スズカさんがニュータイプに目覚める話   作:K氏

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 トレスズがまた急接近するRTA、はーじまーるよー。


ビギニング

 日もすっかり落ち、ウイニングライブも終わった後。

 スズカとトレーナーは、並んで帰路に就いていた。この時間であればライブ終わりで帰る人々が大勢たむろするものだが、彼らはあえて、人通りの少ない道を選んで帰っていた。というのも――

 

「…………」

「…………」

 

 二人の間に会話はない。大抵の事であれば、少し念じるだけで通じ合える仲だから。

 周囲に雑音の無い環境なら、尚の事通じやすいというものだ。

 

 ……勿論、他にも理由はあるのだが。

 

『……今日の走り、どうでした?』

『そうだな……君を初めて見た時の事を思い出したよ。明日への希望を抱けるような、そんな前向きになれる走りだった』

『そう、でしたか。良かったです』

 

 そうして心でやり取りをしていると、自然と胸が暖かくなるような気がして。

 しかし同時に、トレーナーにはスズカの中にあるわかだまりのようなものが気になって仕方がなかった。

 

(……レースの後に何か言いたい事があるらしかったが、まるで話題に出そうとしない。これは……緊張しているのか?)

 

 正解だった。スズカは、己の気持ちをどう伝えるべきかで苦心していたのだった。それは、心で伝えるだけでは駄目で、しっかり口で言葉にしなければならないもの、とスズカは考えていた。ところが、いざ口にしようとすると気恥ずかしさが勝ってしまい、今の今まで何も言えず、心の中で誤魔化すばかりになってしまっていた。

 とはいえ、このままではいつまで経ってもこの状態が続くだけなので、意を決して口を開く事にしたのだが……。

 

「……あのっ!」

「うぉ!? ど、どうしたスズカ?」

 

 今まで静かにやり取りしていたのに、突然大声を出した事で驚かせてしまったようだ。

だが、もう後には引けない。スズカは勇気を振り絞って言った。

 

「そっ、その! 私、貴方に伝えたい事が、あって……」

 

 しかし、やはり緊張するものは緊張する。勇気を出して口に出したのに、最後は尻すぼみ気味になってしまった。

 

 スズカが緊張する中、トレーナーも口を開いた。

 

「……実はスズカ。俺も君に、話そうと思っていた事がある」

 

 そう口にするトレーナーは、どこか躊躇い気味で。

 だからこそ――スズカは彼の言わんとする事を瞬時に理解してしまった。

 

「……駄目」

「スズカ?」

「駄目です! そんな事!」

 

 故に、思わず叫んでしまった。

 

「……だが、もう俺では君を伸ばせないんだ。だから――」

「だから、何だというんです! そんな理由で!」

「今の君は既に俺の力量では及ばないところにいる。それが分かるんだよ、スズカ!」

「知りませんよ、そんなの! だって私は……貴方とだから今日までやってこれたんですよ?」

「それは結果論だよ! 俺はただ、自分の夢を叶える為に君を利用してきただけだ! それに、君の可能性に気付けるトレーナーだって、君を更に伸ばせるトレーナーだって他にもいる筈だ! ならば俺でなくとも!」

「違います! 貴方はそんな薄情な人でもなければ、自分勝手な人でもない!」

「何がッ!」

「だって……貴方は涙を流せる人じゃないですか」

 

 トレーナーは言葉を詰まらせる。そして思い出すのは、スズカの前で涙を流してしまったあの日の事。

 

「貴方は、きっと自分をエゴの塊だと思っている。……でも、そんなのは心を通わせればすぐに違うって分かります。貴方が涙を流すのは、貴方自身を守る為じゃない。それは、誰かを想う優しい涙なんです」

「……どうして、そう言い切れる?」

「分かりますよ。だって、分かり合えたじゃないですか、私達」

 

 そう、スズカとトレーナーは、意思を広げて形作られた『領域空間』とでも称すべき場所で、心を通わせた。理解し合うだけでなく、分かり合った。

 

「貴方は大人になり切ろうとして、でもなり切れない子供そのもの。……でも、それでいいんです。それが、人間には必要だから」

 

「大人になれば、人は涙を容易に見せようとしなくなる。でも、子供でい続ければ、それはただ駄々をこねているだけにしかならない」

 

「今の貴方は、その間を彷徨っている状態。そんな中途半端な貴方だからこそ、私は心を許せた。貴方だからこそ、私は此処まで来れた。そして……貴方だからこそ、一緒に先頭の景色を見たいと思ったんです」

 

 それは、スズカの初めての告白だった。

 スズカはずっと、この想いを胸に秘めてきたのだ。それを口に出して、これまでの関係が壊れてしまうのが怖かったから。

 

 けれどハッキリしているのは――

 

「そして私は、これからもずっと、貴方の傍を同じ速さで歩いていたい。……そう願うのは、駄目、なんですか?」

 

 ――スズカの気持ちは、既に決まっていたという事。

 

「…………」

 

 トレーナーは沈黙する。だが、それも長くはなかった。

 

「……何故、俺なんだ?」

 

 そう言ってトレーナーは顔を上げる。

 そこには、言葉とは裏腹に不安の感情が浮かんでいて。

 

「……貴方は、私の心に寄り添おうとしました。だから私も、貴方の心に寄り添いたい。そう思ったんです」

「そんなの、俺は当たり前の事をしようとしただけで……」

「その当たり前が出来ない人って、結構いるみたいですよ?」

 

 トレーナーという職業は、その性質上、ウマ娘の心に触れる機会が多い。だが、大抵のトレーナーは己の担当ウマ娘を勝たせる為に、彼女達の気持ちを蔑ろにしてしまう傾向がある。そこには地位の向上や、名声を得るという目的がある場合もある。

 実際、それで勝利を重ねてきたトレーナーもいるが、しかしそれでも、多くのウマ娘は結果よりその人物個人を信頼してついていくのである。

 勝利はウマ娘の誰もが望むものには違いないが、それで心を殺してしまえば本末転倒なのだから。

 無論、そうした相性の良さや関係性よりも、結果を重視するウマ娘がいる事も留意したい点ではある。

 しかし少なくとも、スズカはそうしたウマ娘ではなかった。勝利の為ではなく、己が思うがままに走る事を重視するからこそ、彼女はトレーナーとウマ娘の相性を大事にしていた。

 

「そんな、当たり前の事が出来て。私に先頭の景色を見せてくれて」

 

 スズカは、トレーナーの手を取ると、その手を包むように持つ。

 

「……そして私が倒れたあの日、私の心を救ってくれた。こんなに嬉しい事はありません。だから私は――貴方を、好きになったんです」

 

 それは、スズカなりの精一杯の感謝。精一杯の、想いの丈。

 

 ただ真っ直ぐに向けられる好意に――彼は思わず、顔を背ける。

 

(ああ、そうだ)

 

 自分はきっと心の何処かで、彼女の隣に立ち続ける事を無意識にも諦めてしまっていたのだろう。自分なんかが隣に立っていてもいいのかと。

 だから、彼女の隣にいるのには相応の資格と覚悟がいると、そう自分に言い聞かせた。

 

 ――だが、答えは実に単純なもので。

 

 そこに資格だのなんだのを求めるのは、あまりにもナンセンスな話だったのだ。

 つまるところ、友人同士が何故一緒にいるのかと同じ理屈。

 

『いたいから、一緒にいる』

 

 それだけで、立派に十分な理由足り得るのだ。ましてや、互いにそれを望んでさえいれば、尚更の事。

 

 だから――

 

「......それはひょっとして、愛の告白だったりするのか?」

 

 照れ臭さをごまかすように茶化せば、スズカはぽかんとした表情を見せる。

 

「......多分?」

 

 ズルッと、トレーナーは思わずずっこけそうになってしまう。

 

「くっ......あっはっはっは!」

 

 やがて堪えきれなくなり、破顔するトレーナーに、スズカは頬を膨らませ「もう! 笑う事ないじゃないですか! わからないなりに告白したのに!」と抗議する。

 だがそれも束の間、どちらともなく吹き出すと、同時に笑い出した。

 

「......なんででしょうね。あんなに感情を剥き出しにして怒鳴りあってたのに、もう笑いあってるなんて」

「それが俺達なのさ、きっと」

 

 ひとしきり笑った後、二人は再び顔を合わせる。

 

「......それで、答えはどうなんですか?」

「恋かどうかも分からないんじゃな」

「むぅ、だってこんな気持ち初めてなんですから、仕方ないじゃないですか」

「ふむ……じゃあこうしよう」

 

 そこでトレーナーは、一つ提案をする。

 

「俺達はこれからも……いや、これからはパートナーとして共に歩んでいく。その上で、俺が君の気持ちに答えるに相応しい男だと思えたなら……」

 

 そこで言葉を切り、息を整える。

 

「その時は、改めて返事させて欲しい」

 

 それは、彼の誠意。彼が今出せる最大限の回答。

 そんなトレーナーの回答に、スズカはほんの少しの落胆と、将来への期待を抱き――悪戯っぽく微笑んだ。

 

「……仕方ありませんね。わかりました。貴方と一緒にいられるなら、まだ恋人じゃなくても構いませんから」

「まだ、とは。強気だな」

「私、欲張りですから。欲しいんです。先頭の景色も……トレーナーさんも」

 

 そう言って、スズカはトレーナーの首に抱きつく。

 

「おっおい!?」

「……今は、これだけで満足します。でも、いつか必ず振り向かせてみせますから、覚悟しておいてくださいね?」

 

 そう耳元で囁かれた言葉は、どこか甘く感じられて。

 

(……参ったな、本当に)

 

 今までの人生の中で、間違いなく最も熱烈なアプローチを受けたであろう男は、胸中で呟いた。

 

「……そろそろ帰りましょうか」

「……そうだな」

 

 名残惜しげに離れるスズカに、内心ほっとすると同時に、どこか残念にも思う自分がいる事に気付くトレーナー。

 

(そうか……俺も彼女が……いや、答えを急ぎ過ぎる必要はない)

 

 今はただ、この心地良い関係の始まり(ビギニング)を楽しもう。そう考え、再び歩き出す。

 

 ――不意に、手が握られると共に確かな温もりが伝わってくる。

 

 見れば、スズカは澄ました顔で平然としているように見えるが、よく見てみればほのかに頬が赤くなっているのが分かった。

 

(まったく、大胆なんだか年相応なんだか……)

 

 そう思いつつも、トレーナーは彼女の手を握り返した。

 

 

 

 

 ……ちなみに余談だが、その後スズカは部屋に帰るやいなや、ベッドに飛び込むと「やっちゃった……!」と心底恥ずかしそうに悶えていたそうな。

 




 これにて一区切りです。この後の展開も結末まで考えてはいますが、ちょっと気分転換がしたくなってきたので、次は別の作品を投稿すると思います。
 内容は『転生して悪の怪ウマ娘になった元悪の馬怪人が、ウマソルジャーVを脱退した(らしい)グリーンスズカを悪堕ちさせる』話になると思います。乞うご期待!
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