「……ふぅン。悩み、ね」
「ああ。その悩みが解決できる可能性があるというのなら、俺は喜んで実験に協力しよう」
「……こう言っては何だが、君、お人好しとか言われないかね? 私はアグネスタキオンだぞ?」
「……噂は聞いてるさ。マッドサイエンティストらしいってね」
「なら――」
「同時に、速さの求道者でもあるとも」
「――――」
「それなら、下手な真似はしないと、そう判断した」
「……ぷ、あっはっは! 良いだろう! その信用に応えようじゃないか! では、この薬を――」
******
「あら~、そんな事が……」
「そうなんです。なので、私が案内させてもらってます」
「ど、どうも……」
世話好きな事で有名なウマ娘、スーパークリークに少年について問われたスズカは、咄嗟にカバーストーリーを思いつき説明した。
と言っても、そんな凝ったものではない。ただ、『父親に会いに来た少年が学園内で迷子になってしまったので、それを保護した』とだけ。
少年も自身の記憶が曖昧だからか、そういう事なのだろうと納得する事にした。
「あらまぁ、でも服のサイズが合ってない気がしますが……」
「あっ、そのっ……そう! ちょっと案内の途中でゴルシ先輩の悪戯に引っ掛かってしまって、それでお父様の服をお借りしたんです!」
哀れ、ゴールドシップ。スズカは心の中で彼女に謝りながらも、「でもあの人ならやりそう……」と思っていた。
「それはそれは、君も大変でしたね~、良い子良い子♪」
自然な流れで少年を撫でようとするスーパークリーク。誰に対しても母性を発揮してしまう彼女の癖の一つである。
しかし、それを少年は避ける事で対応する。
「や、やめてくださいよ。僕、15ですよ……」
(15歳だったのね……私の方がちょっとお姉さんかな)
スズカは自分より年下のトレーナーを見たことがなかった為、少し嬉しく思いながら微笑む。
「あらあら、反抗期かしら?」
「えっと、すいませんクリーク先輩……」
「いいんですよ~。でも、もうちょっと甘えてもいいと思いますけど、ね?」
そう言いながら微笑みかけるクリークに、しかし警戒心を緩めていないのか、少年は卑屈そうな目つきでクリークを見返す。
そこで、スズカはふと思い出した。少年――トレーナーを取り巻いていた環境の事を。
父親はウマ娘のトレーナーとしてかかりっきりで、母親はそんな父親に愛想を尽かし愛人との逢瀬ばかりだったと。
そう考えると、クリークのようなウマ娘は少年の苦手とするタイプなのではないかと気づき――嫌な予感を感じさせ始める。
……一方で少年はといえば。
(あ、圧倒的じゃないか……!)
クリークの
無理もない。少年の周りにいる女性といえば母親か幼馴染みの少女ぐらいなものであり、ただでさえ唐突に美人だらけのトレセン学園に放り込まれたのに、肉体的にほぼ成熟しているクリークを前にしては、緊張するのも当然……どころか、もはや憧憬などの感情を通り越して恐怖すら感じていた。
……そして当然、スズカもその意思を感じ取れる訳であり。
「…………」
スズカは無言で己の身体を見下ろす。
今まで全くと言っていい程気にしてこなかった、スレンダーで整った体型。それと、スーパークリークの平均的なウマ娘のそれを大きく上回るダイナマイトボディを見比べる。
(……今まで気にした事も無かったけれど、トレーナーさんってどんな女性が好みなのかしら)
「? スズカちゃん、どうかしました?」
何故かスズカが悶々としているのに気付き、問いかけてみたクリークだったが、スズカは「いっ、いえ!何でも!」と必死に否定する。
「……えっと、そういえばクリーク先輩は、今日はオグリ先輩達とは一緒じゃないんですね?」
なんとか話題を逸らそうと、スズカはクリークに尋ねる。
社交的な性格であるスーパークリークが特に仲が良い面子が今日は見当たらないのが、スズカとしても不思議だったからというのもあったが、主な理由は誤魔化しの方が強かった。
「はい~。イナリちゃんは用事で留守にしてるんですが、オグリちゃんとタマちゃんは最近何かあったみたいで、よく二人で併走してるんです。「身体の昂りが抑えきれない」って言って」
「身体の昂り?」
「そうなんです。丁度この間の……金鯱賞があった日ぐらいからかしら?」
金鯱賞。スズカが走り、そして『
話を聞いたスズカは、それを偶然として片付ける事も出来たが……何故だかそれらに運命的なものを感じざるを得なかった。
ウマ娘は時として、運命レベルで何かを感じる事がある。
それが吉兆なのか凶兆なのかまではわからないが……。
ただ一つ言える事はある。
「……もしかして、クリーク先輩も?」
そう問いかけた瞬間――カフェテリアの空気が変わった。
「……あら、どうしてそう思うんです?」
「伝わってくるんですよ、走りたくてウズウズしてるのが」
えっ、と声を上げる少年。見れば、心なしかクリークの笑顔から凄みを感じる……ような気がした。
(な、なんだ!? まるで、レース直前のウマ娘みたいだ……)
少年は驚愕するが、彼はまだ知らないのだ。
スーパークリーク。
彼女は、普段はおっとりとした調子ではあるが、その一方でレースでの実力は同世代の中でも上位に位置する。
その実力の高さから、此処にいないオグリキャップ、イナリことイナリワンと合わせて世代三強とまで謳われた程である。
特に長距離において無類の強さを誇る彼女は、菊花賞や天皇賞(春)といった大舞台で勝利を手にしており、有馬記念でも好成績を収める程だ。
そんな彼女の、ウマ娘本来の闘争心に火がついたなら――
「あっ、そうだ! ねぇ、君?」
「あっ、はい。なんです?」
「良かったら、私達の併走、見てみます?」
「……へ?」
「良いですね。私も丁度、走って憂さ晴らしをしたいと思ってたところなんです」
意外にもクリークの提案に乗るスズカ。その顔は笑顔だったが……
(……うっ!? す、スズカさん、凄いプレッシャーだ……! ぼ、僕は生きて帰れるのか……!?)
少年は、トレセン学園に迷い込んだのを心底後悔していた。
******
「……成る程。君がその薬品を使った理由は大方分かった。……が、解せぬ事が一つ」
「聞こうじゃないか」
「――
「……ふぅン。そこを聞くか。いや、何。私としては当初、スズカ君に直接訊こうとも考えたが……あの手のタイプのウマ娘は独自の世界観を持っていて、説明が抽象的になりがちだ。故に、もっと論理的に説明が出来そうなトレーナーの方をお招きしたのさ」
「……いや、スズカはその辺りちゃんと説明できる……筈だ」
「私とて、本来であればあのような薬を使う予定は無かったんだ。だが、トレーナーとウマ娘の間にある『何か』を解明できる可能性があるというなら、それに乗らざるを得ないのが科学者という人種なのだよ」
「……そもそもの話、何故サイレンススズカなんだ? 君のお眼鏡に適うウマ娘なら、この学園にはいくらでもいるだろう?」
「……おやおや? もしや自分が選ばれなかった事が不服とでも?」
「貴様……!」
「カッカするなよ、冗談だ。……まぁ、しかし。その理由を一番良く分かってるのは他でもない、君の方なんじゃないかな? シンボリルドルフ会長」
「……彼女が覚醒させた『
「そうとも! 私はまだデビュー前の身だから、その辺りには疎くてねぇ。しかし、君は……『
「……あの後、件のレースを見させてもらった。その上で言わせてもらえば――あれでまだ、未完成だ」
「……ほう? その心は?」
「確かに、彼女の走りは現時点でも完璧と言っていい。あらゆるウマ娘が夢見、そして破れていった理想の走り……それを体現しているのだから」
「ならば、『
「……感じたのだよ。彼女が『
「ふぅン。一種の感応、共鳴現象か……ならば猶更――」
「いいや、それだけではない。頭の中に、イメージのようなものが流れ込んできたのだ」
「……アンタもか」
「……ブライアン?」
「……そうか、見たんだな。あの……澱みとしか言いようのないものを」
「澱み、だって?」
「……彼女は確かに『
「しかし、スズカ君の『
「……大した調査能力だ。その通り。我々は彼女に引き摺られるように、異常なまでの渇望に襲われた。……まるで、身体が内側から作り変えられていくような感覚すらあったよ」
「……私もだ。あの飢え、あの渇き……それ以上に、身体が熱を帯びている。今この瞬間すら、昂って仕方がない」
「……しかしだからこそ、私にはあの『
「『
「おい、一人で納得するな」
「……失敬。早急に確証を得たい事案が出来たので、今日のところはここで――」
「駄目だ。まだ反省文を書いていないだろう」
「えー」
「えーじゃない! というか会長、気になされるのはそちらなのですか!?」
「まぁ、話の続きが気になるというのもある」
「正直だなぁ君は……良いだろう。まだ仮説の段階でしかないが……トレーナーから聞いた証言も踏まえた上で話そうじゃないか」
「持ちうる能力によって周囲にすら影響を及ぼす可能性を秘めた、進化したウマ娘種……仮に、『ニュータイプ』とでも称すべき存在について、ね」
これは個人的な意見ですが、スズカさんはきっと自分の胸がない事とか全く気にした事ないと思うんですよ。
すらぁ? あれは単なる呆れでしょう(独自解釈込み)