スズカさんがニュータイプに目覚める話   作:K氏

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実はクリスマス回を書く前に仕上げてました。


スズカ、ターフに立つ

 某日、東京レース場。この日、スズカは移籍後、初のレースに挑もうとしていた。

 

 レースはオープン戦。距離は1600、馬場は良。無論、心身共に絶好のコンディションである。

 これも、トレーナーの調整の賜物だと、スズカは思った。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「それで……最初はどうしましょう?」

「そうだな……最初は軽く慣らし運転で、自由に走ってみてくれ」

 

 トレーナーのその言葉に、スズカは目を丸くした。

 何せ、前のトレーナーの元では実際のレースを想定したペース配分やらタイムの調整やらをやっていたものだから、このアバウトさには驚きを隠せない。

 

「え、ええと。自由に、と言われましても……」

「難しく考える必要はないさ。寧ろ感覚を大事に、だ」

「感覚を、大事に?」

 

 そうだ、とトレーナーは力強く頷いた。

 

「今の君は、まだ本調子とはいかないだろう? だから、まず必要なのはリハビリだ。走る事を楽しむのを思い出す為の、な」

 

 確かに、ここ最近のスズカは『勝つ為の走り』に努力し過ぎ、楽しむ事が疎かになってしまっていたのは事実だ。

 だが……本当にいいのだろうかと、スズカは少し逡巡する。

 そんな彼女の心中を察してなのか、トレーナーは柔らかく微笑む。

 

「大丈夫さ、君なら目一杯楽しめる筈だ」

「……どうして、そう言い切れるんです?」

「勘さ」

 

 そうは言いながらも、トレーナーの言葉に迷いは無く――ただ真摯だった。

 だからこそスズカは――信じたのだ。暖かな心を持つ彼なら信じられると、そう思えたから。

 

「ふふっ、勘ですか。なら、信じられますね」

「……ふざけた事を、って返されると思ったんだが」

 

 スズカの意外な返しに面食らうトレーナーに、スズカは悪戯っぽく微笑むと、

 

「だって、私も勘はいい方ですから」

 

 そう当たり前のように返して見せた。

 

 

 

 

******

 

 

 

 ……そして現在。

 

 大外枠のゲートの中に入ったスズカは、静かに集中を高めていく。

 

『……今回のレース、作戦は――』

『何もないさ。ただ、思いっきりレースを楽しめ。それだけだ』

 

 ここに至るまで、彼女がやってきたトレーニングと言えば、ペースもタイムもへったくれもない、ただ思うが儘に走るだけというチープなものだった。

 だが――何故だろうか。ゲートに入ったスズカは、自然と気分が高揚していくのを感じた。

 

(いけない――と、以前ならそう思うのでしょうね)

 

 過度の興奮は掛かり――簡潔に言えば、レースの最中に余計な力が入ってしまう事だ――に繋がるとして、以前のトレーナーには咎められた事もあった。

 しかし、理由は分からないが、今の自分ならそれが良い方向に傾くと、そんな不思議な確信があった。

 

 ――行ける。この感じなら。

 

 パチリ、と脳内で何かが閃いた。

 

 やがて時間となり――ガシャリと鉄の扉が開かれると同時にウマ娘達が勢いよく飛び出る!

 

 外枠スタート故に距離のロスはあるが、スズカにとっては関係無い事であった。

 彼女は先頭争いを繰り広げる集団を見るまでもなく、誰より先に前へと躍り出た。

 そのスピードは一切緩められることもなく、ぐんぐん加速し後続を置き去りにし一人駆け抜ける!

 

「な、なんとぉ!?」

「いきなりトップスピードなんて!」

「若いからってやっていい無茶じゃない!」

 

ザワザワとした観客の声も、今のスズカには届かない。高揚していくスズカの意識は、視界は、眼前に広がる『景色』一色に染まりつつあった。

 

(そう……そう! これ! これこそが!)

 

 自分がずっと求めていたものなのだ! 己の心の中で叫んでいる事にすら気づかぬ程に、今のスズカはトランス状態に入り()()()()()

 故に、足取りにも力が入る。入った力を逃さず、次なる一歩を踏み出す為に地面を強く蹴り上げる。

 ただでさえ逃げ馬である彼女の更に極端なハイペースな追い上げは、当然の如く他のウマ娘を焦らせ乱すのに充分過ぎるほど効果的であり……結果、スズカの独壇場が形成されていった。

 

(スズカさんかい!? 速い、速いよォ!)

(なんなの、なんなのよぉ!)

(で、でも! あんな脚じゃ、いつかは――!)

 

 困惑と淡い期待が他のウマ娘達の胸中に共通して生まれ――スズカの中に入り込んでくる。

 逃げとは、己のペースで走れる分、ハイペースになるのが常。それはつまり、スタミナの消費も激しくなりやすいという事だ。

 

(ならば――そのスタミナの切れ目を狙って、差す!)

 

 当然ながら誰も言葉を交わさないが、その狙いだけは共通したものだった。

 そして、そんな考えが分からないようなスズカではない。

 

(……相変わらず、色々と入ってくる――けど、関係ない)

 

(私はただ――走るのを、楽しむだけ!)

 

 ――それが無駄になると知るのは、それから程なくしての事であったが。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 ゴール板を通過した後、ようやく息を入れられたのはかなり経った後のように思えた。少なくとも記憶にはないぐらい久しぶりだと、スズカは体感でそう感じていた。

 ……だというのに。それにも関わらず……この充足感は何だろうか? まだ足りないと、もっと走っていたいと、そんな欲求が湧き出てくるような――

 

「そうだ、それでいい」

 

 息を整えるのに必死なスズカの元に、トレーナーがにこやかに歩み寄る。

 

「思い出せたかな、楽しむ気持ちが」

 

彼の問いかけの意味する所は、すぐに理解できた。

 

――君は、何の為に走っているんだ?

 

「えぇ……思い出しました、楽しむ気持ちを」

 

 今ならはっきりとそう言えるだろう。そして、改めて感じるのだ。あの時、彼について行って本当に良かったと。

 

 ――だからこそだ。

 

「ありがとうございました」

 

 感謝と共に深々と下げた頭を上げると――スズカは笑っていた。とても嬉しそうに、楽しそうな顔を浮かべて。

 

 その笑顔に、トレーナーはただ「大した事はしちゃあいないさ」と照れ臭げに返すのだった。

 そんな彼の様子に満足げなスズカだったが――

 

(……あら?)

 

 風で髪が靡いた事で視線を外してしまい、再びトレーナーを見た時だった。

 

 

 

 

 ――彼の目が、どこか遠くを見ていて……少し、怖く感じたのは。

 

 

 

 

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