の皆は、私なんかを応援してくれた。でも私は……それを嫌なものだと、恐ろしいものだと思って」

 

「そんな私に……そんな私なんかに! 一体何を求めるっていうんですか! こんな! 自分の事しか考えてないウマ娘に!」

 

 声を荒げるスズカ。だがその声は、確かに震えていて。

 

「…………」

 

 トレーナーは何も言わず、黙って彼女の言葉を聞いていた。

 

「……失望、しましたよね? ……なら、私なんかとの契約は解除しても――」

 

「ふざけるなッ!」

 

 だが、スズカがその一言を言った瞬間、トレーナーは初めて声を荒げた。

 

「そんなちっぽけなエゴが何だって言うんだ! そんなエゴ、俺のに比べれば大したもんじゃない!」

「ッ……ちっぽけなんて、言わないで! あの景色は、私にとっての全てだったんです! でも……でも駄目だったんです! 静かな景色なんて無かった! だから!」

「なら! その為にまた頑張ればいいじゃないか!」

「でも、でも! もしそれでも駄目だったら!? また……あんな怖い思いをするのは……」

「……なぁ、スズカ。一つ、聞かせてくれ――」

 

 ――俺の『声』は、届いていたかい?

 

 そう問われ、スズカはハッとした様子で顔を上げる。

 その目の端には、涙の玉が浮かんでいて。

 

 ――聞こえるか! 俺の声が!――

 

 聞こえた。確かに、聞こえていた。トレーナーの『声』が。

 

――今は目の前の景色にだけ集中して、周りの声を風と一緒に受け流すんだ。できるね?――

 

 自分を導く、暖かな『声』が。

 

 スズカは涙をこらえようとするが……不思議と、どんどん溢れてくる。

 

「……私、聞こえてました。トレーナーさんの声」

 

 でも、とスズカは続ける。

 

「私に、貴方に助けて貰う資格なんて……ありません」

「資格なんて、俺にだって言えた事だ。俺は……もう俺に育てられるようなウマ娘は、君しかいない」

 

 えっ、という声がスズカから漏れる。

 

「……前にも話したが、俺がトレーナーとして戻ってきた頃、色々と噂が付きまとっていた。だが、閑古鳥が鳴いていたのは、そのせいだけじゃない」

 

「まぐれで一度か二度、俺にも担当がついた時があった……だが、俺のトレーナーとしての経験は、あいつ……『白き流星』とのトレーニングで培われたものしかなかった」

 

「幾らトレーナーになる為の勉強が出来たって、根がウマ娘オタクだからって、俺はそんなに万能じゃない。案の定、俺のトレーニングが合わなかったウマ娘は次々と辞めていった……当然と言えば当然の流れだ」

 

「そんな俺に……改めてトレーナーとしての資格があると教えてくれたのはスズカ、君だ」

 

 トレーナーは、優しくスズカの肩を掴んだ。

 

「……私は、ただ貴方の言う通り、思うがままに走ってただけで」

「それでも、君はトレーニングの中で、俺が出した指示(要求)以上の結果を出してくれた。……それだけじゃ、駄目かい?」

 

 これはスズカが自覚していない事だが、彼女の持つポテンシャルがトレーニングにおいても並のウマ娘以上だったが故に、トレーナーが指示したゴールタイムを軽々と上回る成果を出してきた。それはつまり、スズカはトレーナーとの相性が良かったという事に他ならない。

 

 だが、そんな事実を突きつけられても、今のスズカには殆ど響かなかった。

 

「……それでも、やっぱり駄目です……貴方が良くても、私には……」

「なら、レースを……走るのを辞めるとでも?」

 

 そう言われたスズカは、反射的に「そうです」と答えそうになる。……だが、そうはならなかった。

 喉元まで来ているのに、そこから先に進まない。まるで――まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……走り、たい」

 

 振り絞るように出した答えは、否であった。

 

「走りたい、です。だけど……」

 

「それと同じぐらいに、怖い、です。走る事が……」

 

 それでも、あの時植え付けられた恐怖は、拭えない。

 だが、そんなスズカをトレーナーは強い意志を込めて見つめる。

 

「……もし、私がゲートからも出たくなくなったら、どうしますか?」

「たかがウマ娘一人、俺の腕で押し出してやる」

「……私、めんどくさいですよ? いつも走る事……自分の事しか、考えてないのに……」

「そんなの、ウマ娘の本能だ。それに付き合うのも、トレーナーの役目だ」

「……これからも、何度も挫けちゃうかも、しれませんよ」

「なら、何度だって俺が導いてやる。俺は、君のトレーナーなんだから」

 

 何より、とトレーナーは続ける。

 

「……何より俺は、()()()君に救われた。だから、今度は俺が君を助ける番だ」

 

 もう、駄目だった。スズカの目から、まるで堰を切ったように涙が溢れだす。

 

「トレーナー、さん……私……私も、トレーナーさんとじゃなかったら……此処まで来れなかったかも、しれません」

「……ああ」

「だから……だから……ぅ、ぅあぁ……」

 

 スズカは内に渦巻く衝動の暴力のままに、トレーナーを抱きしめた。

 そんなスズカに驚きつつも、トレーナーは彼女を抱きしめ返すと、背中を優しくとんとんと叩く。

 

 スズカのぐしゃぐしゃになった泣き顔を見ない優しさが、トレーナーにはあった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「すっ、すみませんでした! 私、あんな……うぅ……」

「気にするな。君ぐらいの年の子が泣くなんて、そう珍しい話でもない」

 

 恥ずかし気に顔を赤らめるスズカ。

 あれから一時間程泣きとおした後、スズカはようやく落ち着きを取り戻した……のはいいのだが、今度は自分のやった事を思い出してしまい、羞恥心で悶絶していた。

 だが、決して自分が泣いた事に、ではない。

 

(どうして私、トレーナーさんにあんな、ハグ、なんて……)

 

 スズカの脳内では、先程のトレーナーへの抱擁シーンが何度もリピート再生されていた。

 いくら衝動に身を任せてやった事とはいえ、あまりにも大胆過ぎやしないか。

 それに何か……恥ずかしい事を、言った気もする。

 

 スズカとて、今時の思春期の少女なのだ。それを気にする感性ぐらいある。

 

 そこで、スズカは無理矢理そこから意識を逸らそうと、話題を変える事にした。

 

「そ、それに私ったら、トレーナーさんに、その、ビンタを……」

「気にしなくていい。……まぁ、二度もぶたれたのには驚いたが」

 

 「親父にもぶたれたことないのにな」と小声で呟きながら、トレーナーは柔らかに微笑む。そんな彼の様子に少し安心しつつも、スズカは申し訳なさそうに頭を下げる。

「本当にごめんなさい……その、痛く、ありませんでした?」

「平気だ。君が手加減してくれたおかげかな」

 

 一度目はともかく、二度目はスズカとしては手加減した覚えが無かったのだが……無意識に手加減した、という事なのだろうか。

 

(……あれ、それって――)

 

 まるで、トレーナーが大切だから、傷つけたくないから無意識に手加減した、という事なのでは?

 

 そう考えると、再び自身の顔が熱くなるのを、スズカは感じた。

 

「……あ、あの。トレーナーさん」

「なんだ?」

「今日のところは、その、帰っていただけませんか? まだ、熱があるみたいで……」

 

 そう言われ、トレーナーはしばらく考え込むと、「分かった。今後の事は、また今度話そう」と言い、立ち上がる……が。

 

「……スズカ?」

「はい?」

「その……掴まれたままじゃ、帰れないんだが」

「え? ……あっ」

 

 そう言われて気付いた。自身の手がトレーナーの青いジャケットの裾を掴んでいる事に。

 

「あ、すみません。今離し……あ、あれ?」

 

 そうして手を離そうとすると、何故か手が離れない。

 どうしてなのか、自分でも分からない。だが、分かる事は一つ。

 

「……その、やっぱり、私が寝付くまで一緒にいてもらってもいいですか?」

「……ああ。構わんさ」

「……後、お願いなんですが……」

「なんだい?」

「手を、握っててもらっても、いいですか? 昔、熱を出した時に母にそうしてもらっていたので……」

「いいとも」

 

 トレーナーはスズカの手を取ると、優しく握り返した。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 夜も更けたトレセン学園にて、スズカのトレーナーは一人歩いていた。

 

(……スズカの成長力。改めて見誤っていた)

 

 トレーナーは、スズカ以前は閑古鳥が鳴く状態であったとは言えど、まがなりにもプロだ。プロの視点で見て、スズカには凄まじい素質がある事は見抜いていた。だが、その成長力の凄まじさに関しては、完全に彼の予想以上であった。

 『領域(ゾーン)』に至るウマ娘は基本的に、誰かと競り合う中でそれに目覚めるという。だが、スズカは単独の逃げを敢行する中で、『領域(ゾーン)』に辿り着いた。

 それが意味するところは何か。

 

(……このままじゃ、駄目なのかもしれないな)

 

 かつて、一流のウマ娘を指導した経験があるが故に、門を叩いてきたウマ娘がいた。

 しかし、彼の出した指示に着いてこれたウマ娘は、スズカと……そして『白き流星』しかいない。

 故に、彼女ら以外のウマ娘は皆、トレーナーから離れていった。

 今回はその逆で、トレーナーの方がスズカに着いていけなくなりつつあるのを、彼は自覚していた。

 

(俺はかつて、皆からニュータイプと呼ばれた。しかし……その名が真に相応しいのは、スズカのようなウマ娘なんだろうな、きっと)

 

(それならば、やはり俺などよりも、もっと優れたトレーナーを探した方が賢明なのかもしれない)

 

 そう思うトレーナーの顔は、しかし優れない。

 

(……だが)

 

 ――トレーナー、さん……私……私も、トレーナーさんとじゃなかったら……此処まで来れなかったかも、しれません――

 

(女の子にああまで言われちゃ、な)

 

「……悔しいが、俺も男なんだな」

 

 そう呟きながら、トレーナーは夜空を仰いだ。

 

「……ん? ここは……」

 

 そうして、気づけば辿り着いていたのは、三女神像の前。

 ウマ娘が特別な想いを後世に紡ぐ場所であり、同時に憩いの場でもある。

 

「……三女神、か」

 

 彼の脳裏に、ある考えが浮かぶ。

 スズカに与えられた、想いを受け取る才能(ギフト)。それを与えたのは、他ならぬ三女神なのではないか、と。

 だとすれば、それはとても喜ばしい事であり――同時に、どれだけ残酷な事であろうか。

 

「……三女神よ! 意志があるのならば聞け!」

 

 唐突に、トレーナーは三女神像に向かって叫ぶ。叫ばなければならなかった。

 

「何故彼女にあの力を与えた!? 何故彼女を苦しめる!? これが……彼女への試練だとでも言うのか!? 答えてくれ!」

 

 力の限りそう叫ぶが――三女神像は、壺を掲げたまま、何も語らない。

 ただ、夜空の闇に叫びが虚しく吸い込まれるだけであった。

 

 

 




 投稿者は「スズカさんを泣かすつもりはなかった。反省はしているが後悔はしていない」などと供述しており……

 あ、今回は初めてアンケートをしてみたいと思います。今作で度々名前が登場するオリジナルウマ娘(白き流星など)に名前があった方がいいか、是非お答え下さい。

今作のオリジナルウマ娘に名前があっても大丈夫ですか?

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