「あ?つまり、なんだ?は?」
エルネスティの説明にダーヴィドは思考が停止していた。幻晶騎士とは本来、機体を操作する魔法演算の大部分を魔導演算器に投げる物である。直接魔導演算器に接続して自身で演算するなど、長い人類史の中でも異例のことであり、少なくともダーヴィドには聞き覚えのないことだった。結果、許容される稼働率を超えた結晶筋肉が破損したという話に彼の脳は理解を半ば拒んでいた。
「あ、あと金属内格まで壊れているのは外装硬化分の魔力もすべて攻撃に回したからですね」
騎操鍛冶師を目指す物としての矜持からか一度そういう物だと飲み込んだが、さらに衝撃を与える言葉が聞こえて来た。それで彼の許容量は完全に超え、半ば切れた状態でエルネスティに詰め寄る。しかし、当のエルネスティは飄々とした様子で答える。ダーヴィドはその様子に半ばあきれるように頭をかきながら言葉をこぼす。
「ちっ、問題があんなら鍛冶士として直すのが本分だが...結晶筋肉の改良は領分じゃねえしな。意味ねえとは思うが、一応錬金術課程受けてる奴らに言っとくか」
結晶筋肉とは、触媒結晶を魔法によって変質させたものである。同じように魔法を用いて変質させる技術は錬金術と定義されており、基本的に長い年月をかけて改良を重ねていく。現在騎士団に配備されているカルダトアへの開発時も結晶筋肉はほとんど変わっておらず、建国時からの進歩は微々たる物であるという人もいる。
今回の問題は部材が原因であり、現場である自分たちには出来ることはない。そう結論づけようとしていたダーヴィドに今思いついたかのような悪魔のささやきが降りかかってくる。
「あ。親方、提案なんですけれど、よりあわせてみるのはどうしょうか?」
「あ?そりゃどういうこった」
「結晶筋肉って糸状ですよね。糸を強固にするには綱にしてしまえば良いのです」
エルネスティの口から彼の考えが述べられる。曰く、糸とはそのまま使うことは珍しく、形を変えて特徴を出して使う。綱という形は伸縮性と耐久性に優れており、直接制御による耐久性の問題解決が見込める。加えて、伸縮性の向上から出力、つまり幻晶騎士のパワー上昇も狙える。
綱型結晶筋肉と名付けられる結晶筋肉の新たな使い方、通称綱型とある意味常識ともいえる話を聞いたダーヴィドは盲点だったとエルネスティの言葉に関心を抱いていた。
早速試してみようと構想を練り始めたダーヴィドにさらなる悪夢が襲いかかる。
「そうです。どうせでしたら形にも手を加えて新型機にしてみませんか?」
「は?」
話は一度中断し、昼の休息時間に希望者を集めて再開することになった。エルネスティ達がこの場にいるのは中等部に応援の話が上がったためである。いつまでもバトソンとフィーネを拘束しているわけにもいかなかった。ダーヴィド自身も一度頭を冷やしたく、まとめ役の自分がいつまでも話し込んでいてはいけないと考えてのことだ。
エルネスティとしても思い立ったが吉日とばかりに口に出したので話をまとめる時間が出来るのはうれしかった。興味を持ってくれたダーヴィドと友人である二人、他に数える程度で二桁行けば良い方かなと予想を立てていた。
時は過ぎ休息時間、エルネスティの予想に反して数え切れない人数が集まっていた。その場には騎操鍛冶師課程の生徒がほぼ全員おり、引率している教員も見えた。彼らはダーヴィドから綱型結晶筋肉の構想を聞き、興味を持ってこの場にいる。教員も大勢が集まるため動向に注意する必要があるといいつつ、生徒達と同じくどんな話が出てくるのか気になってこの場にいる。
ちなみにこの場には自身が乗る機体の話と言うことで幻晶騎士課程の生徒が複数名いる。他にもエルネスティ達についてきたオルター兄妹がいるが、彼らはエルネスティとセットで見られており疑問に思う物はあまりいなかった。
エルネスティは予想外の人数に少々面食らったが、それでもやることは変わりない。自身の頭の中にある物を伝え、それに共感してもらうことである。一度深呼吸をして心を整え、プレゼンを開始する。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」
陸皇亀との戦闘で経験したことを中心に会話を展開していく。一番に伝えたいのは法撃について。エルネスティは最後、グゥエールの結晶筋肉を触媒結晶として使用することで魔法を放った。しかし、本来は騎操士の負荷を下げるため、魔力を流すことで特定の魔法を発現させる魔導兵装と呼ばれる武器を用いる。
魔導兵装は魔法を使用するときに使う杖のような見た目をしている。持ち手部分はそのまま、触媒結晶の部分は水晶で出来ており、内部にある機構を保護している。機構は模様の刻まれた銀板と触媒結晶で出来ている。長年の魔法研究によって、魔力の伝達速度が十分にあれば魔法術式を物理的に書き込んだ物でも魔法が発現する事がわかった。この技術や物理的に書き込んだ魔法術式は一般的に紋章術式と呼ばれる。
魔導演算器も同様の技術から出来ているが、魔導兵装は魔導演算器と違って手に持って振り回すことがある。魔導演算器で魔導兵装を作成した場合、中身がかき混ぜられてしまい魔法術式の保持が難しい。そのため、安定した伝達性能のある銀の板に紋章術式を彫り込み、水晶でこれを保護している。
エルネスティが陸皇亀との戦闘時、剣だけを使用したのは予備の剣しかもっておらず、そこらに転がっていた魔導兵装が正常に動作する保証がなかったのが一番の理由である。それに次いで、持ち替えによる隙を作りたくないという理由もあった。
「言いたいことはわかるが、剣と杖の持ち替えは騎士としての必須スキルだ。一流ともなれば隙はない」
エドガーが口を挟んだ。騎操士課程の優等生ということもあって彼は模範的な思考で言葉を紡ぐ。
それに対し、確固たる意思でエルネスティは言葉を返す。
「確かにその通りかもしれません。しかし、言い換えれば一流でなければ隙が出来るということです」
「それは、そうかもしれないが...」
「一流でなくとも、誰もが隙無く法撃が出来る。それはとても魅力的なことではないでしょうか?」
今度は誰も口を出さない。仮にすべての騎操士が持ち替えの隙がなくせるのならば、戦力として頼もしくなるのは目に見えているからだ。しかし、彼らの頭にはそれを実現する方法が思い浮かばない。それを感じ取ったエルネスティは待ち時間の間に作成していた概略図を広げ、解決策を提示する。
「これを実現するために、背中に腕をはやしましょう!」
「「「は!?」」」
一部を除き、その場にいた人間の心は一つにまとまった。それは、こいつは何馬鹿なことを言っているのだ、といった内容だった。あまりに衝撃の内容を突きつけられた事によって、思考が停止する者が続出した。
いち早く再起動を果たしたダーヴィドとディートリヒは慌てて言葉を投げる。
「ちょ、ちょっと待ちやがれ!背中に腕だあ!?」
「エルネスティ!人体に存在しないものをどうやって動かせというつもりだ!?」
二人を中心とした彼らの動揺は当然の反応であった。まず、騎操鍛冶師は幻晶騎士を人の延長線として考えられており、今まで人型からはなれるという発想が出てこなかった。加えて、幻晶騎士の操縦についての問題があった。騎操鍛冶師だけでなく騎操士も人の延長として捉え、演算を行っている。人体に存在しないものを操作するには、架空の器官を想像し、動かす想像をし、それを演算に落とし込む必要がある。今まで以上に困難な演算が必要になると予想が立った。
阿鼻叫喚ともいえる状況になろうかというところでエルネスティから返答の言葉が返ってくる。
「なぜ自由に動かす必要があるのでしょうか」
その言葉に再び場が静まりかえる。そんな様子も気にせず、エルネスティは言葉を続ける。
「僕が提案しているのは、魔導兵装を簡単に使う方法です。自由に動かす必要はありません。ただ杖を保持して前に向かって打てれば良いのです。腕と形容したのは、収納する可動機構が存在する方が色々と都合が良いと思ったからです」
息をのむ音が聞こえてくる。理解できない...否、理解できる者ほど言葉を発せなくなる。
「背中の腕を動かすのはできるだけ魔導演算器で行います。騎操鍛冶師としては手間が増えるかもしれません。なにせ腕が増えるわけですから。しかし騎操士としては魔導兵装の展開・収納、法撃の発射を行うためのごく簡単な物理操作や演算の追加だけになりいます」
想像できる者ほど彼の案が空想的な者ではなく現実的なものであると理解する。
「幻晶騎士は人ではありません。人が使う道具なのです。つまり、人の形にこだわる必要は無いと言うことです」
操縦が出来る程度には必要ですけれど、そう続ける言葉が聞こえないほどにその場にいた人たちは衝撃を受けていた。実現しようとしたとき、どれほどの苦労があるかわからない。実現したとき、どれほどの手間が増えるのかわからない。
それでも実現できたとき、幻晶騎士は飛躍的に進化を遂げる。そう確信するだけのものを全員が感じ取っていた。しかし、これがただの歩み出しの一歩でしか無いことに気づいた者は果たして存在したのであろうか。
「ねぇキッド、今の話わかった?」
「さぁ?なんかこの間王様に幻晶騎士作るように言われたらしいじゃん。エルのことだし何事も始めてみることが大事ってことじゃね?」
「なるほどぉ〜さすがエル君」
...案外意外なところにいるのかもしれない。