スズカさんがニュータイプに目覚める話   作:K氏

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私事ですが、クレーンゲームでちっこいスズカさんと実馬の方のサイレンススズカ(と、巻き添えでマックイーン)のぬいぐるみがゲットできました。やったぜ。


ライバル

――それは、初めての天皇賞(秋)が終わった後のある日の昼下がりの事。

 

「すまなかったよ。結局、観客席から見るターフなんかで」

「いえ。私、あんまり他の子のレースを見たりしませんから、新鮮でした」

「……そう言ってもらえると、助かる」

 

 トレーナー室からグラウンドへ向かう道すがら、トレーナーとスズカが話をしながら歩いている時だった。

 

「――お前は」

「…………」

 

 小柄なウマ娘、ライスシャワーを伴って引き上げるところだったその金髪の男と()()したのは。

 

 トレーナーの目つきが鋭さを増し、金髪の男もサングラス越しにトレーナーを見返す。

 視線が交錯するその空間には、ただならぬ空気だけが漂っていた。

 一触即発の雰囲気を察してか、スズカの耳がぴくぴく動く。

 口にこそ出さないが、スズカにはぼんやりと分かってしまうのだ。この二人の、尋常ならざる関係性が。

 

「……スズカ。先にグラウンドへ向かっててくれないか」

 

 先にそうスズカに促すトレーナーの声は、視線の鋭さに反し落ち着いたもので、しかしそこには確かな熱が籠められているのが分かった。

 

「ライス、悪いが野暮用が出来てしまった。先に、トレーナー室へ行っていてくれるね?」

「あ……はい、お兄さま」

 

 対する金髪の男……否、トレーナーも、傍らのライスシャワーにそう促す。その声はトレーナーとは違い、酷く優し気なものだった。

 そんな二人を挟む立ち位置のスズカとライスシャワーは、互いに視線を交わすと――自然と通じ合ったのか、こくりと頷くと、各々そのまま目的地へと向かって行く。

 二人とも、後ろ髪を引かれるような思いがあったが――あのトレーナー二人の間にある何かを考えると、迂闊に入り込もうとは思えなかった。

 

「……久しぶりだな。同じ学園の中にいるというのに」

「ああ、本当にな」

 暫しの沈黙の後、トレーナーは口を開く。そしてそれに応えるように、金髪のトレーナーもまた言葉を発する。

だが次の瞬間にはまたもや睨み合いを始めてしまうあたり、どうにもウマが合わないらしい。

 

「……場所を移そう。ここじゃ目立つ」

「そうだな。私とて、こんなところで剣呑なやり取りをするつもりはない」

 

 見れば、彼らと同じようにグラウンドへ向かおうとしたり、トレーナー室へ向かおうとしたり、あるいは別の目的地へ行こうとしている者がちらほらと見受けられる。

 今でこそ数は少ないが、時間帯的にはもうすぐ人の往来が激しくなる頃合い。ここで立ち話をしていても目立つだけ。そう互いに冷静な頭で判断し、二人は別の場所へと歩き出す。

 だが、そんな二人の間に、一切の会話は無かった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

 トレセン学園のとあるベンチにて。そこにはいくつもベンチがあるのにも関わらず、周囲には誰もいなかった。まるで、ここにいる二人を避けるかのように。

 

「……驚いたよ。まさか、君が()()()()()()()()()()()此処に舞い戻ってこようとは」

「戯言はよせ。どうせ知ってたんだろ? 俺がトレーナー業を始めた事ぐらい」

「……そうだな。だが、正直半信半疑なところがあったのは、否めない。本当の意味で君が戻ったのを知ったのは、エアグルーヴが君の事を探っているのを知ってからだ」

「エアグルーヴが?」

「随分と気になっていたようだ」

「……経歴の浅い男が、付き合いのあるスズカのトレーナーなんだ。気になるのも仕方ないだろ」

 

 会話をする間、彼らの視線は一切交わらない。ただ、目の前の何もない景色を見つめるだけ。

 

 

「それで、君は一体何の為に戻ってきた?」

「……別に、深い意味は無い。俺にはこれしかないと、そう思っただけだ」

「ふっ、よく言う」

「貴様だってそうだろうに」

「否定はしない」

 

 再び訪れる沈黙。

 

「……どうせ君の事だ。まだ()()の事を引きずっているのだろう」

 

 だが、唐突に放たれたその一言がトレーナーの琴線に触れた。

 

「何を言い出すかと思えば……それは貴様だって同じだろうに!」

「そうとも。だが、私は君と違って、改めて前に進む決心をした。それだけの違いがあるというのだ」

「馬鹿にして! そうやって今度は、あの子を酷使するつもりなんだろう!? ()()()()()()()()!」

「……同じ轍を二度は踏まん。だが、あの子……ライスがそれを望むのであれば、私は彼女にいくらでも力を貸すつもりだ。それこそ――限界を超える事すらもな」

「それが駄目だと何故気づかない!? メカと同じだ! 限界を超えた挙動は、いつかその身を滅ぼす事になる!」

 

 ヒートアップしていくトレーナーに対し、金髪のトレーナーは努めて平静を保ったままであった。

 

「君なら分かるはずだ。あれだけの素質を持った子が、その才能を埋もれさせたままにしておくのがどれだけ惜しいことなのか。それを観客(愚民)共に示さねば、彼女の名誉に関わるのだ」

「……わかるさ。一目見るだけで彼女が素質を持っている事ぐらい。それが、遅咲きの才能だって事も。……悲しい事に、お前が直々にスカウトしたんだと思うと、それも納得がいく……だが!」

 

 トレーナーの顔に、明確な悔しさが滲み出る。

 

「それで怪我をし(壊れ)てしまったら、元も子もないだろうに!」

「今度こそ、そうはさせん。させん為に、私も努力しているつもりだ」

「貴様ッ!」

「私が、彼女の怪我に何も思わない、冷酷な男だとでも思ったか!」

 

 ここに来て、初めて金髪のトレーナーが激昂した。

 

「ああ、辛かったさ! あの日の出来事は、私の心に楔となって打たれた! そんな私が、何の解決策も考えてないと、そう思ったか!」

 

 金髪のトレーナーは、その怒りに身を任せ、トレーナーの胸倉を掴んだ。

 

「ならば、今一度訊こう。君は何の為に戻ってきた? 再び勝利の栄光を味わう為か?」

「違う!」

 

 トレーナーはその手を振り払うと、静かに答えた。

 

「俺は……可能性を信じたかっただけだ。ウマ娘の……そして、ウマ娘と人が分かり合う可能性を」

「…………」

 

 トレーナーの言葉を聞いた金髪のトレーナーは、黙ったまま聞き入る。

 

「……ああ、そうさ。お前と同じで、あの時……彼女が怪我をした秋の天皇賞の後、俺も……人というものに絶望しかけたさ。勝手に期待するだけして、都合の悪い時だけ平然と失望し、罵声を浴びせる。他者の勝利に嫉妬し、己の自己満足の為だけに悪意ある風評を流す事すらやってのける。そういう人間がいるのも分かっている」

「ならば!」

「だけど……それじゃ駄目なんだよ。それで止まっていては、俺自身すら彼らと何ら変わらない事になる。だから、ウマ娘の……そして人の心の光を見せなけりゃならないんじゃないか」

 

 それを聞いた金髪のトレーナーは、渋い表情を見せる。それは、このトレーナーの過去を知るが故か。

 しかし――金髪の男にも、譲れないものがあった。他ならぬ、担当ウマ娘である彼女を想うが故に。

 

 名誉を勝ち取る筈が、失望の感情を向けられた、彼女の為に。

 

「……だから、不名誉を被る事を顧みず再びトレーナーになる事を決めたと? おめでたい頭だな。連中の同類なんぞ、トレセンにだっているのが分からん君ではないだろうに」

「わかってるさ。だが……スズカの走りには、それを変えられる可能性がある。あるんだよ!」

 

 そう力説するトレーナーの目には、確かな希望の光が芽生えていた。

 

「……いいだろう。百歩譲って、君がトレーナーをやる事には理解を示そう。やり方が間違っているとは言わん」

 

 「だが」と金髪のトレーナーは続ける。

 

「はたして、今のままでサイレンススズカ君が、君が思うような可能性を示すと思うかな?」

「何を――」

 

 言いたい、と続けようとしたトレーナーを、無言の圧で制する。

 

「今の彼女を見れば明らかだろう。彼女は何かを心の中に抱えている。それが何なのかまでは、私には分からんが」

「…………」

「そうでなくとも、君は彼女に『限界を越えない』という、ある種の呪いめいたリミッターを掛けたまま。そのような体たらくで、よくも可能性という言葉を出せたものだ」

「……っ」

 

 自身にも自覚があったのだろう。誰よりも、スズカの怪我を恐れるが故に。

 痛いところを突かれた、という顔をしたトレーナーを見て、「やはりな」という顔をしながら、金髪のトレーナーが話を続ける。

 

「もう一度言う。君のやり方が間違っているとは言わない。しかし、彼女にとって最善とも言えん。そのままでは、君の考える『分かり合う可能性』が形を成す事はないだろうよ。なればこそ――」

 

 そこで、金髪のトレーナーは一旦区切る。これから示す、己なりの答えが確かなものであると、自分の中で反芻するように。

 

「――なればこそ、私はライスシャワーの勝利をもって、人々に示す。ウマ娘とは、観客(愚民)どもが気安く罵っていい存在ではないという事を」

「……!」

 

 そこで、トレーナーは理解した。してしまった。この目の前の男が何を目論んでいるのかを。

 その目に燃えている――人への憎しみを。

 

「……ウマ娘優生思想。随分古い考えを持ち出すじゃないか」

「そう言われるのも無理はない。だがこれは、私の……私の父から受け継いだ信念でもあるのだ。ウマ娘という種を真に理解しようとした、偉大なる先駆者のな。そして、現代においてその証明ができるのは原始的な争いではなく、レースだけだという事も。……だからこそ、私は彼女にチャンスを与える。彼女が、勝利の栄光を正しく掴み取れるように」

(……そして、何より貴様との決着を着ける為に)

 

 金髪のトレーナーは、そこまでは口にしなかった。そして、それに代わるように次の言葉を紡ぐ。

 

「……URAファイナルズの事は知っているな」

「……ああ。知ってるとも」

 

 URAファイナルズ。それこそは、秋月やよい現理事長が考案、設立した、『どんなウマ娘であろうと活躍できる最高の場』。

 そして、そこで勝つという事は、真に最も速く、強く、運のいいウマ娘として後世まで語られるという事に他ならない。

 

「だが、あれが実装されるのは二年後の1月からだろ。それがどうかしたか」

「……ライスシャワーには既に、そのURAファイナルズへ出走する資格が与えられている。……私が何を言いたいか、分からん君ではあるまい」

 

 それは、言外にこう言っているのだろう。

 サイレンススズカと共に、URAファイナルズに来い、と。

 

「……勝手な事を言う」

「そうかな? 私の推測では、URAファイナルズは最終的に、有馬記念にも匹敵する集客が見込める。それは、君としても望むところだと思うが?」

「……確かにな」

 

 トレーナーは、同意せざるを得なかった。

 現状、スズカの正確な距離適性は分かっていない。だが、恐らく長距離を走らせるにはスタミナが足りないし、長距離には長距離の走り方が――何より、スズカ以上に長距離に長けたウマ娘、メジロマックイーンのような強者が待ち受けているのは間違いない。

 しかし、URAファイナルズではそのウマ娘にとって得意な距離が選ばれるという。

 それに加え、それだけの大衆が見守る中でスズカの走りを見せつける事ができれば、あるいは――

 

「……いいだろう。その話に乗る。スズカを説得してみよう。……だが」

「だが?」

 

 トレーナーは一瞬躊躇うような素振りを見せた後、口を開く。

 

「もし、俺がお前の誘いを断ってたらどうするつもりだ」

「その時は、そうだな……君を、情けないトレーナーとでも罵ろうか」

 

 「情けないトレーナーの育てたウマ娘に、勝つ意味などないからな」と、あえて煽るかのような言葉選びをしながら、金髪のトレーナーはその場から立ち上がった。

 

「一つ忠告しておく。私の育てたライスは、かつて君が育てた彼女よりも遥かに強くなっている。中途半端で、勝てると思わん事だな」

 

 そう言い残し、金髪のトレーナーは去っていった。

 

 ただ一人残されたトレーナーの脇を、冬特有の冷たい風が通り抜けていった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 ウォーミングアップの走り込みを終えたスズカは、ストレッチしながら息を整える。

 

『いいかい、スズカ。ウォーミングアップではまず、自分のペースを見つけるんだ。決して焦らず、自分の限界を見極めながら走るんだよ』

『はい』

(……大丈夫。今日もちゃんと言われた通りにできたわ)

 

 トレーナーの言葉を思い出しつつ、心の中で教えられた事を反芻する。走る事に関して真面目なスズカらしい、いつも通りのルーチンであった。

 

 そう、いつも通りの筈だった……。

 

(……何故かしら。心が、モヤモヤする……)

 

 天皇賞(秋)が終わってから、ずっとこうだ。言い知れぬ不安のようなものが、ずっと彼女の胸の中で頭をもたげていた。

 

(……もしかして、あの二人の事が気になってる?)

 

 が、悲しいかな。そういった事に鈍感な所のあるスズカは、先程スズカのトレーナーと金髪のトレーナーが剣呑な雰囲気を漂わせていたのが気になっているのかもしれないと、そう思ってしまった。

 

(……まさか、喧嘩? あの不器用でも優しいトレーナーさんが? ……そんな訳ない、はず……よね?)

 

 スズカは自分の考えを否定するように首を横に振る。

 まだ担当になってから数ヵ月程度ではあるが、それでも彼女がトレーナーに向けるそれは――流石に色恋どうこうという域にはいかないが――信頼からくる親愛と言っても過言ではなかった。何せ、彼女の走りを認め、受け入れ、それを活かそうとしてくれる唯一のトレーナーなのだから。

 それ故に、二人が剣呑だったのもきっと何か事情があるに違いないと思い直す。

 

 ……と、そこに。

 

「……スズカ、少し、いいか?」

 

 話しかけてきたのは、同じようにトレーニングに励んでいたであろうエアグルーヴ。だがスズカには、彼女がどことなく自分と同じで、トレーニングに身が入っていないように思えた。

 

「エアグルーヴ? どうかした?」

「その……トレーニングが終わった後にでも、少し時間を貰えないだろうかと思ってな」

「いいけれど、私まだウォーミングアップが終わったところよ? もっと時間が掛かるかも……」

「構わん。どうせ帰るところは同じなんだ」

 

 そう言いながらも、何かを悩んでいるようで。

 

「……何か、悩み事?」

 

 そう問われたエアグルーヴは、小声で「それはお前もだろうに」と呟きながら、スズカに向き直る。

 

「まぁ、似たようなものだ。その……お前の、トレーナーの事なんだが」

 

 そう言われ、スズカの時が少し止まり――

 

「――(いくらトレーナーがいいトレーナーだからって)あげないわよ?」

「ッ!? ばっ、違う! そういう意味ではない!」

 

 じゃあどういう意味なのか。スズカとしては一つの意味しか思い浮かばないだけに、エアグルーヴの慌てようが不思議で仕方が無かった。

 

「よく分からないけれど……じゃあ、何なの?」

 

 そう訊かれたエアグルーヴは、しばらく逡巡するような仕草をすると、やがて決心がついたのか、普段通りのキリッとした目つきでスズカを見据えた。

 

「……お前のトレーナーの、過去についてだ」

 

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