もし継国縁壱さんのような人が無職転生の世界に居たら   作:ばしお

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イゾルテ・クルーエル

私の相手になるはずがない。

 

お婆ちゃんに目の前の少年と勝負をしなさいと言われた時、まず第一にそう考えた。

少年には闘気が感じられず、顔を見れば何を考えているかも分からない無表情でどうみても剣士の面構えには見えない。

腑抜けている、と言ったほうがいいだろうか。

 

 

なのに、あの水神であるお婆ちゃんは少年と手合わせしろと言った。

なので目の前にいる少年は只ものではないと考え、もう一度じっくりと観察してみるが結果は第一印象と変わらない。

むしろ、最初よりも戦いなど知らずに育ったひ弱な少年と評価を下に変えた。

 

相手は素手で、こちらは真剣。

 

向こうは戦いなど知らず、相手が女だからと高を括って舐めているのだろう。

馬鹿な考えだ。

 

私はあの水神レイダの孫で、才能を認められた弟子なのだ。

 

血のにじむような稽古を日々毎日して、最近では兄であるタントリスも剣の腕では抜いてしまった。

 

恐らく、私と同い年くらいの子供程度ではもう相手にすらならないだろう。

それぐらいの才能が、私にはある。

 

「さあ始めるよ、構えな。」

 

お婆ちゃんが私に向かってそう言い放ち、コインを用意した。

 

「後で怪我でもして、泣いて喚いても知りませんからね。辞めるなら今のうちですよ。」

 

「…………」

 

少年にそう言うが、これといった反応はない。

 

私はこのコインが落ちた後に、相手をどう負かすかを考える。

 

いくら何でも、もしかしたら剣すら握ったこともないかもしれない少年に本当に大けがをさせる訳にはいかない。

 

真剣で戦うふりをして、鞘か拳で峰内をして気絶させるのが無難か。

技を出すまでもない。

そう考え、私は真剣を抜き、水神流の構えを取った。

 

コインが地面に落ちた。

 

私は身構えて、相手の出方を伺った。

構えすら取っていない少年を視界に鮮明にとらえ、その動きの先を読むように意識を集中させる。

 

少年は私の方へ駆け出した。

動きは遅い。

やはり、私の見立て通りの素人か。

 

そう思い少年が私の間合いに立ち入るまで待ち構えていると、少年は何故かは知りながら深く息を吸った。

 

次の瞬間、少年の姿は捉えていたはずなのに、まるで残像が見える様に姿形がぶれた。

 

気がつけば私は、誰かの手に頭を支えられながら空を何故か見上げていた。

 

 

 

……………え?

 

状況を理解するのに数秒を要した。

 

よく見るとさっきまで構え持っていた剣は横で地面に突き刺さっており、私の手元からなくなっていた。

 

さらによく見ると、私の頭を支えていた者の正体は、さっきまで対峙していた少年だった。

彼は、何でかは分からないけどひどく申し訳なさそうな顔をしている。

 

「あっ……」

 

そこでようやく私は理解した。

私はこの少年にたった今負けたんだ。

 

「そこまでだね。まさか、勝負にすらならないなんてね。私の眼は間違っていなかったって事だ……。まったく、嫌になるよ。」

 

お婆ちゃんはどこか嬉しそうにそう言っていた。


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