――当時、かの『流星の貴公子』『天馬』『緑の刺客』の三強が全て引退した後であり、再びトゥインクルシリーズに群雄割拠の時代が訪れていた。
その時代で知られるウマ娘と言えば、『青い巨星』『阪神の悪夢』『修羅の双星』『真紅の稲妻』等、本書でも書かれる程の通り名を持つウマ娘が多数存在した。
そんなトゥインクルシリーズ戦国時代と言っても過言ではない時代で、トップを争うレベルのウマ娘が二人いた。
一人は、文字通り彗星の如く現れ、レース内外双方で数多くの武勇伝を持つ『赤い彗星』。
そしてもう一人こそが、本項で語る『白き流星』と呼ばれたウマ娘である。
本ウマ娘は、デビューこそ他のウマ娘よりも遅れてのデビューであり、実質ジュニア期を棒に振ってしまった所は否めないが、それでもデビュー当初からかなりの実力を持っていたのは疑いようがない。
事実、名ウマ娘の一人として本書でも掲載されている『赤い彗星』を含めた、当時名だたるウマ娘が出走していたクラシック期において、皐月賞、日本優駿(日本ダービー)を制するなど、高い実力を示している。
しかし、菊花賞は距離適性の関係で出走を断念。その代わり天皇賞(秋)、有馬記念に出走、これを制するなど、シニア級でも通用する事を証明した。
更に特徴的なのは、その脚質の幅広さ、そしてレースセンスの高さだ。初期こそ本人の身体能力の高さに物を言わせた逃げ勝ちが多かったが、徐々に先行や差し、更には追い込みといった戦法まで駆使し、勝利を重ねていったのだ。
その後もコンスタントにG1レースで勝利を重ね、次々と強敵を下していった本ウマ娘だが、シニア期に出走した天皇賞(秋)は、ある意味で彼女にとっての転機になったのかもしれない。
というのも、本レースにおいて有力バであったウマ娘の一人が、レース中に故障してしまったのだ。
結果としては白き流星たる彼女の勝利に終わったこのレースが彼女に何らかの影を落としたのか、それは彼女にしか分からない。だが事実として、彼女はその後有馬記念での赤い彗星とのマッチレースの後、表舞台から姿を消した。
勝利の栄光を得続けた彼女が何故、デビューからたった三年でそのような選択をしたのか。少なくとも、彼女の口からは語られていない――
「……ふぅ」
その項目を読み終えたエアグルーヴは、一息つくと同時に背もたれに背を預ける。
何せ、触りの部分だけでこの量なのだ。本文を読んでいくとなればどれ程の長さになる事か……。
(やはりというべきか、中々に内容が濃厚だな……)
実のところ、エアグルーヴが『白き流星』の事を知るのは、これが初めてではない。
彼女もレースに携わる者として、名ウマ娘であった母を含め、トゥインクルシリーズで活躍した数々のウマ娘について勉強してきた。
その中でも特に異彩を放っていたのが、この『白き流星』であったのを彼女は覚えている。
その戦績もさる事ながら、どのような位置でも勝利を掴み取る圧倒的なレースセンスを兼ね備えた彼女は、ある意味でエアグルーヴにとっての理想の形の一つであった。
かつての驚きを懐かしむかのように、エアグルーヴはページを捲る。
……だが。
「……妙だな」
肝心の、トレーナーについての情報がほとんどと言っていい程無い。
普通、この手の本ではトレーナーに対してのインタビューであったり、トレーナーの行ったトレーニングの内容であったりと、何かしらの情報が載っているものだ。
しかし、この本にはそれがない。
何かの間違いかと思い、最初の紹介ページからもう一度読み直し、ロブロイに他の関連書籍を用意してもらったりもした。
だが、どうしても見つからない。
「どういう事だ……?」
「すみません、そればかりは私にもどういう事かさっぱりで……」
所謂本の虫であるロブロイも、今読み直して気付いたのか、申し訳なさげにしつつ首を傾げていた。
もしや自分は何か見落としているのではないか、そう思いつつ、本のみならずパソコンでも調べる。
そうして広大なネットの海を探し回り、ようやく見つかったのだが……そこに書かれていた内容を見て、二人は揃って目を丸くする。
そこには、こう記載されていたからだ。
――『『白き流星』のトレーナ―は、持病の悪化により引退している』
「引退……? 馬鹿な。では何故あの男は彼女の名を出したというのだ!? 今のスズカのトレーナーとどう関わりがあると!?」
頭を抱えるエアグルーヴ。うろたえる彼女の様子にあたふたとするロブロイ。
「ヤッホー☆ エアグルーヴ、こんなところにいたのね~!」
……そして、空気を読まず元気に乱入するウマ娘が一人。
「ん? ……ああ、マルゼンスキー先輩。何の御用で?」
鹿毛の艶やかな長髪にスタイルの良さが特徴的なそのウマ娘、マルゼンスキーは、つれない様子のエアグルーヴにわざとらしくぷんぷんと怒りを示す。
「もぉ~、そんな態度取っちゃって! あたし、ルドルフから呼んで来てって頼まれたからこうして来たのよ? 「生徒会の仕事にいつもなら遅れないエアグルーヴが来ない」って!」
「……なんですって?」
そう言われて時計を見てみれば、なんと生徒会の仕事の開始時間をとうに過ぎてしまっているではないか。
思わぬ失態に、エアグルーヴは更に頭を抱える。
「……あら? それって……やだ懐かしー! 『白き流星』じゃない!」
そんなエアグルーヴを他所に、パソコンの画面に映ったウマ娘の画像を見て、マルゼンスキーがはしゃぎだす。
「え、ああ……ご存知なのですか?」
「ええ! だってあたしがトレセン学園に来た頃にはもう活躍してたウマ娘だもの。そりゃもう覚えてるわよ!」
胸を張るマルゼンスキーだが、妙に何かが引っ掛かる。
「……入学した頃、とはいつの」
「あの頃はあたしもまだ免許持ってなくて……」
エアグルーヴの疑問を他所に、マルゼンスキーはどんどん記憶の中に潜っていってしまう。
「あ、あの! マルゼンスキー先輩はその、『白き流星』について何か詳しい情報をお持ちだったり、しませんか!?」
(でかしたロブロイ!)
そこに、ロブロイからの援護射撃が入った。
余計な事を訊きかけたエアグルーヴだったが、これには心の中で感謝を述べざるを得なかった。
「あら? 何かお姉さんに聞きたいってカンジ? でも残念、あたしもそこまで詳しくはないのよねー……その時もう別のチームに入ってたから」
だが、その期待もすぐに打ち砕かれてしまう。
しかしそれでも、何かしらの情報は掴める筈。そう考え、ロブロイは食い下がる。
「で、でも、本当に少しだけでいいのです! 教えてください、お願いします!」
「うぅ~ん……そうねぇ」
考え込むマルゼンスキー。
そこでエアグルーヴは、先程得た情報を利用する事を思いつく。
「そういえば先輩、ここに『白き流星』のトレーナーが引退していると書かれていたのですが……」
「ん? ええ、そうね。持病で引退を余儀なくされたって話だけど」
「では――スズカの今のトレーナーについては?」
そこで、エアグルーヴはスズカのトレーナーについて知る限りの事を話す。すると――
「あら、ボウヤの事知ってるの?」
「ぼ、ボウヤ、ですか?」
エアグルーヴの頭の中を疑問符が支配する中、マルゼンスキーはうきうきとした様子で語りだす。
「そう! ボウヤ! 初めて会った頃からずっと童顔だし、結構ウブだし♪ 可愛らしいからそう呼んじゃって以来の仲なのよね~」
「……その、随分親しい間柄なのですね」
方や、現在それ程名の知られていない一トレーナー。方や、現在もトゥインクルシリーズの最前線で大活躍している、『スーパーカー』の異名を持つベテランウマ娘。
何とも意外過ぎる組み合わせに、エアグルーヴとしてはどういう感情を持てばいいのか分からない。
「一応言っておくけど、別に付き合ってるとかそういう訳じゃないわよ? ただ、時々たづなも含めて飲みに行ったりする仲ってだけ♪」
そこにたづなさんまでいるのか。
エアグルーヴは頭が痛くなった、気がした。
「そ、それで、その方はどういった方なのですか?」
その空気を打破しようと、ロブロイがマルゼンスキーに問いかけた。
「どういったも何も、ボウヤはその引退したトレーナーの息子さんだけど?」
「「息子!?」」
まさしく予想外な回答に、二人は思わず声を上げる。
「そう、息子さん。……懐かしいわね。
――どういうわけか、
そこまで聞いて、エアグルーヴは思わず口を挟んでしまう。
「ま、待って下さい! トレーナーじゃなかった? それが、『白き流星』のトレーナーにとは、一体どういう――」
そこから続けようとしたところで、マルゼンスキーに人差し指で制される。
「こぉら♪ まだ私が喋ってるでしょ?」
「す、すみません」
素直でよろしい! とにこやかに笑うマルゼンスキー。
そこに――
「私も気になるな、その話」
「か、会長!?」
唐突に現れたシンボリルドルフが会話に加わってきた。
突然の学園の有名人の立て続けの登場に、ロブロイは目に見えて慌てふためく。
「どしたのルドルフ? 貴方がこんなところに来るなんて」
「どうしたもこうしたも、君が呼びに行ったはずのエアグルーヴが全然来ないから、直接探しに来たんじゃないか」
呆れるルドルフに、そだっけ? とすっとぼけるマルゼンスキー。
「も、申し訳ありません! 少し調べ物を――」
「今のサイレンススズカのトレーナーについて、だろう?」
「ッ!」
図星だった。
しかし何故それをルドルフが知っているのかとエアグルーヴが疑問を抱く前に、マルゼンスキーが再び話し始める。
「と言っても、私が知ってるのは限られてるけど……どうかしら、ルドルフ? 仕事があるなら、後回しにするけど」
「ふむ。しかし、気になってしまって仕事が手に着かなくなるようでは困るしな」
「し、しかし会長、今日の仕事は――」
「何、今日は
それを聞いたエアグルーヴは、自覚無く眉を顰めてしまう。
ああ、また一人で頑張ってしまったのか、と。
それと同時に、一人で頑張らせてしまった事への自責の念もエアグルーヴの心を締め付けた。
そんなエアグルーヴを知ってか知らずか、マルゼンスキーは話を続ける。
「そうねぇ。じゃあまずは、トレーナーになった経緯でも話す?」
「そうだな。是非聞かせてくれ」
「いいわ。あれは確か――」