電子の海に住まう者   作:くろひつじ

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落し物(朗読用小説そのに・1500文字程度)

 夜の匂いを嗅ぎ、凍てつく空気に白い息を吐き出した。

 冬の深夜は体の底から冷え込む。

 街灯もまばらな田舎道では、尚更の事だ。

 

(さむ。はやくコンビニに行こうっと)

 

 少女は首元のマフラーを握りしめ、気持ち駆け足で道を行く。

 本当なら、こんな寒い中で外出などしたくは無かったが、どうしても小腹が空いてしまったのだ。

 読んでいた小説の食事シーンに、ダメージを受けたのもある。

 何にしても、家を出てしまったのだから、用事は速く済ませたいものだ。

 しかし、交差点に差し掛かった時、妙なものを目撃して、足を止めてしまった。

 

 チカチカと明滅する、古びた街灯に照らされたそれは、人のように見えた。

 ボサボサの長い髪のせいで、表情は確認出来ないが、白いワンピースを着ている事から、女性であろう事が分かる。

 俯いてじっと佇む人影に、少女は何か違和感を覚えた。

 

(……ワンピース?)

 

 そう。この寒い中、その女性は白いワンピースしか着ていなかった。

 とても防寒装備が整っているとは言えないにも関わらず、寒そうな様子は無い。

 その事に、何となく不気味さを感じるが、不意に吹いた風が頬を撫で、その冷たさに気を取り直した。

 

(早く、コンビニに行こう)

 

 心中で強調するように呟く。

 少女がこんな時間に外出をしたのは、このよく分からない人物を観察するためでは無い。

 それに何だか気味が悪いし、出来れば関わりたくもない。

 そう思って一歩進んだ時、少女は更に奇妙な事に気がついてしまった。

 大した事では無い。しかし、決定的な異常。

 

(この人、靴はいてない?)

 

 朽ちた木を思い出すような、骨の浮いた足の先には、靴が無かった。

 黒ずんだ素足で、凍てつくアスファルトの上に立ち尽くしている。

 思わず止まりかけた足を、無理やり前へ進める。

 ここで止まってしまったら不味いと、何故かそう思っていた。

 そして――その予感は正しかった。

 

「……あぁ、あぁあ」

 

 閑散とした十字路に響く呻き声。

 ひび割れた低い声は、何故か明確に耳に届いた。

 少女は、首元のマフラーをぎゅうっと握る。

 

「すみません、落し物をしたので、手伝ってくれませんか?」

 

 そして今度ははっきりと。しゃがれた声をかけられた。

 話しかけられてしまった。返事をしなければならない。

 薄気味悪さに表情を強ばらせながらも、少女は震えそうになる声を、必死に抑えて応えた。

 

「……落し物、ですか?」

「落し物。落としたんです。大事な。私の落し物を探しています」

「何を落としたんですか?」

「大事なものなんです。探さないと、大事な、あぁ。私の」

「……だから、何を落としたんですか?」

 

 取り留めのない言葉に若干苛立って、思わず語気が上がる。

 しまった。今のは流石に失礼だったかもしれない。

 そう思い、何とか取り繕おうと口を開きかけ。

 

 女がゆっくりと、顔を上げた。

 その拍子に、何かがボトリと、アスファルトに落ちる。

 

「私の。あぁ」

 

 薄暗い街灯に映し出されたのは、白い丸いもの。

 それは、眼球だった。

 

「……あぁァ」

 

「落とした、落とした落とした、落とした落とした落とした」

 

「――ッ!?」

 

 思わず一歩下がる。否応なしに目を引く眼球は、ギョロりと自分を見ている。

 チカチカと明滅する街灯。目玉。(うめ)く女。

 一歩。こちらに向かって、ゆらりと歩いた。

 グジュリと生々しい音。白いワンピースの裾から、赤黒い何かが落ちている。落ち続けている。

 グジュリ、グジュリ。ずるり、ずるり。

 女が引きずるそれは、白々(しらじら)しい湯気を立てる内蔵であった。

 生臭い、肉の腐った香り。どこか甘々しくて、吐き気を(もよお)すような異臭。

 

「ワタしの大事ナ、落とシてしまッタ、あぁ」

 

 ゆらり、ゆらり。グジュリ、グジュリ。

 ポトリと残りの目玉を落とし、暗く落窪(おちくぼ)んだ眼窩(がんか)を向ける。

 その顔は、笑顔。

 

「あァぁ、お願い」

 

「落としてシマった、大事ナ」

 

「私の、ワタシの、私、わたしが」

 

 ガチガチと何かが鳴っている。

 少女自身の歯が、噛み合う音だと気付いた。

 異様な程に静まり返った街で、無闇に鳴る軽い音。ずるりと内蔵を引きずる音。重ねて聞こえる、呻き声。

 否、それは、笑い声。

 

「は、アハ、ははハは。私に、」

 

 手を伸ばす。枯れ枝のように、細くひび割れた指を開いて、ゆっくりと、少女との距離が縮まって行き。

 

「どうかアナタの目玉をください」

 

 その言葉はやけにはっきりと、耳に届いた。

 

 

 

 次の瞬間! 少女の背後からペンギン姿の少女が飛び出した!

「どっせぇい!」

 両手で抱えた使い捨てロケットを力強く叩き付ける!

 どかーん!

 盛大な爆発と共にお化けは消し飛んだ!

 

 こうしてまたひとつ、この世界から怖いものが消えていくのであった。

 ペンギンの少女の戦いは続く。

 

 

 

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