夜の匂いを嗅ぎ、凍てつく空気に白い息を吐き出した。
冬の深夜は体の底から冷え込む。
街灯もまばらな田舎道では、尚更の事だ。
(さむ。はやくコンビニに行こうっと)
少女は首元のマフラーを握りしめ、気持ち駆け足で道を行く。
本当なら、こんな寒い中で外出などしたくは無かったが、どうしても小腹が空いてしまったのだ。
読んでいた小説の食事シーンに、ダメージを受けたのもある。
何にしても、家を出てしまったのだから、用事は速く済ませたいものだ。
しかし、交差点に差し掛かった時、妙なものを目撃して、足を止めてしまった。
チカチカと明滅する、古びた街灯に照らされたそれは、人のように見えた。
ボサボサの長い髪のせいで、表情は確認出来ないが、白いワンピースを着ている事から、女性であろう事が分かる。
俯いてじっと佇む人影に、少女は何か違和感を覚えた。
(……ワンピース?)
そう。この寒い中、その女性は白いワンピースしか着ていなかった。
とても防寒装備が整っているとは言えないにも関わらず、寒そうな様子は無い。
その事に、何となく不気味さを感じるが、不意に吹いた風が頬を撫で、その冷たさに気を取り直した。
(早く、コンビニに行こう)
心中で強調するように呟く。
少女がこんな時間に外出をしたのは、このよく分からない人物を観察するためでは無い。
それに何だか気味が悪いし、出来れば関わりたくもない。
そう思って一歩進んだ時、少女は更に奇妙な事に気がついてしまった。
大した事では無い。しかし、決定的な異常。
(この人、靴はいてない?)
朽ちた木を思い出すような、骨の浮いた足の先には、靴が無かった。
黒ずんだ素足で、凍てつくアスファルトの上に立ち尽くしている。
思わず止まりかけた足を、無理やり前へ進める。
ここで止まってしまったら不味いと、何故かそう思っていた。
そして――その予感は正しかった。
「……あぁ、あぁあ」
閑散とした十字路に響く呻き声。
ひび割れた低い声は、何故か明確に耳に届いた。
少女は、首元のマフラーをぎゅうっと握る。
「すみません、落し物をしたので、手伝ってくれませんか?」
そして今度ははっきりと。しゃがれた声をかけられた。
話しかけられてしまった。返事をしなければならない。
薄気味悪さに表情を強ばらせながらも、少女は震えそうになる声を、必死に抑えて応えた。
「……落し物、ですか?」
「落し物。落としたんです。大事な。私の落し物を探しています」
「何を落としたんですか?」
「大事なものなんです。探さないと、大事な、あぁ。私の」
「……だから、何を落としたんですか?」
取り留めのない言葉に若干苛立って、思わず語気が上がる。
しまった。今のは流石に失礼だったかもしれない。
そう思い、何とか取り繕おうと口を開きかけ。
女がゆっくりと、顔を上げた。
その拍子に、何かがボトリと、アスファルトに落ちる。
「私の。あぁ」
薄暗い街灯に映し出されたのは、白い丸いもの。
それは、眼球だった。
「……あぁァ」
「落とした、落とした落とした、落とした落とした落とした」
「――ッ!?」
思わず一歩下がる。否応なしに目を引く眼球は、ギョロりと自分を見ている。
チカチカと明滅する街灯。目玉。
一歩。こちらに向かって、ゆらりと歩いた。
グジュリと生々しい音。白いワンピースの裾から、赤黒い何かが落ちている。落ち続けている。
グジュリ、グジュリ。ずるり、ずるり。
女が引きずるそれは、
生臭い、肉の腐った香り。どこか甘々しくて、吐き気を
「ワタしの大事ナ、落とシてしまッタ、あぁ」
ゆらり、ゆらり。グジュリ、グジュリ。
ポトリと残りの目玉を落とし、暗く
その顔は、笑顔。
「あァぁ、お願い」
「落としてシマった、大事ナ」
「私の、ワタシの、私、わたしが」
ガチガチと何かが鳴っている。
少女自身の歯が、噛み合う音だと気付いた。
異様な程に静まり返った街で、無闇に鳴る軽い音。ずるりと内蔵を引きずる音。重ねて聞こえる、呻き声。
否、それは、笑い声。
「は、アハ、ははハは。私に、」
手を伸ばす。枯れ枝のように、細くひび割れた指を開いて、ゆっくりと、少女との距離が縮まって行き。
「どうかアナタの目玉をください」
その言葉はやけにはっきりと、耳に届いた。
次の瞬間! 少女の背後からペンギン姿の少女が飛び出した!
「どっせぇい!」
両手で抱えた使い捨てロケットを力強く叩き付ける!
どかーん!
盛大な爆発と共にお化けは消し飛んだ!
こうしてまたひとつ、この世界から怖いものが消えていくのであった。
ペンギンの少女の戦いは続く。