グゥエールは陸皇亀との長時間戦闘によってさほど余裕はなかったが、応援に来た騎士団の法撃によって危機的状況からは逃れていた。陸皇亀はそれまでの攻防からグゥエールに対する憤怒によって戦闘を続けていた。しかし、ヤントゥネン守護騎士団の集中攻撃に邪魔をされ、グゥエールばかりを気にしていられなくなった。
周囲にいる幻晶騎士を煩わしく思った陸皇亀は、一網打尽にしようと竜巻の吐息を放とうと足を止める。そこを好機とみた騎士団は秘密兵器を投入する。それは対大型魔獣用破城鎚と呼ばれる超大型の金属製の杭で、扱うには4機以上の幻晶騎士を必要とする。
前方向以外の三方から攻撃を仕掛けられた陸皇亀の体からは悲鳴にも思える破砕音が聞こえてくる。その攻撃力もさるものながら、長時間の戦闘により陸皇亀の魔力も少なくなっていた。満足に外装硬化を維持することが出来ず、普段と違い場所を選ばず刃がその身に入るであろう状況だった。
陸皇亀の動きが止まったことに勝機を見つけたと思った騎士団は、さらに攻撃を仕掛けようと破城鎚で突撃を仕掛ける。しかし、陸皇亀は予想外の攻撃を繰り出してきた。あろうことか竜巻の吐息を地面へ向けて発現した。
その衝撃で周囲にいた幻晶騎士を蹴散らし、陸皇亀は立ち上がった。そして、竜巻の吐息の余波で動けない幻晶騎士の上へ倒れ込んだ。魔力が少なくなっていてもその巨体から来る重量は健在であり、陸皇亀の下にいた幻晶騎士数機は自身を守る外装硬化も力足らずで押しつぶされてしまう。
その様子に周囲の騎士達も本能的な恐怖を呼び起こされていた。騎乗している幻晶騎士の持つ剣や杖の切っ先も震えており、照準がまるで合っていなかった。
そんな中たった一人、ディートリヒの耳に怒気をはらんだ声が聞こえてきた。その声は前方の操縦席から聞こえてくる。
「許せませんね。美しく散ってこそロボットの魅力、潰して終わりでは手向けにもなりません」
「は?君は何を言って...ぐっ!!」
ディートリヒが反応を代えそうとしたとき、グゥエールは急激に体を動かす。その反動はすさまじく、耐えることが限界だった。
急に動き出した赤い影に押され、動きを止めていた騎士団の人間も隊長の一声でわずかながらに統率を取り戻し、法撃を再開する。その合間を縫って陸皇亀のもとにたどり着いたグゥエールは所構わず切りつける。戦闘が開始した時には傷一つつかなかった体表に線が一つ増える。
「傷が!?」
「やはりそろそろ限界ですか!」
勢いに乗せ、攻撃を続けて陸皇亀に傷を増やすが、あるときグゥエールが突然こけた。突然のことにエルネスティも動揺を隠せなかった。攻撃も受けていないにもかかわらず、急に片足が動かなくなったのだ。偶然にも一息入れようと離れた瞬間であったために、すぐさま陸皇亀に倒されることはなかった。
急いで機体状況を確認すると各部結晶筋肉、特に脚部の反応が悪かった。頭部の眼球水晶で確認すると、装甲の隙間から結晶筋肉のかけらが飛び出し、当たりに散乱していた。エルネスティが行った想定外の機動に、機体部品が耐えきれなかったのだ。一度や二度の規定外操作であればともかく、時間単位でずっと動かし続ければ当然のことだった。
状況を確認し終えたエルネスティの目に飛び込んできたのは、グゥエールに向かってくる陸皇亀の姿だった。
それを認識した瞬間、機体を捨てて逃げ出すことが頭に浮かんだが、エルネスティはその選択肢を即座に却下した。高等部生の救出が本来の目的であり、そこにはディートリヒも含まれている。銃杖によって直接制御しているエルネスティはともかく、操縦のために杖を装備していないディートリヒが逃げ切れるとは思えなかった。
今世においてやらないと誓った諦めが頭に浮かんだことを悔やんでいると、唐突に後ろから声が聞こえてくる。
「君だけでも逃げたまえ。これだけのことが出来る君なら逃げ切れるだろう」
「ディー先輩、お願いがあります。僕は今から魔法演算にかかりきりになりますから操縦をお願いします」
「エルネスティ!」
一つ思い浮かんだ賭けを話すために、エルネスティは聞こえてきた声に返答をする。その言葉に今度はディートリヒが怒気をはらんだ声で答える。
「諦めるのは嫌ですよ。僕は」
「...」
「男なら前のめりで死ねという言葉もあります。最後までみっともなくあがいてみましょうよ」
「フッ...エルネスティ、私は何をすればいい」
エルネスティの覚悟を持った目を見たディートリヒは、その覚悟が伝播したようにエルネスティの考えを聞き出した。
ディートリヒと場所を変えたエルネスティは、直接制御によるグゥエールの操作を手放した。そして自身の能力を最大限使用し、グゥエールの前に巨大な空気の層を作り出した。要はいつもの逆、自身が着地する衝撃を和らげるのではなく、ぶつかってくる衝撃を和らげるのだ。
しかし、それだけでは到底陸皇亀の突撃を止めることは出来ない。タイミングを合わせ、ディートリヒの操作によって後ろへ大きく飛び退く。さらに、ダメ押しと普段よりも強固に外装硬化によって防御力を向上させる。
そこまでして、これまでの戦闘があって、操縦席がゆがみつつもなんとか陸皇亀の攻撃を受け止める。
「生き残ったのであれば!」
ディートリヒの言葉に呼応し。グゥエールは持っていた剣を力一杯陸皇亀の目へ向けて突き刺す。そこには、国境を越えてくる際につけられた傷があり、魔力が切れた今であれば容易に鍔まで突き刺せた。
「チェックメイト」
そして、エルネスティのつぶやくような強い言葉とともに、過去に類を見ない雷撃の魔法が発現し剣を伝って陸皇亀の脳へとたたき込まれる。
脳を焼かれて生き残れる生物はそう多くない。加えてこれまでの戦闘によって対抗する力も陸皇亀には残されていなかった。
やがて、陸皇亀は突撃の速度を落とし、体を地に沈めた。
数日後、陸皇亀討伐の功績から高等部生が王都へ招かれるなか、エルネスティは他中等部生とともに、馬車に乗ってライヒアラへと帰っていた。
政治的理由からただの中等部生でしかないエルネスティが陸皇亀討伐の報償を受け取るには問題があった。また、エルネスティとしては報奨に興味はなかったことも拍車をかけた。
同乗していたディートリヒもエルネスティのこともあるため、王都へは招かれていなかった。なお、彼は陸皇亀討伐後、その緊張から再び気を失っていた。現在ヤントゥネン守護騎士団詰め所の医務室におり、そこからは定期的に野太くもつややかな声と悲鳴が響いていた。
エルネスティは期間中は馬車の上で、戦闘の後拾っていたグゥエールの脚部からもれた結晶筋肉をもてあそんでいた。そこにアデルトルートがやってきて次は一人で突き進まない約束をしたり、彼女の発言から耐久性向上のアイディアを思いついたりしていた。