ウマ旅! ~第四回ウマ娘短編合作~ 作:サイリウム(夕宙リウム)
旅行計画で、スぺちゃんが東京競馬場を選んだのは仕方のないことだろう。
ストレス解消を目的とした旅行であるとはいえ、秋から冬にかけてはトゥインクルシリーズの真っただ中であり、遠距離への旅行は難しかった。
だからこそ、あえて一番近い観光地である東京競馬場を選んだのだろう。
私はそう思っていた。
「だってあそこは、スズカさんを最後に見た場所だもの」
東京競馬場心象風景
東京競馬場に入り、スぺちゃんはさっそく食べ物コーナーを回り始めた。
東京競馬場のスタンド内にはいくつも食事できる場所がある。
歩きながら食べられるような軽食を売る店
食事しながらレースが見られる眺めの良いレストラン。
質も、どこにでもあるジャンクフードの店から、一流ホテルのレストランが出店している場所まで、ピンからキリまでそろっていた。
スぺちゃんはさっそく、歩きながら食べられる唐揚げとフライドポテトの盛り合わせと、ジュースを買ってきた。どちらもウマ娘サイズである。
そんなに食べたら、次のジャパンカップ、また太目で出てしまうのではないか。
そんな心配する私を気にすることなく、スぺちゃんはパクパクと揚げ物を食べていく。
そんな中、視察に来たのだろうかエアグルーヴが寄ってきて、ジュースを買っていた。
私がよく飲んでいたものだ。エアグルーヴもあれが好きだったとは意外だった。
「副会長さん、こんにちは。それ、なんですか?」
「スズカが好きだったやつだ。澄み渡る景色の先へ、だったかな。そんなキャッチコピーを気に入っていたらしい」
グルメ旅行はまだ続く。
スぺちゃんはレースコースが見えるレストランの窓際の席を予約していた様だ。URAと学園の企画で予算は潤沢にあるとはいえ、抜け目のないことだ。
スぺちゃんはフルコースのセットを頼んでいたが、私は食欲がなく、飲み物だけを頼んだ。
外を見ると、ちょうどレースをやっていた。
安田記念
マイル距離最強を決めるレースの一つだ。
颯爽と走るウマ娘の中でひときわ目立つのは、金色の輝く尾花栗毛をたなびかせるタイキシャトルだった。
走りも、存在感も、輝きも何もかも違った。
マイルチャンピオンシップで競ったときよりさらに強くなっているのは傍目から見ても明らかである。
彼女の夢、URA年度代表馬にまた一歩近づいただろう。
きっと彼女はその夢をかなえる。
それを思うと……
レースは終わり、料理は既になくなっていた。
「マイルチャンピオンシップの時は、ワタシが勝ちました。でも、今でも彼女より速いとワタシは信じられません」
東京競馬場というと、URA競馬博物館というものがある。
競馬の歴史のほか、顕彰ウマ娘やトレーナーさんの展示なんかも行われている。
レースの歴史、そこの裏にある努力と涙、そして栄光。
様々なものを感じ、重苦しい気持ちになってしまうが、スぺちゃんはそんなことはないようだ。
クリフジにトキノミノル、シンザンといった古の名ウマ娘たち
そういったウマ娘たちを支えたトレーナーさんたち。
そういった記録が並んでいる。
最近だと、シンボリルドルフ会長や、オグリキャップさん、メジロマックイーンさんなんかも選ばれている。
こういった中に、自分たちの世代も選ばれるものが現れるのか。
タイキシャトルはどうだ。
メジロを代表する存在になりつつあるドーベルはどうだ。
菊花賞を勝ったフクキタルはどうだ。
そしておそらく自分は……
博物館は広く、様々な展示があった。
毎年の年度代表ウマ娘が並んでいたり
変わったところだとURA特別賞の展示なんかもあった。
一部はまだ制作中のところもあるらしく、URA特別賞の展示の一部も何かを作っていた。
特別と呼ばれるウマ娘。彼女は何をなし、何を思ったのだろう。
考えすぎて頭が痛くなってくる中、スズカはスぺと一緒にその場を立ち去った。
「こちらは天まで駆ける気持ち、なんて言いましたが、本当にそこまで行ってしまわれると、追いつけませんわ……」
レース場が見えるスタンドに戻る途中、ふれあい広場の横を通った。
ウマ娘たちと、一般の人が触れ合う場であり、今はミニライブが行われていた。
真ん中で歌い、輝いているスマートファルコンさん。
その横で歌うミホノブルボンさん。
逃げ切りシスターズのライブのようだ。
ブルボンさんもけがをしているが、日常生活に問題はなく、ライブ程度には立てるようになっているらしい。
ライブを見ていると、ファル子さんは踊って盛んに動いているが、ブルボンさんは歌だけで立ちっぱなしだ。おそらくダンスをするほど治ってはいないようだ。
私の怪我は、ライブの舞台に立つのも難しいレベルだった。
ファル子さんたちも、それがわかっているのだろう。今回のミニライブも声もかからなかった。
横目で見る二人は、しかしとても輝いていた。
あの舞台に、自分がもう一度立てる機会があるのだろうか。
昔は、走るのに不要だと疎んでいたぐらいだったライブが、今ではとてもうらやましかった。
「逃げ切りシスターズは永久です。彼女がもういなくなったとしても」
「異次元のあの人をだれもが忘れないでしょう」
ゴール板の前。
数多くの激戦が繰り広げられ、残酷にも結果が決められる場所だ。
天皇賞秋
私が大けがをし、その翌年、スぺちゃんが優勝したレースである。
スぺちゃんは4番人気と決して期待されていたわけではなかった。
スぺちゃんの同期の三強の一人、セイウンスカイさんが一番人気であり、同じく三強のキングヘイローさんも出走していた。
私の同期のメジロブライトや、キンイロリョテイも参加しており、強敵がひしめいていた。
そんな中、前走の京都大賞典で7着の凡走に終わったスぺちゃんは、終わったと思われていたのだ。
そんな前評判を覆す執念の走りで、スぺちゃんは天皇賞秋を制した。
「わたくしでは、もう彼女の影すら踏めないのね」
「それでも後輩たちには見せつけないといけねえんだよ。残された俺たちはな」
そして、ジャパンカップ。
本当は、スぺちゃんと初めてレースで競う場になる予定だったレースが、始まろうとしていた。
これにはブロワイエを筆頭とした海外勢も参加しているとともに、日本からも数人が参加している。
私の妹であるラスカルスズカも出走していた。
まだ、成長途中の彼女には、ジャパンカップは重過ぎると思うが、それでも目はあきらめていなかった。
だが、海外勢のプライドも、妹の執念も、すべてスぺちゃんは差し切った。
圧倒的な末脚である。
自分が前を走っていたら逃げ切れただろうか。先頭を譲らずにいられただろうか。
怪我をする前なら、根拠がなくても先頭は譲らないと自信を持って言えた。
だが、今の自分では、そんなことは絶対に言えなかった。
レースが終わり、ライブが始まる中、私は一人、ゴール板の前に佇みつづける。
「スズカさん」
「……フクキタル?」
「満足しましたか?」
「……よくわからないわ。でも、もう、終わりなのよね?」
特に根拠はない。だが、もう終わりなのだろう、と何となく察していた。
「スズカさん、あなたは次に行かないといけない」
「残念だわ」
終わりはいつか来る。それが今なのだろう。フクキタルが断言するとき、逆らっていいことなどなかった。
きっと彼女は自分と違うものを見ている。
「スズカさん!?」
スぺちゃんの焦る声が遠くから聞こえる。
ああ、スぺちゃんともお別れだろう。
泣きながらこちらに駆けてくるスぺちゃんに笑顔で手を振る。
「頑張ってね。スぺちゃん」
そうして私は手を振って、スぺちゃんに背を向けるのであった。