その少女は、蒼空と海の狭間で笑っていた。
雲ひとつ無い晴天。
陽射しをさえぎる物はなく、まどろむような温もりが世界を満たしている。
はるか遠くで
わいわいと賑やかな様子が微笑ましい。
その内、一羽がすうっと翼を広げて降りていく。
それに釣られて視線を下げると、そこには透明感の高い海が広がっていた。
白い波が
揺らめく海底の岩肌には、色とりどりのサンゴ礁。
赤、黄色、白、ピンク。まるで夜会の淑女達のように美しく、その隣を優雅に泳ぐ魚たちは、まるでダンスパートナーのようにも思える。
そんな心安らぐ光景に癒されていると、水平線の向こうから、何かがやって来るのが見えた。
目を凝らして見ると、空や海とはまた違う、青い何かだ。
まるで音速を超えるような勢い――否。
実際に音速の壁を物理的に突破しながら、青はひたすら前に進んでいた。
次第に明らかになる姿。
全体的に流線的で、愛くるしい青いボディ。
つぶらな瞳と黄色いくちばし。
大きな二対の手ヒレが特徴的だ。
空を飛ぶことが出来ず、代わりに海での活動に特化した鳥。ペンギンだ。
しかし、あれをペンギンと断言しても良いのだろうか。
あれは世に知られるペンギンと大きく違う点が二つもある。
一つ目に、ペンギンは「音速を超える速度で海上を走ったり」しない。
そもそも地球上にそのような生物は存在しないだろう。
て言うかどうやって走ってんだあれ。
そして二つ目。
こちらの方が重要な気もするが、そのペンギンは。
「まぁーにぃーあぁーえぇー!!」
なんかめっちゃ叫んでいた。
ペンギン……なのだろうか。
うん。まぁ、ペンギンなのだろう。
よく見るとペンギンの着ぐるみを着た少女に見えなくもないが、以前それを指摘した時に恐ろしい目にあったので、アレはペンギンとしておこう。
楽園のような光景に、盛大な水しぶきを上げながら襲来したペンギンは、小さな島へ上陸すると、背負っていた使い捨てロケットをその場に放り捨た。
なるほど。アレを使って水上を走って――うん、どんな理屈なのかな。
ペンギンは更に、何やらゴソゴソすると。
「よいしょっ!」
どこからともなく、デスクトップパソコンを取り出した。
いやマジで、どこから出したよ、いま。
「機材良し! 回線良し! 応募作品良し! 間にあった!」
ふう、と額をぬぐう動作をした後、パソコンの前にちょこんと座って、マウスを操作しだした。
あれもどうやってマウスを持ってるんだろうか。
どうにも謎に満ち溢れたペンギンだ。
まぁ、あまり人のことは言えないけど。
「よし! 私は今日も可愛い!」
モニターに映る自分を確認して、キラっと決めポーズを取るペンギン。
(作者注・朗読時は実際にポースをお取りください)
確かに可愛いけど、何やってんだろう。
まぁ良い。私は私の仕事をしよう。
「こんぺんぎーん。お届け物ですよー」
「うわぁっ!?」
上空から声を掛けると、まるで漫画のようにその場で飛び上がる。
相変わらず反応が面白いな、このペンギン。
「は!? え、ひつじさん!? 浮いてる!?」
「はいどうも。お届け物ですよ」
両手で胸元を抑えながら見上げてくる自称ペンギンに、そっと電子郵便物を渡す。
どうも、と受け取ったのを確認。これで私の仕事は完了だ。
さて、では可及的速やかにこの場を去ることにしよう。
「では私はこれで――」
「ちょっと待ってください」
あ。捕まった。やめて、引っ張らないで。
「……どこから見てました?」
「何のことでしょう。私は何も見ておりませぬ」
「……見てましたよね?」
「いや、ちょ……普段か弱いのに、何で今だけこんなに力強いんですか」
「……口封じを、しないと!」
「いやあああ! 食わないでえええ!」
じたばたもがく。最近マジで狙われすぎだろ私。
なんで郵便で言った先に、必ずジンギスカン鍋用意されてんだよ。
おかしいだろ、世界。
「冗談ですよ。でも本当に口外しないでくださいね?」
「分かってますよ。誰にも言いません」
当然だ。こんなこと誰にも言えやしない。
私の口からはとても語れない。
というか、語る必要はないし。
「あれ? ていうかそれ、何を持ってるんですか?」
「え? あぁ、これはですね」
すっと、手にしたものを掲げて見せる。
「録画アプリ起動中のスマホです」
画面を見せると、ピシリとペンギンが固まった。
「むー! なにしてんですか!?」
腕をブンブン振って抗議してきても可愛いだけなのに、そこに気付いていないのがこのペンギンの素晴らしいところだ。
「いやぁ。一人のファンとして、推しの尊さを世間に知らしめようかと」
「消してください! 消してください!」
うおっ!? 力強い!?
このままだと引きずり落とされる!?
くそ、こうなったら最後の手段だ。
「とりゃあ!」
用意してあったフリップを取り出して、目の前に掲げて見せる。
対ペンギン用決戦兵器。この日の為に用意した、特製の代物だ。
と言ってもまぁ、パソコンで画面をスクショしただけなんだけど。
そのフリップに描かれているのは、暗い交差点と交通安全の看板。そしてその真ん中には。
『つぐのひ』
「いやあぁぁぁぁぁあ!」
今だ! 脱出!
隙を突いて空高く飛びあがると、翼を持たないペンギンは、ぴょんぴょん飛び跳ねながら抗議して来た。
「こら! それはおいて行って!」
必死に飛び跳ねる姿を十分に録画。よし、これで応援隊に良い土産が出来た。
あとはこの戦場から離脱するのみ。
「それではまた。アディオス!」
「あ、ちょっと! むー! 待ってって……」
おう。ちょっと待とうかレディ、その手に持った使い捨てロケットを、どうするつもりかね?
「言ってるじゃないですかぁ!」
直後。私の視界は巨大な鉄塊に埋め尽くされた。
その少女は、蒼空と海の狭間で笑っていた。
モニター越しに語り掛ける相手は、たくさんの視聴者たち。
可憐な声で読み上げるのは、様々な想いが込められた作品たち。
たくさんの幸せを届ける為に。
ペンギンは、いつまでも幸せそうに、笑っていた。
作者:天野蒼空ファンノベル作成委員会
執筆代理人;くろひつじ