「なあ監督。俺を出してくれよ」
その声は周りのお通夜でもしてるいるかの様な重苦しい雰囲気とは対称的な明るい響きを持って発せられた。
当然周りの視線はその声の主に集まるが、当の本人はまるで気にした様子もなく、監督の地木流へと再度声を掛ける。
「もう勝ち目はねぇだろうけど、ゴーストロックも歪む空間も破られたまま負けたら、下手すりゃFFの予選に響くぜ?だからいつも言ってたんだ。ゴーストロックなんて子供騙しが通用するのは格下の相手だけだって。ま、俺なんかの言い分を聞きたくないって気持ちは分かるけどよ」
「儚井………だが、お前は怪我が……」
「いつの話してんだよ。もうとっくに治ってるっつうの。いいから、俺を出すのか、出さないのか、はっきりしろよ」
「………絶対に無理はするなよ」
「へっ、そう来なくっちゃな」
そう言って、尾刈斗中の背番号10はベンチから重い腰を上げた。
雷門中のグラウンドで行われているのは、雷門中と尾刈斗中のサッカー部の練習試合だ。
試合は4-2のスコアで雷門がリード。尾刈斗中のゴーストロックや歪む空間など、催眠術を駆使した戦術に苦しめられていた雷門だが、円堂の機転を切っ掛けに攻勢に転じ、豪炎寺と染岡のドラゴントルネードで完全に形勢は逆転。試合残り時間は殆ど残っておらず、既に勝敗は決したも同然だった。
「何しょぼくれた面してんだよ、幽谷」
小さく溜息を吐き、グラウンドに足を踏み入れた儚井は俯く幽谷の頭を乱暴に撫で回す。
「お前はまだ一年だが、このチームのキャプテンでもある。仮にも周りを率いる立場の奴が、そんな事でどうする」
「でも、もうこの試合は………」
「負けるだろうな。けどそれはいいんだ。問題なのはどう負けるかだろ。このまま諦めて惨めに負けるか、最後まで足掻いて一矢報いるか」
儚井は相手陣内のゴール、正しくはその前に立つ雷門のゴールキーパーである円堂守に目を向ける。
「弱小校だと思って期待してなかったが、良いキーパーだ。ゴーストロックの絡繰を見破ったのもそうだが、特に前半に見せたあのゴッドハンドとかいう必殺技。中々のパワーだった。あれなら帝国のデスゾーンを止めたという噂もあながち嘘じゃなさそうだ。────リハビリ相手には丁度いい」
尾刈斗のスローインから試合が再開され、中盤まで下がってきていた儚井にすぐにパスが通る。
それを見た雷門の9番、松野がチェックに向かうが、儚井のフェイントに簡単に引っ掛かり、あっさりと突破を許してしまう。
「えっ!?」
────蹴る、止める。基本的な動作こそ出来ているが、拙い部分も多い。こいつ初心者か?
儚井は自分が抜いた相手を分析しつつ、他の面子にも目を向ける。
────元木戸川清修のエース、豪炎寺は流石に上手い。もう一人のフォワードもキック力は見れるレベルだし、青髪のサイドバックもスピードだけならそこそこか。悪くない素材は居るが………如何せん初心者みてぇなのが多すぎるな。
こんなチームで勝てると思われているなど、舐められたものだ。内心で苛立つ儚井だったが、現実は無情。尾刈斗がリードされている状況に、儚井は自虐的な笑みを洩らす。
「落ちぶれたもんだな……」
「通さないッス!!」
ゴールを目指し、単身で雷門陣内を駆け上がる儚井の前に、雷門の巨漢ディフェンダー、壁山が立ちはだかる。だが───
「あれ、ボールは……?」
先程は確かに儚井の足元にあったはずのボールが、壁山の視界から唐突に姿を消した。思わずその場に立ち尽くし、右へ左へと視線を動かす壁山の横を儚井がすり抜けていく。
「上だ!壁山!」
「はっ!?」
その声を聞き、反射的に上を向いた壁山が見たのは、今まさに自分の頭上を通り過ぎていくボールだった。慌てて身を翻す壁山だったが、時既に遅し。ボールは儚井の足元に収まり、悠々と雷門ゴールへと向かっていく。
「後はキーパーだけだ」
「あいつ……すっげぇ……」
単独でディフェンスを突破しゴールへと迫る儚井を前に、雷門中のゴールキーパーである円堂守は感嘆の声を洩らす。
他の尾刈斗中の選手が弱いなどとは円堂は欠片も思っていないが、先程入って来たこの選手は一人だけ明らかにレベルが違う。何故最初から出て来なかったのかという疑問が一瞬だけ円堂の脳裏を過ぎったが、それも直ぐにどうでもよくなった。
あれだけのプレーができるのなら、きっとシュートだって凄いはずだ。そう思うと、円堂は胸の奥から湧き上がる興奮を抑えきれなかった。
「こい!お前のシュート、絶対に止めてやる!!」
「止める?それは無理だな。実体を持たない幻を止める事は誰にも出来ない」
円堂の声を聞いた儚井がそんな言葉を呟き、シュート体勢に入る。儚井の周囲に人魂の如き緑色の焔が無数に現れ、それが次々にボールへと宿っていく。
「マボロシショット」
儚井の右脚から放たれたシュートは怪しく揺れ動きながら雷門ゴールへと迫る。対する円堂が繰り出すのは、長い間特訓を重ね、先日の帝国学園との練習試合で遂に完成した、【デスゾーン】すら止めてみせた神の手。
「はああああ!!ゴッドハンドォォ!!」
突き出した円堂の右手がシュートとぶつかり合う。
────ことはなく、【ゴッドハンド】と接触する寸前で掻き消え、何の障害も無かったかの如く再び現れたボールが、円堂の脇をすり抜けた。
「………えっ?」
何が起きたのかを円堂が理解出来ないまま、儚井のシュートがゴールネットを揺らし、同時に試合終了の笛が鳴り響いた。
「お前凄いな!あんなシュート初めて見たぜ!」
ゴールラインの内側に転がるボールをしばし呆然と見詰めていた円堂だったが、我に返るや否や、キラキラと目を輝かせて儚井に駆け寄る。
純粋な賞賛だけが籠った視線を向けられ、儚井は思わずたじろいでしまう。今までに【マボロシショット】でゴールを奪って来たキーパーは山程居るが、こんな眼で見られたのは初めてだった。
「なんだお前。悔しくないのか」
口にしてから失言だったと後悔した儚井だが、円堂はその言葉を気にした様子はなかった。
「そりゃ悔しいよ。でもそれ以上にワクワクするんだ。こんな凄いシュートを打てる奴が居るんだって!!」
真っ直ぐに儚井の目を見てそう言う円堂が、嘘をついていない事は儚井にも分かった。
「………面白い奴だな。お前」
「えっ?」
今までに儚井が出会って来た中には居なかったタイプの人間だ。だが不快かと言われればそうではなく、むしろ好ましく儚井は感じた。
「尾刈斗中の
「!!俺は雷門中の円堂守!!」
儚井の差し出した右手を、円堂は直ぐにがっちりと掴んだ。
「次もゴールを奪ってみせる。FFの地区予選で、また会おう」
「ああ!約束だ!お前のシュート、次こそは止めてみせるぜ!!」
「雷門中の偵察に来たら、思わぬ収穫が手に入ったな。鬼道」
「ああ。"幻影のストライカー"儚井幻也。怪我から復帰していたとはな」
「面白い奴だったな、あいつ」
雷門中との練習試合を終えて尾刈斗中へと戻って来た儚井は、軽いミーティングの後、帰路に就いていた。
儚井が思い出すのは、今日出会った雷門のゴールキーパーである円堂守。今までに全く聞いた事が無い無名の選手だが、きっとあいつは強くなる。儚井にはそんな予感があった。
「FFの地区予選が楽しみになってきたぜ」
元々、大会に掛ける意気込みはチーム内の誰よりも強かった儚井であったが、新たな出会いを経て更に期待は高まった。
「今度こそ、俺は最後まで勝ち続ける。去年の様にはならない」
意気込みを新たに、儚井は中学に入学してからこれまでの事を思い返す。
尾刈斗中へと進学し、サッカー部に入部した当時の儚井は、生意気という言葉が服を着て歩いている様な男だった。
「俺はこのチームを全国大会で優勝させて、日本一の選手になる。だからお前らは俺について来い!!」
入部して直ぐの自己紹介で放った第一声がこれである。それを聞いた上級生達は、最初こそ元気な一年が入ってきたものだと微笑ましく思っていたが、それも長くは続かなかった。
「お前何やってんだよ!さっきからやる気あんのか!!アアッ!?」
本人が宣言した通り、儚井は本気で全国優勝を目標として掲げていた。そして周りにも、それを達成する為に無茶な要求を繰り返した。
尾刈斗中のサッカー部は元々大した強豪でもなく、内申の為であったり、友達に誘われたからであったり、サッカーにそこまで真剣に取り組んでいる訳ではない部員も多かった。そんな中にあって、儚井の在り方に反発する者が出てくるのは、ある意味当然ではあった。
にも関わらず、儚井が自分を曲げる事なく居られたのは、偏に儚井の才能が周囲と比べて明らかに突出していたからだ。
チームの誰よりも速く走り、正確なボールを蹴り、戦術の理解にも優れていた。儚井の放つシュートは部員が知る限り誰にも止められた事はなく、いつしか"幻影のストライカー"の異名と共に、儚井幻也という名前は近隣の地域にも知れ渡る様になった。
程なくして、一部の上級生達の反対を押し切り、儚井にエースナンバーである10番のユニフォームが与えられた。儚井はそれを極自然に受け入れた。チームの誰よりも優れた自分が、エースと呼ばれるのは当然だと。
だが中にはそれを受け入れられない者も居る。上級生達は儚井よりも長く部に在籍し、チームに貢献して来た自負もある。日頃から儚井の存在を良く思っていなかった部員達は、この一件を皮切りに明確に儚井を批判する思想を押し出す様になった。
しかし儚井の存在を目障りに思う者が居る一方で、儚井の才能に魅せられ、惹かれる者達が居たのも事実。そういった者達は皆、儚井はチームに必要だと、彼を擁護する側に回った。
その結果、尾刈斗中サッカー部は儚井を肯定する派と否定する派に二分された。監督の地木流もこの事実は把握してはいたものの、対処しようにも既に儚井の存在は部にとって大きな存在になりすぎていた。せめて儚井自身にそういった状況を変える意思があれば話は別だったが、当の本人は周りのいざこざなど、どうでもいいものとしか思っていなかった。
結局何をする事も出来ず時は流れ、遂にFF地区予選が始まった。日々険悪になっていくチームの内情とは裏腹に、その年の尾刈斗中は破竹の勢いで地区予選を勝ち上がっていった。特に儚井の活躍は凄まじく、チームの全得点を一人で叩き出していた。
その勢いは止まる事を知らず、尾刈斗中は地区予選の決勝まで駒を進めた。例年の成績からは考えられない快挙に学校は湧き、誰もが優勝の期待をサッカー部へ向けた。
そんな時だった。───儚井幻也が練習中に倒れたのは。
結論から言えば、儚井が倒れたのはオーバーワークによる故障である。実は儚井は、かなり前から足に違和感を覚えており、大会が始まってからは痛みを感じる事も出てきていた。そういった症状が出た時点できちんとした対処が出来ていれば、大事になる事はなかっただろう。しかし儚井は自分が故障するかもしれないといった考えは微塵も持っておらず、寧ろ自分の様な選ばれた人間がこの程度で潰れるはずがないと、根拠の無い自信に満ちていた。
そうして無理をし続けた結果、儚井の足の爆弾は盛大に爆発した。緊急搬送された病院で、儚井は医師から、復帰するのにどんなに早くとも三ヶ月は掛かるとの診断を下された。そんなはずはない、何かの間違いだと儚井は医師に食ってかかったが、何を言っても現実は変わらなかった。
儚井は人生で初めて、目の前が真っ暗になる経験を味わった。
儚井不在の状態で地区予選決勝に挑む事になったチームは、対戦相手である帝国学園に手も足も出ず、決勝の舞台で見るも無惨な惨敗を喫した。
エースに依存し切っていたチームは、本来の力を発揮する事も出来ず、素人目に見てもまともなプレーを出来ていなかった。
その不甲斐ない姿に、期待を向けていた者たちは一転して侮蔑と批判を向けた。所詮はエース頼りの弱小チーム。期待したのが間違っていたのだと。
そんな感情を向けられた部員達の怒りの矛先は、この状況を招いた元凶へと向けられた。即ち、怪我で入院中の儚井へと。
自分は、特別な人間だと思っていた。周りの誰も、自分に勝てる者は居らず、これから先もそうなのだと。全国優勝という目標も、必ず達成出来ると、そう、思っていたのに。
『お前のせいで負けたんだ!!』
『何が天才だ!この戦犯野郎が!!』
『お前を信じた俺達が馬鹿だった』
『僕の期待を返してくれ!!』
『居なければ良かったんだ。お前なんて』
以前までなら何とも思わなかったであろう言葉が、痛くて辛くて堪らない。俺の悪口を言っていた奴らも、親友だなんて抜かしていた奴らも、皆んな例外無く俺を責め立てた。
分かってしまった。俺には、仲間なんて居なかったのだと。俺は強いのだと。そんな俺を、信じてついてきてくれている奴らが居るんだと、そう、思っていたのに。
「俺がやって来た事は………何だったんだ……」
今まで、自分の行いを冷静に見つめ返す事なんてなかった。自分のやって来た事は絶対に正しいと信じて疑わなかったから。でも、こうして病院のベッドの上で、今までの事を思い出すと、思わず笑ってしまう。
なんだ?この偉そうな奴は?お前は何の権限があってそんな口を聞いているんだ?お前は何で自分の事をそんな風に思えるんだ?お前は一度でも、チームメイトに目を向けた事があったのか?…………俺がやって来たのは、本当にサッカーだったのか………?
その日、自分を見失い、抜け殻の様になった俺を訪ねてきたのはサッカー部の監督だった。……そういえば、俺はこの人の言葉をろくに聞いた事がなかった。この人は、俺の事を、ずっと心配してくれていたのに。
「………儚井君、調子はどうですか?」
躊躇いがちに放たれた言葉は、俺を苛つかせるには十分だった。
「調子?これが良い様にあんたには見えるのか?そんな嫌味を言いに来たのかよ」
ギプスで固定され、吊るされた足を見ていると、本当に治るのかという不安しか湧いてこない。これで調子が良いなんて言う奴がいたら、そいつは馬鹿だ。
「確かに、君の足の状態は良くない。けれど、数ヶ月もすればちゃんと復帰出来るんだろう?君の目標だった全国優勝を目指すのはそれからでも遅くない。今は体を治す事に専念して────」
「戻ってどうするんだよ」
自分でも驚く程に、冷たい声が出た。
「戻ったところで、俺の居場所なんてあるのかよ。そんな事も分からないなら、あんたと話す事はもうない」
何があったか全部知っているくせに、何もなかった様に振る舞うのが腹立たしかった。気を遣われているのが理解出来てしまうから、余計に腹立たしい。
「儚井君。サッカー部を辞めるのですか?」
「当然だろ。続けてどうすんだよ」
「………君のサッカーへの想いは、その程度だったんですか?」
「………ああ?」
何言ってやがる、こいつ。サッカーへの想い?そんなもの────。
「私は君をずっと見てきた。だから分かる。君が誰よりもサッカーが好きな事を」
「………」
「このまま終わって、それで本当に納得出来ますか。君が心からそれで良いと思えるのなら、私はこれ以上何も言いません。ですが、そうでないのなら、君が部を辞める事は許しません」
「……………俺……は……」
納得、出来るか?心から、それで良いと思えるか?…………………そんな事、そんな、そんなのが───。
「出来る訳ねぇだろうが!!!!」
「納得なんて出来るはずがあるか!!サッカーが好きだ!!好きで好きで堪らないんだ!!こんな事でサッカー辞めたくなんてない!!大体何で俺ばっかりあんなに責められなきゃいけないんだよ!?俺はただ勝ちたかっただけだ!!毎日毎日、朝から晩まで必死に練習して………なのに、何でこんな事になるんだよ!!部内の諍いも、周りの期待も、そんなの周りが勝手にやり始めただけじゃねぇか!!そんなの知らねぇよ!!俺はただ───」
「───誰よりも上手くなりたかった。それだけだったのに」
自分でも正直何を言ったか正確に思い出せない、ただ、一度吐き出してしまった感情は収まる事を知らなかった。止まらないのは言葉だけでなく、瞳からは涙が溢れた。
「……なら、戻って来なさい。君は今まで、自分しか見て来なかった。けれど今なら、周りにも目を向ける事が出来るはずです。幸い、と言っていいかは分かりませんが、君がリハビリを終えて戻って来る頃には、既に三年生は引退しているはずです。チームが新しい体制へと日々変化していく中でなら、新しく居場所を作る事は、君の頑張り次第できっと出来る」
先程までは煩わしかった監督の言葉が、今はすんなりと頭に入って来る。まだ感情はぐちゃぐちゃで、もしかしたら状況に流されているだけなのかもしれない。でも、この気持ちはきっと、嘘じゃない。
「……監督、俺がチームに戻るのは、まだ、遅くはないですか」
俺のその言葉にずっと真面目な顔をしていた監督が、初めて表情を崩して朗らかに笑った。
「遅くなどありませんよ。間違っても、何度だってやり直せる。それは、貴方の様な若者だけの特権なのですから」
それからの儚井は変わった。弱音一つ吐かずにリハビリの日々を耐え抜き、儚井はその年の冬に儚井はサッカー部に復帰した。
部に戻った儚井が先ずした事は、部員達に頭を下げる事だった。独り善がりなプレーをし続けていた事。チームメイトに辛く当たった事。自分の体の事すら把握出来ずに、大会中に故障してしまい、チームに多大な迷惑を掛けた事。思い付く限りの事を儚井は謝罪した。
以前の儚井とは打って変わった真摯な態度に、部員達は困惑したものの、それからの儚井と接していくうちに、それを自然と受け入れていった。
鈍った体や技術を元の水準に戻す為の猛練習に励む中、積極的にチームメイトにアドバイスを送ったり、逆に自分にもっとこうして欲しいといった事があるかを聞くなど、儚井なりにチームに馴染もうと精一杯の努力を重ねた。
そんな儚井の姿勢はチームメイトにも伝わり、彼等もまた、儚井にかつての事を謝罪した。儚井もそれを受け入れ、尾刈斗はようやく一つのチームとして纏まり出した。
ここで問題となったのは、三年生が引退して以降、キャプテンを誰がするかが決まっておらず、ズルズルと先送りになっていた事。
蟠りの無くなったチームメイト達の多くは、儚井がキャプテンをすればいいのではないかと提案したものの、儚井はチームに多くの迷惑を掛けた自分が、そんな大役を担うべきではないとこれを固辞。しかしそうなるとこれといった適役も居らず、結局キャプテン不在のまま、尾刈斗中サッカー部は新年度を迎える事となった。
そして尾刈斗中サッカー部監督の地木流は、ここで驚きの決断を下した。なんと新入生であり、入部したばかりの幽谷博之をキャプテンに任命したのだ。これには部内も騒然となった。異例となる一年生でのキャプテン抜擢に、昨年の儚井の二の舞いになったらどうするのかといった声も上がった。だが地木流はそういった意見を全て一蹴した。部員達が同じ轍は踏まないと信じ、下級生をキャプテンにする事で、互いに助け合う意識を強く持てるはずだと考えた。
結果的に地木流のこの選択は、想像以上に上手く回った。キャプテンとなった幽谷自身もリーダーシップを発揮し、幽谷にかつての自分を重ねた儚井も甲斐甲斐しくそのフォローに回った。他の部員達も幽谷の負担を少しでも減らすべく、思考を凝らした。
そうして、長い時間を掛けてチーム内のゴタゴタを片付け、新体制となったチームの調整も兼ねて、噂になっている雷門中との練習中を申し込んだ、という訳である。
「今日の試合は負けちまったが、手応えはあった。今年はいけるかもしれねぇな」
そんな儚井の考えを肯定する様に、次に組まれた練習試合では儚井もスタートから出場し、幽谷共々ゴールを挙げ快勝。
その勢いのまま、開幕したFF地区予選も昨年を想起させる大量得点差で一回戦を突破し、二回戦の相手は秋葉名戸学園に決まった。
「儚井さん、調子良さそうですね。一回戦でもゴールを決めてましたし。このままなら得点王も狙えるんじゃないですか?」
「それはお前もだろ、幽谷。とても一年の活躍とは思えないぜ?新人賞は貰ったも同然だな」
学校からの帰り道、儚井と幽谷は大会中のここまでのお互いの活躍を讃え合っていた。何度もフォローされている内に、すっかり儚井に懐いた幽谷が共に帰路に就くのは、尾刈斗中サッカー部ではもう見慣れた光景である。
「しかし二回戦の相手が、今大会の参加校最弱と言われる秋葉名戸とはな。すっかり予想を外されたぜ」
儚井が話すのは次の対戦校である秋葉名戸学園についてだ。秋葉名戸のサッカー部はお世辞にも強いとは言えず、多くのチームが一回戦で敗退すると予想していた。故に辛勝とは言え、一回戦を勝ち上がって来たのは驚きだった。
「対戦相手も中堅止まりのチームでしたし、そんな事もあるんじゃないですか?それより、油断なんかして足元掬われないでくださいよ」
「馬鹿。誰が油断なんてするかよ。秋葉名戸に勝てば次に当たるのは雷門か御影専農だぜ?こんなとこで躓いてられるか」
「………雷門、ですか」
雷門中の名を聞いた幽谷の顔が強ばる。あの練習試合以来、幽谷は雷門中の事を強く意識しているのだ。
「勝ち上がって来るでしょうか、雷門は」
「さあな。御影専農は強い。どっちが勝つかは分からないな。でも、まあ───」
儚井は思い出す。自分のシュートを受けて、次は止めてみせると息巻いた雷門のゴールキーパーの顔を。
「雷門が勝っても、別に驚きゃしねぇがな。どっちが上がってくるにしろ、俺達がやる事は変わらねぇ」
「……そうですね」
儚井が拳を幽谷に向けると、幽谷も分かっていると言わんばかりに拳を儚井に向ける。
「「誰が相手でも、俺達は勝つ」」
お互いを見合い、笑い合う。例えどんな強敵が相手であろうと、目の前の頼れるチームメイトと一緒なら、必ず勝てる。そう信じていた。
この世界に絶対何てものは存在せず、希望は無情な現実によってあっさりとへし折られる。それを、儚井は知っていたはずなのに。
「あ?……ッ!?」
突如、穏やかな住宅街に似つかわしくない、重低音が響き、何事かと振り向いた儚井の視界に映ったのは、今まさに此方へと突っ込んで来ようとしている大型トラックだった。
────なっ!?トラック!?運転手は寝てんのか!?
驚愕に目を剥きながらも、咄嗟にトラックの進路から逃れようとした儚井であったが、彼は見てしまった。
儚井に一瞬遅れてトラックに気付き、思考が追い付かず硬直してしまっている幽谷の姿を。
そこからは儚井に迷いはなかった。飛び退こうとしていた体を無理矢理押さえつけ、隣で立ち尽くす幽谷を突き飛ばす。
呆然と此方を見る幽谷がトラックの進路から外れた事を認識し、次の瞬間には儚井の全身を途轍もない衝撃が襲った。
廻る視界。強烈な浮遊感と、全身を駆け巡る激痛に、何が起きたのか理解出来ないまま、儚井の意識は闇へと落ちる。
「は……儚井………さん……?」
儚井に突き飛ばされ、尻餅をついた幽谷は、直ぐには何が起きたのかを理解出来なかった。
だが視界に映る光景は、幽谷に否が応でも現実を突き付けてくる。
「あ………あ…ああ……」
目の前の血溜まりに沈むのは、間違いなく、幽谷が尊敬して止まない、大切な先輩で───。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
幽谷の悲痛な叫びが、平和だったはずの街に響き渡った。
儚井幻也
今作の主人公。天才肌のプレイヤーで必殺技はイナイレGOの真帆路が使うマボロシショット。
こんな技使う奴居たら間違いなく潰される。うん。
容姿等は特に決めてないんで、ご想像にお任せします。
1話で収めるつもりだったけど、長くなりそうだったんで分割します。
もう1話だけ続きます。多分。