あるウマ娘の話をしよう。
そのウマ娘の、ひとつ下の世代には。バケモノがいた。あるいは英雄がいた。あるいは――無敗の三冠バがいた。
『奈瀬文乃、三冠バとのめぐりあい!』と、アナウンサーは叫んだ。気が早いことに、皐月賞で。
はたして、英雄は翼を広げ、三冠を成し遂げた。もしもうっかりどこかで負けてしまっていたら、彼はどうするつもりだったのだろうか。
話しがそれた。そのウマ娘の話に戻ろう。
彼女は、決して華々しいウマ娘ではなかった。クラシックの年に京都新聞杯を勝って以来、勝ち星にはなかなか恵まれなかった。翌年だけで、2着が3度。往時のナイスネイチャやキンイロリョテイを思わせる戦いぶりに、マニアックなファンこそついていたものの、一般人からすればよくわからないウマ娘のひとりでしかなかった。
さて、そのウマ娘は、例のバケモノと有マ記念で衝突する。いや、そもそも「衝突」だと思っていた者はほとんどいなかった。無敗の三冠バが、どこまで連勝を伸ばすか、ということにばかり注目されていた。
しいて言えば、前年に秋古バ三冠を成し遂げていたゼンノロブロイは対抗バと目されてはいたが。あるいはそれも、「ゼンノロブロイはどこまであのウマ娘についていけるのか?」という視線だった。
しかし。
『届かない! 無敗の四冠はならず!』
そのウマ娘は、一世一代の走りでバケモノを打ち倒した。
ジャイアントキリング、まぐれ勝ち、恵まれただけ。なんとでも言いようはある。しかし、紛れもなく、そのウマ娘が、無敗の三冠バに土をつけたのだ。
そのウマ娘の名は、ハーツクライといった。
「私! ハーツクライさんの大大大大大大大ファン! なんです!!!」
少女は精一杯に声を張り上げた。ハーツクライはにこやかに応じる。
実のところ、彼女はそれなりに人気があった。「有マ記念を制したから」でも、「ドバイで勝ったから」でもない。奈瀬文乃と、英雄に黒星をつけさせたからである。
ある種のルサンチマンだった。あまりにも強いウマ娘は、好かれると同時に嫌われる。シンボリルドルフでも、テイエムオペラオーでも、好きな例を持ち出せばよい。バケモノを嫌いたいがために、それを倒したウマ娘のファンになるという人々は、一定数存在した。
奈瀬の方も似たようなものである。たとえば、「後からウマ娘を奪ってるから、ジュニアのGⅠを取れてないんだ」とか。それは、入学前からずっと担当する(ことになっている)「外厩」制度が支持される理由のひとつでもあった。
「だってだって、ハーツクライさんはあの奈瀬文乃さんの無敗の三冠バに勝ったんですよ!」
だから、そう言われて、少し表情が曇った。
きっとこの子も、そういう手合いに吹き込まれたのだろう、と。
けれども、続く言葉は違った。
「奈瀬さんはすっごいトレーナーさんなんですよね! だから、ハーツクライさんはすーっごくすごいウマ娘なんだなぁ、って!」
さらには。
「私、奈瀬さんに担当してもらいたいんです! どうしたらなれると思いますか!?」
このウマ娘は破顔した。そして、答える。
「それなら、私じゃなくて奈瀬さんとこの子に聞いた方がいいんじゃないの?」
「はっ、たしかにそうですね! 気づきませんでした!」
それがおかしかったから、だけではではない。
「でもでも、ハーツクライさんみたいにもなりたいんです! どうしましょう!」
「それならね」
このウマ娘は、魔法をかけた。
「あなたの信じていることを、大切にして」
勝ったからこそ、その強さを誰よりも知っているから。
「あっ、名前! 言い忘れてました!! 私の名前は!!」
「ドウデュース! っていいます! よろしくお願いします!!」
タイトルはこれで「ハーツクライ」と読ませます